595話 まわりくどいやり方

 経済圏構築の第一回会合を終えて、商務大臣のパヴラ・レイハ・ヴェドラルが戻ってきた。

 顔色を見て、だいたいの想像はつく。


 まず2人きりで話を聞くことにした。

 その席上でパヴラをねぎらって、閣議での報告を指示する。

 事実関係だけを報告してくれればよいので、陳謝は一切無用であるとも付け加えておいた。


 俺から叱責されるとは考えていないだろう。

 その気はサラサラないし。

 ただ落ち込んだ顔は、結果が思わしくなかったことによるものだろう。

 対外的な初仕事だけに、気合の入り方も大きかった。

 さらに猫人族初の大臣とあっては、周囲からの期待もさぞ大きかったろうな。


 閣議でパヴラの報告を聞いたミルは、困惑顔になる。


「積極的に協力する姿勢を見せたのは、スカラ家とアドルナート家、パリス家だけなのね。

様子見が多かったのは意外だわ。

最初はほとんど前向きだったよね?」


 パヴラはうつむきがちに、軽く頭を振った。


「最初はもっと多くの賛同があって……。

保留はごく一部だと思っていました。

蓋を開けてみれば、このありさまです」


 実際、パヴラは精力的に動いてくれている。

 責められるべき落ち度はない。

 そうなるとだ……。


「これは誰かが、反対派を増やしにかかりましたね。

裏工作を疑うべきでしょう。

それはともかく、商務大臣には今回の会合で明らかになった問題点の改善案を練ってもらいましょう。

これからもお願いしますよ。

ラヴェンナの将来がかかっていますからね。

私も協力は惜しみません。

それともう一つ」


 俺がキアラを見ると、キアラはニッコリ笑った。


「妨害工作の首謀者をあぶり出すのですわね」


「その通りです。

商務大臣が動きやすいように、探りをいれてください。

個別に切り崩すかは、別途考えましょう。

次の会合までには、なんらかの手を打っておきたいですからね。

商務大臣の努力を実らせたいですよ」


 キアラは自信満々といった感じで、フンスと胸を張る。


「お任せください。

キッチリあぶり出してみせますわ」


 話を聞いていた法務大臣エイブラハムが、首をかしげる。


「今一わからないのですがねぇ。

経済圏に反対する理由がです。

損な話ではないでしょう。

計画を頓挫させて、なんのメリットがあるのですか?

もうけ話は無くなるし、ご領主に目をつけられるとは思わないのでしょうかね」


 素朴だが、当然の疑問か。

 答え方が難しいな。

 俺の態度は、皆に容易に伝染する。

 つまり反対派を、馬鹿にすれば一気にそれが広まる。

 それは得策ではない。

 俺ひとりなら、馬鹿な連中だ……と鼻で笑えるのだが。

 えらくなると、本当に面倒だよ。


「変わることへの恐怖でしょう。

ラヴェンナの権威は認めるが、自分たちのやり方には口を出すな……といったところです。

今まで自分たちだけでやってこれた。

だから今をしのげば、すぐに元通りになるといった考えでしょう」


「面従腹背ですか。

理屈に合わないと思いますが。

我々がご領主に合流するときは、そんなことは微塵も考えませんでしたよ」


 皆が、一様にうなずいた。

 そんなことをしても、損だと理解してもらっていたからな。

 それに何より、ラヴェンナ地方には最優先事項がある。

 それを見越していたから、疑わずに迎え入れた。

 だからこそスカラ家から大量の貧民を、一気に受け入れることは渋ったのだが……。


「まず距離でしょうか。

ラヴェンナに合流してから面従腹背などしたら、どうなるか皆さん真剣に考えたでしょう。

ところが他の領主やギルドにしても、ラヴェンナとは距離があります。

表向きは従っておけば、大した圧力はかけられない。

のらりくらりと時間を稼いでいけば、そのうち諦めるだろうと……そんな考えですかね」


 エイブラハムは、少しだけ理解したような顔になる。

 筋金入りの理屈屋は、この程度で納得しないことなど百も承知だ。


「離れていれば、言を左右にしての時間稼ぎはできるでしょうね。

しかし……変わる恐怖とは、それほど強いのでしょうかね。

変わらないと緩やかに衰退するのは明白だと思いますが。

そうなってから慌てても手遅れでしょう」


 動機の理解は難しいだろうな。

 固定された世界で生きていくと、それ以外の発想ができなくなる。

 そもそも変わること自体許されないから、そんな考えは邪魔でしかない。


 大量の貧民の受け入れに頭を悩ませたのは、旧来の考え方が一定数混じり込むことを恐れたからだ。

 少数なら問題ない。

 ラヴェンナに順応しなくてはいけないからだ。


 大量の貧民も元の社会から、ちょっとだけ改善されることを望んでやって来た。

 劇的に違うとは、思いもしないだろう。

 だからこそ、不満分子になりえる。

 

