605話 飛び交う現実逃避

 フォブス・ペルサキスが到着した。

 まず俺と面会することになる。

 やはり、前の職員は彼か。


 しかし……。

 きちんと正装すると、オーラが違う。

 これが、正統派のイケメンか。

 さぞかしモテるだろうな。

 ゼウクシス・ガヴラスも隣に控えており、これはお目付役か。

 負けじと、こちらもイケメンだ。

 2人並ぶとより輝く。

 

 都会ではさぞかし黄色い声が飛び交うだろう。

 陽のフォブス、陰のゼウクシスといったところだ。


 地味な俺には、無縁のオーラだな。


 同席しているシルヴァーナの目が輝く。


(眼福、眼福)


 なにか聞こえた気がした。

 どうせ風の音だろう。

 頼むから、舌なめずりはしないでくれよ。


 とにかくだ……。

 話を進めなくてはな。


「ペルサキス卿。

ようこそラヴェンナへ。

卿の噂は、かねがね耳にしておりましたよ。

評判の英雄に一度会いたいと思っていたのです。

ようやく念願かなったというべきですね」


 フォブスは優雅に笑う。

 腹の中でなにを思っているかは、想像に難くない。


『しらじらしい。

この魔王め……。

私をはめたな』


 そう思っているだろう。

 わからないけど、きっとそうだ。

 そうでなければ、一瞬でも間が空くものか。


 だが俺がはめたわけじゃない。

 君が勝手に自滅しただけだろう。

 むしろ不甲斐ないと、小一時間説教したい気分だ。


 そして確信した。

 方々で考えなしに、愛を振りまいて女性を抱いているな。

 後始末はお付きのゼウクシスがやっているに違いない。


 そうでなければ、シルヴァーナに引っかかるものか。


 視線が交差した後、ペルサキスはほんのわずかに頰をひきつらせた。


「こちらこそ。

ラヴェンナ卿のは、かねがね耳にしております。

傑物であると聞き、是非お目にかかりたいと思っていました。

その点については、お互いの思いが一致したというべきですね」


 どうせロクでもない噂だ。

 そんなことより、話を進めなくてはいけない。

 そこからは、シナリオ通りに進む。

 シルヴァーナとフォブスが、初対面かのように話を進める。

 今のところ、ボロを出していないな。


 シルヴァーナの紹介をするときに、俺が大げさに褒める。

 当の本人はなぜか白い目を向けてきた。


『しらじらしい。

心にもないことを、よく堂々といえるわね』


 顔はそう言っている。

 だがミルににらまれて大人しくなった。


 婚約をするであろう相手の前で悪く言って、どうするのだ。

 この場は、ウソでも褒めないといけないんだよ。

 俺だって、こんな場じゃなきゃ褒めないぞ。


 公の場でこれ以上演技をさせると、どこでボロを出すかわからない。


「ではシルヴァーナ。

ペルサキス卿に町を案内して差し上げてください」


 シルヴァーナは、居心地が悪かったのかホッとしたようにうなずいた。


「ペルサキス卿。

アタシが町を案内するわね」


「ええ。

女性にエスコートされるのも、貴重な体験です。

楽しみですよ」


 そのままフォブスは、シルヴァーナに引っ張られていった。

 デジャビュが……。


 相手は要人なのに、この前と同じように引っ張っていくな。

 あれではエスコートじゃなくて連行だ。

 ともかくこの場で、ボロを出さなくて良かった。


 実直なペイディアスは、祈るような表情。


 その気持ちは同じだが……。

 この場は乗り切った。


 小さく安堵のため息を漏らす。

 期せずしてゼウクシスも同じように、ため息を漏らしたようだ。

 目があってしまう。


『お互い大変ですね』


 ゼウクシスの顔は、そう言っていた。

 慌てて、複雑な表情になった理由はわからない。

 なぜか警戒されている気がする。

 

 俺は年がら年中、なにかを企んでいるわけじゃないのだが……。


                  ◆◇◆◇◆


 執務室に戻って、仕事を再開する。

 そこに飛び込んできた耳目からの報告に、思わず机に突っ伏す。

 町を案内するどころか……。

 シルヴァーナは昼間っから、フォブスを酒場に連れ込んだ。

 そこで仲良く、俺の悪口を言って盛り上がっている。


 正確にはシルヴァーナが愚痴って、フォブスが妙に納得したようにうなずく。

 口先では取りなしてはいるが……。

 この口調は棒読みそのもの。


 そして攻守交代。

 フォブスがゼウクシスの愚痴を垂れ流して、シルヴァーナがやたらとうなずいている。

 意気投合するにしても……適した場や内容があるだろ!


 ミルは、頭を抱えている。

 報告を持ってきたキアラは無表情だった。

 どんな顔をすべきかわからないといったところか。


 キアラは秘書をはずれたので、職場が変更になっている。

 外交省の庁舎はなかったので、屋敷の別室を仮の執務室としていた。

 屋敷の新築にあたり、空き地に庁舎を建てるように閣議で指示したが……。

 ルードヴィゴはあきらめ顔でうなずいただけだった。


 俺の現実逃避は、キアラのため息で中断される。

 

「お兄さま。

止めさせます?」


「いえ……。

放置しましょう。

止めても、密室で盛り上がるだけです。

まだ婚約を発表していないのに、ベッドインが公になると面倒なことになります……」


 キアラは苦笑して、可愛らしく肩をすくめる。


「わかりましたわ。

もう面倒なことになっていると思いますけど」


「言わないでください。

現実逃避くらいしてもいいでしょう……」


 キアラは微妙な表情のまま退出していった。


 思わず、ミルに視線を向ける。

 どこまで教え込んだのだ? 素直に聞きたい。

 それを察したのであろうミルが慌てて手を振る。


「あ、あのね! 聞いてほしいんだけど!

