604話 オーバーワーク

 レベッカの調査隊が戻ってきた。

 レベッカが上機嫌だったので、成果はあったのだろう。

 研究者気質なので、成果の有無が露骨に機嫌に現れる。

 

 報告を急かす必要はない。

 研究者は急かすと不機嫌になる人種だからな。

 それに緊急を要する案件ではない。


 それより、ペルサキス卿がこちらに向かっている。

 このイベントが、どうか無事に終わりますように。

 このときばかりは祈るしかないのである。


 シルヴァーナの制御なんて、端から諦めている。

 ミルが大丈夫と言っていたので、それを信じるしかないのだ。


 無力に祈るしかない俺に、レベッカが面会を申し込んできた。

 断る理由はないので、執務室に通してもらう。


 いつもの神経質で冷静な様子はなく、珍しく興奮気味だ。


「アルフレードさま! あそこは素晴らしいです!

住み込んで調べたいくらいですよ!」


「レベッカさんがそこまでいうとは、いろいろと発見があったのですか」


「はい! やはり淀んだ水を濾過する仕組みがありましたよ!」


「それじゃあ下水の処理がはかどりますね」


「そうですね。

魔力の供給が途絶えていたので、今は止まっていますが……。

昔の人の技術は、すごいものですよ。

服装や建物が立派だから……と胸を張れないことがわかりました。

詳しい説明は、資料としてまとめて提出します。

ともかく……なにを言いたいかというとですね。

行き詰まっている通信技術のヒントがあったのです!」


「昔の人も遠隔通信していたのですか」


「地下都市はおそらく、何層構造にもなっています。

そうなると意思の伝達が重要になりますよね。

それらしき機材がありました!」


 待てや。

 まだ奥があるのかよ。

 将来の困難を想像して、頭をかいてしまう。


「ちょっと大がかりな調査になりそうですね……」


 レベッカも、大がかりな調査が必要だと思っていたのだろう。

 俺が先に調査の必要性を認識したことに満足気だ。

 必要性の説明がはぶけるのだからな。

 研究者気質の人に多く見られるのは……当然と思うことを、いちいち説明するのは嫌うこと。


「本当は沸いてくる魔物を掃除できればいいのですけど……。

あれは用途があるようですし。

ともかく地下都市を、調査拠点にできないか検討中みたいです。

この場合、だれの担当になるか……。

閣議で飲酒トロッコ……。

コホン。

アレンスキーさんが、議題に上げると言っていました」


 オニーシムも変な名前をつけられているなぁ。

 そういえば……この前ボヤいていたな。


『ご領主とつるむと変な名前をつけられる』


 俺のせいかよ。


「わかりました。

早々に決めましょう。

放置すると冒険者ギルドに仕切られてしまいますからね」


 俺の早々が本当に早いことを知っているレベッカは、満足気にほほ笑んだのであった。


                  ◆◇◆◇◆


 閣議では扱いが紛糾した。

 遺跡調査省でも設立したらどうかという話もでたが、遺跡がそこしかなかったらムダになってしまう。

 臨時の省にしても……廃止したときの人員の行き場などをどうするのか。

 一般職員ならともかく、管理職を一般職員に降格させるわけにいかない。

 いたずらに吸収して、管理職がだぶついてはかえって非効率になる。

 さらに大臣だと閣議に出席する決まりだ。

 大臣でなくなると出席できなくなる。

 閣議に出席できることは、いつの間にかラヴェンナでの名誉となっていた。

 一度正式メンバーになると外すことが困難になるのだ。


 責任と誇りをもってやってもらう以上、必要な配慮。

 つまり新省の設立はよほどでないと……できないのだ。


 ではとこかの所管にして、臨時の部にすべきと落ち着いたが……。

 どこの所管かが問題。


 冒険者担当省は、冒険者ギルドとの折衝が主な業務。

 調査は管轄外なのだ。

 そして大臣であるシルヴァーナの動向が不明。

 本人はラヴェンナに残りたいようだが……。

 シルヴァーナの気持ちだけで決まる話じゃない。

 仮に交代しても、引き継ぎと新規事業を同時に進めるのは難しだろう。

 とくに冒険者ギルドとの折衝は、どんな仕事になるか明確でないからだ。


 開発省かといえば違う。

 知識とみなすなら教育省だが、これもちょっと違う。

 建築・科学技術大臣省もちょっと違う。


 そうなると視線は、俺に集中する。

 さすがに省庁の再編までは届かないか。


「省庁の再編をしますか」


 俺の言葉に、全員が警戒する。

 マガリ性悪婆が、面倒くさそうな顔をした。


「先に言っとくよ。

アタシは顧問なんてしないからね」


「さすがにお門違いの部門の顧問は頼みませんよ。

開発省に建築・科学技術省から建築部門を切り出して統合しましょう。

今でも往来が多いですからね。

科学技術省は技術開発に加えて、調査全般も担当します。

あとは必要に応じて、各省に協力を仰ぐ形にすればよいでしょう。

これなら再編に時間はかからないと思いますよ」

 

