642話 割を食う人

 チャールズから相談したいことがあると言われた。

 簡単な話ではないようなので、こちらから出向くことにする。

 普通ならチャールズから訪ねてくるが、俺がいけば話が早く終わるだろう。


 俺が案内されたのは、チャールズの執務室ではない。

 作戦会議室だった。

 部屋に入ると、チャールズを筆頭に軍首脳が集まっている。

 テーブルには、シケリア王国近辺の地図が置かれていた。

 防衛体制の構築についてだな。


「ロッシ卿。

なにか相談事があるのですよね?」


 チャールズはいつになく真面目な顔でうなずく。

 そして地図の一カ所を指さした。


「ええ。

デステ家の居城だったヴァード・リーグレの話です。

新領主はそこに住んでいません」


 たしか新たな領主は遠慮して、そこに住んでいないはずだ。

 本格的な攻城戦があったわけではないから、住むこと自体は可能。


 謀反人の居城は縁起が悪いのだろう。

 もう一つの理由は金だ。

 生活した場合、維持管理費が馬鹿にならない。

 ただでさえ拝領直後は、出費が大きいのだ。

 そんなところにまで、金をかけられないのだろう。

 そのことは新領主であるパトリツィオ・ピンナから、報告を受けている。


「今は賊の根城にならないように、最低限の管理に留めているはずですよね」


 チャールズは真顔でうなずいた。


「今まではそれで問題ありませんでした。

リカイオス卿が陸路から攻めてくるとなれば、話が変わります。

巡礼街道に近い防御拠点として、戦略上の要地です。

今までは、リカイオス卿を刺激しないことが重点でした。

なのでヴァード・リーグレに兵力を配置していません」


「事ここに至っては、抑止力として整備を急ぐべきでしょうね。

問題はピンナ卿がどう考えるか……」


「そのピンナ卿から、内々に支援を打診されています。

ピンナ卿もリカイオス卿を刺激したくないでしょうが……。

第5の襲撃で、そちら側の防備を固める必要に迫られたのでしょう。

賊がこちらに出没しては、後手に回りますから」


 まずチャールズに根回しをしたのか。

 俺がウンと言っても、チャールズがあとからムリと言ったら……。

 あっさり撤回することを知っているからな。


「ピンナ卿が望む支援の内容とは?」


「ヴァード・リーグレの再整備と、防御態勢の構築。

再整備に関しては、ガリンド卿の派遣を願ってきています。

ウェネティアの構築で、実力は折り紙付きですから。

加えて他家からの支援も必須でしょう。

ピンナ卿は新興なので、家格が低い。

他家からの支援も、積極的にはならないでしょう。

そこで我がラヴェンナの権威を欲するのですが……」


 実力だけならロベルトやポンシオでも、十分なものを持っている。

 実際ポンシオの築城技術は、ベルナルドが目を見張るほどらしい。

 ベルナルド曰く『天性の才能でしょうが、私が知る限り最高の技術を持っています』とのこと。

 難攻不落のドM城。

 嫌な城だ。

 絶対攻めたくない。


 ロベルトは築城技術だけなら、ポンシオの後塵こうじんを拝する。

 だが……人員配置を含めた体制づくりでは、一枚上手だ。

 これにもベルナルドが、お墨付きを与えている。


「防衛体制であれば、メルキオルリ卿かポンシオ将軍が適任でしょうねぇ。

でもそこに名声や権威が絡むわけですか」


 ロベルトも貴族だが下級も下級。

 家格は低い。

 ポンシオにいたっては、族長の息子。

 範囲外となる。


 チャールズも同感だったのか、皮肉な笑いを浮かべる。


「デステ家討伐で、連中の指揮はガリンド卿が担当していました。

名声、権威ともに十分です。

それに安心感もあるのでしょう」


 それ自体は問題ないのだが……。


「防衛体制の構築をリカイオス卿が、みすみす見逃すとは思えません。

急襲される可能性がありえます」


 チャールズは腕組みをして、渋い顔になる。


「その可能性はあるでしょう。

ですが座視しては見捨てた……と思われるでしょうな。

ピンナ卿はご主君に推挙された経緯から、ラヴェンナ傘下となります。

全力で支援せざる得ないでしょう。

それこそ見捨てては、こちらが総崩れになります。

スカラ家にも支援を頼むべきでしょうが、我々が主体となるべきかと」


 傘下を見捨てると、一気に体制は崩壊する。

