635話 エテルニタ

 ラヴェンナに到着したとき、別の報告があがってくる。

 ゾエが到着したときに、何者かに暗殺されそうになったと。

 ところがヤンが居合わせていた。

 直前に阻止したらしい。

 暗殺者は商人を装っており、阻止された瞬間自決した。

 

 魔法で記憶を手繰ったが成果はゼロ。

 ヴァロー商会関係なのは状況証拠から明らかだ。

 暗殺者が紛れ込んでいた商会の責任を追及しても……知らぬ存ぜぬだった。

 本当に知らないにしても、無罪放免にならない。

 ラヴェンナと経済圏から締め出すことにしたと、報告を受けた。


 しかし……。

 都合よくヤンがいるものだと思ったが、実情はちょっと違った。


 ロマン王子の事件で、俺から褒められた。

 それでヤンは味を占めたらしい。

 権力者から褒められたのは俺がはじめてだったようだ。

 暇なときは、トラブルがないかと街を徘徊はいかいしている。

 大きなトラブルが起こるなら、港だろうとアタリをつけたらしい。


 最近、外部の人間がよく訪れる。

 そこで、小さなトラブルは多いからな。

 小さなトラブルが積み重なって大きくなると考えるのは、理に適っている。

 ヤンの直感は天才というより、神がかり的ななにかだな。 


 それでゾエがきたときに、直感で暗殺者のきな臭さに気がついたようだ。

 動物的というか……。

 ともかくお手柄だったので、ヤンを訪ねて礼を述べた。

 ヤンは喜色満面。

 褒美を渡したら、皆でドンチャン騒ぐといって、意気揚々と飛び出していった。

 エミールは両手で顔を覆ったが、見ないフリをしよう。

 これでさらに味を占めて、血眼にならないか心配なのだろうか。

 別に無理に探していないだろう。

 ないからと……でっち上げをするわけじゃないのだ。

 ヤンの好きにさせておこう。


 そのあと、すぐ閣議に出席した。

 第5拠点襲撃の話をすると、チャールズが渋い顔をする。


「陸路からの攻撃が、現実味を帯びてきましたなぁ……」


「それだけじゃありません。

停滞していた教皇選出に影響します。

今までは保留し続けていました。

もう限界と悟ったでしょう。

アラン王国と合体して、教会を守ろうとしますね」


 プリュタニスは、口元に皮肉な笑みを浮かべた。


「たしか新教皇に、前国王トリスタンを考えていましたね。

教会自体の力が落ちているからこそ、世俗の王権と合体して生き延びようとするわけです。

ところが本命は退位の意向を漏らしてしまった。

当然、話が止まるでしょう。

次期国王を見定めてから……。

それが教会の本音でしょう。

ところが最後の砦だった巡礼地が襲撃ですからね。

ロマン王子が教皇など最悪ですが、えり好みして教会が消滅しては元も子もないと。

毒入りでも、口にして飢えを凌ぐところですか」


 プリュタニスはすっかり世界情勢通になったな。

 内乱のときに連れてきた甲斐があったというものだ。


「それにロマン教皇になったとしても、下手な歌しか興味がないのです。

教会の運営は、今までと変わらずできると考えているでしょうからね。

とにかく世俗権力と合体したあとで、首のすげ替えでも計画するでしょう」


 マガリ性悪婆は、肩をふるわせて笑いだした。


「昔は教会の連中を、生臭坊主なんて呼んだが……。

