646話 閑話 絶頂に達する男たち

 アラン王国で内乱が発生した。

 ロマン対その他後継者といった構図はいうまでもない。


 アラン王国王子ナゼール・アランが真っ先に挙兵して、王都プルージュに向けて進軍を開始した。

 新王となったロマンは当然対抗するが、有力な騎士などはロマン側についていない。


 中級指揮官であれば、王家に忠誠を誓っているので、ロマン側にとどまるものが多かった。

 だが上級指揮官は壊滅である。


 ロマンは使徒の権威があれば楽勝と考えていた。

 もう少し現実的なトマは、使徒ユウに頼ることを提案。

 使徒が今まで、権力闘争でどちらかに肩入れしたことはない。

 戦争に参加したことはあったが、あれは侵略戦争と防衛戦争。

 今回とは話が違う。


 今回助力を得られれば……。

 歴史上はじめて内戦で、使徒の助力を得られた王となる。

 これが、ロマンの虚栄心をくすぐった。


 とにかく初や新という言葉に、目がないのだ。

 かくして直々に助力を願うため、ユートピアに急行する。


 ユウは最初拒絶したが、隣にいたカールラに説得され、助力を決定する。

 カールラ自身、使徒の歴史にはかなり精通していて、指揮能力だけでも突出していると把握済みなのだ。

 ロマンという男は、すべての能力を運に振ったタイプ。

 ここでもその能力は発揮された。

 反対するであろうマリー=アンジュは、別件の対応で不在だったのだ。


 かくして戦場を見下ろす山の頂に、ユウとカールラはいた。

 カールラの入れ知恵は詭弁そのものだ。


 直接助力をしなければいい。

 ロマンを介して兵を指揮すれば問題ないだろう。

 というものであった。


 ユウは兵士を指揮してみたい、と前々からひそかな願望があった。

 それを見抜いたカールラの勧めに、不干渉を貫くといった言葉はどこかに消えうせる。

 ユウは自分の欲望を我慢するなど……到底できないのであった。

 この提案は、ユウにとって言い訳ができる。

 ロマンにとっても初陣で、自分が主役にみえるから歓迎される話であった。


 それでもユウは後ろめたかったのか、マリー=アンジュが戻ってくる前に出立している。

 これもカールラの入れ知恵であった。


 かくしてユウの前には、シミュレーションゲームのように戦場と敵味方の部隊配置が表示されている。

 ご丁寧に兵の練度や、士気などのパラメーターまで表示されている。


 使徒が指揮能力で傑出している第一の点。

 この戦場を俯瞰ふかん的に見下ろせる能力。

 さらには敵の弱点も丸わかりであった。


 これらは古来、多くの将軍が心血を注いで求めたもの。

 ユウはなんの苦労なしに手に入れる。

 これだけで、大きな利点である。


 ユウは表示された戦場をみて、頭をかく。


「やれやれ……。

味方はゴミじゃないか……。

練度がそれなりなのは……まぁマシか。

しっかし、士気まで低いぞ」


 表示されているのは、ゲームにありがちな上級指揮官の能力が基本。

 優秀な中級指揮官などは、練度で片付けられている。


 カールラはボヤくユウにほほ笑む。


「だからこそ、ユウの将器が目立つのよ。

相手より数が多くて、武装もそろった兵士で勝っても、将軍の実力じゃないでしょ」


 アルフレードであれば、そうするのが当然だというだろう。

 しないのは統治者の怠慢だ、とまで断じることをカールラも承知していた。

 ユウは表にださないが、アルフレードへの対抗心を捨てていない。


 これはユウの自尊心をくすぐる言葉でもあった。

 そんな臆病にならなくても戦争に勝てる。

 といった一種の虚勢でもあるのだが……。

 とにかくユウはなにか使徒の力以外で、アルフレードに勝るものがほしかったのだ。

 この士気能力も使徒の力なのだが……。

 直接的な力でないと、そう考えないようである。


「別に僕の才能を自慢したいわけじゃないけどね。

ったく……ロマンの人望のなさはあきれるくらいだよ。

やれやれ。

なんとかするか」


 両軍は一般的な横陣同士。

 ユウはロマンの頭の中に語りかける。


『はじめていいよ』


 ロマンは豪華な軍装で、輿こしにのっている。

