594話 閑話 共鳴

「なんで今更、王家の人間と会わないといけないんだ」


 使徒ユウは不機嫌に、そっぽを向く。


 使徒ユウは王家の人間が嫌いなのだ。

 都合のいいときはすり寄ってくる。

 ひとたび、都合が悪くなると逃げ散るのだ。

 汚い連中に他ならない。

 とがめないだけ感謝してほしいと思っている。


 カールラはそっぽを向いたユウにほほ笑みかける。


「ユウ、相手はロマン殿下よ。

殿下は常にユウを支持しているわ。

一貫しているのは知っているでしょ」


 ユウは露骨に嫌な顔をする。


「ああ……。

ロマンかぁ。

そうだけど、あんまり好きじゃないんだよなぁ。

なんかキモイ」


「それはそうね。

私も好きじゃないけど、会ってあげたら?

ユウにとって損はないわよ」


「損得で会う会わないを決めるほど、僕はずるくないぞ」


「それも知っているわ。

ただ王家に貸しをつくれると、マリーたちの実家にいい影響がでるわよ。

だからユウの損得じゃなくて関わる人のためね。

どうかしら?」


「そこまで言われて断ったら、僕が悪者になるじゃないか。

相変わらずカールラはずるいなぁ」


「あら。

愛する人のためなら、いくらでもずるくなるわよ」


 ユウは上機嫌で肩をすくめる。

 カールラの言葉はすべてが心地いい。

 ユウにとって、新参者のカールラは欠かせない存在となっていた。


「カールラにはかなわないな。

わかった……会ってやるよ。

貸しってことは頼み事だろ。

使徒は皆の召し使いじゃないんだけどなぁ……」


「そう勘違いする人は多いわ。

ユウも大変ね。

マリーも連れて行きましょう」


「それがいいね。

マリーは嫁たちの総責任者だからな。

カールラがきて助かっているって喜んでいたなぁ。

それだけ辛いなら、僕に言ってくれればいいのに」


「マリーはユウに、心配をかけたくないから黙っていたのよ。

そうさせるだけの魅力が、ユウ本人にはあるわ」


 ユウは真面目な顔をしようとするが、頰が緩みっぱなしである。


「やれやれ。

参ったなぁ、あまりおだてないでくれよ……」


 応接室で3人を待っていたのは、ロマン王子と側近のトマ・クララックだった。

 ロマン王子は、ピカピカな服を着ている。

 アクセサリーもジャラジャラさせており、趣味の悪い成金と言われても……違和感がない。

 そして香水をふんだんに振りかけている。

 その匂いだけで、ロマン王子とわかる代物。


 王族ならではのオーラを感じさせないのは、ある意味珍しい存在である。

 そして落ち着きがなく、キョロキョロとしていた。

 口元にはニヤニヤ笑いが浮かんでいる。


 トマ・クララックは痩せ気味で険のある顔。

 陰気な感じだが、やや猫背で見る者を不安にさせるたたずまいをしている。

 一言で言えば胡散臭いとでも表現すべき人物。


 だがこの2人は不思議と調和している。

 アラン王宮七不思議の一つだ。


 ユウが入室すると、むせ返るような香水の匂いに顔をしかめる。


「どれだけ香水つかっているんだよ」


 ロマンとトマは、ユウが入室したときに起立している。

 ロマンはユウに笑いかける。


 ニチャア……といった笑い。


「これは失礼をば。

香水をつけないとご不快にさせるかと思いまして……。

いつもより念入りに振りかけたのですが、かえって失礼になってしまいましたね」 


 ユウは指をパチンとならす。

 部屋に充満していた匂いが、瞬時に消える。


「次からは気をつけてくれ。

それで僕に、頼み事があるんだろ?

