599話 不快な仕事

 ロマン王子に誓約はさせたものの、これは処罰するための大義名分にすぎない。

 そんな集団を隔離すべく、宿舎を用意させた。

 

 到着の報告は受けたが、わざわざ出迎えると図に乗るだろう。

 宿舎に案内させてから、俺が出向くことにした。


 その前に、早速トラブルが。

 乾いた笑いが抑えきれない。

 ともかく報告を受けることにした。


 ロマン王子の取り巻きのひとりが、町を歩いていた少女に目をつけて、ムリに連れ去ろうとした。

 当然少女は抵抗して騒ぎになる。

 そこにヤンが駆けつけて、取り巻きを半殺しにしたらしい。

 とがめたロマン王子はヤンに一喝されると、腰をぬかして失禁した。


 少女が危ない目にあわなければ爆笑していたのだが……。

 ともかく少女は無事らしいので一安心だ。


 取り巻きは警察に連行されて監禁中らしい。

 気絶しており、抵抗はなかった。

 処罰は追って沙汰することになる。


 未遂だからそこまで大事にならないが……。

 笑いをこらえつつ、トウコとヤンを呼んでもらう。


 その災難にあった少女には、親同伴で個別に事情を聞いてもらうことにした。

 ここに呼び出してはおびえさせてしまうだろう。

 なんら悪いことをしていないのだ。


 政治的な話は一切関係ない。

 ただの悪質な事件にすぎないのだから。


 応接室にトウコとヤンが到着したと報告が届く。

 執務室で聞くことも考えたが、極秘にしたい話があるかもしれない。

 なので応接室での聞き取りになる。


 ヤンでは正しく伝えられない恐れがあるので、エミールも同席するらしい。

 断る理由もないので、同席を許可した。

 むしろヤン本人では、話が飛びまくって理解するのが大変だから助かる。


 俺はミルとキアラを伴って、話を聞くことにした。

 廊下を歩いているとミルが俺にチラチラ視線を送ってくる。

 心配事でもあるのか。


「どうしました?」


「女の子は無事かしら? ああいうのってショックが大きいから……」


「その話も当然聞きます。

避難指示でも出しておくべきでしたよ。

いきなりやらかすとは思いもよりませんでした。

ともかくロンデックス殿には感謝です」


「そうね。

大事に至らなくてよかったわ」


 応接室では微妙な表情のトウコがいた。

 警察よりヤンのほうが早かった。

 それで忸怩たる思いなのかもしれないな。


 そして真ん中でふんぞり返って鼻をほじっているヤン。

 その隣に恐縮しきりのエミールがいた。


「お待たせしました。

まずなにがあったのか聞かせてください」


 興奮気味のヤンをなだめつつ、エミールが説明。

 足りない部分をトウコが補足するかたちとなった。


 第1報と大差はない。


 どうやらロマン王子の取り巻きに、少女に性的興奮を覚える変態がいたらしい。

 いつものノリで連れ込もうとした。

 予想外にも抵抗されてしまったと。


 今まで抵抗された経験がなかったようだ。

 他の取り巻き仲間の冷笑を浴びて、頭に血が上ったらしい。

 少女を殴りつけていうことを聞かせようとしたと。


 そこに騒ぎを聞きつけたヤンが間一髪で駆け込んできた。

 少女を逃がして、取り巻きの顔面が変形するほどボコボコにしたらしい。


 他の取り巻きも、こんな腕っ節の強い男に邪魔された経験がなかったようだ。

 ヤンの剣幕にビビって硬直していたらしい。


 取り巻きのあまりのふがいなさに、ロマン王子が剣をぬいてヤンを脅すと、逆にすごまれて腰をぬかした。

 直接的な殺気の波にのまれて失禁してしまったようだ。

 

 少し遅れて警察が到着。

 半殺しにされた取り巻きを連行。


 命に別状はなかったようだが、男の急所をヤンに握りつぶされたらしい。

 魔法で再建はムリだろうなぁ。

 自然治癒できるものしか治らないし。


 ロマン王子一行は大人しく宿舎に案内されたようだ。

 今のところは茫然自失らしい。

 宿舎に女性の使用人は入れていない。

 筋骨隆々の男たちをつけている。


 話を聞き終えたので、真っ先に確認したいことがある。


「その子に、怪我はなかったのでしょうか?」


 トウコが、少し安心した顔でうなずいた。


「幸いよけたので殴られずに済んだ。

まったく子供を殴るとか、なにを考えているのだ。

ただ……。

その子はショックが大きかったらしく泣きじゃくっていた。

親にすぐ引き渡したぞ。

周囲の聞き込みをして状況はわかったからな」


 不幸中の幸いか。

 ミルとキアラもホッと胸をなで下ろす。


「それがいいでしょう。

なにはともあれ……怪我をしなくてよかったですよ」


 ヤンも少し落ち着いたのか、腕組みをしてふんぞり返る。


「言っておくが、俺は悪いことをしていないからな。

クズを躾けただけだ。

その気になれば殺せたんだぜ。

タマをつぶして二度と子供を襲えない程度にしたのは、俺っちの優しさよ。

子供を襲って乱暴するなんて、男の風上にもおけない野郎だろ?