臭いどころか腐ってきたかい。

普通なら巡礼地を奪おうとするリカイオスと衝突するから、こっちは安心と言いたいところだがね」


「そうはならないでしょうね。

むしろリカイオス卿とロマン王子は手を組むでしょう。

ロマン王子は私たちをひどく逆恨みしていますからね。

ランゴバルド王国を分割する相談でもするんじゃないですか?」


「そんなところだろうね。

ただ……あの盆暗ロマンが、すんなり即位できるとは思わないね。

できても、国内は荒れるだろうさ」


 そこでもう一つの要素が、顔を出すんだよなぁ……。


「鍵になるのが使徒ですよ。

ロマン王子の支持を表明するとどうでしょうね。

衰えたとはいえ、アラン王国では使徒の権威がいまだに高いでしょう。

これで表だっての反発は抑え込めます」


 チャールズが、皮肉な笑いを浮かべる。


「そうなると2対1ですか。

アラン王国の戦力自体は弱いと、ロンデックスが言っていましたな。

そこだけは救いですなぁ。

リカイオス卿とロマン王子を食い合わせて、横から蹴り飛ばせれば理想でしょうが……」


 プリュタニスが身を乗り出した。


「どうでしょうか。

使徒が動くなら、そこが好機だと思います」


 そこに気がついたか。

 この件も任せてよさそうだ。


「プリュタニス。

使徒米の噂をいつでも流せるようにキアラと協力してください。

タイミングは一任します」


 プリュタニスは、力強くうなずいた。


「ようやくそのカードを使うときが来ましたね。

これが広がると、アラン王国は大変な騒ぎになるでしょう」


 キアラはニッコリとほほ笑んだ。


「下準備だけはすませてありますの。

あとはお兄さまの指示があればいつでも」


 この件はそれでいいだろう。

 もっと差し迫った問題に対処しなくてはな……。


「シケリア王国については、防衛体制の構築を含めて計画を練り直してください」


 チャールズは苦笑しつつうなずいた。


「敵さんは熱心にあの手この手と考えますなぁ……」


 そりゃリカイオス卿は、勝つ気でいるからな。

 いろいろ考えるだろう。

 考えない馬鹿なら、どれだけ楽なことか。


                  ◆◇◆◇◆


 翌日、真剣な顔のキアラが執務室を訪ねてきた。


「お兄さま。

ちょっとお話があります」


「いつにも増して深刻そうですね。

キアラからの話を拒む理由はありませんよ」


 キアラは小さく首を振った。


「私の部屋まで来てもらっていいですか?

お兄さまだけで」


 ミルの表情が一瞬険しくなった。

 だがキアラの顔を見て思うところがあるらしい。

 小さく肩をすくめた。


「アル、いってあげて」


 オフェリーはなにか言いたそうにしていたが我慢したらしい。

 

「わかりました。

いきましょう」


 キアラはずっと無言。

 これが話の深刻さを思わせる。

 キアラの部屋に入ったが、既に先客がいた。

 エテルニタを抱いたカルメンが、キアラのベッドに腰かけている。

 カルメンは俺に軽く一礼した。


「アルフレードさま。

わざわざ呼び出してすみません」


「構いませんが……。

お話はカルメンさんからですか?」


 カルメンは小さく首を振った。


「いえ。

です」

 

