626話 攻撃の対象
手紙を一読した。
俺が漏らしたのはため息だけ。
ミルはそんな俺を心配するような表情だった。
「アル、どうしたの?」
思わず読ませることを
そこで気がつく。
なるほど……。
これは俺宛てだが、周囲に対する攻撃を狙っているのか。
世界を壊すのに、最も邪魔な俺の周囲から壊すわけだ。
つくづく厄介なヤツだな。
俺の困惑顔に、ライサが頭をかいた。
「ああ……。
知らないとはいえ、悪いことしてしまったねぇ」
手紙の内容が、ミルを攻撃するものだと気がついたのだろう。
俺は小さく首をふって、手紙をミルに手渡す。
ライサが悪い話ではないからだ。
ミルが眉をひそめて、手紙を受け取る。
手紙を読み進めるミルの顔色が悪くなっていく。
自分のやっていることを否定されると、辛いものがある。
だからと見せないのもダメだ。
そう思っているから見せない、と考えてしまう。
この指摘がなにかの拍子に浮かび上がって、苦い痛みになるだろうな。
ミルは手紙から、幾度も目をそらしながら読み終えた。
テーブルの上に手紙を置くと
俺にできることは多くない。
少し震えている手を握ってやれることくらいだ。
ミルは少し
「ありがとう」
モデストはテーブルに置かれた手紙に、真剣なまなざしを向ける。
「よろしければ拝見しても?」
見せるしかないな。
クレシダの情報を隠して、今後なにかを依頼するわけにいかないからだ。
それを知っているからこそ、見せてくれといったのだろう。
「ええ。
構いませんよ。
アハマニエミさんも読む権利があるでしょう」
モデストは表情一つ変えずに、手紙を読み終える。
ライサに手紙を渡してから、小さく息を吐いた。
「これはなんとも……。
ラヴェンナ卿の周囲を狙い撃ちしてきましたか。
奥さまたちを、とても大切にされているからこそ……。
有効な手段でしょう」
俺は自嘲気味に肩をすくめることしかできなかった。
「ええ。
見事なものですよ」
ライサも読み終えて、手紙を俺に返す。
「よかったらライサと呼んで頂戴。
名字だとどうもくすぐったい。
この嬢ちゃんは、人を操ることにたけているよ。
こんな攻撃をくらったら、理屈での解決は難しいね。
だからこそ私が役に立てると思うよ。
占い師ってのは、人の心を助ける側面もあるんだ。
ミルヴァさまが辛くなったら、占いがてら相談にのるよ。
勿論、アルフレードさまにも口外しないさ。
口の軽い占い師は、生きてはいけないからね」
ミルは少し元気を取り戻したのか、小さく笑ってうなずく。
「ありがとう、ライサさん。
ひとりで抱え込むと、アルに心配かけちゃうから……。
辛くなったらそうさせて」
エルフとダークエルフの微妙な関係も、これを機会にラヴェンナでは解消されるかな。
そうなればうれしい限りだが……。
そういえばラヴェンナに占い師はいないからな。
開業でもするのだろうか。
それにしても……。
俺に対する感情を、悪意で解釈されるとつらいだろう。
そんなつもりはまったくなくても、そんな見方をされるのか……とショックを受ける。
そして怖いのが、俺が内心そう思っていまいか不安になることだ。
一度その恐怖が浮かび上がると、それを打ち消すことは困難になる。
俺がちょっとでも不機嫌な顔をすれば、それを呼び起こす。
一種の呪いだな……。
感受性が強いほど、呪いは強固になる。
ロマンの1万分の1でも面の皮が厚ければ、こんな攻撃は無効なのだが……。
それにしても、人の心を裏まで読んでいるな。
16歳の行動じゃない。
安直に考えると、前世の記憶が残っているとなるが……。
そんなやたらと記憶持ちがいるのか。
俺が知る限り、キアラしかいない。
カルメンも多分そうだと思うが確定じゃない。
これが多いのか少ないのか……。
なんとも言いようがない。
どちらにしても、16歳の少女だと考えて対処するのはダメだろうな。
あと気になるのは……。
「ミルは無理せずに、なにかあれば私にも言ってください。
ライサさんに任せっきりにするのは好きじゃないので」
ミルはうれしそうに笑った。
少しは通じてくれるといいが。
「ええ。
そのときは甘えさせて」
ライサが口笛を吹く。
「これはなかなかお熱いねぇ。
噂以上に仲はいいようだ」
ミルは慌てて、顔を赤くして座り直した。
それでも俺が握った手はそのままだ。
似合わないキザさなのは自覚している。
今はそんな気恥ずかしさより、ミルを安心させることが大事だからな。
俺は空いたほうの手で、頭をかく。
「失礼。
イチャつくのはふたりっきりになったときにします。
手紙で気になったのですが……。
突然、愛玩動物の話がでてきたことです。
過去になにかあったのかもしれません。
可能な限り、クレシダ嬢の過去をさぐってみたいところです。
ですが、危険に見合う結果が得られるとは思いませんね」
ライサはテーブルに置かれた手紙に、視線を落とす。
「その手紙を貸してくれれば占えるけど……。
確たる証拠じゃぁないね。
さらに言えば、ハッキリしたことは占えない。
予言じゃないからね」
「落ち着いてからでいいので、占ってもらっていいですか?