ちゃんと説明したわ! ヴァーナが復唱できる程度には!

まさか町にでた瞬間に、あんなことするなんて思わないわよ……」


 だよなぁ……。

 ミルのせいだとは思っていない。


「まあそうですよね。

ミルでもシルヴァーナさんの制御はムリでしたかぁ。

もう……なるようにしかなりません」


「やっぱりそうなるのね……。

喧嘩していないだけマシなのかな」


 補佐官に指示を出し終えたオフェリーは、なぜか感慨深そうにしている。


「アルさまで話が盛り上がるのは、国を問わないのですね。

なんだか鼻が高いです」


 そんな理由で、鼻を高くしないでくれ……。


                  ◆◇◆◇◆


 翌日もたらされた報告に、俺は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

 シルヴァーナとフォブスは、酒場で飲み続け……。

 そのままお部屋に2人仲良くなだれこんだ。


 部屋で仲良くは結婚してから、好きなだけやってくれ……。

 この件では、ペイディアスと協議が必要だ。


 2人で練り上げた筋書きが崩れてしまったので、軌道修正の必要に迫られる。

 ペイディアスとゼウクシスがやって来たので、応接室で会うことになった。

 ミルは話を聞いたときから無表情。


 ちょっと怖い。


 俺が部屋に入るなり、待っていたペイディアスは頭を下げる。


「ラヴェンナ卿。

此度のこと、申し訳ありません。

シケリア王国として謝罪致します」


 ゼウクシスもそろって、深々と頭を下げる。


「私からもお詫び申し上げます。

まさかこのようなことになるとは……」


 2人のせいじゃないし……。

 なんか気の毒になってきたぞ。


「いえ。

起こってしまったことは、仕方ありません。

どちらかが悪いのではなく、あのが問題でしょう。

ともかく……。

大事なのは波風が立たないように、ことをおさめることです。

その話をしましょう」


 ペイディアスは疲労がにじむ顔で、力なくうなずく。


「元々、その道でいくことは決まっていましたが……。

ラヴェンナ側はどのようにお考えですか?」


 まさに是非もない。

 もう2人の暴走に乗っかるしかない。


「シルヴァーナは成人している女性です。

合意の上であれば、とやかくいうつもりはありません。

シケリア王国側としては?」


「こちらはペルサキスの節操ない行為に、汗顔の至りです。

合意の上であれば不問にする……と仰るのであれば、大変有り難い限りです。

軽率であるとお叱りをうけ、関係が終わりとなっても仕方ありませんので……」


 こんな場面でも、シナリオを壊すようなことを口にしないのは流石だな。


「正直、策を弄して取り繕うより……。

強弁でも話をまとめたほうがいいと思います」


 ペイディアスとゼウクシスは顔を見合わせうなずき合う。

 やや疲れを見せながらも、ペイディアスは俺に向き直った。


「我々もそのように思います。

むしろ大喧嘩をして関係がこじれない限りは、もう成り行きに任せるべきかと」


 喧嘩してもひっついてもらうぞ。

 これ以上振り回されてたまるか。

 それにしても……。


「失礼ながら……。

ペルサキス卿はいつも、こんな調子なので?」


 ゼウクシスは小さく首を振った。


「戦場以外では軽率なところが、多々見られますが……。

ここまで羽目を外すのは珍しいことです。

どうしてこうなったのか……」


 つまりこれも組み合わせか。

 頭をかいて苦笑してしまう。


「あの2人は混ぜると危険だったようですね……。

長所を高め合う組み合わせは、よく知られています。

短所を増幅させる組み合わせは、目の当たりにしたくない現実として転がっています。

今回は暴走を加速させる組み合わせ……とでもいうべきですかね。

組み合わせてみないとわからないので、実にタチが悪いですよ」


 ゼウクシスは山ほど言いたいことがあるような顔をしていたが……。

 小さく、頭を振った。


「ラヴェンナ卿。

失礼ながら……。

実は楽しんでいませんか?」


 なぜそう見えるのだ。

 ゼウクシスは見えている現実から、目をそらしているな。

 現実逃避はよくないぞ。

 ここは一つ、俺が親切に教えるべきだろう。

 俺は真面目くさってせきばらいをする。


「心外ですね。

こんな状況は笑いでもしないとやっていられないだけです。

ガヴラス卿。

今後あの2人の後始末をするのは卿なのですよ。

真面目に考えていては、心労で倒れてしまうと思いますが」


 ゼウクシスの顔から、表情という表情が消えた。

 なぜ言った……と言わんばかりだ。


 ペイディアスも災害を、目の当たりにしたような顔をする。


 言わなくても、現実は立ちはだかる。

 まあ……頑張ってくれ。


 こみ上げる笑いを抑えて真面目くさった顔をする。

 ミルがジト目でにらんでいるが、気がつかないフリをしよう。

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