598話 閑話 美しい関係

 新王都ノヴァス・ジュリア・コンコルディアは、ようやく厄介者を追い払った。

 厄介な騒動の震源地であった王宮は、ようやく落ち着きを取り戻しつつある。


 厄介者であるロマン王子一行が立ち去った後、ニコデモ王が一部の家臣を招いて祝宴を開いている。

 一部と言っても呼ばれたのは2人。

 宰相のティベリオ・ディ・ロッリ。

 警察大臣のジャン=ポール・モロー。


 ニコデモ王は家臣を招いての夕食を、いろいろな組み合わせで行う。

 中でもこのペアは、鉄板メニューとなっていた。

 一番多い組み合わせと言ってもいい。

 当然、噂が飛び交う。


 曰く、陛下は不仲で有名な2人の仲を取りもつつもりだ。

 曰く、陛下は不仲な2人を同席させて、いがみ合いを楽しんでいる。


 などいろいろな噂が飛び交っていた。


 ではその宴席ではどうかと言えば……。

 内心どうあれ、国王の御前でいがみ合うなど馬鹿なことはしない。

 表向きはなごやかな夕食の場である。


 主賓であるニコデモは、上機嫌でワインを口にする。


「不快なものが遠ざかって、これほど清々しい気分になるとはな。

そう思えば、あの体験は貴重であったかな」


 宰相のティベリオは、優雅に笑みをうかべる。


「御意にございます。

貴重と申しましても、皆が経験したいと思わないでしょうが。

悪夢のような貴重さですな」


 警察大臣のジャン=ポールも、陰気な顔に満面の笑みをうかべる。


「始めて宰相殿と意見が合いました。

しかしよろしかったのですか? かような御仁をラヴェンナに向かわせて」

 

  ティベリオも、眉をひそめる。


「書状で説明はしましたが……。

我々が厄介払いをしたいがために、一行を送り出したと思われては心外です」


 ジャン=ポールは、小さく首を振ってからニコデモに上目遣いをする。


「我々がどう思われようと、些細なことです。

陛下への友情が損なわれること……。

それが重大な懸念であります」


 隙あらば諂うのは、モローの得意技である。

 だが媚び諂うというより点数稼ぎのような印象を与える。

 そのあたりが、この男が嫌われる要因ではあるのだが……。

 モローに言わせれば必要経費らしい。


 ニコデモは意外そうな顔をする。


「友情が損なわれるとな?」


「恐れながら、陛下がラヴェンナ卿にお向けになる親愛は公然たるものです。

ですがラヴェンナ卿はどうか……。

いささか陛下に対する態度には、不敬なものが含まれているかと。

思いがすれ違うことにならなければよろしいかと、臣は心を痛める次第であります」


 さりげない讒言だが、ニコデモは含み笑いをする


「ああ……それか」


 ニコデモはワインを、口にして2人を見渡す。


「卿らだけに教えるが……。

友情についてだな。

余はラヴェンナ卿を個人的に好いたことなど、一度もないよ」


 ティベリオは表情を隠して、穏やかな笑みをうかべる。

 上流階級の出身だけのことはある。

 咄嗟のときに自分の感情を悟られないようにするのは、血肉となっていた。


 一方のモローは茫然自失。

 陰謀好きの怪物と思われているが、このあたりで生まれ育ちの違いがでる。

 讒言をしたらやぶから大蛇がでてきて困り果てた……といったところだ。


「そ、そうなのですか?」


「ラヴェンナ卿も知っていると思うよ。

それにラヴェンナ卿は、余に心服などしていまい。

単に王にしておいて不都合がないから、そのままにしているのさ。

態度なんて些細なことだ。

私を王にしてくれて、余計な口を挟まない。

これが一番大事な点だ」


「それはあまりにも不遜な……」


 ニコデモは声を立てずに笑う。

 再びグラスに口をつけて、モローにニヤリと笑いかける。


「不遜も何も……事実だろ?