とくにクレシダ嬢のもっと深いところを」
ライサは、妖しい笑みを浮かべる。
なにか気に入ったらしい。
「ほう……。
占いのいい使い方をするじゃないか。
大体の人は安直に自分の選択肢が、どうでるか聞きたがるけど……。
そうではなく、根っこの情報がほしいと。
そのほうがよさそうだね。
わかった。
深いところか……。
前世とこの現世の使命あたりをさぐってみるよ」
意図したわけじゃないが、前世のワードがでてきた。
占いではそんなこともみるのか。
それでなにかわかればいいが……。
こうしてライサと実際に話してわかった。
斜に構えているが、根っこは真面目で誠実だ。
人として信用に足るだろう。
そして占いに誇りを持っている。
俺の願望を先取りして、結果をねじ曲げるようなことは、絶対言わないだろう。
「ぜひお願いします」
「時間が経つと、この手紙にいろいろな人の感情がこもっちまう。
だから一度こいつを持ち帰らせてもらっていいかい?
今でもかなりの感情が混じってしまったからね。
これ以上混じると、解きほぐすのが大変だ。
明日には報告するよ」
そのあたりはわからないが、専門家の言葉に従おう。
「それでお願いします。
今はなにが役に立つのかもわかりませんから。
それはそれとして……。
この手紙でわかったことがあります。
クレシダ嬢は、決して表に立って権力を握らないってことですね」
「へぇ。
噂に聞く千里眼ってヤツかい。
興味深いね。
教えてもらっていいかい?」
そう難しい話じゃない。
こんな手紙を出しても、平気なことから逆算すればいい話だ。
「表に立つとは、公的な責任を伴います。
こんな手紙を出したとあっては、マイナスでしかないのです」
「たしかにそうだね。
スキャンダルで政敵から、格好の攻撃対象になるね。
クレシダ以外は世界の崩壊なんて望んでいないだろうから」
ライサは有力者の相談役をしていたな。
世俗のことも熟知しているだろう。
実に飲み込みが早い。
「なので影響力を駆使するか誘導するでしょう。
自分は黒子に徹するわけです。
それをわざわざ知らせてきたのですよ」
ミルが不思議そうに、首をかしげた。
見たところ、いつもの様子に戻ったか。
「知らせてなんの意味があるの?」
「書いてあるとおりです。
私の心を折りにきているのですよ。
それだけ知っていてダメなのかとね。
実にいい趣味をお持ちです」
モデストが難しい顔で、腕組みをする。
「それではなかなか手が出せませんね。
私がリカイオス卿への返答を持って帰るとしても……。
クレシダを消すのは難しいでしょう」
その逆もある。
クレシダもモデストを消すのが難しいと悟ったはずだ。
だからこそこんな手紙をよこしたのだろう。
「ええ。
暗殺は最初から捨てます。
とはいえシャロン卿を、どうこうできないでしょうけどね」
「ほう……。
理由をお伺いしても?」
「シャロン卿がわずかな匂いから、クレシダ嬢を危険と考えた。
それを知ったはずです。
ただリカイオス卿からの要請だけで、シャロン卿がラヴェンナには戻らないでしょう。
加えて本格的に危険と考えたからこそ、ライサさんの元に立ち寄ったはずです。
そうなるとクレシダ嬢はどう考えるか」
モデストは腕組みをして、アゴに手をあてる。
「私がなにかに気がついたと思うでしょうね。
そして自分が、前日にやったことを考えると。
そこからわずかに、匂いを嗅ぎ取られたと推測しますね。
わずかな匂いすら嗅ぎ分ける人間を暗殺するのは、大変難しいでしょう」
クレシダがモデストに近寄ったのは、モデストの能力をチェックする意味合いがあったのか。
そこまで意識せず近寄ったかはわからない。
大事なのはこの結果だから、深く考える必要はないだろう。
「一つ言えることは、わずかな変化から物事を見通せることです。
そんな人の裏をかくのは困難でしょう。
まずは正攻法で相対します。
クレシダ嬢も想定しているところを攻めますよ」
「待ち構えているところですか?」
「そうなりますね」
ミルが少し期待をこめたまなざしになった。
「それって心を折りかえすの?」
やっぱり、かなり怒っているな。
普段、こんな物騒なことを言わないし。
「いえ。
そもそもクレシダ嬢の心を折るのは不可能でしょう。
裏に隠れて影響力や誘導するのであれば、その相手は完全に制御下にない。