 そして人は社会的な生き物だ。

 文明化が進むほど、安定を望むだろう。


「もし確実にもうかるとしてもです。

変わらなくても生きられるなら、基本的に変わらない方を人は選びます。

常に競争にさらされていた辺境では、そんな甘い考えは通じません」


 警察大臣トウコはなんとも微妙な顔をする。


「ご領主は相当甘いと思うがな。

その甘さに助けられてきたことは否定しないが……。

もっと体を鍛えるべきだろう」


 なぜそうなる。

 鍛えても、精神までは変わらんぞ。

 喜ぶのはアーデルヘイトくらいだろ。


「そんな暇ありませんからね。

ともかく……。

外の世界では、前例を踏襲していれば生き残れたのです。

それが常識となっていますからね。

高い地位にあるとは、それだけ常識的であることの証でしょう。

それを自ら捨てるのは難しいでしょうね。

有事か創業時でないかぎりは、奇人変人がトップに立つことはありませんよ」


 何故か皆が俺を凝視する。

 自分が変人だという自覚はあるが……。

 もうちょっとオブラートに包めよ。

 エイブラハムが苦笑しながら肩を竦めた。


「つまり……今まで通りでやっていけると思ったわけですか」


「その通りです。

実際は守ってくれる、見えない檻は壊れたのですがね。

まだ壊れていない部分に張り付いて、安全だと思い込むわけです。

この経済圏は利益を享受する側にとって、未来は漠然としていますからね。

なんとなく明るい景色が見える程度でしょう。

不利益を被る側にとっては、その未来は明瞭に見える。

だから反対はとても強固で、賛成は勢いが弱くなります。

下手をすれば、賛成派は反対派に押し切られて染まってしまうでしょうね」


 エイブラハムがようやく納得した顔で、満足気にうなずいた。


「よくわかりました。

ここはが来たおかげで……。

先例にしがみつくと生き残れなくなりましたね。

右手に剣を持って、左手には美味そうな骨付き肉をちらつかせ……。

生き残りたければ変われと、選択を迫られましたからね」


 珍しいエイブラハムの皮肉に、皆の視線が俺に突き刺さる。

 また俺が皆のおもちゃになっていないか?


「オールストン殿。

最初に比べて、ユーモアのセンスに磨きがかかったようですね」


「法律で裁くのは、ある意味つらい仕事ですからね。

こんな私でも、ユーモアの必要性に目覚めたわけですよ。

場の空気を和らげるには、ユーモアが一番ですから」


 えらく成長したものだなぁ。

 天職だったのかもしれないな。


「必要に応じて変わっていける人が多い。

それがラヴェンナでしょう。

だからこそ私の唱えた、新しい社会も受け入れてもらえたのです。

しかし……私の見通しが甘かったですよ。

改革に反対する勢力を、甘く見ていました。

どうも周囲に持ち上げられて、ラヴェンナの権威を過大評価していたようです。

そのせいで、商務大臣に大変な思いをさせてしまいました」


 パヴラは背筋をピンと伸ばして、急に真顔になる。


「……いえ! もったいないお言葉です!」


「私の役目は、皆さんに任せた仕事の足を引っ張らないことですから。

次はちゃんと援護射撃できるようにします。

余計かもしれませんが……。

大臣に一つだけ助言をさせてください。

反対派を、いたずらに見下さないように。

彼らには彼らの理がありますからね」


 パヴラは、小さく首をかしげた。

 今までそれとなく馬鹿にするような話をしてきたからな。

 急に何をと思ったのだろう。


「彼らの理ですか?」


「やり方が変わるとは……。

彼らが今まで積み上げてきた、地位や経験がムダになる可能性があるのです。

苦労して今の地位に上り詰めたのでしょう。

内乱から逃げ延びてこれから……と安堵したのもつかの間です。

ぽっと出のが新しい仕組みを考えて、自分たちを巻き込もうとしている。

今までの苦労を、無にされてたまるか……といった思いです。

当然の不満や怒り、恐怖でしょうね」


 パヴラは複雑な表情になる。

 今までの流れは、反対派は頑迷な連中で……どう排除するかという単純な話だった。

 ここで俺がしたのは、反対派のことを擁護したととられる発言。

 その意味を考えたのだろう。


「先ほどのお話からすると、自分を否定されるようなものなのですね」


「ラヴェンナがこうやって形になったのは、合流する人たちを対等の立場で迎えたこと。

これが大きな要因です。

なので物事を進めていく上で、余計な反発を生まないことも大事ですよ。

反対のための反対をしている人であれば、考慮に値しませんけどね」


 パヴラの頭に、クエスチョンマークが増えたようだ。

 単純な話をしていないことはわかるが、俺の真意が読めないといったところか。


「そんな人は、除外して進めよと?」


「除外できるならそれもいいでしょう。

それよりも既成事実の波で押し流してしまうのが楽でしょうかね。

反対のための反対は、自分の足場が堅いからこそできるのです。

少数派が反対のための反対をしても、さらに孤立するだけですから。

相手をする必要も無くなります」


 ケース・バイ・ケースで、バランスを見極めてやってくれと言いたいだけだ。

 これを簡単に言っても、どうしていいのかわからないだろう。

 本人がじかに接しているからこそ知る、事実や感情もある。


 だからこそ考えるポイントをいくつか提示した。

 まわりくどいやり方だが……。

 これをどう受け取るか。

 お手並み拝見だな。


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