634話 例の発作

 アラン国王崩御の件は、パパンにだけ伝えておいた。

 結婚式に水を差すほどの緊急を要する話ではないからだ。


 いくつか今後の対応について話し合っただけ。


 かくして結婚式は、つつがなく終わる。

 そして祝宴と相成った。

 ミルはスカラ家の家臣に人気があって引っ張りだこ。

 キアラは公的な位置が高くなったので、来客からは引っ張りだこ。

 オフェリーも前教皇の姪という社会的地位の高さから、またまた引っ張りだこ。

 アーデルヘイトは持ち前の美貌で、男たちから大人気である。


 ひとりクリームヒルトは手持ち無沙汰に、パーティーを眺めていた。

 魔族は内心敬遠されているせいかな。


 これはいかん。

 寂しい思いをさせるために連れてきたわけではないのだ。


 俺は賓客との会話を切り上げて、ひとりパーティーを眺めているクリームヒルトのところにいく。

 クリームヒルトは俺の姿を見て、ちょっとうれしそうに笑った。


「アルフレードさま。

いいのですか? 他の方々はアルフレードさまとお話ししたがるでしょう」


「それよりクリームヒルトのほうが、気になりましたからね。

私だと物足りないかもしれませんが、ひとつ付き合ってください」


 クリームヒルトは、ニッコリ笑って少しだけ俺との距離をつめた。


「物足りないどころか……。

1番来てほしい人じゃないですか。

そんなうれしいことを言われるとハグしたくなるので困ります。

でも、こんなときに来てくれたら……と、ちょっとだけ思っていました」


 まあ、白馬の王子様ってガラじゃないが……。

 やっぱり、少し寂しかったのだな。

 もうちょっと事前に配慮しておくべきだった。

 今後の課題だな。

 とはいえ、ここでそんなことを考えても仕方ない。

 話を変えよう。


「こんなパーティーは今まで体験したことがなかったでしょう。

だから戸惑いませんか?」


「はじめてだらけで……。

どうしていいのかわかりません。

それでもアーデルヘイトは、気にせずいろいろな人と対応できていますね。

ちょっとうらやましいです」


 アーデルヘイトはいろいろな男性に囲まれても、実にうまく対応している。

 相手を楽しませる会話術ももっているようだ。


「アーデルヘイトはそんな教育を受けてきましたからね。

あまり実践する機会はなかったでしょうけど……」


 クリームヒルトはクスりと笑う。


「さすがにわきまえて、筋肉の熱弁はしていないようですね」


 そんな暴走されては悪夢以外の何物でもない。


「しないでくれと頼みましたからね」


 そこから他愛もない話をしていると、パーティーの主役であるアリーナが俺たちのところにやってきた。

 豪華な薄青いドレスと相まって、なかなかの目立ちっぷりだ。

 主役だから当然だけど。

 アリーナは絶世の美女ではないが、聡明そうめいで隣にいると落ち着くといったタイプだな。


「アルフレードさま、こんな端っこでどうしたのですか?

