643話 怪文書
エテルニタは思ったより賢いことが判明。
前に『みゃお~う』と鳴いたときに、キアラとカルメンが大受けした。
それをしっかり覚えたのだ。
政務中はあまり構ってもらえないのだが……。
『みゃお~う』と鳴けば皆から構ってもらえる。
ミルたちは薄情にも大爆笑だ。
オフェリーは喜々としてエテルニタをモフモフする。
まあ……。
飽きたらさっさと高台に移動して、昼寝をするのだが。
そんな気楽さがうらやましい。
『みゃお~う』と鳴いたときに、目が合った。
気のせいか、エテルニタはドヤ顔をしている気がしたのだ。
気のせいだと思いたい。
だが、ドヤ顔のあとで『みゃお~う』ともう1回鳴いた。
こいつめ……。
そんな平和な日常は、ある報告で破られた。
シケリア王国ではない。
アラン王国からだ。
ロマン王子が使徒の後ろ盾で、強引に即位した。
それだけならまだしも、即位後になぜか演説をはじめたらしい。
その内容を、意味不明にも各国に送りつけた。
まあ新教皇も兼務したから、一応意味はあるのだが……。
それが俺のところに、ニコデモ陛下から回送されてきた。
情報の共有だと思いたいが……。
嫌なことは分かち合おうと思っていないか?
公式の謝罪は放置してこれだから、ロクな内容だと思えない。
なにも考えずに読み進める。
前に会談したときは、言葉は通じるが話は通じない人種だと確信した。
読み終えたが……。
ロクでもない内容のほうがマシだった。
「即位後の演説というより……。
怪文書ですねこれは」
ミルに書状を手渡す。
読み終えたとき、ミルはものすごく疲れた顔をしていた。
オフェリーもそれを読んだが、最初の出会ったときのような無表情。
反応に困ったときの顔だな。
怪文書を持ってきたキアラは、苦笑していた。
「まったく同感ですわ。
なんでしょうね……。
優しい世界って、はじめて聞きましたわよ」
たまらずに、皮肉な笑いが浮かんでくる。
「隣人が困ったら、手を差し伸べよ。
隣町が困ったら、街が手を差し伸べよ。
そうやって優しい心で助け合うことが大事であると。
たしかに優しい世界ですね」
ミルもあきれ顔でため息をついた。
ここまでなら理想論者の夢物語程度にすぎない。
「隣人の手助けとかわかるけど……。
この真意には、嫌な予感がするわ」
ミルの予想は俺の予想と一致するだろう。
「たぶんですが……。あっていますよ」
「国は助けないから、民同士で助け合えって言っている?」
苦笑しつつうなずく。
「そうでしょうね。
腐った林檎を箱にいれてはいけない。
箱に腐った林檎をいれると、腐った林檎が増えてしまう。
そうすれば箱を捨てなくてはいけない……と言っていますからね。
連座したくなければ、自分たちで処理しろと言っているのでしょう」
ミルはどっと疲れたように頭を振った。
「やっぱりね。
取り締まりも民がやれってこと?
それなら王家なんていらないような……」
ミルのいうとおり。
税金だけとってなにもしないのなら、不要でしかない。
食と安全を保障しない領主など……この世に存在しない。
現実ではだが。
「ところが、民はすすんで税を納めるべし。
それによって文化芸術が発展する。
民にとって名誉なことであるとね。
出すものは出せと言っていますよ」
ミルの頰が引き
怒りのスイッチが入ったようだ……。
「税金はとって好きなことをするけど、民の面倒はみないのよね……。
それって悪徳領主より、タチが悪くない?」
「ぶっちゃけるとそうですね。
ただロマン王の見解は違うようです。
彼のやることは、民にとっても楽しいことだと。
真の芸術を啓発するための歌唱コンサートとして、各地を巡幸するようですから。
かくして誰しもが経験したことのない、優しい世界になるそうですよ」
ミルが無表情になる。
これは、大爆発の前触れだ。
「取りあえず言いたいことを……言っていいかしら?」
ブチまけたほうがすっきりするだろう。
「どうぞ」
ミルは、ドンと机をたたく。
「統治をなめるな! このクソッタレ!
平和な日常を守るために、どれだけ苦労しないとだめなのか……。
わかっているのか! このアホンダラ!
