645話 地雷を踏む癖

「アルフレードさま! やりました!」


 アポも取らずに、息を切らしたレベッカが駆け込んできた。

 じつに珍しい。

 余程興奮したのだろう。


「通信機で成果があったのですか?」


 レベッカは肩で息をしていたが、少しして落ち着いた。


「はい。

あの地下都市の古文書に、ヒントがありました」


 たしか、解読を進めていたな。


「上下階の通信をするシステムがあったようですね」


 レベッカはうなずいて、玉のついた筒を取り出す。

 続いて金属の筒を取り出した。


 どっちも小さい。

 長さは30センチもないような気がする。

 前のは幅1メートルほどの大きなものだったからな。


 筒を俺の前に縦に置いた。

 足までついているな。

 そして玉のついた筒を手にもって、玉を口に近づける。


「オニー。

いいわよ」


 ついに略称になったのか。


『ベッカ。

聞こえているか?』


 こっちも略称か。

 それよりも声が聞こえた。

 違うな……。

 これは頭の中か?

 金属の筒が、ちょっと振動した気がする。


 レベッカは、満面の笑みでうなずく。


「バッチリよ。

アルフレードさまに説明するから、もういいわよ」


『おう。

ご領主に成功報酬をねだっておけ。

ワシの分もな』


 レベッカは苦笑しつつ、肩をすくめた。


「わかった」


 レベッカは自分のもっていた筒を、机に置く。

 ほんとうに小さいな……。

 格段の進歩というべきだ。

 技術革新はシンプルさと小型化がキモだからな。

 使いにくく、コストがかかる巨大な発明は、次の発明への踏み台でしかない。


「一気に進めましたねぇ……。

改良点は小型化だけではないのですよね」


 レベッカは、自慢気に胸をはった。


「この送声機と作声機が1対1なのは同じですけどね。

改良点ですが……。

小さくて軽くなったこと。

製作段階から意識すれば、ひとつの送声機から複数の作声機に声を送れます。

そして今作はほとんど疲れません。

シルヴァーナさんなら、一日中話せます。

前は1時間程度でギブアップしていましたから」


 レベッカが手にもった方は送声機。

 作声機が机に縦置きしたやつだな。

 かなり実用的になったなぁ……。


「そのヒントが、地下都市にあったのですね」


 レベッカは満足気にうなずく。


「そうです。

前は周囲の音まで送っていました。

結果として送信する内容が多くて、魔力の消費が多くなっていたんです。

古文書に技術者の記した内容が残っていました」


 送信量が多ければ、消費魔力は増大する。

 たしかに道理だな。

 そこまで古代人の研究した成果が残っていたのは、じつに幸運なことだ。


 最初は、魔力をなんとか増幅させようと悪戦苦闘していた。

 そうなると装置は巨大化してしまう。

 そこで行き詰まっていたな。


「これはそれを、かなり絞ったわけですね。

つまり話す人の声だけが届くと」


「飲み込みが早くて助かりますよ。

この玉はそれを受け取るのに、最適な形状のようです。

これも古文書に書かれていました。

古代の通信技術は、声を送信していない。

驚くべき技術ですよ。

なにより発想が凄いです」


 思わず楽しくなって前のめりになる。


「ほほう……。

発想についても書かれていましたか?」


「はい。

太古ではドラゴンを崇め、意思疎通をしていました。

ですがドラゴンの口は、人の言葉を話すようにできていません」


 アイテールとの会話もそんな感じだったな。 

 昔は崇められていた……。

 そんなことも言っていたな。


 それを技術として取り込んだわけだ。


「わかりました。

ドラゴンは言葉のイメージを送るのですね。

それを受け取った人が、意味を頭の中で理解すると」


 レベッカの笑顔が固まった。


「ちょ……! ちょっと待ってください!

な、なんで……それを知っているんですか!?」


 この話は、俺とミル以外は知らないからな。

 さすがにアイテールの名前をだせない。


「ああ……。

やんごとなき方から教えてもらいました」


 レベッカの顔がマジになっていた。


「それを早く教えてください! それがわかっていれば……」


 レベッカは小声でブツブツ言っている。

 有効である確証がないかぎり、話せないよ。

 アイテールの意向とも反するからな。


「そもそもそれが、人にできるかわからなかったのと……。

それで魔力が押さえられるとは思わなかったのですよ」


 レベッカの顔が真っ赤になる。

 ああ、これはお怒りだ。


「そんなのこっちで判断します!

まだネタを隠していないでしょうね……」


 空を飛ぶ原理も知っているが、その発明は指示していないからな。


「さすがにないです」


 このやりとりを黙って見ていたオフェリーが、遠慮がちに手を上げる。


「あのぅ……。

さっきから言っている意味が……チンプンカンプンです」


 ナイスだ。

 このまま追求されると面倒だったからなぁ。

 レベッカは表情をコロっとかえて、自慢気に腕組みをする。

 あれ? もしかして俺に知識マウントを取りたかったのか?

