624話 ラブレター

 モデストが戻ってきてから、3週間ほどたったある日。

 はじめて見る困惑顔のモデストが、俺を訪ねてきた。


「シャロン卿、どうしました?」


 モデストは珍しく、人間くさい顔で頭をかいている。


「ええ。

ちょっと想定外の出来事がありましてね。

私の知人が、移住を希望してきたのです」


 モデストを頼るとは、まともなルートをもっていないのか。


「移住希望先は王都ですか?」


 モデストは、小さく首を振る。


「いえ、ラヴェンナにですよ」


 まあそうだよね。

 そうでなければ俺に会いに来ない。

 モデストから俺に頼めば、可能性はあるか。

 それだけでは、困った顔をしないと思うが。


「その人が問題なのでしょうか」


「まあ、問題と言えば問題ですね。

私の師匠です」


 師匠? シケリア王国に住んでいたのだろう。

 それが、ここに?


「たしかシケリア王国に行ったときに会ったのですよね」


「その通りです。

理由を聞いたら、占いの結果がシケリア王国に留まると命を落とすとでた。

なので安全なラヴェンナに来たと。

王都にある私の屋敷に住むのならいいですが……」


 理由がそれじゃ困惑するか。

 普通なら、正規の手順を踏んでほしいのだが……。

 それを承知しているモデストの顔をつぶす必要もあるまい。


「なるほど。

たしかに占いと言われても……わかりましたと許可するのは難しいですね。

ですがラヴェンナに功績のあるシャロン卿の頼みです。

特例として受け入れますよ」


「それは有り難いのですが、もう一つの問題がありましてね。

本人の責任ではないのですが……」


 モデストはチラっと、ミルに視線を送る。

 ミルはなんのことだかわからない顔。


「シャロン卿。

私になにか、関係があるの?」


「ええ……。

私の師匠はダークエルフなのですよ……」


 たしかにモデストが困るわ。

 エルフとダークエルフは、犬猿の仲だからなぁ。

 ちょっと面倒な問題だな。

 俺としては受け入れたいが……。

 特例なので、ミルを無視できない。

 