姿が見えないので探してしまいましたよ」


「私は地味なので、端っこが好きなのですよ」


 アリーナは困惑顔で、小さく首を振った。


「アルフレードさまって……。

たまに意味不明なことをおっしゃりますね」


「ともかく……。

晴れて結婚されたのです。

これからは義姉上、《あねうえ》とお呼びすべきでしょうね」


 アリーナはなぜか固まってしまった。

 その顔は『なんでそのことに触れた』と言わんばかりである。

 クリームヒルトも笑いを堪えるかのようだ。

 なにがおかしいのだ。

 俺が内心憮然としていると、アミルカレ兄さんがやってきた。


「そりゃ……誰もお前に、義姉上あねうえなんて呼ばれたくないだろ。

男だって嫌なんだ。

女性ならなおさらじゃないか。

お前は年齢不詳なんだ。

それをわきまえろ」


 聞き耳を立てていたのか。

 我が兄ながら暇なのだな。


「なんでそうなるのですか……」


 アリーナはたまらず吹き出した。


「できればそのままアリーナと呼んでください。

バルダッサーレさまは、『それが精神衛生上いいだろう』といって許してくださいましたから」


 精神衛生上ってなんだよ。

 どこにいっても……ひどい扱いだ。


「皆でよってたかって私を虐めると、良くないことがおこりますよ」


 突然アミルカレ兄さんに軽く頭を小突かれる。


「お前がいうと、しゃれにならん。

こんなめでたい場で、不吉なことをいうな」


 なんという理不尽な……。

 ちょっと反撃したくなるぞ。


「そういえば、アミルカレ兄上のご結婚はまだなのですか?」


 アミルカレ兄さんの頰が引きる。


「お前……。

知っていて嫌がらせをしているだろう。

なんでこんなヤツがモテるんだ。

クリームヒルトさんは、アルフレードのどこがいいんだ?」


 突然、そんなことを聞かれたクリームヒルトの目が点になる。


「たくさんあって、すぐには言えません……」


 アミルカレ兄さんは、突っ込みがいがあると思ったようだ。

 やや意地悪な笑みを浮かべる。


「ほう……。

それほど魅力的なのかな?」


「ええと……。

まず優しいところです。

包容力があって、私をとても大事にしてくれますね……。

そしてどんなに忙しくても、私のことをちゃんと見てくれます。

あとはたまに、むちゃをするところとか……。

欠点に見えるところも魅力的なんです」


 聞いているこっちが恥ずかしくなる。

 アミルカレ兄さんは大袈裟に天を仰ぐ。


「なんてことだ……。

世の中不公平だろ」


 アリーナは困惑顔で苦笑する。


「アミルカレお義兄にいさま、大丈夫ですよ。

私にもお義兄にいさまに相手がいるのかと、いろいろ聞かれていますから。

すぐに良縁がたくさん舞い込みますよ」


 アミルカレ兄さんは小さく首を振った。


「アリーナ……。

気遣いはうれしい。

でも……だ。

人間、見えない食事の話だけされても……腹は膨れない。

兄は飢え死に寸前。

弟だけが満たされている。

三男なんてはみ出るくらい腹一杯だ

そんな世の中など不公平ではないか」


 アリーナは気の毒なほどオロオロしている。

 スカラ家はフランクだからな。

 ある意味、パリス家のほうがお堅いほどだ。

 助け船を出そうかと思ったが……。

 もうひとりの主役であるバルダッサーレ兄さんまでやってきた。


「またアミルカレ兄さんが、例の発作を起こしたのか。

アリーナ、適当にあしらっていいよ。

まじめに相手をすると、きりがないんだ」


 余計、返事に困ると思うのだが……。

 アミルカレ兄さんは憤慨した顔になった。


「私の妻選びが難航しているのは知っているだろ!

妻だけで不足なら侍女もって……。

オマケをつけるヤツまであらわれたぞ。

その侍女もどこかの縁者だし……。

スカラ家の力目当ての家と縁戚になると、このあとが地獄だ。

だから相手の調査だけで大変なんだ!」

 

