606話 閑話 昼食のデザート

 充実した顔で戻ってきたフォブス・ペルサキスを、鬼の表情で迎えたゼウクシス・ガヴラス。

 フォブスは、あ……しまったという顔になる。


 ああだこうだと、取り決めがあったことを思い出してしまった。

 ゼウクシスからしつこいくらい慎重に振る舞うように……と念押しされたことも、記憶によみがえってくる。

 思わずバツの悪い表情になった。


 こんなときのフォブスは、短絡的な人間がとる行動をとってしまう。

 つまり火に油を注ぐのだ。

 そもそも短絡的でなければ、問題を起こさない。


「ゼ、ゼウクシス。

どうした? なにかあったのか?」


 フォブスだけでない。

 周囲にも、プチっとなにか切れる音が響いた。

 幻聴だが、全員に聞こえた気がしたのだ。

 

 その場にいた全員は、室温が一気に下がったような錯覚に襲われる。


 ゼウクシスは鬼の表情から、笑顔になった。

 危険な笑顔だと、フォブスは直感する。


 凄みのある笑顔というべきか。

 混じりっけのない殺気を含んだ笑顔。


自覚がないようですね。

座ってください。

お話しすることが、山ほどありますから。

ここはあの魔王のお膝元なのですよ」


 有無を言わさぬといった様子。

 フォブスは反抗できずにうなずく。


 ゼウクシスがラヴェンナ卿と呼ばずに、魔王と呼んだ。

 よほどなにか言われたのか……。

 その場にいなくて良かった……と安堵したフォブスであった。

 すぐにその安堵は、裸足で逃げ出してしまうのだが。


 そこから1時間、ノンストップでの説教が始まった。

 長年の付き合いで、説教モードのゼウクシスに口答えは危険だと悟っている。

 ただ首を引っ込めて、嵐が過ぎるのを待つ。


 それで済むのは、長年の経験からだ。

 ゼウクシスが説教をするときは、物事を解決した後。

 解決前に説教で、ムダな時間を浪費しない。


 しかし今回の嵐は長い。

 過去最長だ。


 よく1時間も休みなく喋れるものだ。

 フォブスは感心した表情になる。

 だかそれがマズかった。

 ゼウクシスは笑顔で説教をしていたのだが、一瞬で鬼の表情に変わる。


「ペルサキスさま……。

ご自身の立場を理解していないようですね?」


 フォブスは言葉に詰まる。

 なんとかこの荒ぶる鬼を鎮めなければならない。


「い、いや……。

わかっているぞ」


「ではなぜ女性を酒場に連れ込んで、一夜まで過ごしたのですか!」


 ペルサキスは慌てて、首をふる。


「ご、誤解だ。

連れ込んだんじゃない。

連れ込まれたんだ」


 ゼウクシスの額に、青筋が浮かび上がる。

 フォブスはつくづく地雷を踏むのが、得意な男であった。


「では、なぜ延々居座ったのですか。

幾らでも仕切りなおす機会があったはずです。

こちらが主導権を握らないと、どんな条件を出されるかわからない。

そう話し合いましたよね?」


「あ、ああ……。

そんなこともあったな……」


 この答えがマズかった。

 ご丁寧に、燃焼促進剤まで注ぎ込んだ。

 小さな爆発は引火して、説教の延長という名の大火事へと発展する。


 再び説教が1時間ノンストップで続いた。

 過去のことまで持ち出して、もはや説教することが目的になっている。


 2時間喋り続けたゼウクシスは、がっくり疲れたように椅子にもたれかかった。

 ようやく嵐が去ったと感じたフォブスは、ほっと胸をなでおろす。


「それであの魔王との話し合いは、どう決着したのだ?」


 ゼウクシスは力なく、首をふった。


「ペルサキスさまが、軽率にも独身女性に手を出してしまった。

その責任をとるために結婚すると決まりましたよ」


 フォブスは不満げに、眉をひそめる。

 あんまりな理由ではないかと思ったのだ


「なんだその雑な理由は。

まるで私が、見境なく女を抱いているように聞こえるぞ。

なんか捕まった男のようで間抜けじゃないか?」


「雑な行動で……考えた計画を壊したのは誰ですか?

計画を立てても……無視して行動するのです。

ご不満のようですが、あれは見境ある行動だったのですか?」


 フォブスは劣勢を理解している。

 なんとか反撃の糸口を探ろうと、必死に頭を回転させた。

 一つだけ糸口を見つけて、必死に態勢を立て直そうとする。


「うぐぐ。

そ、そんな、雑な理由で……。

あの魔王は納得したのか?」


「その魔王からの提案です。

もはや我々に、選択の余地はありません。

受け入れるほかないでしょう」


 フォブスのつかんだ糸口は毒蛇だったようだ。

 毒蛇にかまれて、万事休す……と悟ったのであった。


「魔王からの提案だと?