 キアラと俺は、テーブルをはさんで向き合って座る。

 カルメンはベッドに座ったままで、話に参加するようだ。

 キアラは、小さく息を吸い込む。


「お兄さま。

第5の拠点が襲撃されて、墓標の木が焼かれた話をカルメンにしました。

それでお兄さまには伝えようと思ったのです。

私はお姉さまに話してもいいですが……」


 カルメンが小さく肩をすくめた。


「この話は、キアラ以外としたことがありません。

キアラに頼まれて……アルフレードさまだけならと思いました。

私はミルヴァさまを信用できる人だと思っています。

でも信用の問題ではありません。

他人に話すことはないと思っていましたから。

だからと黙っているわけにもいかないと思いました。

あそこが焼かれてしまったのですから……」


 前世がらみの話か。

 キアラは、小さくうなずいた。


「私が前世の話をしたことは覚えていますよね」


 忘れるはずもない。

 よほどの決意があって打ち明けてくれたことだと思っている。


「勿論ですよ」


「うすうす気がついていると思いますが……。

死ぬときに、カルメンと私は同じ場所にいたのです」


 確証はなかったが、そんな気がしていた。

 ただそれを、わざわざ確認する必要はないとも思っている。


「やはりそうですか」


 カルメンは俺が頭から否定しなかったことに、少し安心したようだ。

 小さい頃口にして、父親から気味悪がられた経験があったな。

 だから口にはしたくなかったのだろう。


「墓標の木が焼かれたのは意図的でしょう。

おそらくクレシダが焼いたと思います。

そうなると私たち以外の生まれ変わりなんじゃないかと」


 それ以外は考えられないな。

 ちょっと、町から離れていたはずだ。


「たしかに町外れまでいって、わざわざ焼いていますからね。

心当たりはありますか?」


 カルメンは一瞬迷ったそぶりを見せたが、すぐ真顔になる。

 話すことに、まだ抵抗があるのだろう。


「ひとりだけ……。

その子というのも変なので、名前で言います。

アナスタシアと言いました。

その子は小さい頃から、とても頭がよかったのです。

子供にしては不相応なまでの、広範な知識までもっていました。

多分そのときから、前世の記憶をもっていたのだと思います」


 前世の記憶もちがそれを失う前に死んで、転生後に前世の記憶をもっていたらどうなのか。

 前世のみならず、前々世の記憶までもっているだろう。

 そう考えれば辻褄が合う。


 あの手紙だけでも、16歳が書ける内容ではないだろう。

 長年ため込んだ狂気のようなものがなければ……。


「なるほど。

納得できますね」


 カルメンは驚いた顔で口に手を当てる。


「信じてくれるのですか?」


「否定する材料がありません。

あれだけの頭脳明晰さは不思議でした。

彼女の業の深さを見通せないほどです。

前世と言っても子供だったのでしょう?

それならまだ足りないと思っていました」


 キアラはカルメンに自慢気な様子で笑いかける。

 

「ね?

