596話 政争のはじまり

「ちょっとアル! ダンジョンにいくなって、どういうことよ!」


 シルヴァーナが執務室に駆け込んできた。

 シルヴァーナ・ダンジョンの探索の話だ。

 俺がシルヴァーナを、メンバーから外すように指示した。

 珍しい俺からの介入で、皆驚いたが……。

 普通止めるだろ?


 普段の俺は口を出さない。

 だが……。

 多方面に影響を及ぼす場合は、その限りではない。

 多方面への配慮が欠けていた場合、介入せざる得ないさ。


「当たり前でしょう。

シルヴァーナさん……自分の立場を考えています?」


 シルヴァーナはポカーンと間の抜けた顔になる。


「なんか変わったっけ?」


 思わず、ため息が漏れる。


「他国の要人と婚約したのです。

少しでも危険があることは、自粛すべきでしょう」


「いや……。

それはわかるけど……わかるけどさ!

後ろをついていくだけよ。

安全だって!」


 覆らない話だとわからせるために、俺は意図して真面目な顔をする。


「つまり探索隊は、シルヴァーナさんとレベッカさんを守るために、多大な注意を払う必要があります。

それだけじゃないでしょう。

シルヴァーナさんは、後ろで大人しくしていますか? ムリですよね。

この決定は覆りません。

私は皆さんの行動した結果に対する責任を負っているのです。

口を出さないのは邪魔になるからですよ。

出さないほうがまずいのであれば、話は変わります」


 シルヴァーナの様子を、あきれ顔で見ていたミルが苦笑する。


「ヴァーナ、諦めなさい。

アルの決定は覆らないからね。

大臣でダンジョンにいけていたのが例外なのよ。

かなーりアルが容認していたんだから。

もう大人しくしないとだめよ」


 シルヴァーナは力なく崩れ落ちる。


「人生の牢獄にようこそ……アタシ。

アルにはめられたわ……。

いや、はめたのはヘレーンか。

そっちは乙女の大事なところだから違うか。

とにかく……。

ち、ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 泣きながらダッシュで出て行った。

 ノリが冒険者時代と変わっていないな。


「さすがに私の決定を無視することはないでしょう。

周囲は怒濤の愚痴に押し流されると思いますが」


 ミルはあきれつつも笑っている。


「皆も大変ね」


「怒濤の流れが向かう先はミルですよ」


 ミルの顔がひきつる。

 触れないでいたのに触れられた……といった感じだな。


「勘弁してよ。

ただでさえダンスの授業でヘトヘトになのに……。

ヴァーナの愚痴なんて聞いていられないわよ」


 そういえば、授業が始まっていたな。

 3人の様子を見れば、大体想像つくが……。


「ああ……。

授業はどうですか?」


 ミルはため息をついてから、天を仰ぐ。


「基本の動きをみっちりと。

とにかく基本をたたき込むって言っていたわ。

やっぱり世界一なのね。

教えることは同じだけど、それぞれの教え方は変わっているから。

私たちの違いを正確に見極めているわ。

アドバイスにものすごく筋が通っているのよ。

『教えを押しつけるだけで成功するなら、教師なんていらないわ』と笑っていたわ。

それに普段の歩き方や姿勢までチェックされているのよ……。

体幹が弱いと歩き方や姿勢にでるって。

『美しいダンスには強い体幹が欠かせないわ』と言っていたわ……」


「さすがというべきですか。

なにはともあれ頑張ってください」


 ミルはジト目で俺をにらむ。


「アルも参加してよ……」


 冗談じゃない……。

 体を動かすなんて面倒くさいじゃないか。


「そうしてあげたいのはやまやまですが……。

いかんせん暇がありません。

まったく残念です」


 俺の澄ました顔に、ミルの頰がひきつる。


「絶対面倒くさがっているわね……。

覚えてなさい。

絶対に巻き込むからね!」


 そんな決意表明はいらないから。


                  ◆◇◆◇◆


 アントニス・ミツォタキスから、シルヴァーナの件について書状が届いた。

 キアラは困惑顔。


 書状をもってくるキアラの様子を、皆が注視する。