一体どんなたくらみがあるのだ……」


「私が聞きたいくらいです。

ですが、聞いても『ほかに、いい方策があれば伺います』と、満面の笑みで言われましたよ。

考えてもどうせがぶち壊すのです。

ムダですよ」


 フォブスは誰かさんでなくて、誰かさんたちだろう……と反論したくなった。

 だが反論しても、事態は悪化するとしか思えない。

 力なくうなだれた。


「つまりもう逃げられないのか……」


 ゼウクシスも力なく、頭をふった。


「そうです。

主導権は永遠に、魔王の手から離れません。

もしかして、我々は……はめられたのかも知れません」


 フォブスはどこかで聞いたセリフだと思いながら、眉をひそめる。


「なぜそう思うのだ?」


「ここまで逃げ場のない状況に……気がついたら追い込まれていました。

もはや魔王のいうがままに話を進めるしか、ほかに手段がなくなっているのですよ。

カラヤンですら、匙を投げたのですから」


 ペイディアス・カラヤンも、もはや万策尽きたとして諦めてしまったのだ。

 アルフレードが無茶な条件を出さないうちに、話をまとめる方向に舵を切ってしまった。

 ゴネると条件が悪化することを、ペイディアスは熟知していたからだ。

 ゼウクシスらしくないとフォブスは思った。

 フォブスはあきれ顔で苦笑する。


「あのなぁ……。

何でもかんでもあの魔王のたくらみにして、どうするのだ。

ペイディアスと綿密に、計画を立てていたのだ。

あんな突発事件が起こらなければ計画通りだったぞ。

そこまで読めるはずがないだろう」


 ゼウクシスは苦笑しながら、頭をふる。


「そうですよね。

口にしましたけど、自分でもばからしいと……」


「どうした?」


 ゼウクシスがなにかを考え込む表情になる。


「前もこんな光景ありませんでしたっけ?」


 フォブスは前の説教を思い出していた。

 まさかゼウクシスまで、同じことをいうとは。

 だが……あれをほじくり返されてはかなわない。


「さ、さあ……。

気のせいじゃないか?

ゼウクシス、お前……疲れているんだよ」


 ゼウクシスの目が鋭くなる。


「誰のせいだと思っているのですか!」


 軽口をたたいたが、また燃料を投下したらしい。

 1時間の説教追加となったのであった。


                  ◆◇◆◇◆

 

 長い説教が終わって、フォブスとゼウクシスは遅い昼食をとっている。

 話題は、アルフレードのことだ。


 シルヴァーナはラヴェンナで最古参といってもいいメンバー。

 個人的に、アルフレードのことで知っていることは多いだろう。

 正妻のミルヴァの親友でもある。


 つまりもっている情報が多い。

 ゼウクシスは、難しい顔で食事の手をとめる。


「どうもシルヴァーナ嬢とラヴェンナ卿の関係が不明瞭ですね」


 落ち着いたようで、呼び名が戻っている。

 フォブスはもう怒らないだろう……と内心安堵する。


「友人だろうなぁ。

家臣といった感じではない。

そもそも主君の悪口を、大声で言わないだろう」


 ゼウクシスはあきれ顔で、肩をすくめる。


「友人なら悪口を人前で言わないでしょう。

男女の関係ではないのですよね。

邪魔になった女を、恩着せがましくペルサキスさまに押しつけた……なんてことは?」


「ない。

私がはじめての男だったからな。

だからこそ不可思議な関係なのだ。

愚痴は垂れ流すが、核心情報は漏らさない。

元冒険者だけあって、そのあたりの線引きはできているようだな」


 フォブスの断言に、ゼウクシスはため息をつく。


「ラヴェンナ卿の友人ですか……。

そもそもラヴェンナ卿に、友人がいると聞いたことはありません。

シャロン卿が親しいくらい。

ニコデモ王が友と呼んでいますが、これは表向きでしょう。

年中、なにかをたくらんでいる人物です。

夢の中でもたくらんでいる……と言われても信じますよ。

友人はいないと思いますね。

あれで女性たちに愛されているのが不思議です。

ペルサキスさまからみて、シルヴァーナ嬢をどうお考えですか?」


「ああ。

気楽でいいぞ。

それに朝まで、私に付き合えるタフさももっている。

ご令嬢がたはスタミナがないから、すぐにバテてしまう。

それだと物足りないのだよなぁ」


 ゼウクシスはあきれ顔で、ため息をつく。


「そんな話を聞いてはいません。

ラヴェンナ卿の密偵となる可能性を聞いているのです」


「それはないな。

そんな裏で行動できるタイプじゃない。

私がみても危なっかしいくらい、軽率なところがある。

よくあれで今までやってこれた……と思うが。

大臣だぞ? 遊びでできる仕事じゃない。

よほど本人が強運なのか、魔王の操縦が巧みだったのか……」


 ラヴェンナの人材は、ゼウクシスにとって謎なのだ。

 あれだけ、優秀な人材がなぜ辺境に?

