636話 アイオーンの子

 執務室でクレシダからの手紙を読み返す。

 難しい顔をする俺に、オフェリーが寄ってきた。

 ミルはエルフたちと、話し合いがあって出掛けていた。

 定期的にエルフたちの話を聞くのが目的だったな。


 オフェリーは俺の腕をつつく。


「アルさま。

この呪いの手紙になにか……あるのですか?」


 まあ、あまり間違っていないが……。


「この独特の表現が、気になるのですよ。

殺すことが救いのようなね。

教会にとっても異端的考えでは?」


 オフェリーは俺をつつきながら、記憶を探る顔になる。


「そうですね……。

異端ですか。

たしかそんな人たちは……いたような気がします。

ほんの数行しか、記録に残っていませんでしたけど」


「それは?」


 オフェリーは思い出したようで、力強くうなずいた。


「救済派と呼ばれる異端が、かつて存在しました。

それを滅ぼしたとだけですね。

昔はそれに関わる文書があったそうです。

でも教会によって焼却処分されました。

それがなにか?」


「クレシダの思想と、なにか関係があるかなと。

調べてみないとなんともですが、焚書ふんしょされてしまったのですか……」


 思わず頭をかく。

 そこでひらめいたことがある。

 書物のことは、収集家に聞けだ。

 オフェリーが興味深そうに、俺をのぞき込む。


「なにか悪巧みでもひらめいたのですか?」


 なにだそのひどい決めつけは。

 突っ込んだら負けな気がするよ。


「オフェリー。

ジョクス図書館長を呼んでください。

応接室で会いましょう」


 ジョクス商会の主で、本の虫でもあるティト・ジョクス。

 ラヴェンナ図書館の初代館長を務めている。

 個人のコレクションがあると思う。

 手放しても構わないものを売る。

 本当に貴重なものは売らずに、手元に置くだろう。


「よくわかりませんが……。

わかりました」

 

 図書館長であるティト・ジョクスが到着したので、応接室に向かう。

 オフェリーがついてきている。

 応接室に入ると、ティトが立ち上がり、俺に一礼した。


「済みませんジョクス館長。

呼び出してしまって」


 ティトは、珍しい呼び出しに不思議そうな顔をしている。


「いえ。

構いませんが……。

なにか本のことで私に?」


「ええ。

ズバリ聞きます。

教会から焚書ふんしょされた書物があるでしょう。

でもこの世から、完璧に消し去るのは難しい。

誰かの手元に残っていないか……。

そして残るなら収集家であろうと。

お持ちでありませんか?」


 ティトは、目に見えて動揺しだす。

 持っているな。

 お目当ての本かはわからないが……。


「え、ええと……」


 焚書ふんしょ対象の書物を持っていたなど、自分の身が危うくなるだろう。

 安心させる必要があるな。


「それを持っていたことで罰せられることはありませんよ」


 ティトはチラっと、オフェリーを見た。

 そこから漏れたら、危険と感じたのか。

 オフェリーが、ちょっと憮然とした表情になる。


「アルさまが問題ないといったことを、私は絶対に漏らしたりしません」


 ティトは1分ほど俺とオフェリーを交互に見ていたが、やがて肩を落とした。


「……はい。

以前お近づきの印に、百科事典をお渡ししたでしょう。

あれには別巻があるのです。

世の中から抹消された事柄をまとめたもので……。

ある人から譲ってもらったものです」


「そこには救済派の情報などはありませんかね」


「もらって満足したのと、あまり見ないほうがいいと……。

そう言われて目を通していません」


 ここは、頼むしかないな……。


「迷惑なのは承知しています。

それでも……できれば見せてください」


 ティトはやや迷っている。


「私がこれを所持していたことは……」


「当然口外しません。

シルヴァーナ・ダンジョンから発見したとでも言っておきますよ。

今でも調査していますからね」


 俺のキッパリとした言葉に、ティトは覚悟を決めたようだ。

 力強くうなずく。


「有り難うございます。

ではすぐにお持ちいたします」


 ティトが出て行ったあと、オフェリーが、首をかしげている。


「アルさま。

異端の文章とクレシダに、なんの関係が?」


「確証はありませんが、独特すぎる思想です。

なんらかの源流があるのではと。

異端として滅ぼされたと記されていますが……。

本当に滅んだのでしょうか。

石版の民のように、地下に潜る可能性だってあるでしょう」


「そうですね。

それならこの世からなくなったはずの書物を、ジョクスさんが持っていて良かったですね。

なにかのヒントになるかもしれないですし。

地下の協力者がいたら、知らないと大変ですね」


                  ◆◇◆◇◆


 古びた箱を持って、ティトが戻ってきた。

 箱を開けると、何冊か本が入っている。

 そのなかで百科事典・異聞と書かれた、分厚い本を取り出した。

 状態は良好だ。

 さすが収集家なだけあって、保存状態には気を配っているのだろう。


 ティトからそれを受け取って、目を通す。

 救済派、救済派……。

 あった。


「山と海に隔たれた陸の孤島で生まれた思想を源流とする。

使徒が降臨するはるか前より存在した思想」


 山と海に隔たれた陸の孤島って……。

 ラヴェンナ地方じゃないのか?