 そんなミルは力強くうなずいた。


「私は構わないわ。

エルフたちも説得するわよ」


 これはびっくりだ。

 モデストも驚いた顔になる。


「よろしいので?」


 ミルは、笑顔でうなずいた。


「だって、ラヴェンナがそういう町だもの。

過去の諍いを持ち込まないんでしょ。

アルがそれを徹底してきたわ。

妻の私が、それを否定してどうするのよ」


 モデストは感心した顔で、ミルに一礼した。

 今までは、政務にたけた変わり者のエルフとしか見ていなかったが……。

 認識を改めたようだ。


「なるほど、大した奥さまですね。

ラヴェンナ卿の判断に従うと言わずに、はっきり自分の意思としておっしゃるとは。

正妻の位置はお飾りではないと理解しました」


 そうだな。

 普通は俺の判断を全面的に信頼しているときに使うが……。

 別の解釈として、仕方ないから認めたともとれる。

 この言葉ならエルフたちを説得しやすい。

 だが、エルフたちは仕方なく受け入れる。

 一切の反論ができなくなるからだ。

 それは確実に不満として、心の奥底に押し込まれる。

 消えはしないだろう。


 なにかトラブルがあったら、その不満が表にでてくる。

 今回とは無関係でもだ。

 俺が強引に決めて、ミルはさからえずに仕方なく受け入れた……とまで話が飛躍しかねない。

 一つの不満は、過去の不満に連鎖することは多々あるからな。

 それを防ぐため、誤魔化さず説得するのだろう。

 反論があれば、それにもちゃんと答える形でだ。

 大変だけど、ミルはそれを選んでくれた。

 なら問題はない。


「そうですね。

特例として認めましょう」


 なぜか、モデストは微妙な表情のままだ。


「有り難うございます。

もう一つは、断っていただいて問題ないのですが……」


 ついでに、なにか頼んできたのか。


「なんですか?」


「ラヴェンナ卿に会ってみたいと言い出しました。

困った師匠ですよ……」


 なんだろう。

 シルヴァーナに振り回される俺のような気がする。

 ちょっとだけ同情してしまう。

 会うくらいならいいか。

 モデストの師匠には、俺も興味がある。


「シャロン卿の師匠ですか。

会ってみるのも面白いでしょう」


 恐縮するモデストに、ミルは笑顔でうなずいた。


「なら私も同席するわ。

顔を合わせないと、内心認めていないと思われるからね」


 恐れ入りました。

 本当に立派になったなぁ。

 ちょっと感慨深いものがある。


 モデストは胸をなで下ろしたようだ。

 頭があがらないとは、このことだな。


「では、いつ頃がよろしいでしょうか。

ご多忙でしょうから」


「すぐに会いましょう。

後になると、なにが飛び込んでくるかわかりませんから」


「では、応接室に案内しましょう」


                  ◆◇◆◇◆


 モデストから応接室に通したと、報告がきたのでミルと一緒に会いに行く。

 それまでは、どんな人かと盛り上がっていたが……。

 モデストの師匠だから、かなーり濃いキャラなんだろうと思う。

 少なくともシルヴァーナのような性格でないことを祈ろう。


 応接室では、露出が高く扇情的な衣装のダークエルフが座っていた。

 エキゾチックでミステリアスな美女ってところだな。

 俺が入室すると立ち上がったが、ミルには驚いたようだ。


 俺が着席を促す。

 俺とミルが並んで、モデストと師匠が並ぶ形になる。


「はじめまして。

私がアルフレード・ラヴェンナ・デッラ・スカラです。

こちらが妻の……」


 ミルが静かに一礼する。

 少し緊張しているようだ。


「ミルヴァ・ラヤラ・デッラ・スカラです」


 モデストの師匠は、丁寧に一礼した。


「こちらこそはじめまして。

ライサ・アハマニエミです。

シャロ坊がいつもお世話になっております」


 シャロ坊って、すごい愛称だな。

 しかも保護者みたいだ。

 モデストをこう呼べるのは、世界でもひとりだと思う。


 そのモデストはなにか言いたげだ。

 言いたいことはよくわかる。

 だがここは我慢するのだ。

 口にすると惨事が起こるだろう。


「こちらこそ、シャロン卿には随分と助けられています」


 ライサはなんとも微妙な顔で苦笑する。

 なにかあるのか?