 最も大事な要素は、あえて口にしなかった。


 今は、発明の有用性が認められている。

 以前は有用性があったとしても、漠然とした未来にしかない。

 つまり他に優先すべきことはあるだろう……と正論が飛びだす。


 周囲の反発を抑える意味もあって、有用性がハッキリしている建築省と抱き合わせで設立したわけだ。

 もう単体で必要性を疑問視されることもない。

 トロッコだけだと趣味的な有用性だけだ。

 行政側からは、優先度の低い部門とみなされてしまう。

 新型の皮と、新しい製鉄技術は大変実用的な発明だ。

 未来への期待度は、当然高くなる。


 念願かなって科学技術省専任になったオニーシムは、上機嫌で髭をしごいている。

 前々から専任したがっていたからな。

 初期段階で専任させては、周囲の反発にあって浮いてしまう。

 

 この配慮を口にすると恩着せがましくなってしまう。

 総責任者として当然の配慮だと思っている。

 だから、そんなことを口にする気にはなれないのだ。

 

 警戒していたルードヴィゴは効率化につながる楽な話だ……と思い安堵顔。


 そうはいかないがな。

 違う省であれば、階級の差は気にならない。

 同じ省になると、階級のバランスをとることに細心の注意が必要になる。

 どうせすぐわかるのだ。

 今から、現実を突きつける必要はあるまい。


 俺は、だれにも気づかれないように含み笑いを浮かべる。

 ミルにはバレたようだけど……。

 ミルのジト目には気がつかないフリをする。


 ともかく今日の話は終わりか……。

 と思ったが違うようだ。

 我関せずといわんばかりの顔をしていたチャールズが、アゴに手を当てる。


「一つよろしいですかな?」


「なんでしょう?」


「今情報部門が軍事省と耳目に分かれていましてね。

境界が曖昧になっているのですよ。

同じ件を調べることも、たまにありますからな。

視点は違いますが、基本となる情報は重複しています。

一つにまとめてはどうですかな?

今は人材が不足していますからね。

充実してきたら、分離も考えるべきでしょうが……。

勿論、情報は軍事にかぎらないでしょう。

こちらから人を派遣する形になりますかね」


 情報の有用性を理解した上での統合案。

 前々から考えていたが、俺が再編にゴーサインを出したから乗った感じか。

 再編の先例もつくったし、今後は必要に応じて話がでるだろう。

 俺に異存はない。

 問題は統合する側だな。


「キアラ、どうですか?」


 キアラはにっこりほほ笑む。


「そういうことでしたら結構ですわ。

ロッシ卿から人を派遣してもらって、要請を受けるのと……。

その人にも引き続き情報収集をしていただく形でよろしいです?」


 完全に独立した縦割り行政にはしていない。

 よそが口を出すなと言うのは俺が認めていない。

 だから閣議で他部署への口出しは自由。


 人を派遣するなどして、連携を常にとるのがラヴェンナスタイル。

 当然ながら、判断は所管の大臣に帰せられる。

 その判断には全員が従う。

 だが判断に至った経緯の説明を求める権利は認めている。

 説明できない判断は認められない。


 大臣の面子を潰すのはどうかなんて話もあったが……。

 決断を説明できない大臣の面子など考慮不要と俺が断言した。

 配慮や敬意は不可欠だが、馴れ合いは衰退の母体に他ならない。

 付和雷同だけは、厳に戒めると俺が常々公言している。


 チャールズはうなずいたが、少し真面目な顔になった。


「ええ。

キアラ嬢がよろしいなら。

こいつはお節介なのですがね……。

キアラ嬢の仕事が、かなり増えているでしょう。

そのあたりも考えた方がいいと思いますな。

今後仕事は増える一方でしょう」


 今は……秘書、耳目の統括、取り次ぎの三つを兼ねている。

 オーバーワーク気味だとは思っていた。

 そろそろ言おうかと思っていたところだ。


 ミルも真顔でうなずいている。

 オーバーワーク気味なのは、一緒に仕事をしているからわかっているのだろう。


「そうね。

外交の取り次ぎもやっているもの。

キアラの負担を減らしましょうよ。

大丈夫かって聞いても、キアラは意地っ張りだから大丈夫っていうもの」


 キアラが頰を膨らませて抗議しようとするが、俺は手でそれを遮る。


「では……。

正式に外交省を設立しましょう。

キアラを大臣とします。

情報部門とまで名前を付け加えると、外部が警戒しますからね。

仕事は同じですよ」


 キアラは俺に、複雑な表情を向ける。

 かなりの仕事の虫で、自分の担当が減ることを嫌う。

 だがオーバーワーク気味なのは自覚しているのだろう。

 俺の決定に、反論が思いつかないといったところか。


「秘書の仕事は、どうするのです?」


 ミルはキアラに笑いかける。


「大丈夫よ。

補佐官もだいぶん育ってきているからね。

なによりキアラが倒れるなんていやよ」


 キアラは観念したように苦笑する。


「わかりましたわ。

秘書の仕事は気に入っているのですけど……。

取り次ぎと情報収集に支障がでては、かえってお兄さまに迷惑がかかってしまいます。

秘書に関してはお任せしますわ。

オフェリーもいるから大丈夫ですわね」


 ごねるかと思ったが、あっさり受け入れてくれたな。

 兄離れができつつあるかな。

 うれしいことだよ。

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