629話 曖昧な示唆

 あれからアラン王国の続報が入ってこない。

 ゾエの身になにかあったのだろうか。


 確認しようがない。

 ただゾエは、その技術で敬意を払われている。

 簡単に消されはしないだろう。

 それを祈るしかないな。


 アラン王国へのパイプがゾエだけなのは失策だった。

 数本パイプはつないでおくべきだったよ。


 かといって、今からパイプ作りは難しいだろう。

 国王が倒れて生死不明なのだ。

 有力者が下手に国外と連絡をとれば、疑念をもたれるだろう。

 いささか悶々もんもんとしながら、日々の政務をこなす。


 俺は気分転換に、軍事省を訪れる。

 軍事部門は、平和なときこそやれることが多い。


 魔法を有効活用する機運が、各国で盛り上がっている。

 今まで戦争がなかった。

 なので少人数でのゲリラ的運用に留まり、有効活用とまでいかなかったのだ。

 昔話から現実となった以上、技術革新に取り残されては生き残れない。


 数の確保も大事だが、習熟に時間を要する技術職。

 それこそ3-4年はかかるのだ。

 便利だからと……頼り切るわけにはいかない。

 戦力の補充が困難なのだ。


 ラヴェンナ軍として、有効活用の方策と対策を検討していた。

 幸い、その手の運用には一日の長がある魔族を取り込んでいる。

 種族特有の長射程だからこそ可能な運用だったが……。

 ノウハウを最ももっていることは間違いない。

 彼らの意見を参考に、計画を練っているのだ。


 つまり……今一番忙しい部署。

 平時の兵士は暇で、上層部は忙しい。

 暇といっても何でも屋。

 土木作業やニシン漁に駆り出されているが。

 いいことだよ。


 軍事省の執務室でチャールズ、ロベルト、ベルナルド、セヴランといった軍首脳がなにか相談していた。


 チャールズは俺が入室するとウインクする。


「むさ苦しい我らの城にようこそ。

わざわざこちらに来られるのは、なにか相談事でも?」


「いえ、単に気分転換です」


 チャールズが一瞬探るような目をしたが、すぐに表情を緩めた。


「行き詰まっているわけでは無さそうですな」


「待ちの状態ですからね。

国境沿いの領主たちはどうですか?」


 シケリア王国と隣接した領地の情報を集めている。

 最悪のケースで援軍にいくことになるからだ。

 そのため各領主の情報は、軍事省の管轄となっている。

 キアラに聞いてもいいのだが、カルメンと駆けずり回っていた。

 つまりとても忙しそうだったのだ。

 キアラは、あとで俺に相談したいことがあると言ってきた。

 情報がらみだろうが……。

 それは話を聞いてから考えればいい。


 これからの戦争は回避できないと、俺の中で諦めている。

 片方でもやりたがれば成立する。

 強大な力をもつ国が睨みを利かせれば、それも成立しないが……。

 あいにくラヴェンナにそこまでの力はないのだ。


 さらにはとにかく争いを起こせばいいと考える人物がいる。

 理性の入る余地がないのだ。

 不可避であればこそ準備しなくてはいけない。

 プロの見解を聞いておきたかった。


 チャールズは俺の質問に、渋い顔をする。