 アミルカレ兄さんはイケメンだし、性格もいい。

 家柄も良くて有能。

 かなりのハイスペック物件なのだが……。

 あまりに高い家柄が、ネックになっていた。


 色気を見せている子女は多い。

 その本人はともかく……後ろに厄介な親族が控えている。

 欲にまみれた親族を抱えると……どうなるのかだ。

 下手に結婚したら、その連中はスカラ家の威光を借りて、今までできなかったことをしはじめるだろう。


 もうひとつ問題がある。

 バルダッサーレ兄さんが、アリーナと結婚したことだ。

 これでスカラ家は、婚姻の際に家格にこだわらないことが知れ渡った。

 それは意図したことだからいい。


 それが家格の高い連中を、いたく刺激したのが問題だ。

 バルダッサーレ兄さんは次男だから飲み下せる。

 次期当主の妻の家柄が低いと飲み下せないと……。

 家格の低い女性になど頭を下げたくないという、実にわかりやすい動機だ。


 どおりで母の家柄が低い当主は苦労するわけだ。

 こんなとき生まれた子供は、低いほうを基準としてみられる。

 不満の大義名分として、低さを意図的に問題にするのだ。

 実力で黙らせることは可能だが……。

 何か問題がおこれば、また蒸し返されるのだ。


 社会的地位はグループで別れている。

 グループ内であれば、そのような高低差は問題にならない。

 つまり名家同士なら、家柄の高い低いなど議論にならないのだ。


 そこからちょっとでも外れた途端……問題にしはじめる。

 妻をめとるのがよその家であっても、同じグループに属する自分への侮辱に思うらしい。

 おもしろいのは、グループ下位か成り上がった人間ほど騒ぐ。

 本当にトップだと鷹揚に構える。


 無視してもいいのだが、時期的に無用な敵を増やすのは愚策。

 ある程度の配慮は欠かせないのだ。


 無難なのは名家から妻を迎え入れることだが……。


 ママンの実家は名家で、皆マトモだ。

 だが結婚適齢期の女性がいない。

 3~5歳と40歳以上なら独身女性はいるけどね。

 残念ながら除外された。


 最近は名家からのアプローチは激しくなる一方らしい。

 分をわきまえた名家の良縁なら、即ゴールだが……。


 いない。


 名家出身とは、家柄の優位性をたたき込まれて成長している。

 内乱を生き抜いたことで、変なプライドまでもちはじめたから厄介だ。


 タイヘンダナー。


 俺が口だしする話じゃないから……いいや。


「いろいろと大変でしょうが……。

頑張ってください」


 俺の心のこもった激励にアミルカレ兄さんの頰が引きる。


「お前ら……私を虐めて楽しんでいるな!

性格悪すぎるぞ!」


 それは被害妄想だろう。


「いえいえ。

そんなつもりは毛頭ありません。

日々、スカラ家の次期当主の重荷を背負いつつ……。

奮闘されている兄上を、尊敬すらしています」


「真面目くさった顔で、しらじらしいセリフを吐くな。

年齢不詳の腹黒魔王め。

バルダッサーレもなにか言ってやれよ」


 なんでここまで、そのひどい名前が広まっているんだよ。

 バルダッサーレ兄さんは苦笑して、肩をすくめた。


「アルフレードと同じ気持ちですよ。

それと……次男で良かったと思っています」


 俺は真面目くさって一礼する。


「私も三男で良かったと思っています」


 アミルカレ兄さんの額に、青筋が浮かんだ。

 クリームヒルトとアリーナは、お互い顔を見合わせる。

 そして同時に深いため息をついた。


                  ◆◇◆◇◆


 無事に結婚式も終わった。

 俺たちはラヴェンナに戻ることにする。


 クレシダがなんらかのアクションを起こすことは明白だ。

 対応のため、早い帰りを予定していた。

 そのあたりは事前に伝えてあるから問題にならない。


 急いで戻ろうとしたとき、急報がもたらされる。

 第5使徒の拠点が、何者かに襲撃されたと。

 馬車の中で、俺は自然と渋い顔になってしまう。


「使徒の拠点を襲撃とは……。

予想以上に思い切った手です。

そして軍事的な問題にまでなりましたね」


 キアラは第5拠点の襲撃と聞いて、一瞬卒倒しそうになった。

 正確には、墓標の木までなぜか焼き払われたと聞いてだったが。

 そのときはミルに支えてもらっていた。

 まだちょっと顔が青い。


「軍事的な問題ですの?」


「各国は巡礼街道でつながっています。

クレシダ嬢が襲われたことを口実に、その領地を没収すると……。

陸路での進撃ルートが開けてしまうのですよ。

正直……恐れ入りました。

自分が襲われたのも、クレシダ嬢の計画でしょう」


 ミルはどことなく不安そうにしている。


「自分を襲わせるの?

死ぬ可能性が高いわよ。

私だったら、アル以外の人に抱かれるなんて……鳥肌が立つわよ」


「だからこそです。

それが普通の反応でしょう。

これでクレシダ嬢が、首謀者だと疑う人はいない……。

いえ。

疑うことを声に出せなくなります」


 内心どこかクレシダを甘く見ていたのだろうか。

 自分の身すら顧みない破滅願望ならではの一手だ。

 この影響はとんでもなくでかい。

 皆と相談しなくてはな……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る