 アテが外れてお怒りになった……。

 そんなオチじゃあるまいな。


「古代人は情報伝達に、言葉を直接送らなかったのです。

言葉のもつ意味を送るだけです。

それを受け手が、勝手に頭の中で言葉に置き換えるのです」


「なんか意味不明です……」


 レベッカは、眉をひそめて考え込む。

 さすがにオフェリークラスの人間に、説明をカットできないからな。

 だいたいの偉い人は成果のみ大事で、理論はどうでもいい。

 なので、そこまで突っ込んだ話を聞かれないが。


「ええと……。

たとえばオフェリーさまに、『この』『ダリオル』『おいしい』という三つの単語を、アルフレードさまが言ったとしたら……。

どう受け取ります?」


「アルさまだったら……『オフェリー。このダリオルはおいしいですよ』になりますかね。

頭の中でも余裕で再現できます。

なるほど~。

誰がいうかでかわりますね。

ミルヴァさまだと『オフェリー。このダリオルはおいしいわね。食べ過ぎに気をつけなきゃ』になります」


 ミルの頰が一瞬引きった。


 食べ過ぎに注意するのはオフェリーだけかと思ったが……。

 違うのか。

 俺の視線にミルはブンブンと首を振る。


 ミルはオフェリーをにらんだが、オフェリーは気付いていない。

 オフェリーはたまに余計なことをいって、地雷を踏む癖があるからな……。

 ともかく……ミルはにらむだけで済ませてくれたようだ。

 よかったよかった。


 俺の内心の冷や汗に気がつかないレベッカは、安堵あんどのため息を漏らす。

 これでわからなかったら、もっと突っ込んだ説明が必要だ。

 だがレベッカは、かみ砕いた説明は不得手だからな。


「そうです。

送る情報が、極端に減るんです」


「そのぉ……。

ダリオルを知らない人は、どうなるんです?」


 レベッカは小さく吹き出した。


「オフェリーさまは、アルフレードさまに似て細かくなってきましたね……。

ダリオルという単語は送られません。

ダリオルを形容する言葉が送られます。

それを受け手が知っている形状で解釈します」


 俺のせいか?

 単に自分で考えろと言っているだけだから、そうなっただけだと思うが。

 オフェリーは俺に似たと言われて、満面の笑みを浮かべる。

 ところが、すぐ首をかしげた。


「言葉とダリオルだけで済むのに、なんか長くなりません?」


 レベッカは、頭をかいて苦笑した。


「実は声や音を送るより、ずっと少ないのです。

これは驚きましたけどね」


 声や音に含まれる情報は、とても多いか。

 考えるとそうだな。

 周囲の音まで拾っているのだ。


「たしかに響きなんかも含めると、けっこうな情報かもしれませんねぇ……」


 ところがオフェリーは、まだ納得顔になっていない。


「アルさまだと知っていれば、そうなるでしょうけど……。

知らない人だったり、噓の名前を名乗られたら……どうなります?

シルヴァーナさんが、ミルヴァさまの名前を騙って……。

アルさまに『他に好きな人ができたから別れて』とか言ったら? 大変ですよね」


 ミルの目が一瞬マジになった。

 よりにもよって、そんなネタをだすなよ!

 なにげにありそうだし!


 オフェリーもシマッタという顔になった。

 これはあとでお説教をくらうな。


 そんなやりとりを気にしないレベッカは、オフェリーが本気で聞いていると悟ったようだ。

 研究者モードの真顔になる。


「知らない人だと、なんの抑揚もない声になります。

違う名前を名乗られた場合ですけど……。

人には魔力に、違いがあります。

その違いは自覚がありません。

ですが体は覚えているようですね。

だからその人の声で解釈されますよ」


 偽装できないのは便利だな。

 ミルが胸を撫で下ろしていたが、ミルは絶対そんなことをしない。

 だから騙される心配などないのだが……。

 もう一つ大事な点を確認したい。


「ちなみにどこまで届きますか?」


「ラヴェンナの端から端まで瞬時。

シケリア王国も瞬時でしたね」


 出先機関に運んで試したのか。

 そこまで検証済みかとは……恐れ入る。


「いやぁ……。

お見事です。

よくやってくれました」


 レベッカは、ほんのり頰を赤く染めてほほ笑んだ。


「いえ。

成果がでなくても、急かさずに援助を続けてくれたアルフレードさまのおかげです。

他の領主だと、絶対に試作機でおわりでしたよ。

ちなみにシケリア王国で使った試作機は、すぐに回収しました。

機密が漏れる心配はありません。

それより……ひとつ、疑問があるんですけどね」


 技術的な問題はクリアしているから、通信理論に関しての疑問だろうか。


「なんでしょうか?」


「魔力には、男女で大きく違いがあるようです。

聞こえるのは、その人が考える男女の一般的な声なんですよ。

それはいいのですが……。

抑揚がないのは、その人の癖がわからないからだと思います。

疑問なのは、話し続けても抑揚がないままなのか……ですね。

話し続ければ、その人の癖はわかってくると思いますから」


 それは、俺が体験済みだ。

 アイテールの言葉は、ミルにとって抑揚がない。

 俺には抑揚つきで聞こえるようになっているからな。


「ああ……。

それは同じ人と話しているなら、徐々についてきますよ」


「それも……やんごとなきお方情報ですか?」


 直接会って、いろいろ質問したそうな顔をしているが……。

 アイテールにそんな頼み事はできない。


「まあ、そんなところです。

言っておきますが……。

会わせられませんからね。

気軽に人前に姿を見せるお方ではないので」


 レベッカは、露骨に残念そうな顔をする。


「チッ……残念です」


 舌打ちをわざと大きくしなくていいから。

 