 見捨てる十分な理由があったとしても、見捨てられる側は納得などできないからな。

 可能な限りの配慮が必要になる。


「たしかにそうですね。

そうなれば、ガリンド卿が直接指揮できる兵力は必須かと思います。

つまり、ガリンド卿とラヴェンナ騎士団。

加えて技術支援として職人の派遣あたりでしょうか。

彼らも軍の派遣までは望んでいないでしょうから」


「そのあたりが限界でしょうな」


 危険は承知だが……。

 任せるしかないな。

 俺はベルナルドとセヴランに向き直る。


「では……。

ガリンド卿、ジュベール卿。

この件をお願いします」


 細かな指示など足かせでしかない。

 例の如く丸投げだ。

 失敗したときだけ、俺の出番が来る。


 ベルナルドは謹厳な表情を崩さずに一礼した。


「承知致しました」


 セヴランは力強く一礼。

 久々に敬愛する上司と行動を共にできてうれしいのだろう。


「ははっ!」


「この戦いが終わったら、ねぎらいがてら一杯やりましょう。

いろいろ愚痴もたまるでしょうからね」


 ベルナルドは意外そうに、目を細めた。


「これは……。

めったにないご主君からのお誘い。

是が非でも無事に帰ってこなくてはいけませんな」


                  ◆◇◆◇◆


 軍事関係の話を託した数日後のこと。

 ペイディアス・カラヤンから重要な話があると聞いた。

 良くない話だと確信しつつ、ミルを連れて会うことにする。

 ミルも良くない話だと予想しているのだろう。

 表情が硬い。


 応接室に入ると、ペイディアスが起立して一礼する。

 お互い着席して、軽く挨拶を交わした。

 用件を聞かなければな。


「カラヤン殿。

なにか大事な話があるとか」


 ペイディアスは生真面目な表情のままうなずく。


「はい。

本国でよくない噂が広がっていることは、当然ご存じでしょう」


 その噂は聞いている。

 発信源と広めた相手も、見当がついていた。

 他にいないだけだが。


「ああ……。

第5の拠点が襲撃された裏に、私がいるって噂ですね」


 クレシダが話を作り上げて、リカイオス卿が乗っかったのだろう。

 噂を放置しているのだ。

 なにを思ってのことかなど、誰でもわかる。


「それが広まっていて、シケリア王国内でラヴェンナへの感情が悪くなっている、と聞きます。

つい先日……。

リカイオス卿から、指示がありました。

ラヴェンナの出先機関の安全を保障できなくなる。

やむを得ず彼らに退去命令をだすそうです。

それに伴って、我々もラヴェンナから退去するようにと」


 恐らくラヴェンナ側に、その退去命令はまだだされていない。

 ペイディアスたちを先に避難させて、あとからだすだろう。

 そこでなにか害を加えて、こちらが開戦せざる得ないようにする。

 そのあたりかな。


「その報告をするために面会を?」


 ペイディアスはうなずくが、なにかを決意したような顔でもある。


「それもありますが……。

一つお願いがあります」


「なんでしょうか」


 ペイディアスは、小さく息を吸い込む。


「ラヴェンナ側が全員帰還してから、私は帰ろうと思います。

無論、職員たちは先に返しますが」


 それではリカイオス卿の真意と異なる結果を生み出す。

 たしかに明言されていないが、不興を被ることは明白だろう。


「そんなことをして……。

カラヤン殿は大丈夫なのですか?」


 ペイディアスは、ほのかにほほ笑んだ。


「それはリカイオス卿のみが知る、といったところでしょう。

大使として私に課せられた役目は、リカイオス卿とラヴェンナ卿の友好を維持することです。

我々が先に引き上げては、ラヴェンナ側の職員が危険にさらされるでしょう。

そうなっては役目を全うしたと言えません。

ラヴェンナ卿は、私に害を加えないと確信しております。

それならば私が最後の退去者であるほうがいいでしょう」


 それは正しい判断だろう。

 だが正しい判断だ。

 今の状況では賢い……とは言えない。

 妻子がシケリア王国にいるだろう。

 それを考えると、どうなるか……。


「たしかにラヴェンナの法によって、カラヤン殿の安全は保障されています。

今回の指示は、ラヴェンナに退去命令がだされる前に発せられたのでは?