「しかし……。

縁ってのは不思議なものですね」


 なにかすごい喋りにくそうにしている。

 敬語を普段使わないタイプだな。


「ああ……。

気にせず、いつもの話し方でいいですよ。

非常にぎこちなさそうですから。

シャロン卿の師匠ですからね、特別に許可しましょう」


 ライサは驚いた顔をするが、小さく笑う。


「助かるよ。

納得したね。これならシャロ坊を使いこなせるわけだ。

大した玉じゃないか」


 一気にフランクになった。

 それでも許可をもらってからだ。

 シルヴァーナよりずっと礼儀正しい。


「どうでしょうね。

縁とはシャロン卿とのつながりで?」


 ライサは苦笑して、肩をすくめた。


「ミルヴァさまだよ。

まさかラヤラとはね。

奥さんの名前は知っていたけど、名字までは気にしていなかったよ」


 ミルが不思議そうな顔をするが、すぐに眉をひそめた。


「父となにか、関係があるの?」


 ミルも普通モードに切り替わったようだ。

 ライサはミルの切り替えに、少し驚いたがすぐに小さく笑う。


「私じゃないけどね。

元の一族が、ラヤラをリーダーとするエルフの一団と争っていたからね。

私はバカバカしいと思って、争いに参加しなかったよ。

それで不思議な因縁があると思ったのさ」


 ミルは安堵のため息を漏らす。

 父親と戦っていたとなれば……飲み下すのは大変だろう。

 そうせずに抜けたのであれば無関係だからな。


「そうなんだ。

たしかに不思議な縁ね」


「ミルヴァさまは争いの発端を知っているかい?」


 ミルは首を振った。

 ちょっとだけ悲しそうだな。

 父親を思い出したのか。


「いいえ。

私が生まれたときには、既に始まっていたから……」


「なら挨拶代わりに教えるよ。

ここに住んでいるエルフたちに、なにか言われたときのためにね。

私も親から聞いた話だけど、まるっきりの嘘じゃないと思うよ。

ことの発端は駆け落ち騒動さ」


 これは驚いた。

 エルフの駆け落ちってことは、エルフとダークエルフか。

 話としては安直だけど、実際にあるとはなぁ。

 ミルが口をOの字に開けて、目を丸くしている。


「ええっ」


 ちょっと気になるな。

 駆け落ちしたなら探さないのか?


「その2人がいなくなった後に騒動に?」


「いや、直前で発覚して阻止されたんだけどね。

たぶらかされただの、手込めにされただの水掛け論さ。

私としては駆け落ちするなら、勝手にすればいいのに……と思っていたけどね。

まあ、長年いがみ合っていたから……。

そこに火がついたってところかな。

そうなると原因なんて、どうでもよくなるのさ。

残った憎悪だけを、糧に戦い続ける。

発端になった2人は、周囲から責められ続けて自殺しちまったしさ。

原因の2人が亡くなっても、恨みは積み重なっちまった。

使徒エレニが仲裁に乗り出して、ひとまず休戦になったらしいね。

その内容は公平とは言えないが……。

使徒には逆らえないからね」


 当然ここで話がでてきたか。

 ちょっと気になるな。


「エルフはたしか、正しさにこだわる。

間違ったことをするとエルフでなくなってしまうと。

自殺に追い込んだことや、争いを続けることは正しいと思っているのですかね……」


 ミルは悲しげに下を向く。

 しまった。

 責めているつもりじゃなかったのだが……。

 しくじった。

 ライサはなんとも言えない顔で、肩をすくめる。


「聞いた話だけどね。

なにかに集中していれば、そんなことは起こらないみたいだよ。

平穏なときに、過去の過ちにさいなまれるってね。

本当のところは知らないよ。

変わるのかだって見たヤツはいないんだ」


 教訓的なものなのか、それとも変わるまで時間がかかるのか。

 どちらにしても、ミルには悪いことをしたな。


「ミル、すみません。

責めるつもりは、まったくないのです。

配慮が足りませんでした」


 ミルは苦笑して、首を振る。


「アルが責めている……なんて思わないわ。

ただ、そんなことで争ったのがやりきれないのよ」


「私も同意見だよ。

馬鹿らしくなってね。

人間の世界に逃げてきたんだよ」


 結局……感情をもつ以上、人もエルフもそこまで違いはないのだろう。


「エルフも人も、そこは余り変わらないのですね」


 ライサは皮肉な笑いを浮かべる。


「だろ?

ところがさ……私たちエルフは寿命が長い。

人間を生き急いでいて、後先を考えないなんて思っているのさ。

そんなに見下すのだから、人間ってどこまでバカなのかと思ってね。

見て見たくなったんだよ。

そうしたらどうだい……大差ないときたもんだ。

笑っちゃうだろ?」


「同じような感情がある以上、どの種族も大差ないですよ。

知性をもつ魔物と相容れないのは、その感情が根元から違うからでしょうね」


 ライサは俺の顔をしげしげと眺めて、小さく息を吐き出す。


「魔物まで比較対象にもちだすのかぃ……。

こりゃ驚いたね。

実に興味深い人だねぇ」


「それより、なぜ逃げてきたのですか?

