630話 至急の知らせ
バルダッサーレ兄さんの結婚式に出席するために、ラヴェンナを出発した。
有職故実やダンスは、王都にいくときに必要だ。
今回の結婚式では不要。
だから問題はない。
出席は俺、ミル、キアラ、アーデルヘイト、クリームヒルト、オフェリー。
スカラ家から独立したので、親衛隊を連れていくことになる。
この話はスカラ家の承諾を得ているので、問題にならない。
人数の多さから、別の屋敷を提供されることになった。
ちょっとだけ自分でも寂しさを感じたことに驚いたが……。
俺にもまだそんな心が残っていたのかと。
クレシダのように、完全に壊れた方が幸せなのだろうか。
それは極端に考えすぎか。
そんなことを甲板でぼんやり思っている。
アーデルヘイトとクリームヒルトは、生まれてはじめての船なので興味津々。
海と景色を楽しんでいる。
2人をぼんやり眺めながら、出発前を思い出す。
キアラとカルメンから相談を受けたのだ。
警察では対応しきれない個人の問題。
それを解決するものがほしいと。
基本は代表者などに頼むが、それでも解決できない問題はある。
それを公的な役割として受け持っては、いくら人員がいても足りない。
現在は警察から、耳目に相談があって、その対応をしているが……。
既に限界にきている。
他所では冒険者がその役目を担っているが……。
ここでの冒険者ギルドは、都市部にあまり影響力がない。
それに都市もできて間もないのだ。
だから裏社会などもない。
他所では、最悪そこに話を持ち込む。
個別の相談案件。
人捜しや身辺調査の類いだ。
ないと不便なので、民間でやる仕組みがほしいと言われた。
つまり探偵と言われる業種。
カルメンも王都にいた頃はやっていた。
モデストもそんな仕事を請け負うことがあったそうだ。
アイデアは悪くないが、問題は人材がいるかだ。
その点も、カルメンとモデストの伝手などで、人材を引っ張ってくるらしい。
そして耳目や警察を退職したあとの職業として有効だろうとのことだ。
たしかに公的機関は、最低限のサービスに限らないと人件費ばかりが膨れ上がる。
問題はそれで食っていけるのかだが……。
その点を問いただすと、現時点でも結構な依頼があって回りきらないとのこと。
仕事がなくても、警察の補助的機関としての仕事を回せばいいとまで言われた。
そこまで回答を用意しているなら、と認めたのだ。
カルメンは探偵業の開設をモデストに協力してもらって進めることになった。
カルメンはタフすぎだろう。
毒物の研究。
耳目の指導。
ホムンクルス研究の手伝い。
ここに探偵事務所の開設ときたもんだ。
しかし探偵ねぇ。
ラヴェンナもそこまで複雑化してきたのか。
恐らくアウトローだが、信用できる人を引っ張ってくるのだろう。
いきなり不祥事が起こってはポシャるからな。
結婚式は俺のじゃないから、そんなことを考える暇がある。
クレシダさえいなければな。
結婚と言えば……。
ちょうど、近くを巡回してたジュールにおめでたい話があった。
親衛隊長だから、どっかと座っていていいのだが……。
自分も動かないと落ち着かないらしい。
船上なので警戒は不要なのだが、性分なら仕方ない。
俺の視線に気がついたジュールがやってきて一礼した。
「ご主君。
いかがされました?」
「ああ、ジュール卿の結婚はそろそろですか?
ちょっと気になりました」
ジュールは途端に顔を赤くして頭をかく。
「そ、そうですね……。
なかなか踏ん切りがつかなくて……」
「何か問題でも?」
ジュールはなんとも渋い顔になる。
「いえ。
これから何か良くないことが起こるときに、結婚などしていいものなのかと……」
「そんなの関係ありませんよ。
したいときに結婚すべきでしょう。
さすがに身内に不幸でもあれば、話はかわりりますが……。
戦争中でも結婚式は挙げるべきだと思っていますよ。
皆そろって、神妙でいなければダメなんて馬鹿らしいですから。
それに女性を待たせるのも、よくありませんからね」
多分、結婚への尻込みもあって世情を言い訳にしたのだろう。
わざわざ指摘するまでもない。
だから背中を押してやることにした。
もし関係が冷えていたなら、こんな言い方はしないだろう。
「わ、わかりました……。
戻ったら正式に申し込むことにします」
「ぜひそうしてください。
おめでたい話は、いくつあっても困りませんからね」
◆◇◆◇◆
船旅はすぐ終わり、スカラ家のあるカメリアに向かう馬車にのる。
1日で到着しないので、俺と同じ馬車に誰がのるか交代制になったようだ。
ミルは正妻特権とか言って、常に同乗しているが……。
アーデルヘイトとクリームヒルトからは、スカラ家についたらやってはいけないことはあるかなど聞かれる。
別に身構えることはない……とだけ伝えた。
ふたりは、やっぱりちょっと緊張しているようだ。
俺の隣に座っているミルがふたりに笑いかける。
「私も最初は、すごく緊張したけどね。
アルが守ってくれるし、皆いい人ばかりよ。