長ったらしい社交辞令はいらないから、さっさと本題に入ってくれ」


 隣にいたカールラが、ユウに苦笑する。


「ユウには困ったものね。

王族は儀礼という服を何重にも着込むから、社交辞令を取り払ったら言葉に詰まるわよ」


「眠くなるんだよなぁ。

さっさと本題に入れって思うよ。

わざわざ時間を割いているんだから」


 トマが恭しく一礼しつつ、上目遣いになる。


「かしこまりました。

不肖このクララックから申し上げさせていただきます。

此度……我が主であるロマン殿下が、ランゴバルド王国への親善大使を拝命致しました。

ですが根も葉もない噂をもとに、大使としての資質を疑問視する輩までいます。

殿下は大変寛大でいらっしゃいますから……」


 ユウが途端に不機嫌になる。


「おいおい。

僕の話を聞いていなかったのか?」


 あわてた風を装って、トマは深々と一礼した。


「これは大変、申し訳ありません。

殿下の命を狙う者がいるとしたら、ランゴバルド王国に向かう途上でしょう。

そこで使徒さまのお力にすがりたく……」


 相手がすぐに謝ったので、ユウは重々しくうなずく。

 わざと相手にとがめさせ、平謝りする。

 その結果として相手の自尊心をくすぐるのは、トマが得意とする手であった。


「僕に守ってほしいと。

行っておくけど、ランゴバルド王国になんて行きたくないぞ」


「それは存じております。

使徒さまにかような、薄情なランゴバルド王国へのご同行を願いしません。

アラン王国内だけご同行いただけないでしょうか。

国境沿いに温泉もございまして……。

奥方さまたちの骨休みにもなるかと。

当然、貸し切りとなります」


「マリーとカールラはどう思う? 温泉の貸し切りはいいけどさ。

なんか面倒なんだよなぁ」


 マリー=アンジュは、かわいらしい顔を曇らせる。


「使徒は人の争いに介入しない原則がありますよ。

ユウさまをそんなことに巻き込むつもりですか?」


 カールラはユウにほほ笑む。


「私はいいと思うわ。

マリーが心配している不介入の原則だけど……。

今はそんな状況でなくなっているわ。

皆がユウに感謝して尊重しているなら守るべきよ。

人の側が、その前提を破ったの。

いくらユウが寛大でも、私はユウがいいように利用されるだけなのは我慢できないわ。

牽制する意味も兼ねて、ある程度の介入もやむなしよ。

王家もユウの寛大な心には、当然感謝するでしょう。

ロマン殿下……そうですよね?」


 ロマンはニチャアと独特の笑みを浮かべる。


「はい。

無論です。

このロマン、ご恩は一生忘れません。

ロマンはそこらにいる薄情とは違います」


 機嫌が良くなったユウは、鷹揚にうなずく。


「カールラがそういうなら、たまには温泉もいいか。

マリーもいいだろ?