 話がおわると同時に、笑顔のミルがオフェリーの手をがっしりつかむ。


「オフェリー。

ちょっといいかしら? 大事なお話があるの」


 俺はオフェリーの救いを求める視線に、気がつかないフリをした。

 人は痛い目を見ると成長する。

 まだ若干空気の読めないときがあるオフェリーにとって、いいクスリだろう。

 多分ね。


 なすすべなく連行されていくオフェリーに、強く生きろよ……とだけ祈ったのである。


                  ◆◇◆◇◆


 ゼウクシス・ガヴラスから手紙が送られてきた。

 それも正規ルートではない。

 裏のルートだ。

 つまり、重要な情報だ。


 夕方にライサを呼んでもらう。

 夕方なら起きているからな。


 応接室で待っていたライサは、あくびをしている。

 寝起きは弱いタイプか。


「アルフレードさま。

なにか聞きたいことってなんだい?」


「第5の拠点が襲われた話はご存じでしょう」


 ライサは再び、あくびをする。


「ああ……。

クレシダが1枚かんでいる事件だね」


「そこに死亡直後の記憶を見られなかった遺体が、ふたつあったそうです。

なにか心当たりはありませんか?」


 ライサは急に、真顔になった。


「おいおい……。

連中アイオーンの子の常套手段じゃないか。

特殊な武器で殺されると、そうなるよ」


「口封じなのか、ただ殺したのかはわからないでしょうね。

ちなみにどんな原理で?」


 俺の知りたがりに、ライサは苦笑した。


「ん~。

たしか人は、魂の池とつながっている。

記憶を手繰るのは、その線をのぞき見するって話だったかなぁ……。

それを切ってしまうのさ。

ただ死ななければ、その線は元に戻る」


 女神ラヴェンナから聞いた魂の池か。

 なるほどよくわかる話だ。


「なるほど。

そんな仕組みですかぁ……。

随分、世界の原理に詳しい連中みたいですね」


 ライサはあきれ顔で、煙管に火をつけた。


「魂の池なんて眉唾な話を、すんなり受け入れたことに驚きだよ。

なんで知っているんだか……。

たまに怖くなるね」


 さすがに、ラヴェンナのことは教えられない。

 俺とミル、キアラだけが存在を知っている。

 ミルとキアラは、一度しか夢で会っていないだろうが……。


「ああ。

ちょっとした知り合いが教えてくれたのですよ」


「フーン。

まあ深くは聞かないよ。

完璧にクレシダとつながっているよ。

こりゃ厄介だ……」


 さすがに世慣れしているだけあって、引き際を心得ているな。


「ちなみにその武器は、誰が使っても同じ効果なんですか?」


 ライサはフッと煙を吐き出す。


「いや。

普通の領域では届かないものだからね。

常人が使っても、ただの武器だよ。

連中アイオーンの子独自の訓練を積む必要があるはずさ」


 ある意味安心だ。

 誰が使っても同じでは、アイオーンの子だと特定できないからな。


「だとしたら広まらないのも当然ですね。

暗殺者にとって垂涎すいぜんの武器でしょうから。

それにしてもアイオーンの子は、世界中に散っていますかね?」


 ライサはちょっと考え込んだ。

 再び煙をフッと吐き出す。

 煙は世界地図の形となり、シケリア王国とアラン王国の地図になった。

 わかりやすくていいな。


 だが……子供たちには見せない方がよさそうだ。

 全員が煙管中毒になっても困る。


「シケリア王国とアラン王国にはひそんでいるね。

ランゴバルド王国はほぼいない。

前はシャロ坊が、目を光らせていたからね。

今はそうだねぇ。

聞いた噂だと……。

あの警察大臣モローの目が光っていて、簡単に入り込めないらしい。

地下に潜る連中ですら足踏みするくらい、モローってヤツは優秀なんだろうねぇ。

裏の世界でモローは怪物と呼ばれているよ」


 シケリア王国にまで、名前が知られているのか。

 ジャン=ポールはそっち方面の才能では、俺などおよびもつかない。

 怪物と評されるのも当然か。


「ああ。

モロー殿はとても優秀ですからね。

シャロン卿の推薦でしたし」


 ライサは心配事があるのか、わずかに眉をひそめた。


「それは納得だ。

ただ利益で取り込まれないか心配だけどね。

どんな怪物でも利益の前には平伏してしまう。

勿論、例外はあるけどね」


 その点は信頼している。

 ジャン=ポールの性格を知っているからな。


「それはないでしょう。

モロー殿は自分で制御できない裏の組織は認めませんから」


 それ以外であれば、絶対に排除する。

 ジャン=ポールの主人はジャン=ポール。

 それ以外は、決して認めないだろう。

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