「現時点で最低限の備えでしょうな。

内乱が終わって、領内の治安も安定しつつあるようです。

なによりラヴェンナとシケリア王国は、友好関係になりつつあるのが一般の認識。

それで備えよと言ってしまうと、寝た子を起こすようなモノですからなぁ」


 ベルナルドが地図を広げる。


「皮肉なことに、国境沿いはご主君が有能と思われた人を割り当てました。

それで治安が維持されて、現在は平穏です。

本来はそれでいいのですがね。

シケリア王国への警戒を通達すると……あらぬ疑念を生じるでしょう。

ご主君は戦争嫌いと知られていますが、同時に類いまれなる策士との評判です。

後者のイメージが強すぎるのでしょうな……。

ご主君が含み笑いをするだけで、周囲の領主はざわめきます」


 前者のイメージだけでいいよ……。

 無用な流血を避けるために奔走したことが、かえって不信の対象になる。

 世の中ままならないモノだ。


「大変不本意ですが、それが一般的な認識でしょう。

あまり含みがある動きはとれませんね……」


「関係の悪くなっているアラン王国への備えなら角は立ちません。

ところが彼らはアラン王国と国境を接していません。

さらに言えば……南のアラン王国に注意を向けさせるのは得策ではないでしょう。

風土が変われば準備も変わりますからね。

集団であるほど、簡単に南北の切り替えなどできません」


 ベルナルドの指摘は、常識的だからこそ信がおける。

 あれだけの名声と、実績をもちつつ自分を見失わない。

 地味で目立たないが、ラヴェンナ軍の精神的柱のようなモノだ。


「ですねぇ。

守る側は、常時動員をかけるわけにもいきません。

動員は多大な負担を強いますからね。

ラヴェンナのような常備軍ではありませんし……。

変事が起こったときに、どれだけ早く対応できるかですね」


「そもそも陸路での侵攻は、山を越えてですから難しいでしょう。

山の行軍は難易度が跳ね上がりますからね。

警戒の薄さにも根拠があります。

完全に除外することはできませんが……」


「ガリンド卿の指摘されるとおりです。

だからこそ選択肢になりえますが……。

その場合は、事前に内応させるのがベストでしょうね」


 チャールズは腕組みをして、アゴに手をあてる。


「そちらの方面でも探ってもらいますか。

私生児たちを当主にしたところも、嫡流を支持する勢力が潜んでいますからな。

国境沿いではありませんが、変事が起これば注意せざる得ません。

敵さんが手を突っ込むならそこでしょうか」

 

「そうですね。

今できることと言えばそれでしょう」


「ところで、実際に戦争を起こすために……ご主君ならどんな手をつかいますかな?

正攻法での攻撃は、ガリンド卿と私が相談して対策は万全です。

長引かせることが目的ならば、すぐ撃退されては無意味でしょう。

それでいて心配されるのです。

漠然とした不安だけで、ここまで心配されるとは思えません」


 ベルナルドも謹厳な表情を崩さずにうなずく。


「私もそう思います。

むしろ心配なのは考えすぎていないかと。

考えること自体は正しいでしょう。

ですが……考えすぎると、自分とばかり向き合いすぎるのでは?