仮にラヴェンナ卿の支持を失ってみろ。

余は2人の兄と、仲良くあの世で久闊を叙することになる。

2人は首がないからな。

余だと気がつかぬやもしれん。

余は首に、痣はあってもつながっているだろうさ。

首がないから、どっちがどっちかは……。

ふむ……わからないのが悩ましいな。

首だけだったらわかりやすいのだが……」


 モローはさすがに、返答に困ってしまう。


「そ、それでも、陛下は王であらせられますぞ。

ラヴェンナ卿は人を人と思わぬ態度が見え隠れする……との噂もございます。

いい機会ではありませんか。

注意を喚起されては?」


「王はランゴバルド王国の秩序の核となる標識にすぎんよ。

今回の内乱で、それがだれの目にも明らかになった。

それでふんぞり返っても空しいじゃないか。

それに人を人と思わない? 当然だろう。

それだけの人物だからね。

他の者がするのは認められないが」


 さすがのモローも、二の句がつげなかった。 

 ニコデモのアルフレードに対する認識が、まるでわからないのだ。


「ただ安定の鍵となる人物と余が不仲では、余計なことを考える輩が元気になる。

そして臣下の身分で、余に馴れ馴れしくなどできまい?

故に余がラヴェンナ卿に、親愛の情をこれでもか……と表明したわけだ。

それなら形ばかりの親愛の情など、安い出費じゃないか。

余の財布は、ほとんど空なのだからね。

ラヴェンナ卿は内心面倒くさがっていたろう。

だが……しつこいくらいやらないと、周囲にアピールできないからね」


 表情を隠していたティベリオが得心したようにうなずいた。


「安定のための王権を、ラヴェンナ卿は必要としたわけですな。

我々のように、当然あるべきものとは考えなかったと。

陛下もそれを受け入れて、協力関係が成立したわけですか」


「そうだ。

そのような取引関係なので、求めるものが従来と異なるのさ」


 ティベリオは思案顔のまま、ワインを口にする。


「異なるですか……。

褒美は確かにないも同然でしたな。

従来と違うからこその違いですか」


「考えてもみたまえ。

スカラ家とラヴェンナ卿は、この内乱で何を得た?

権威や承認だけで、実質的な権利は与えられていない。

フェルディナンド卿はこれ以上、勢力が広がると危険視される……と判断したからの辞退であった。

ラヴェンナ卿はどうかな? それらを望んでいない。

これは余がラヴェンナ卿に、しつこくまとわりついて気がついた話だがね」


 ティベリオは感心したように笑っていたが、苦笑に変わる。


「これが普通の貴族であれば、王妃を嫁がせて外戚となる。

宰相も一族のだれかに……。

さらには大きな所領まで求めるでしょうね」


 ニコデモは気取った感じで、グラスを持ち上げる。


「そんなところだ。

子の代になれば、今の地位は世襲の権利だと勘違いするだろう。

つまりそれ以上を望むのさ。

結果として功臣の粛正が必要になる。

そのとき2国が、行儀よくしていると思うかね?」


 ティベリオ自身、今までの固定された世界でなくなったことは痛感している。

 だからこそ自分が、宰相になれたわけだ。

 固定されないのは、国境もだと認識している。


 アルフレードは変えられるが、定着はしないと言っていた。

 だが変えられるという認識が、ここでは大事なのだ。

 だれもがアルフレードのように、先の定着まで考えるわけではない。

 むしろまれだろう。

 その点は、アルフレードも否定していなかった。


「余程の無気力でないかぎりは、何かしたくなるでしょう。

そこまで勢力が大きくなると、縁故の鎖も相当広がります。

かなりの血が流れるでしょうな」


「ラヴェンナ卿は実に賢明な取引をしたよ。

望んだ報酬は、他者のねたみを買わないものだ。

あれだけ働いて……たったこれだけか?

