16章 動乱が動乱を呼ぶ 

597話 緊急事態

 作法の先生については、宰相が快諾してくれた。

 早急に、人選を進めるとの返事が届いたのだ。

 その書状にはロマン王子を首席とした親善大使が、王都に着いたとあった。


 ロマン王子のやらかしが詳細に書かれている。

 いちいち書かないとやっていられないほどストレスだったようだ。

 先に目を通したキアラは無表情。


 俺も渡された書状に目を通したが、苦笑しか浮かんでこない。

 ミルは無言だった。


 この沈黙はいやだなぁ。

 俺がなにか言わないと、ダメな空気だ。


「ロマン王子は本当に成人男性なのでしょうかね。

躾がないまま育ったと、獣としか思えないのですが。

王族に生まれたのが、本人にとっての幸運でしょうね。

周囲には不運ですが」

 

 キアラはあきれ顔で、頭を振った。


「親善にきたはずなのに、自分の所領が欲しいとおねだりするとか……。

まるで意味がわかりませんわ。

陛下は冗談にして流したようですけど」


 ミルは息を吐いて、天を仰ぐ。


「美女をえりすぐって、自分の接待につけろとか……。

王宮を娼館と勘違いしているのかしらね」


 オフェリーはすっかり大きくなったエテルニタと遊んでいる。

 猫じゃらしを振りながら笑いだす。


「自分の歌を聴かせるための会場を用意してほしい……なんて言い出すくらいです。

王都の住人全員を強制的に鑑賞させるようにしてくれとか。

劇場と勘違いしたのではないでしょうか」


 これだけ意味不明な親善大使では、まともなコメントなどだせるはずもなく。


「宰相は厳重な抗議の書簡を、アラン王国に送るそうです。

その場で叱責するのはマナー違反ですからね。

いくら相手がマナーのない人物であっても、こちらは守らないといけません。

叱責したとしても、本人は不当に侮辱されたと思うでしょうが。

要望を断られたとき、露骨に不機嫌になってスネた態度を取ったようです。

話の通じる人に抗議するのは、当然と言えば当然ですけど……」


 ミルは俺の言葉が気になったようだ。

 少し眉をひそめる。


「アルの考えだと、それはマズいの?」


「いえ。

そうする他ないのですよ。

非礼な大使をとがめないと、それだけ王は弱いと思われてしまいます。

統治上マイナスでしかありません。

ただ当然のことをしても、それを不当だと思う人が困ったことに一定数存在します」


「ああ……。

アラン王国でもごく一部の人ね」


 俺は苦笑しつつ、肩をすくめる。


「まず王妃の機嫌を損ねるでしょうね

さらに困ったことに、このロマン王子は次期国王候補ですよ。

自分が悪いことをした……とはかけらも思っていないでしょう。

侮辱だと受け取りかねません。

この手の人物は、自分が受けた恨みはどんな些細なことでも忘れませんからね。

自分が唾を吐きかけても、相手が怒ると自分が傷つけられたと思うタイプです。

両国の関係は、恐ろしく悪化するでしょう」


 ミルは悲しそうに、頭を振る。

 いい意味で昔を忘れていない。

 ミルの社会的地位は、かなり高くなっている。

 歴史的にも人間社会で、もっとも地位の高いエルフかもしれない。

 それに惑わされていないのは、うれしい限りだ。


「関係が悪化すると、それを口実に自分の利益を求める人がでてくるわね。

そうなると……戦争? あまりに馬鹿げた動機に……開いた口がふさがらないけど」


「どれだけロマン王子が、実権を握るかにもよるでしょうね。

アラン王国内で遅れてきた内乱が勃発するかもしれません。

教会と使徒がからむと、さらに被害は拡大するでしょうね」


「ラペルトリさん……大丈夫かしらね」


 ミルは個人的にも、ゾエに同情的だったな。

 友人関係ではないが、彼女の幸せを願っているのだろう。

 だがこの話は、俺がどうこうできる問題ではない。


「なんとも言いようがないです。

本人が王都にとどまり続ければ、ほぼ確実に命はないでしょう」


「危なそうなら避難を呼びかける?」


 そのくらいはしてもいいだろう。

 それを理由に戦争を吹っかける相手は、別な理由を血眼になって探す。

 なければでっち上げでもするだろう。

 大勢に影響はないしな。

 ラヴェンナに協力すると配慮してもらえる……と知れ渡るのは好都合だ。


「そうですね。

決めるのはラペルトリさんですけど……。

何もせずに死なれては、寝覚めが悪いですからね」


 口にでたのは、ミルを喜ばせる言葉に変わっている。

 政治家という、救いがたい人種の性だな。

 打算にまみれた動機は、それを隠す奇麗な言葉で化粧をする。

 どんなに持ち上げられても、俺は英雄など似つかわしくないな。


                  ◆◇◆◇◆


 数日後に、王都から書状が届いた。

 連続とは緊急事態か?