占いの結果一つとは思えませんが。

それ以外を伏せていた理由も、できれば知りたいところです」


 ライサはとても理性的だ。

 そんな人が占いの結果だけで動くだろうか。

 本人は動くとしても、相手がそれで納得すると思うほど甘い考えはしない人だろう。

 ライサは真顔になってうなずいた。


「そこなんだけどね。

最後の決断を占いでしたのは間違いないよ。

ただ、占いをする気になった原因がある。

とんでもないお客が来たんだよ。

そいつは、店を畳んでどこかに消えた方がいい、と言ってきたのさ。

シャロ坊が来たことで、リカイオス卿にとって私が邪魔になってきたとね。

そう……ご丁寧に教えてくれたよ」


 とんでもないか。

 どんな客なのだか。


「そのお客とは誰ですか?」


「クレシダ・リカイオスその人さ」


 部屋が一瞬で凍り付いた。

 俺は反射的に、意味を考えてしまうが……。


「本人ですか」


「間違いない。

顔は知っているからね」


 モデストがやや首をかしげている。


「姉上に警告ですか?

そんなことをする人には見えませんが」


 ライサは胸のあたりから折りたたんだ封筒を取り出す。

 そんな露出の高い服に、収納場所なんてあるのか?

 強調された胸の谷間付近を凝視した。

 そこに隠していたのだろうか。

 エルフにしては胸のボリュームがある人だな。

 ミルよりかなり大きい。

 オフェリーよりちょっと小さい程度か。

 シルヴァーナが見たらまた発狂しそうだ。


 突然、横からヒジ鉄をくらう。

 マジで痛い……。

 ミルが怖い顔でにらんでいた。

 そんな、スケベな目的じゃないって。

 ライサは笑って、封筒をピラピラさせる。


「この程度なら、隠す場所はあるんだよ。

こいつはね……あのクレシダから、アルフレードさまへのお手紙さ。

『ここを去るならラヴェンナにいかれては?

もしラヴェンナに行くのなら、ラヴェンナ卿にこれを渡してね』

と言われたのさ。

アルフレードさまの為人ひととなりを見てから渡すか考えていたよ。

下手な領主だと、私がスパイだと思われちまう。

でも、大丈夫だと確信がもてたからね」


 占い一つで受け入れるか。

 モデストへの信頼を見極めたのだろう。

 俺と話して、大丈夫だと判断したわけだな。

 後ろ盾もないから、その程度の用心は当然か。


 しかし……実際に行けと命令しているようなものだな。

 手紙を渡すためだけに?

 たしかにライサの行く場所としては、ここが最も安全だろう。

 俺が断らないことも織り込み済みか。

 だが手紙なら、ほかに送る手段があるだろう。

 ライサはモデストに、封筒を渡す。


「大丈夫だと思うけどさ。

シャロ坊に安全を確認してもらってからがいいだろ?」

 

 俺がうなずくと、モデストは手袋を取り出して封筒をチェックしはじめた。


「魔力はこめられていませんね」


 魔力を検知する手袋か。

 ホントいろいろ懐に隠し持っているなぁ。

 モデストは懐から虫眼鏡まで取り出して丹念に確認する。

 しばらくして、モデストはうなずく。


「とくに危険はありません。

手紙の内容以外は。

内容はわからないのでなんとも」


 まさかのラブレターか。

 俺はモデストから、封筒を受け取る。


「そのときに、なにか言われていましたか?

その顔は、なにか言伝がありそうですから」


 ライサは頭をかいて、肩をすくめた。


「怖いくらい人を見ているね。

私がそれなら、自分で渡せといったのさ。

『普通のルートでは、おじさまに検閲されるからダメ。

直接渡しに行ったら、殺してしまうかもしれないもの。

勿論、ラヴェンナ卿になんの恨みもないわ。

感謝しているし、好意すらもっているのよ。

でも、殺したくなったら……仕方ないでしょ。

本能には従わないとね。

それで私が殺されるのは避けたいのよ。

今はまだね』

とまあ……。

そんなイカれたことを、笑顔で言い放ったよ。

臆病だと笑ってくれて構わないが……。

背筋が寒くなったね」


 そんな狂気を目の当たりにしたら、普通逃げるわ。

 となると内容は宣戦布告か。

 俺がそれを問いただしても、ワガママ娘のイタズラだ……とクリスティアス・リカイオスは一蹴するだろうな。

 悪評がここでは、鉄壁の防御になるわけだ。


 狂気をはらんだ天才。

 勘弁してほしいよ。

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