そう思われて、むしろ気の毒がられているだろう。

他人から見れば、ほとんど実利のないものだからね」


「恐れられてはいます。

ですが……ねたまれてはいませんな。

むしろ公正な判断を望むなら、ラヴェンナ卿にお伺いを立てろとまで言われています。

自分が損をする判断ができる人物こそ公正だ……と思われるのは世の常ですよ」


 ニコデモはグラスのワインをクルクル回しながら、皮肉な笑みをうかべる。


「利益を要求できるのにしないと、だれも非難しようがないからね。

格好つけたとか……。

偽善者だのと非難してもだれも同調しない。

ただ嫌いなのに、理由をとってつけただけだからね。

そんな無意味な接待をだれもしないだろうさ。

ラヴェンナ卿が気分を害して、意見を変えたら……。

自分たちの取り分が、ごっそり減るのだからね」


 ティベリオも皮肉な笑いをうかべつつ、ワインを口にする。


「そう思わせておいて……陛下からもらった権威を活用して、経済圏の構築を企図していますなぁ。

周囲の連中におこぼれを与えて、共犯にするつもりでしょうね。

敵対して自分が損をするなら、ラヴェンナ卿に与同するでしょうから。

足を引っ張られないよう、利益をきっちり追求するのは老練と言って差し支えないでしょう」


 年齢詐称疑惑は耳にタコができるほど聞いた。

 ティベリオにとってそんなことは、どうでもいい話だ。


 縦読みを斜め読みで返してきたときは、思わず笑みがうかんだ。

 そんなやりとりができる。

 それが大事なのであった。


 ニコデモは軽く笑って、ワインを口にする。


「国全体の経済が発展するなら、余にとってはいい話だ。

の頑張りに期待するとしようじゃないか」


 政治的な判断になると、モローのでる幕はない。

 ムリに口をだすと、醜態をさらす。

 自分でも参加できる話題にしようと内心思案している。

 モローにとっては腹立たしいかぎりだが、アルフレードが救い主になっているのだ。

 共通の話題なのだから。


「恐れながら陛下。

やはり一行に許可をだしたのは悪手では?

ラヴェンナ卿は自分への挑発と思うかもしれません」


 ニコデモは悪戯っぽくウインクする。


「いや、これが一番いいのさ」


「と申しますと?」


 ニコデモは、楽しそうに笑いだした。


「不公平じゃないか。

余たちだけ苦痛を味わうのは。

苦痛はラヴェンナ卿とも分かち合うものだよ。

どうせ他人事だと、高みの見物を決め込んでいただろう」


 モローは人の悪い笑みをうかべる。

 アルフレードが苦労するのは、モローにとっての楽しみでもある。

 あの澄ました顔で、事もなげに問題を片付けるのは実に腹立たしい。

 だからといって……つぶれてしまったら、モローにとって失望が大きいのだ。

 単純に嫌いにとどまらない、不思議な愛憎を抱いている。


 そして意図して送り出したのであれば、そんな単純な動機ではないことを悟る。

 この宴は、試験の場でもある。

 常に、自分の能力を試されるのだ。


「なるほど。

陛下もお人が悪いです。

アラン王国との戦争は不可避とお考えですか。

ラヴェンナにも責任の一端を追わせようと?」


 ニコデモは満足そうにうなずいた。

 モローの回答は、合格点を与えられたようだ。


 モローは内心安堵しつつも心中は複雑である。


 ロマン王子の行為は、とんでもない侮辱行為との認識なのは皆と同じ。

 これを見逃しては、王権の安定など画に描いた餅にもならない。

 当然のことだが……人選をしたアラン王国に責任を問うことになった。


 アラン王国の対応が不誠実であった場合は、こちらから戦争を仕掛ける選択肢もある。

 その場合、普通ならアルフレードは助力しないだろう。

 だがロマン王子と一悶着あれば、高みの見物とはいかない。

 当事者となるからだ。


 そのためにわざわざ歓談中にラヴェンナの話題をだしたようだ。

 最初はロマン王子が、ラヴェンナの話題をだしてほしそうにしていた。

 ごまかしていたが、あまりにアピールがしつこい。

 揚げ句の果てに……30過ぎの大人が子供のようにすねたのだ。

 仕方なく折れて話題にしたと思っていたが……。

 