攻めどころとして正しい部分です」
モデストは納得した顔でうなずく。
クレシダの心を折るのは不可能だと思っているはずだ。
「正攻法ですか。
仕掛けどころが難しいですね」
「理想はクレシダ嬢が動いたときでしょう。
ですが……」
ミルが少し眉をひそめる。
俺が言いよどむときは、大体ロクな話じゃないからな。
「なにか問題がありそうね」
「私がクレシダ嬢なら……。
バルダッサーレ兄上の結婚式のタイミングに仕掛けるでしょう。
もうじきですからね。
私がラヴェンナから離れていて、すぐに動けない。
日取りも決まっていて、とても計画しやすいかと。
私にとって不利な部分ですよ。
ここは後手に回るしかないでしょう」
ライサは納得顔で苦笑した。
半分感心して、半分困ったといったところか。
「たしかにクレシダは、公的な責任がないからね。
自由に動ける。
アルフレードさまの弱い部分に、自分の強みをぶつけるわけか。
厄介だねぇ」
「正直に言いますと、クレシダ嬢のアクションを止めようがないのです。
無理に止めようとして、手を伸ばせば……。
きっと失望しながら、そこを狙ってたたいてくるでしょう」
ライサは苦笑して、頭をかく。
へたに凝視するとミルが怒りだすから視線をそらそう。
「つまりなにか、戦争に発展する事件を起こすんだね?
それに対して戦争をしないように働きかけるのかい?」
「最善はそれです。
次善は戦争が起こっても、早期に止めるように動くといったところですね。
最善はほぼムリでしょう。
シケリア、アラン両王国の行動を私は決められませんから。
まずは……シケリア王国と国境沿いにいる領主たちの動向。
これを確認すべきでしょうね。
こちらは私から、アクションを起こせますから。
ただ人的資源が限られています。
すべての可能性に、対応はできませんね。
そこは皆と相談して決めます」
ミルが小さく首をふった。
俺にとって、不利な部分を認識したのだろう。
「アルは自分の命令で動かせる戦力を持っているけど、公的な制約がついてまわる。
そして動きを完全に隠せない。
当然だが、かなり怒っているな。
「やはり相当おかんむりのようですね」
ミルはジト目で口をとがらせる。
「当たり前よ。
アルと私の関係を勝手に邪推して、言い掛かりをつけてきたのよ。
目の前にいたら、2-3発引っぱたいているわ。
しかも自分が、アルのことを最も知っているなんて聞き捨てならないわ」
落ち込むんじゃなく怒るのなら、まだ安心だな。
問題はこの手紙を、皆に見せたときだ。
見せない選択肢もあるが……。
いい手じゃないだろうなぁ。
こうやって俺の思考する時間を奪うのも、計算のうちなのだろう。
とんでもない黒幕がいたものだよ。
「狙ってくる時機が実に完璧ですね。
正直、これが演劇だったら拍手したいですよ」
ミルが不思議そうな顔で、首をかしげた。
「時機って?」
「経済圏構想を推し進めています。
つまり見て見ぬふりが、まったくできないのですよ」
「それを待っていたのかしら?」
実際はわからない。
クレシダが考えはじめたとしても、すぐには動けない。
内乱が始まっても……クリスティアス・リカイオスが勝利するまでは、活動ができないからだ。
「どうでしょうか。
クレシダ嬢は世界を動かせるわけではありません。
雌伏して時機を待っていたのでしょう。
もっといい機会が、過去にあったかもしれません。
なので……彼女の準備が整ったのは、ごく最近でしょうね」
ミルは突然心配そうな顔で、上目遣いになる。
「ねぇ……。
一つ聞いてもいいかしら?」
「なにですか? 改まって」
ミルは少し
「アルはこの手紙を読んで、どう思ったの?」
ああ……。
俺の内心が気になるのか。
当然っちゃ当然だ。
「別に何も。
特に感想はありません。
クレシダ嬢の考えがわかっただけです。
あとはミルを傷つけることが許せない。
それ以外はありませんね」
俺に対してどう思おうが、他人の評価など気にならない。
非難の大小、愛憎の多寡も無関係。
それより俺と周囲を狙ってきたが……。
これだけで済むのか。
その対処を考えることが大事だと思っている。
こんなときは、どこか壊れている自分に感謝したいよ。
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