言ったでしょ。

お兄さまは頭から、なんでも否定しないって」


 カルメンは小さく息を吐き、頭をかいた。


「実際目の当たりにすると驚きですよ……。

と、ともかく……。

アナスタシアはとても醒めた子でした。

ですがそんな子が、子猫を拾ってとても可愛がったのです。

私たちも歳は近かったけど、今一話が合わなくて、ちょっと疎遠だったのですが……。

子猫を通じてとても仲良くなりました」


 オフェリーもキアラ、カルメンとは猫つながりで仲良くなったな。

 猫が結ぶ縁か。


「その子猫の名前がエテルニタですか」


 エテルニタは呼ばれたと思ったのか『ニャーン』と鳴いた。

 猫は自分の名前を聞き分けられたな。

 キアラはエテルニタを優しい目で少しみつめてから、俺に向き直った。


「そのとおりですわ。

お兄さまに話していませんでしたが……。

がれきに埋もれたときに、アナスタシアは我が身を呈して、エテルニタを守ったのです。

そこでエテルニタを見たエレニは激高しました。

『自分の恋人は殺すのに、どこにでもいるような子猫は助けるの!?』

そういって強引にエテルニタを取り上げて……。

地面にたたき付け、足で踏みつけて殺したのです」


 動物に八つ当たりとは……。

 エレニのヤバさが浮かび上がると共に、クレシダの恨みの深さがうかがい知れる。

 我が子を殺された母親の憎悪はいかばかりか。

 目の前でやられて恨まないなど……そうそうありえないだろう。


「言葉もでませんよ……。

子猫には何の罪もないでしょう」


「それを見せつけられたアナスタシアの表情は、とても怖かったです。

その表情に、エレニは気おされて捨て台詞を吐いて立ち去ったのです。

それだけ恨みがあれば、子孫のいる第5の拠点を狙ってもおかしくないかと」


 気おされたのか、子猫を殺して我に返ったのか……。

 両方なのか。

 それはわからないな。


「たしかに……。

第6の拠点を襲っても、攻撃ルートを確保できる。

墓標の木まで焼いたのですから、第5を襲う理由だったとすべきでしょう。

それなら町の人まで、皆殺しにするわけです。

カルメンさんがエテルニタを拾ったのは、それを思い出したからですか?」


 カルメンはエテルニタをなでながら、少しうつむいた。


「あんな思いをするなら、ペットなんて要らないと思っていたのですけど……。

たまたま母猫のいない、子猫を見かけてしまったんです。

そのときにあの光景が、頭に浮かんで……。

このままだとこの子は死ぬと思いました。

どうしても見捨てられなかったんです。

それなら今度は幸せにしてあげようと。

もしかしたら、エテルニタにとっては迷惑だったかもしれませんけど」


 やはりカルメンは情深いのだろうな。

 実際は子猫と目が合ったとか、そんな理由かもしれないが……。

 ちょっと湿っぽくなったが、キアラはせき払いして表情を改めた。


「アナスタシアのことをお兄さまに伝えれば、今後の対決に役立つと思います」


「いいのですか?

前世の友人だったのでしょう?」


 キアラは小さく笑って首を振った。


「私が恨むのはエレニだけです。

お兄さまのおかげで、子孫まで罪があると考えなくなりましたから」


 カルメンは苦笑しながら、エテルニタをなでている。


「私も子孫にまで、因縁をつける気はありません。

もしエレニがいたら、全力で殺しにいきますけど」


「そのアナスタシアで、なにか気がついたことはありますか?

曖昧な聞き方ですみませんが……」


 カルメンは額に指を当てて、難しい顔になる。


「一つあります。

この世界は牢獄のようなものだ、と言っていました。

魂が肉体に囚われていて……すみません、そこからは思い出せないです。

一度ポツリといっただけなので」


 牢獄か……。

 宗教概念的なものかなぁ。

 あったとしても、教会は絶対認めないだろう。

 あの手紙を見ても、オフェリーは何も感じなかったが……。

 その視点で聞くと、どうなるか。


「なんとも過激な思想ですね。

ただ……。

あの手紙に、そんなことを書いていた気がします。

どうやらあの手紙にもって隠れたメッセージがあるのかもしれません。

もしかしたら、自然に浮かんだのか……」


 カルメンは真顔で考え込んでいたが、突然苦笑する。


「なんというか……。

さも当然のように、この話を受けいれるのですね。

キアラと話しているときのようです」


「キアラのいうことを信じたのです。

それに付随する話を否定しても仕方ないでしょう。

有意義な情報だと思っていますよ」


 キアラはカルメンに、フンスと胸を張った。


「カルメン、言ったとおりでしょ?」


 カルメンは微妙な表情になる。

 どんな顔をしていいか……わからないといったところだな。


「こんな話を信じるなんて、よほどの大馬鹿かその逆でしょう。

アルフレードさまは馬鹿とはほど遠いですからね。

人を信じてだまされた話も聞きませんし……。

とんでもない人ですよ。

そう考えると、キアラにとってはとても幸運だったのね」


「ええ。

アナスタシアも、お兄さまの近くに生まれ変わっていれば……。

また違う人生になったのかもしれないわ」


 俺は他人の人生を変える力はないぞ。

 本人の資質次第だと思っている。


「どうでしょうね。

反発して殺されるかもしれませんよ」


 キアラは不思議そうに首をかしげた。


「あの手紙って、熱烈な恋文だと思いますわ」


「想像だけで理想像を作り出していますからね。

近くにいたら、理想と乖離かいりしすぎて憎悪される可能性があると思いますよ」


「うまくいかないものですわね。

でもお兄さまは、近くにいないと魅力がわかりませんわ。

遠い人には、魔王とか言われて怖がられますから。

一時期、邪神とか言われていましたけど……。

結局魔王で落ち着きましたわね」


 そんな分析しないでいいよ……。

 そう思っていると、エテルニタが軽く伸びをして俺をチラ見した。


『みゃぉぅ~』


 キアラとカルメンが、顔を見合わせて爆笑しだした。

 いや、ただの鳴き声だよ。

 魔王って鳴いたわけでないから!

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