 何が何でも行く気にさせる罠だったのか。

 その罠にロマン王子は食いついた。

 こちらが渋るほど、意地になって行きたがる。


 自分はどこを訪れても歓迎される人気者。

 それが持論だからだ。

 訪問を断られるなどの考えは、ロマン王子の頭にはこれっぽっちも存在しない。

 これで仕方なく送り出したことになるだろう。


 モローの考えは、ニコデモの笑い声で中断させられた。


「あのご一行は、現実を押しつけられることになる。

誓約はさせたが、自分は特別だと信じ込んでいるからな。

あくまでラヴェンナ卿の顔を立ててやったつもりだろう。

さてどんな顔をさせられるのやら……。

ラヴェンナ卿の報告を、楽しみに待つよ。

当然相当な恨みを持って帰国する。

関わってしまったのだ。

戦争になった場合、ラヴェンナ卿は積極的に助力してくれるだろ?」


「確かにそうですな。

しかしそのような策を弄さずとも参加すると思いますが……」


 ニコデモは首を振って、ワインを飲み干す。

 給仕はいないので、自分でつぐ。

 公の密談なので、人払いをしているからだ。

 扉の向こうで、聞き耳を立てていても聞こえないようにしてある。

 この秘密が、王宮の噂を盛り上げている最大の要因だ。


「時期が問題だ。

ラヴェンナ卿はラヴェンナの犠牲が、一番少ないタイミングで介入してくる。

余としてはランゴバルド王国全体の犠牲が少ない方策をとるのだよ。

混じりっけのない打算でなりたつ、美しい関係だからな。

それでこじれることはない。

変に義理人情を絡めないから、ラヴェンナ卿は交渉相手として楽だよ」


 ティベリオは感心した顔で、優雅にワインに口をつける。

 アルフレードとの交渉が楽だと言える人間は、この世でも数少ない。

 実はこの国王は、ただならぬ人物なのでは……と思い始めていた。


「恐れながら陛下は……。

今まで才能をお隠しに?」


 ニコデモは自嘲気味に笑って、肩をすくめる。


「単に王族は、王になることを学ばない。

なってからをたたき込まれるのさ。

だから兄上たちも王に即位していれば、それなりにやれていたと思うよ。

なる手段にもたけている……と勘違いして自滅しただけさ。

余もなる手段に関しては、兄上たちと然程変わらない。

あの失敗を、目の当たりにしたからね。

なる手段にたけているラヴェンナ卿に丸投げしたのさ」


 モローもニコデモへの認識を変えつつある。

 慎重に、人選を進めていたのだろう。

 その中で、アルフレードに白羽の矢が立ったわけだ。

 アルフレードは、『白羽の矢が刺さった』と言いそうだが。


 この話は何か他にも意図が隠されている。

 そんな気がしてならない。

 内密などと公言される話は、いつだってキナ臭いのだ。

 モローの目が鋭くなる。


「そのような内密のお話を、我々にお打ち明けになられたのは、どのような意図があるのでしょうか」


「内密と知っているなら結構。

この話は、3人のみが知る秘密だよ」


 ティベリオとモローは、瞬時に悟った。

 この話がどこからか漏れたら、重用が終わるのだ。

 それが嫌なら自分の無実を証明するか、犯人を捜さなければならない。

 2人はどこか軽く見ていた国王を違う目で見ることになった。

 

 この国王の本質を、アルフレードは知っているのか。

 2人にはわからないままであった。

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