 馬にのれないのが一番の理由。

 ロマンは自身の高貴な身分故、当然の権利だと思っていたが。

 輿こしにのったまま立ち上がる。

 紅潮した顔で、軍配を振り下ろした。


「突撃!」


 興奮のあまり声が裏返っている。

 上級指揮官の能力が低いので、中央と右翼、左翼の連携はバラバラ。

 中級指揮官の能力が高いので、部隊内では整然としている。


 使徒ユウはあきれ顔で、頭をかく。


「最初から突撃する馬鹿がいるか。

まずは前進だろうに……」


 ロマン軍は中央が突出して、右翼左翼は遅れている。

 ナゼール軍が中央とぶつかるが、ナゼール軍は整列できていて、ロマン軍の中央が集中攻撃を浴びる。

 使徒ユウは舌打ちをして、画面上の中央部隊を指さす。


「このままだと分断される。

使えないユニットだなぁ……。

堅守。

士気高揚」


 その言葉とともに、画面上の中央部隊が光る。

 防御力アップ、士気プラスとポップアップ表示された。


 形だけの指揮をしているロマンは口から唾をとばし、興奮状態。


「突撃! 突撃! 勝とうという熱意が足りない! 気持ちがこもっていない! なんとかしろ!」


 これを届けるハメになった伝令は気の毒である。

 伝えられる指揮官も同様だが……。

 使徒ユウは若干遅れ気味の右翼を指さす。


「進軍速度アップ。

攻撃力アップ」


 その言葉とともに、画面上の右翼が光る。

 能力アップの表示とともに、右翼の前進速度が倍になった。

 ここでロマン軍の中央は、2割の損害をだして崩れそうになっている。


 再び使徒ユウが中央を指さす。


「死兵化。

これで潰走はしない。

最後の一兵になっても踏みとどまるさ」


 再び中央に、死兵化の文字がうかぶ。

 相手の兵力を削る速度が上昇する。

 中央は半分まで兵数を減らすが、逃走する気配を見せない。

 ユウにコマンドで指示されたが最後、兵士たちは機械のようにその指示に従ってしまう。


 使徒ユウは最も遅れている左翼を指さす。


「部隊分割、前後列」


 左翼が、奇麗に前後ふたつに分かれる。

 

 分割された前部隊を指さす。


「進軍速度アップ。

捨て身の攻撃」


 続けて後ろの部隊を指さす。


「最高速度に切り替え。

回り込んで、敵の側面をつけ」


 後列は人間では想像できない速度で移動して、側面をつく。

 使徒の指揮能力が傑出している最たる理由。

 兵士をゲームのユニットのように自由自在に動かせることだ。

 古来、戦闘時の軍隊は基本的に前進と停止しかできない。

 回り込むのも前進の一種。

 ゲームであれば複雑に陣形を変えられるが、現実はそういかない。

 古今の長い歴史でも、戦闘中に陣形を変えられたケースはまれである。

 有名な斜行戦術も事前の工夫に過ぎず、あとは前進するだけなのだ。


 鶴翼から魚鱗ぎょりんへの変更など戦闘中にはできない。


 つまり戦闘前に布陣して、あとは変えられないのだ。

 故に古今の将軍は戦場を選び、事前の布陣に腐心するのだ。

 戦闘の自然な流れで陣形が変わることはあるが、それは流れに沿っただけである。


 ところが使徒であれば、パズルのように陣形を組み替えられる。

 これだけで巨大すぎるアドバンテージがあり、兵士を強化することもできる。

 負ける方がおかしいというべきだろう。


 そんなことなど、まったく考えない使徒ユウは頭をかいた。

 兵士が何人死んでも、ゲーム上で数値が減る程度の感覚でしかない。

 兵士はいくらでも増やせるし、簡単に訓練で練度MAXにできると思っていた。


「これで勝ちだよ。

まるでクソゲーだな。

歯ごたえがなさすぎる」


 カールラは、小さく拍手する。


「さすがよ。

ユウならあのペルサキス卿も余裕じゃない?」


 ユウは満更でもない顔で、ニヤリと笑った。


「今回は相手が弱すぎたからね。

まあ……ペルサキスでも、ちょっと難易度があがる程度だと思うよ。

だからといってハードルをあげられてもなぁ。

もうちょっと面白いゲームならいいんだけど。

やれやれだ。

だから、こんなつまらないことなんて……したくはなかったんだ」

 