 ティトは少し感慨深い顔になる。


「もしかして、ここにこの本がくるのは……。

なにか運命的なものでもあったのでしょうかね」


「それはなんとも。

続きはと……。

この世界の生が悲惨なのは、悪しき創造主によって創られた世界であるが故と。

悪神に創られた物質的に存在する肉体は悪である。

そこでさらに、ふたつの教義に別れた。

禁欲によって己の霊を高める派。

もうひとつは……。

霊と肉体は別存在で、肉体が犯した罪悪の影響を受けない。

だから本能に従って行動せよと。

すでに救われているのだから、救済は不要。

むしろ死こそ救いであるとする派ですね」


 オフェリーはハッとした顔になる。


「クレシダは後者ですよね」


 俺はうなずいて、続きに目を通す。


「前者は教会と融合し、救済派を名乗ったとあります。

人々の救済を目的とした教会となら、親和性があると思ったのかは謎ですが。

禁欲的な生活に終始して、民衆の喝采を浴びたようですね。

その光景に堕落した聖職者たちは、危機感を覚えます」


 オフェリーが小さく、ため息をつく。


「そんな昔から腐敗していたのですか……」


 そりゃ、安定的な立場であればね。


「そこで救済派を排除しようと企む。

禁欲的な生活を非難するわけにはいかない。

そこで『この世は悪の世界である』という、彼らの思想に目をつけます。

当然、教義と相容れません。

使徒も悪であるという解釈になりますからね。

異端認定されて徹底的な弾圧を受けたようです」


「使徒の存在に異議を唱えたら消されますね……」


「記録に残る最後は……。

教会と融合しなかった、本能に従う派の末路ですね。

ただ民衆に害を加えれば、使徒に討伐されるでしょう。

それを避けるため、山奥などに潜んでいたようです。

彼らはアイオーンの子と名乗っていた。

アイオーンの子のリーダーは、代々女性でティファニーを襲名する習わしだったと……。

神の顕現という意味ですか。

そしてこれも、代々……と名付けた猫を連れていたそうです」


 ここでもエテルニタか。

 クレシダの前々世はティファニーだったのかな。

 オフェリーの目が丸くなる。


「エ、エテルニタですか。

すごい偶然ですね……」


 ティトも、目を丸くしている。


「キアラさまが飼っている猫ですよね。

珍しい名前ですが、すごい偶然です……」


 ここで、キアラの転生話をするわけにはいかない。

 あえて同意しておくべきだろうな。


「そうですね……。

教会は救済派から、彼らの情報を聞き出したようです。

異端の片割れの排除が名目ですね。

そのティファニーとアイオーンの子は捕まってしまい……。

教会によって広場で火あぶりの刑に処されたとあります。

ティファニーは死に際に『生まれ変わったら、この地獄を壊してやる』と叫んだそうで……。

火あぶりが終わった直後に、大雨が降って落雷があったと。

それが教会に直撃して、大惨事になったそうです。

それで教会の人々は、恐れてアイオーンの子の記録を抹消したと。

そう聞いたことが記してありますね」


 オフェリーが首をかしげている。


「話ができすぎだと思いますが……。

噂が噂を呼んで脚色されたのでしょうか」


 たしかに眉唾だな。

 それだけの力があれば、そもそも捕まらないだろう。

 ただ一つの可能性が思い浮かぶ。


「可能性はあるでしょう。

ただ噂に近い事実はあったのかもしれません。

教会が恐怖するほどのね。

そうなると……。

導き手の会は、使徒に従わない異端をあぶり出す目的でなく、アイオーンの子を探して抹殺するために創設されたのかも知れませんね」


「そのあとで、使徒に従わないものたちをあぶり出す目的に変わったのでしょうか?