 受け取って、俺が感想を述べるまでが、ルーティンとなっている。


「何と言いますか……。

開き直ったのでしょうかね。

偽装は止めて、ペルサキス卿としてこちらに来るとは。

身分の偽装は面倒くさくなったのですかね」


 ミルは俺から、書状を受け取って困惑顔だ。


「そんな理由はないと思うけど……。

断れる話じゃないわよね」


「正攻法は、相手にすると厄介ですよ」


 ミルはジト目でため息をつく。


「厄介とか言って……楽しそうじゃない。

どうするのこれ?」


 実はやれることなどないのだ。

 考えることはあるけど。


「是非に及ばず……ってやつです。

受け入れましょう。

問題はこれを、リカイオス卿がどう考えるかですね」


「うーん。

もし邪魔なら、ペルサキス卿に危害を加えて、それを口実に開戦って話だと思うけど……」


 ミルの顔から、取りあえず言ってみたといったところか。

 本気で名案だと思っていたら、ちょっと困る。


「そこまで馬鹿ではないでしょう。

それを実行する程度の馬鹿なら、相手をしても楽ですけど」


 ミルは苦笑して、肩をすくめる。


「そうよねぇ。

政敵だったらあり得るけど味方だものね。

それとペルサキス卿って、軍での人気が高いんだっけ」


 国王へのアプローチを、俺が書状で示唆した。

 それを口実に動いたのか、前々から狙っていたのかは謎だ。

 ともかく名門貴族なら、国王とのアポは簡単に取れるだろう。


「ええ。

ミツォタキス卿がシケリア国王に、直接話を持っていって取り決めたようですね。

リカイオス卿にはこの話を進めるメリットがありませんから。

2人の婚約の件を、リカイオス卿は国王から知らされたようです」


 この点が、大きなポイントだ。

 クリスティアス・リカイオスにとっては面白くない。

 フォブスが自分に話さなかったことに、不満を覚えるだろう。


 フォブスの立場では『まずは取り次ぎをしているミツォタキス卿に相談してから』と言い訳が立つ。

 この場合、クリスティアスとアントニスの関係が悪化する。

 それを、承知でやったのだろうな。


「ラヴェンナを攻撃したいなら、友好が深まると困るものね。

前に言っていた危機感を、大義名分にする手段も使えなくなるわ」


「つまりリカイオス卿とミツォタキス卿の政争が始まった……。

そう見るべきでしょう。

シルヴァーナさんというトリックスターが、ミツォタキス卿に武器を与えたと見るべきですかね」


 アントニスは平和主義者だ。

 クリスティアスの熱狂に突き動かされる野心を承知している。

 歯止めをしないと、際限ない戦争に突入すると思ったのだろう。

 書状でもそれを匂わせていた。


 キアラは、政争と聞いて表情が厳しくなる。


「情報収集を強化しましょうか?

一応大義名分はありますけど」


「そうですねぇ。

この話をより潤滑に進めるためと銘打ちますか。

職員とミツォタキス卿の連携を、密にすべきでしょう」


「それでしたらミツォタキス卿の屋敷に、職員を常駐させましょうか」


 それが無難かな。

 大義名分もあるし。


「それがいいでしょう。

それとオルペウス殿に、この2人にまつわる情報収集を重視するように伝えてください。

今は世界主義の動きを注視していますが、こちらのほうが重要でしょう」


 キアラも同意見のようだ。

 ほほ笑んでから、うなずいた。


「奴隷のコネを使うのですわね」


 可能な限り、アントニスを守る必要がある。

 内密にだが。


「ええ。

シケリア王国は奴隷なしで、生活が成り立たない国です。

家の深くまで、奴隷は入り込んでいますからね。

そこで注意が必要なのは、それを逆用してこちらの誘導を企む可能性の考慮です。

見たいと思う現実に飛びつかないこと。

これが肝心ですね。

それともう一つ……。

公的な話になったので、ちょっとした仕込みをしますか」


 俺の話を聞いた皆は、首をかしげていた。

 公的になったからこそ使える手段だ。

 はてさて。

 クリスティアスへのちょっとした嫌がらせだが……。


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