 ユウはニヤニヤ笑いながら頭をかいて、戦況を見守る。

 あっという間に敵は総崩れになり、敗走しはじめる。


「逃がすかよ」


 全軍を円でかこむジェスチャーをするが、急にユウの動きがとまる。

 カールラは不審げに、ユウをのぞき込む。


「どうしたの?」


 ユウはパチっと指をならす。

 戦場を映していた画面が消える。


「やめとこう。

あまり勝ちすぎると、ロマンが調子にのる。

帰ろうか」


 突如ユウの体に、重苦しい疲労感が襲いかかったのだ。

 はじめての経験で戸惑い、恐怖にとらわれた。

 これ以上続けると自分の体が危険だ、と直感したのだ。

 それに気づかないカールラは苦笑する。


「そうね。

さすがはユウよ。

ロマンに釘を刺すことも忘れないのね」


 ユウは黙ってうなずくと、ロマンの頭の中に語りかける。


『ここまでやれば、僕の手は不要だろ。

あとは自分でやりなよ』


 ロマンからねっとりした返事か帰ってきた。


『はい

このロマン、ご恩は一生忘れません。

これで使徒さまのご意向を恐れて、だれも歯向かわないでしょう』


 ユウは返事をするのも、面倒なほど疲れていた。


「やることはやった。

今日の仕事は終わり。

転生してまで働くとか、僕も大概真面目すぎるな……」


 なんとか虚勢を張って、空飛ぶ馬車でユートピアに帰ったのである。


                  ◆◇◆◇◆


 戦場でロマンが、恍惚こうこつの表情をうかべている。


「さあ、突撃だ! ひとりも生かして返すな! 良識ある民だけが、優しい世界に入る権利をもつのだ!」


 ロマンが絶頂に達し続ける中、異変が起きる。

 ユウがこの場から立ち去って、しばらくしてからだ。

 戦闘に参加していた兵士が、全員倒れ込んでしまった。

 中には泡を吹いてけいれんする者までいる始末。

 その隙にナゼール軍は逃げ去ってしまった。

 ロマンは爬虫はちゅう類のような冷たい顔になる。


「なんだこれは! 

使えないヤツラだな!

優しい世界に尽くせるというのに、気合が足りない!

トマ! 兵士たちに、活をいれてこい!」


 トマはロマンの言葉に一礼する。


「承知いたしました」


 馬を駆って、最後尾の兵士たちのところにいく。


「なぜ動かない! 陛下の御命だぞ!」


 上級指揮官は倒れていないが、力なく首を振った。


「命令しても動かないのです……」


 トマはロマンの視線を感じつつ、兵士たちが立ち上がることすら困難だと悟る。

 だがそれを、ロマンに伝えては自分の身が危うい。

 力尽きて倒れ込んでいる中級指揮官を睨みつける。


「なにをしているか! 立って賊を血祭りにせよ!」


 中級指揮官は息も絶え絶えだ。


「も、もうしわけ……ありません。

兵士たちも限界……」


 突然、トマが顔を真っ赤にして、中級指揮官を鞭で打った。


「口答えなど許可していない! 陛下の命に逆らうか!」


 トマはロマンの視線を感じつつ、指揮官を鞭打ち続ける。

 ロマンは拡大鏡のようなマジックアイテムで、こちらの様子を眺めているのだ。

 嫌々やっているわけではない。

 トマの顔は喜悦そのもの。

 抵抗できない相手を嬲るとき、トマは絶頂に達しそうになるのだ。

 指揮官が動かなくなると鞭打つことをやめた。


「この位で許してやる。

次はないものと思え! 陛下に逆らうとは、使徒さまに逆らうも同義だ!

肝に銘じておけ!」


 そしてへたり込んでいる右翼の元にむかう。

 トマの姿に、全員が恐怖の色をうかべる。

 ところがトマは不気味なくらい、愛想のいい顔をする。


「お前たちが、もう動けないことはわかっている。

陛下には追撃をやめて、兵を休めるように進言しておく。

ご苦労だった」


 同じように左翼にも、なかば猫なで声で同じことを伝える。

 ひとりを生け贄にして、その他に恩を売る。

 トマ流の処世術であった。

 そしてロマンの元に戻り、地面に平伏する。


「もうしわけありません。

軟弱な兵士どもで……。

本当に立ち上がれないようです。

これが賊に知られては一大事かと。

一度戻られてはいかがでしょうか?」


 ロマンは不満げだが、小さくためいきをつく。

 トマが抵抗できない相手を嬲る姿は、さすがのロマンでも引くときがある。

 さきほどの嬉々として鞭を振るう姿に、ドン引きしてしまったのだ。

 ロマンは絶頂が終わり、賢者タイムに突入していた。


「仕方あるまい。

まったく使えない部下をもつと苦労する。

理想の世界への道はまだ遠い。

だが今回の戦いで、このロマンに歯向かう者はもはやおるまい」


 トマは手もみしながら、いやらしい笑いをうかべる。


おっしゃる通りです。

当然の結果でしたが、愚か者たちにとって……いい教訓になったかと。

さらに陛下の命を実行できなかったものたちも、今回の陛下のご温情に感謝してさらなる忠誠を誓うでしょう」


 ロマンはニチャァと音がしそうな笑みをうかべる。


「あまりロマンをおだてるでない。

そうだ! 戦勝記念に、ロマンの歌を王都の民たちに聞かせよう。

きっと勇気づけられるであろう。

ロマンはあまり目立ちたくないのだが……。

民のためならば仕方ない」


 動ける兵士にかこまれて、ロマンは意気揚々と帰還する。

 動けない兵士たちは、順次帰還せよとの命令だけが残った。


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