私のことも、すぐ受け入れてくれたしね」
アーデルヘイトはこころもち安堵したように、胸をなで下ろす。
「じゃあ気負わないようにします。
あ……外の人たちってムキムキなんですか?」
ブレねぇな。
一つだけ、注意点があった。
「アーデルヘイト。
ラヴェンナ以外であまり、筋肉筋肉言わないでください……。
それにラヴェンナほど、皆さん筋肉はついていませんからね」
アーデルヘイトは露骨にガッカリした顔で、口をとがらせる。
「はーい」
アーデルヘイトは傍目からみてものすごい美人なのだ。
それが、筋肉筋肉言い出すと……。
どんな噂になるか知りたくもない。
屋敷について、家族にアーデルヘイトたちを紹介する。
結婚式出席のため、王都から戻ってきたアミルカレ兄さんが、俺に何か言いたそうにしていた。
我慢しきれず、口だけ動いている。
唇の動きだけでわかるよ。
『もげろ』
『もげろ』
『はじけ飛べ』
連呼しなくていいよ。
挨拶を済ませたあと、アリーナが俺の所にやって来た。
「アルフレードさま。
このたびのご尽力には、感謝の言葉もありません」
俺というよりママンなのだが……。
一応俺にも礼を言いに来たのか。
「いえいえ。
これでパリス卿に託された役目を果たせたならいいのですが」
アリーナはクスリと笑った。
「父はただただ感謝しておりました。
家格的には絶対に有り得ない良縁ですから」
そこでアリーナが一歩距離を縮めてきた。
そしていたずらっぽい笑みを浮かべる。
「今度、噂のハーリングブローチェをご馳走していただけませんか?
父が驚いていましたもの」
さすが耳聡い。
「わかりました。
結婚式が終わったら届けさせますよ」
アリーナは満面の笑みを浮かべる。
「楽しみにしています。
父は食が世界を制すると、常々言っていました。
毎日食べるものだからこそ、人は美味いものを追い求めると。
経済圏会議で食べたとき、ショックのあまり固まったと言っていました。
父は食にとても五月蠅いのです。
そんな父が固まるのですから、さぞすごいのでしょう。
この先の商売に欠かせないものになると思います」
突然、オフェリーが鼻息荒く身を乗り出す。
「あれはとても美味しいです。
アリーナさんにも是非食べてもらいたいです。
か、かわりにダリオル……」
アリーナは小さく吹き出した。
「わかりました。
父に頼んでおきます」
◆◇◆◇◆
夕食の席は和やかに進み、お開きとなった。
そこに、耳目から至急の知らせが届く。
俺の部屋に全員集合となった。
書状を一読してため息が漏れる。
ミルに書状を手渡して、外を眺めてしまう。
「アラン王国トリスタン崩御ですか。
タイミングを合わせてきたようですね。
後継はロマン王子と発表があったようですが、いささか強引であっさり即位とはいかないようです」
ミルが書状を読んで、アーデルヘイトに手渡す。
心なしかうれしそうだ。
「アルが想定してたわね。
でもラペルトリさんが無事で良かったわ」
刺客に襲われそうになって、サロモン王子に助けてもらったらしい。
それで庇護を受けていたのだが、崩御の発表だけはと急いで知らせてきた。
そしてサロモン王子の勧めで安全になるまで、ラヴェンナに庇護を求めたいと。
ゾエが庇護を求めてきたら受け入れるよう、指示を出している。
この件は問題ないだろう。
「不幸中の幸いですね。
ル・ヴォー商会の面々は、それぞれに庇護を受けているようですが……。
ラペルトリさんは特に、クララック氏から狙われているようです。
なのでアラン王国内では、危険との判断でしょう。
ル・ヴォー商会の面々も、順次こちらに避難させたいと」
ミルは真面目な顔でうなずく。
「前々から準備だけはしていたから大丈夫そうね」
準備は怠りなくしていたから、受け入れは問題ないだろう。
「一点だけ。
経済圏の話が動きはじめてから、人の出入りが激しくなっています。
ヴァロー商会の手の者が紛れ込んでいる可能性も捨てきれません。
ラペルトリさんの警護は厳重にしないといけませんよ」
「そうね……。
そのトマって人、かなり危険なのよね」
「人を殴って自分の手が痛くなったら、その恨みを一生忘れないタイプでしょう」
アーデルヘイトの目が点になる。
「旦那さま、ちょっと何を言っているのかわからないのですが……」
「そのままですよ。
ロマン王子の欠点を増幅するだけでなく、本人も極めて危険な人物です」
クリームヒルトがウンザリした顔で、首を振る。
「私はみたら卒倒しそうですね……」
「気絶したいとかトラウマがほしいなら止めませんが……。
私は認められませんね。
アラン王国がこれなら、シケリア王国でも何かあるでしょう」
予言ではない。
情報が届いていないだけで、既に起こっているだろう。
クレシダがどんなことをしでかすのか……。
それ次第で、彼女の力量を測れる。
まったく悪い話だけじゃないだろう。
そう自分を納得させるしかなかった。
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