 皆が緊張してキアラを注視する。

 書状を読んだキアラが、がっくりと机に手を突いた。

 ミルが驚いて、キアラに駆け寄る。


「キアラ! 大丈夫? どうしたの?」


「お姉さま、大丈夫ですわ……」


 顔色の悪いキアラから、書状を受け取る。

 不覚にも数秒固まった。


「ロマン王子がラヴェンナを表敬訪問したいと言い出したらしいです……。

新しい町を、ぜひ見たいと。

クソッタレが……」


 思わず、素の口調がでてしまった。

 ミルは口を、Oの字に開けたまま固まる。

 数秒後……衝撃を追い払うかのように、頭を強く振った。


「ど……どうするの?」


「一応、陛下と宰相が止めるように諫めたのですが……。

駄々をこねて押し切られたようです。

周囲もあまりの駄々にウンザリして、説得を諦めたようですね。

王宮では早く追い出せといった雰囲気らしいです。

ロマン王子の取り巻きまで羽目を外しているようで……。

陛下の我慢も限界に近いようです。

とにかく出て行ってほしいといった気持ちでしょうか。

その行き先がアラン王国でなくて、ラヴェンナでも構わないのでしょう。

つまり決定事項ですよ」


 取り巻きがやらかすと、ロマン王子は嬉々として取り巻きをかばう。

 そのときだけは謝罪する。

 度量の大きな王子である……とアピールしたいらしい。

 自分のやったこと以外は、あっさり謝罪する。


 そんなアピールの機会が欲しいからか……。

 程度が低い連中を好んではべらせている。


 立派な人をことごとく遠ざけるのがロマン王子だ。

 よそでやっていけない程度の連中は、ますますロマン王子に依存する。

 やらかしても庇ってくれる。


 ただロマン王子を軽んじれば一発アウト。

 死が待っている。

 足りなければ過去の罪状を掘り出されて、極刑に処される。

 過去にその件は赦すといった言葉など無意味。

 その程度の連中なので、掘り起こす罪状には事欠かないわけだ。


 それさえしなければお咎めなし。


 どちらもハッピー。

 まさにWin-Winの関係。

 そのツケは被害者が払わされているがな。


 ミルは露骨に困惑顔だ。


「どう対応したらいいのかしら……」


 こうなればできることは、一つしかない。


「ラヴェンナの法に従ってもらいます。

仮にラヴェンナに来た場合、処置は一任するようにも。

それを飲めないなら、絶対に認めない……と返書をしたためてください。

急いでくださいよ。

既に出発していた……なんてことになりかねません。

王宮は追い出したがっているようですから。

仮に間に合わないときは、スカラ家で足止めしてもらいます。

法に従う誓約だけはさせないといけません」


 キアラは、力強くうなずいた。


「わ、わかりましたわ。

急いで送らせます」


 キアラが慌てて退出したあとで、俺は机に突っ伏してしまった。


「しゃべる獣の相手をするほど、私は暇じゃない……」


 誰かが俺の肩に手をおいた。

 これはミルか。

 顔を上げると、ミルが心配そうな顔をしている。


「アル、大丈夫?」


「正直あんまり……。

招かれざる客人が皆にかける迷惑を考えると、頭が痛いですよ。

迷惑で済めばよいのですが……」


 ミルはしばらく躊躇っていたが、意を決したような顔になる。


「聞きたくないけど……聞くわね。

口先だけって可能性はあるでしょ。

もしロマン王子が、ラヴェンナで犯罪に類することをしたら?」


 政治的な配慮で赦免するか。

 そう問うているのだろう。

 だが法に従うと誓約した以上、赦免は有り得ない。


 上流階級の人間は、口先でも誓約したことを破ると、大きく信望を損なう。

 うそつきと呼ばれるのは、上流階級にとっては非常に重いペナルティーになる。

 勿論、国や家の利益になる方便であれば、ある程度は考慮される。


 だますのは恥ずべきことでないが、乱発するものは相手にされない。

 『ここぞというときにだませ』と教えられた。

 駆け引きを多用しないスカラ家でさえそうなのだ。

 人とは実に救いがたい生き物だよ。


 中流や下流の人間なら、利益や弱さに負けてウソをついても仕方ない。

 そんな見解が一般的だ。

 上流階級であれば、そのような弱さを律せなければならない。

 建前ではあるがな。


 ロマン王子の言動は常軌を逸している。

 誓約ですら歯牙にもかけない可能性が高いと思う。

 だが、そんな相手の考えを尊重する義務はない。

 口で言ってわからない獣には、鞭打つしかないだろう?


「処罰します。

例外は認めません。

それで戦争になっても構いませんよ。

私が法を恣意的に運用してしまうと、将来にツケを回すことになりますからね」


 赦免しても、なんらラヴェンナの利益にならない。

 ただ損をするだけだ。

 さらにつけあがるだろう。

 そのツケを領民に払わせるのは俺の性格上できないよ。


 俺の顔をじっと見ていたミルは、優しくほほ笑んでくれた。


「そこまで覚悟があるなら、何も言わないわ」


 俺はなんとか平静さを取り戻しつつ、憂鬱な表情でため息を漏らす。


「ともかく災厄みたいなものです。

対策は考えないといけませんね……」

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