……そう言いたいわ」
言い終えたときに、肩で息をしている。
この汚い言葉遣いは、俺のせいだな。
ふたりきりのときは、素の話し方をしている。
ミルって、俺に似てきているからなぁ……。
キアラにはそれがわかっている。
ただ苦笑するだけだ。
オフェリーは、目が点になっている。
ともかくだ。
「なめているとは毛ほども思わないのでしょう。
自分に優しい世界が正しいありかた。
そう信じて疑わないのですから。
自己愛ここに極まれりですよ」
キアラは苦笑しきり。
「ここまで客観性がない人は、はじめてみましたわね」
オフェリーまであきれ顔だ。
「私の知る限り……。
使徒が今まで、もっとも客観性のない人でした。
上には上があるものですねぇ」
思わず皮肉な笑みが浮かぶ。
「たぶん、使徒ですらドン引きしたと思いますよ。
この手紙ではわかりませんがね。
外から入ってくる情報だと……。
使徒が後援したから、全員が認めたことになる。
そう思い込んで……即位を強行したようです。
ラペルトリさんの話から、アラン王国の国庫は想像できます。
即位式は前代未聞の豪華さだったようですから……。
国庫の3分の1は吹き飛ばしたと思いますよ」
ミルは引き
「即位式の額も信じられないけど……。
それって皆の承認っていらないの?」
「普通ならいりますよ。
だから他の候補者たちも認めるわけに行かずに、自領に戻りました。
これでアラン王国の内戦確定です。
幸いなのはリカイオス卿のアテが、一つ外れたってところでしょうか」
キアラは苦笑して、肩をすくめた。
「たしかにリカイオス卿は、アラン王国と合同でランゴバルド王国を攻撃する。
それが理想ですものね」
ロマンなんかと組むから……。
オフェリーは汚いものでも触るかのように、怪文書をつまんで俺の机に置いた。
「ばっちいです」
この内容はなぁ……。
張り出すのは止めよう。
皆の精神衛生上よろしくない。
子供の教育にとっても有害だな。
◆◇◆◇◆
我はアラン王国の新国王にして、新教皇のロマン・新時代歌唱王・アランである。
アラン王国の臣民、教会の信者、ならびに各国の王へ。
ロマンの即位を祝う言葉と、感謝の念が数え切れないほど届いている。
その思いに応えるのは、ロマンとしてもやぶさかではない。
今回の即位は、至高にして最強の使徒ユウさまの後援あってのもの。
ロマンから使徒ユウさまへの感謝は、言葉には現せないほどである。
歴代の王で、ここまで明確に使徒さまの後援を受けられたのは……ロマンひとり。
王と教皇の兼務も、歴史上ロマンただひとり。
つまりロマンは、使徒さまをのぞけば、人の身で至高の存在。
この世界から寄せられる期待の重さに、ロマンは身が引き締まる思いである。
この期待に応えねばならない。
ロマンは民の人生を、歌によって豊かにするべく、巡幸を敢行するものである。
真の芸術を啓発することは、このロマンの課せられた重い責務。
即位直後に、軽々しく王にして教皇であるロマンが巡幸すべきでない。
そんな指摘もある。
『ロマンのやりたいことをやろうとするだけ』などと、心ない言葉も聞く。
だが、ロマンが欲することは、民にとっても幸せなのだ。
それに『ロマン陛下の歌を聴きたい』という、うれしい言葉も多く聞かれる。
この画期的なアイデアについて賛否両論あるだろう。
だが期待に応えるのが、王にして教皇の責務だと確信している。
王としての責務で、もう一つ話すべきことがある。
昨今の政情は不安。
民の生活も脅かされるであろう。
そこで民を『誰しもが経験したことのない、優しい世界』に導く。
王にして教皇たるロマンがそう宣言しよう。
この世界をつくるには、民の協力が欠かせない。
隣人が困ったら、手を差し伸べよ。
隣町が困ったら、街が手を差し伸べよ。
そうやって、優しい心で助け合うことが大事である。
つまりは、民同士の絆が大事なのだ。
自分さえよければいい、そのような考えは捨てるべきだろう。
そのような連中は不満をため、ネガティブな考え方に安住する。
自分の責任を棚に上げて、他人を批判する愚かであさましい連中としか言えない。
さらに悪いのは、不満のないものにまで、影響を及ぼすのだ。
腐った林檎を、箱にいれてはいけない。
箱に腐った林檎をいれると、腐った林檎が増えてしまう。
そうなると箱を捨てなくてはいけない。
これでわかるようにネガティブな意見をもつものは不要だ。
お互いがそのような良識のない民を追い出すべし。
中にいれないことが大事なのだ。
民たちの笑顔と絆が、今失われつつある。
それを、ロマンが歌の力で取り戻そう。
そうすれば不満のないお互いがお互いを思いやる、優しい世界ができあがるのだ。
民ひとりの力は弱いかもしれない。
だが人々が助け合い、絆が呼び起こすチカラは無限だと信じている。
王としての責務を語ったところで、民にも責務がある。
民はすすんで、税を納めるべし。
その税は、文化芸術の発展に使おう。
ゆとりのある、優雅な生活は文化と芸術の発展に欠かせない。
つまり、文化芸術は民の血税によって支えられる。
それによって、文化芸術が発展するのだ。
これは、民にとって名誉なことであろう。
民とともに文化芸術に満ちあふれる、優しい世界をつくろうではないか。
そして教皇の責務についても語っておこう。
今までの教会の説教はつまらない。
歌や踊りなどで、もっと信徒たちを楽しませるべきなのだ。
そうすれば、欲深い貴族たちによって行われる教会領の没収も、民が立ち上がり、阻止してくれる。
これについても、ロマンが新体験を提供すべく、プロデュースに奔走することを約束しよう。
簡単にできることでないとは理解している。
だが成さねばならない。
世界初である……使徒さまの支持を受けた王にして教皇たるロマンにたいして、声援と支持を怠らないように願っている。
声援と支持は大きな力になるからだ。
世界初の使徒さまの支持を受けた王にして教皇
ロマン・新時代歌唱王・アラン
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