リカイオス卿の真意を承知しながら、最後に帰ると?」


 ペイディアスは力強くうなずいた。


「それはシケリア王国内での話です。

すぐに帰れば、私の地位と身分は保障されるでしょう。

むしろ昇進すらあるかと。

最後に戻っては、リカイオス卿の不興を被る可能性は高いでしょう。

私とて我が身は可愛い。

妻子に不自由はさせたくありません。

ですが……。

一度大使の任を受けた以上、自身の義務を果たさねばなりません」


 立派な態度だ。

 実直な人物なのは、今までの付き合いでわかっていた。

 この期に及んでもそれを貫けるのか。


「そこまでわかっていて……。

なお友好を維持しようとされるのですか」


 ペイディアスははじめて見る、自嘲ぎみな笑みを浮かべた。


「そんな方法で昇進しても、その地位を保てません。

臨機応変に術策をろうする才能など、私にありませんから。

それに私が、さっさと逃げ帰っては……。

将来、友好関係を復活させることが困難になります。

後任の大使に困難を押しつけるのは、任務に反しますから」


 そこまで決意しているのであれば、口をだすのは野暮というものだろう。


「なるほど。

カラヤン殿のお考えは、よくわかりました」


 ペイディアスは、少し照れたように頭をかいた。


「私は気が利かない、真面目だけが取りえの小心者です。

そんな自分がどう生きるかを考えたとき、損をしてでも実直であろうと決意しました。

今更、小賢しく立ち回ることはできません。

この年で自分の生きかたを変えられるほど、器用なことはできませんからね。

それに妻や息子にも、常々誠実であれと言い続けていました。

ささやかな一家の長として、我が身可愛さで……それを翻すことはできません。

その結果として、妻子に苦労をかけるでしょう。

ですが、きっとわかってくれるかと。

この決断を賛成してくれる。

そう信じていますよ」


 俺はペイディアスに手を差し出した。

 ペイディアスは少し驚いたが、ほほ笑んで手を差し出す


「リカイオス卿が大使にカラヤン殿を選んだのは、この上ない慧眼と確信しています。

そしてカラヤン殿の働きは決して忘れません」


 将来、再度友好を求めてきたとき拒絶しない。

 そう伝えておくべきだろう。

 それくらいしか、この立派な決意に報いることが思いつかなかったのだ。


 俺たちは握手をしてから別れた。

 執務室に戻ろう。


 隣を歩いているミルが、小さくため息をついた。


「真面目な人なのは知っていたわ。

それ以上に、とても立派な人ね……」


「ええ。

私が戦争を嫌うのは、そんな立派な人ほど割を食うからです。

小賢しい連中が生き残って、本来は彼らが得られるはずの名誉と利益を横取りする。

そんなのは見たくもないのですよ」


「でも、普段からそんなことは多くない?

いいことじゃないけど……」


 俺はため息をついて、軽く頭を振った。


「ええ。

でも平時と戦争時では……食わされる割が違います」


 ミルは納得したようにうなずいた。


「ああ……。

平時だと大体は損をする程度よね。

戦争だと損どころか……命を落としかねないわ」


「ええ。

小賢しい連中は、後ろで戦いをあおるか……足を引っ張ります。

そして、危なくなったらさっさと逃げるでしょう。

前に出るのは……。

ただ家族や周囲の人を守りたいか、実直に任務を果たそうとする。

そんな人たちですよ。

あおった連中は、戦争が終わり……安全になってから、何食わぬ顔をして現れるでしょう。

そして犠牲になった人たちの成果を、落とし物を拾うかのように盗みます。

あまつさえ、非難さえするでしょうね。

そんなことに荷担させられるなんて……。

冗談じゃない」


 ミルは少し驚いた顔をしたが、黙って俺の手を強く握ってくれた。

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