自分にとらわれ、大事なことを見落とす可能性があります」


 まったくもって正論だ。

 無駄な抵抗はやめるとしよう。

 俺が、自分を信用できないのだ。

 周囲を頼るとしよう。


「私が戦争に持ち込むなら……。

所属不明の軍隊をつかって、自国の重要拠点を攻撃させます。

略奪などして、さっさと引き上げる。

そしてそれを、相手になすり付けますかね。

いやでも戦争になります。

一度撃退されても問題ありません。

自国が荒らされて、真相を必死に探すよりは……。

なにか手っ取り早い対象があればいいのです。

怒りと悲しみと恐怖が主人であるかぎり、行動することがなによりも優先されますから」


 チャールズは苦笑しつつ、肩をすくめた。


「喧嘩と一緒ですな。

言い掛かりをつけて殴りはじめればいいと。

見えないところから殴られれば、近くを疑うでしょうなぁ」


 俺はやや大げさにため息をつく。


「一度始まれば、もう拡大する一方です。

理性が支配するのは、動ける元気がなくなったときでしょう」


 黙って話を聞いていたロベルトが、けげんな顔をする。


「ご主君。

一つよろしいでしょうか」


「メルキオルリ卿。

遠慮はしなくていいですよ」


 ロベルトはうなずくが、やや首をかしげている。

 なにか、腑に落ちないところでもあるのか。


「今までご主君は、勝ったあとのことまで考えて、環境を整えてこられました。

それが今回は、戦うことが目的であるかのように見受けられます。

その後のことはどうお考えなのでしょうか?」


 その点についての疑問か。

 閣議ではクレシダの手紙などの説明はしてある。

 ロベルトは出席していないからな。

 チャールズから聞いていても、今一ピンとこなかったようだ。


「この前閣議でお話ししたクレシダ・リカイオスです。

彼女が本物だった場合、目的は戦争の泥沼に世界を引きずり込むことですから。

勝ったあとなど考えなくていいのです。

どれだけ双方に、出血を強いるかだけ考えるでしょう。

そうすれば、滅多なことで戦争を止めることはできません。

今まで流した血を、すべて諦めて止めることは普通できませんよね。

そんな理性無用の戦いです。

あとのことまで考える余裕がないのですよ」


「どうも想像できない動機ですね。

世界を壊すってのは……」


 家庭をもったロベルトは、今や良き父親といったところだ。

 考えは保守的になるだろう。

 妻と子を守る。

 これがすべてと言ってもいい。

 普段は無口なこの男が、妻と子供のことをしゃべりはじめたら……。

 シルヴァーナですら圧倒されるほどしゃべり続ける。

 最長はノンストップで30分だったかな。


 デルフィーヌもここで幸せを手に入れた。

 それは俺にとってうれしい話だ。

 今回は、俺の個人的反骨心ではじめた話。

 それでも巻き込まれた人が幸せになるなら良かったと思う。

 

 俺がなにか説明しようとすると、チャールズに手で遮られた。


「ロベルトのいうとおりだがな。

考えてみろよ。

ご主君のやったことだって、昔の俺たちには想像すらできない代物だった。

こうやってなにかを作ろうとする人がいるんだ。

壊そうとするのがいてもおかしくないさ。

それが同時代に居合わせたのは、不幸中の幸いだろうがね。

ご主君にとってはた迷惑な話でしょうが」


 たしかにな。

 仮に俺が死んでいたら、クレシダを止められただろうか。

 そこまでは、想定に入っていなかった。

 計画が狂って、忸怩たる思いではあったが……。

 結果的に生き残って良かったのだろう。

 少なくともクレシダの件を片付ければ、平和への道が見える。

 まだ世界は血を流したりないようだ。


 自分の血なら、好きなだけ流せばいい。

 他人の血で自分の満足を得ようとする考えは、俺にとって理解できない代物だ。

 思考が深みにはまりそうになったので、俺は肩をすくめる。


「私だけならいいのですけどね。

皆さんにとってもはた迷惑ですよ」


 これまた話を聞いてきたセヴランが、身を乗り出す。

 今やラヴェンナ騎士団の3代目団長になっていた。

 おかげで『ラヴェンナ騎士団長は代替わりが早い』とまで噂されている。

 そっちはチャールズの管轄なので、俺は一切口だしをしていない。

 ま、それで円滑に回るならいいだろう。

 組織が大きくなって、上層部の人材がたりない状態だからな。


 前騎士団長ロベルトはチャールズを補佐する任務についていた。

 ロベルト本人がそれを望んだからだ。


 セヴラン自身、控えめなベルナルドを長年支えてきた。

 若干頭は固いが、大変有能な人物だ。

 先の内戦で力量を示したので、騎士団で就任に反対する者はいなかった。

 騎士の基準で言えば、セヴランの実績は群をぬいていたからだろう。


「それで我々は、どうすべきなのでしょうか」


 たしかに明確な指示が欲しいのは分かっている。

 だが出せない。

 ただ警戒してもらうしかないのが歯がゆい。

 だからといってことが起こるまで黙っているわけにもいかない。


「正直言って予防は不可能です。

なので始まってから、いかに速やかに終わらせるかでしょうね。

こうやって話していないと、初動が遅れるでしょう。

そうなると焦って……誤った選択肢を選ぶ危険が高まります。

洪水がくると分かっているのと、突然くるのでは生存率が違うでしょう」


「なるほど……。

でも洪水だと知って、事前に避難もできないのですね」


 俺はセヴランの苦笑に、頭をかくしかなかった。


「そういうことです。

皆さんには曖昧な示唆で申し訳ないと思っていますよ」


 チャールズが、軽い調子で肩をすくめた。


「ご主君の指示に文句を言ったら、誰に仕えても文句だらけですよ。

なにより少しでも血を流さないために、心を砕いている。

それは兵士たちすべてが知っています。

だから堂々としていればいいのですよ」


 そう言ってもらえるのはうれしい。

 だが曖昧な指示を出す俺が、自分に腹を立てているだけだ。

 性分なのでどうしようもない……。

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