 答えは見つからないままだ。


「後者でしょうね。

そもそも辺境で、学のない者たちがほとんどでしょう。

今や高度な行政組織を、見事に動かしています。

どう考えても、ラヴェンナ卿のコントロールでしょう」


「まあそう考えるべきかぁ。

シルヴァーナに聞いても、当たり前のことしか言わないと言っていたなぁ。

一つ気になったのは……」


「なにかありますか?」


 フォブスは苦笑したあと、お前ならわかるか……と問いかけるような表情をする。


「やたらと書類に残すことにこだわる。

失敗をしてもだ。

考えた上での失敗なら褒められる、と言っていたな」


 ゼウクシスは問われていることを、長年の付き合いで悟る。

 だがチンプンカンプンだ。

 そんな前例は、聞いたことがない。


「失敗をして褒めるですか? 聞いたことがありません。

書類にしても、字は書けるのですか?

ラヴェンナ卿が来る前は、文字など知らないものばかりだったでしょう」


「簡単な文章でしか残さないと言っていたな。

一定のルールがあるようだ。

だが……平民への教育を重視している。

将来的には、ほほ全員が読めるようになるだろうさ」


 ゼウクシスは考え込むが、答えが見つからない。

 諦めて苦笑するのが精いっぱいだった。


「話を聞いていて、謎が深まりますよ。

ここだけ別世界なのではと思いたくなりますね」


「魔王さまあってのラヴェンナだからな。

いなくなった途端夢のように消えると言いたいところだが……」


「後継者でもいるのですか?」


 フォブスは今までの、軽い調子が消えて真顔になる。


「いや。

ただ、指導者層の見識は、かなりのものらしいからな。

いなくなった瞬間、無力にはならない。

私のカンでは時間がたつほど、ラヴェンナはどんどん強大になるぞ」


 ゼウクシスは、思わず顔をしかめてしまう。

 ラヴェンナの力は、誰にもわからない。

 この前の内乱でも、ほとんど力を消耗していない。

 だからこそ不気味なのだ。


「今が最も力の差がないと……」


「まあ、そんなところだ。

戦争になったときの力はわからないがな。

勝てるかと聞かれても、断言はできない。

ただ確実に言るのは……」


 戦いに関してのフォブスの直感と洞察は天才的だ。

 ゼウクシスは、そう確信している。

 そのフォブスの確実であれば事実だろうと。

 問題はなにを、確実と考えたかだ。


「断言できることはあるのですね」


「ドゥーカス卿が赤子に思えるくらいは強いと思うぞ。

主君に足を引っ張られないベルナルドのオッサンと戦う、と考えてみろよ」


 ベルナルド・ガリンドの手腕は、ゼウクシスも知っている。

 基本に忠実で堅実な采配をする。

 世界中でもトップクラスの指揮官だろうとの認識だ。

 まさに後世の模範になる指揮官というべきか。


 フォブスだから勝てたのだ。

 クリスティアス・リカイオスではどうか。

 正直わからない。

 フォブスですら、後半は相手が対応してきて手こずったのだ。


 ベルナルドの弱点である主の猜疑心を利用して、最後は勝ちをもぎ取った。

 讒言が効かない主の元で、指揮を執ったらどうか。

 負けるとは思わないが、かなりの時間と犠牲を払う覚悟がいる。


「ああ……。

自由に采配させると、かなり手こずりますね」


 フォブスは、楽しそうに小さく笑った。

 本質的に手ごわい相手との戦いが好きなのだ。

 采配と知略を戦場で競うときは、生き生きとする。


「ラヴェンナ軍のトップにいるロッシ卿も、なかなかの手腕の持ち主だろう。

あの魔王さまの、全面的な信頼を受けているからな。

無能ではあり得ない。

つまり面倒くさい相手が、ふたりもいるんだ。

ふたりで済めばいいけどな。

よそでは活躍できない人材が、魔王さまの手下になると大活躍をするわけだ。

ほかにいても不思議じゃないさ」


「リカイオス卿のように好戦的ではなく……平和主義なのが救いですね」


 フォブスは同意するようにうなずいたが、すぐに苦笑する。


「その平和を維持するために、日々なにかたくらんでるのだろうさ」


 2人はため息をついて、下を向く。

 やがて、お互い顔を見合わせる


「はめられたんじゃないか?」

「はめられたのでしょうかね?」


 2人にとって気まずい沈黙が、昼食のデザートになったようだ。


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