そのティファニーが本当に生まれ変わっていたら、とっくに事件を起こしていますよね。

一向に現れないから、導き手の会は不要になる。

アルさまが言っていましたよね。

組織は目的がなくなると、別の存在理由を探すって。

それで目的が変わったのでしょうか?」


 よく覚えていたな。

 そのあたりの推測が自然だと思う。


「多分そうでしょう。

推測ですがね。

これ以降の記録はないようですね。

彼らの源流については書いていませんかねぇ」


 パラパラとめくるが、とくに記載はなかった。

 そう都合よくはいかないか。

 少し肩を落とした俺に、ティトは箱を再びあさって一冊の本を取り出した。


「あのぅ……。

この筆者が、百科事典として載せるに値しないとしたものがあります。

最初に譲られたとき、序文だけは見たのです。

タイトルがないので、逆に気になって見てしまいました」


 ティトから受け取った本は、タイトルがない。

 開いて、その序文を読む。


「これは証言者に疑いがあるなど、確認の余地を必要とする内容をまとめたものである。

つまり、現時点で辞典に載せるに足る確信がなかった事柄。

だが……私の一存で消去するのは、知に対する背信行為に他ならない。

故に判断を後世に委ねるべく、これをのこしたい」


 オフェリーが妙に感心した顔でうなずいている。


「なんかアルさまが書いたような文章ですね」


 そんなことはないだろう。

 この百科事典を書くのに、どれだけ歩き回って時間をかけたのだろう。

 その労力に、頭が下がる思いだよ。


「この著者のほうが、ずっと立派ですよ。

私と比べては失礼というものです」


 オフェリーはなぜか、フンスと胸を張った。


「私はアルさまのほうが立派だと思います。

大勢の人を幸せにしていますから」


 どうも居心地が悪いので、先を読み進めることにしよう。

 パラパラと羊皮紙をめくっていくと、アイオーンの子の前身ではないが……。

 気になる記載があった。


「古代には現在より、魔法の使い方などに熟達した一族がいた。

それは山と海に隔たれた陸の孤島。

その地下に都市をつくり、住んでいた。

なぜ地下なのかといえば、日の光にあたると肌が火傷になる、特殊な体質の持ち主だったからだ。

そんな彼らが、世の禁忌に触れるような魔物を生み出してしまった。

なぜ生み出したのかは、子孫を自称する彼らも知らない。

その魔物は人の姿をしているが、生きとし生けるものの魂を食らう。

それらを封印し、子孫が万が一にも封印を解かないよう、この地を立ち去ることにしたらしい。

断腸の思いで故郷を捨てた彼らは、陽光の下でも生きられるよう、全身をローブで覆っていた」


 そんな集団は見たことがない。

 もう絶滅したのかな。

 オフェリーが眉をひそめた。

 この記述は、嫌でもわかるよな。


「もしかして、血の神子ですか?」


「でしょうかね。

生み出した動機は、わからずじまいですが……。

読み進めましょう。

彼らは独自の文字を持っていた。

それを代々語り継いできたが、私が話を聞いた人物は最後の伝承者らしい。

後世に残すため、この文字の解読の資料を残すことにする。

その土地に人が立ち入ったとき、なにかの役に立つかもしれない。

それとも……ただの妄想なのか。

話をしてくれたものは、病でいささか、正気を失っていたからだ」


 そして書かれた文字は……。

 ビンゴだ。

 地下都市の文字と酷似している。

 これで解読できるかな。

 ティトも気がついたようだ。

 少し興奮気味で、頰が上気している。


「あれ……。

たしか書館の収蔵された石版にこんなのが……」


「ジョクス館長。

この本を筆写させてください。

私の責任でです。

それと石版の解読も、誰かにやってもらわないといけませんね」


 ティトは力強くうなずいて、ドンと自分の胸をたたいた。

 探究心に火がついたようだ。


「それは私にやらせてください」


「わかりました。

しかしこの雑記は、別に禁書でもないと思いますが」


 オフェリーが小さく、首を振る。

 他に禁書とされる理由があるのか。


「いえ。

過去に発達した文明などないのが、教会の教えです。

それに反するだけでも、焚書ふんしょの対象になりえますから」


 なるほど。

 時代を止めるのが、教会の目的だったな……。


「これをまとめた人は、それを知って隠したのでしょうね」


 ティトが神妙な顔で、本を見つめた。


「これを譲ってくれた隠者は、私の収集癖に根負けしてこれらをくれたのですが……。

そのとき条件をつけられました。

決して人に見せてはならないと。

教会の教えが絶対でなくなる、そのときまで保管し続けてくれ、と言いのこしました」


 隠者か。

 だからこそ持っていたのか。

 持っていたから、隠者になったのかは謎だな。


「元の持ち主はお知り合いだったのですか?」


「遠縁の蔵書家でした。

その人の元に、私は足しげく通って、蔵書を筆写しまくったものです」


 クレシダの過去が、なんとなく見えてきたな。

 そしてアイオーンの子は、本当に滅んだのか?

 地下に潜伏していて、クレシダが接触したら……。

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