だから半男にしてやったのさ。

半殺しで済ませただけ感謝し……」


 エミールが大慌てで、ヤンの口を塞ぐ。


「ば、馬鹿! 相手は王族の取り巻きだぞ! 締め上げる程度にしないと大変な……」


 俺はエミールを手で制した。


「ロンデックス殿」


 ヤンがエミールの手を払いのける。


「お、おう?」


「子供を助けていただいて……本当に有り難うございました」


 いくら感謝してもしきれないさ。

 ヤンは一瞬目が点になったが、すぐに大笑いする。


「いいってことよ」


 身構えているエミールにも笑いかける。


「ロンデックス殿に感謝こそすれ、とがめるなんてことは一切しませんよ。

やり過ぎかどうかはささいなことですからね」


 ヤンは大笑いして、エミールの背中をバシバシたたく。


「ほらな、ラヴェンナさまは褒めてくれるって……俺がいったのは正しかったろう」


「ひとつ残念なことがありますけどね」


 ヤンは不思議そうな顔をする。


「な、なんでぇ?」


「剣を向けてきたなら、ロマン王子を1発くらい殴ってくれればよかったのに。

それだけが残念ですね」


 ヤンは俺の顔をマジマシとして見てから、これまたすぐに大爆笑した。


「あ~そいつはすまねぇ。

さすがに王族って聞いていたから、殴ったら駄目かと思って睨むだけで済ませたんだが……。

殴っておけばよかったかぁ」


 エミールは、頭を抱えている。


「お褒めいただいたことは有り難いのです。

ですがこの男は褒めると、すぐ調子にのるのです……。

連中をつけ回して殴る機会を窺いかねません……」


 それはそれで連中もさっさと帰るから悪い話じゃない。


 エミール以外は大笑いだ。

 内向きな話はこれで終わり。


「このあとの面倒なことを処理するのは、私の仕事です。

事情はわかりましたので、もう結構ですよ。

しかし……ロンデックス殿に睨まれて失禁とは。

ロマン王子にそんな感受性があったのですねぇ。

極めつけの鈍感人間だと思っていましたよ」


 トウコは苦笑して、キアラに視線を向ける。


「キアラさまの殺気はなかなかのものだが、わかるやつにしかわからない。

ヤンの殺気はそんな上品なものじゃなくて、本能に訴えかけるからな。

キアラさまは剣を、手にかけた殺気だ。

ヤンは猛獣が口を開ける類いのものだからな。

馬鹿でもわかる」


 そんな話をしていると、扉をノックする音が。

 オフェリーだった。

 部屋の様子を見て、ホッと胸をなで下ろす。


「ああ……よかった。

町の人たちが、ロンデックスさんを心配して、屋敷の前に集まっています。

アルさまがロンデックスさんを罰するとは思えないけど……。

相手が王族の取り巻きだから心配したみたいです」


 辺境だとヤンの言動は親しみやすいらしい。

 なかなかの人気者だ。

 特に子供からの支持は、絶大なものがある。

 まるでガキ大将ではないか……と思いもするが。


 俺はヤンに笑いかける。


「ではロンデックス殿。

早く皆の前にでて安心させてあげてください。

人気者なのでしょう?」


「お! そうだな! そうさせてもらうよ。

あとは任せるぜ。

持つべきものは、いい領主さまだなぁ」


 ヤンが屋敷をでると、歓声があがった。

 ここまで聞こえてくる。


 皆は楽しんでもらうとして……。

 俺にしかできない仕事を片付けないとな。


「さて、不快な仕事を片付けないといけませんね。

私より偉い人がいれば任せられるのですが……」


 ミルはなんとも微妙な表情で笑いだす。


「仕方ないでしょ。

ロマン王子のところにいくのよね?」


 俺はうなずくが、軽く手を振る。


「いくのは私だけです。

女性陣は残ってください。

不愉快な要求をされそうですからね。

断るにしても、嫌な気持ちにさせたくありません」


 ミルは不満げな顔になるが、俺の顔を見て意見を変えない……と悟ったのだろう。

 深いためいきをつく。


「じゃあ……ひとりで? それは護衛がついていても危ないわ」


「いえ。

いささかお門違いですが、別の人に同行を頼みます」


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