一緒に行けばいいんだな。

しっかし……ランゴバルド王国かぁ」


 マリー=アンジュは抵抗の無益を悟ったか、素直にうなずいた。


「はい。

ユウさまがそうおっしゃるなら」


 ユウはランゴバルド王国……いやラヴェンナに恨みを持っている。

 そのことをカールラは承知していた。

 新王はそのラヴェンナの後ろ盾で即位したようなものだ。


 そんな国王に挨拶に出向くのは勝手だと思っている。

 だがその片棒を担ぐのは嫌なのだろう。

 カールラはユウに、何か含んだような笑みを向ける。


「ユウ、大丈夫よ。

殿下は立派に、大使の任を果たすでしょう」


 ユウはパッと笑顔になる。

 ロマン王子の不遜ぶりは、周知の事実だ。

 ランゴバルド王国への嫌がらせになると悟ったからだ。

 急に、上機嫌になって大笑いした。


「それもそうか。

殿下はあの野蛮な国に、得意の歌声でも披露すればいいだろう」


 ロマンは自分が褒められたと受け取ったようだ。

 ニチャア……とした笑いが、より粘度を増す。


「なんとも恐れ入ります。

このロマン心をこめて披露してまいりましょう。

やはり使徒さまは、寛大でいらっしゃいます。

薄情な連中に囲まれていて、なお手を差し伸べてくださるとは。

心の重荷は比べものになりませんが、ロマンも世の薄情さには憤慨しております」


 見え透いたお世辞ではあるが、ユウはその手のお世辞に弱い。


「僕は見捨ててもいいと思っているんだ。

でも嫁たちが悲しむからね。

だから覚えておきな。

嫁を悲しませることは、この僕が決して許さないと。

僕が妬まれるのは仕方ないけど、それを放置すると嫁たちが悲しむのさ」


 ロマンは神妙な顔を装いうなずく。

 この男の辞書には、神妙の文字はない。

 だが装うことはできる。

 だがどことなく、滑稽さを醸し出していた。


「さすが愛情深い。

このロマン感動いたしました。

即位した暁には……そのような不届きな輩を、厳正に処罰することをお約束します。

奥さまがたのお心を煩わせる不埒者は皆黙るでしょう」


 ユウにとっては自分が悪く言われたからと報復しては、器の小ささを明かすようなものだ。

 人からの評判に無関心を装うが、人一倍評判を気にする。

 好き勝手に振る舞うが、エゴサーチは欠かさないタイプだ。


「それはいいね。

だが冤罪はだめだぞ。

そんなことをしては、僕が悪者になってしまう」


「おっしゃるとおりにございます。

トマもそう思うだろ」


 トマは露骨に、ロマンとユウにこびる笑顔をつくる。

 この男は誰にでもいい顔をするが、その場その場で都合のいいことを口にする。

 つまり一貫しない。

 自分の意向に全面的に従う人間には、いい顔をする。

 少しでも従わない者には、酷薄そのもの。

 敵意をむき出しにするのだ。

 普通の人はそんな敵意にさらされては面倒なので、表向きは従う。

 トマなりの処世術である。


 そんなことをしては、当然どこかでつじつまが合わなくなる。

 そのときは切っても支障ない人間を生贄にする。

 普段は皆に理解があるような顔をするので、だまされる人は多い。

 だまされたがる人を嗅ぎ分ける。

 その嗅覚は天才的と言ってもいい。


「はい。

無知な民草は、刺激的なデマや誹謗中傷に惑わされるものですから。

首謀者とそれを匿う者、罪人を告発しないもの……。

それらを根絶やしにすれば、自然とことはおさまります。

健全な民草を害虫から守ることも、統治者の使命でありますから。

そうすれば、民草が健全であることを怠るものはいなくなります。

民草は放置すると、良民になる努力を怠りますから」


 さすがのユウでも、危険な発言だと気がつく。

 そんな危険なことの片棒を担いだと言われてはたまらない。


「おいおい。

やりすぎるなよ。

僕は手を貸さないからな。

使徒たる僕が人同士の争いに手をだすのは……ただの弱い者虐めだ。

そんな格好悪いことはできないぞ」


 ここでロマンが少しあわてた感じで、身を乗り出す。

 過激なことをトマに言わせて、ロマン王子がやや常識的なことを口にする。

 このあたりは、何度も繰り返されたコンビ芸である。


「使徒さまのお手を煩わせはしません。

このロマンにお任せいただければ、多少は居心地のいい国にしてみせますとも。

使徒さまに……散々世話になっておきながらですよ。

薄情にも手のひら返しをした輩は、私も許せない思いで一杯です。

彼奴らは揚げ足取りやねつ造をしてまでして、人を貶めるような卑劣な連中。

そんな血も涙もない仕打ちに、このロマン……何度心に傷を負ったか……。

血の通った人に対する仕打ちにしては、余りにひどいものですから。

使徒さまなら、なおさらお心を痛められたことでしょう」


 自分は無関係と聞いて、ユウは安心した顔になる。

 それ以前に自分が思っている不満を公言するロマンに、好感じみたものを持ちはじめていた。


 ユウは不満を感じても、周囲にそれを否定されたくないから、被害者意識をため込む。

 器の大きい人物であると思われたがっており、それを否定するようなものは目と耳を閉ざすのだった。

 この男は自分が言えないことを公言してくれる人物には、無条件で好感を抱く。


 ある意味、ユウとロマンは似たもの同士である。

 普通の人が言わないことや、感じない思いを共有できてしまう。

 ロマンからの熱烈なアプローチが実ったようだ。

 ユウのロマンに対する視線が、友人を見るそれになっていた。


「まあ……。

そんな連中には、なんの期待もしていないからね。

それより殿下は思ったよりイイ奴だとわかった。

王族にも話のわかる人がいて、僕はうれしい。

殿下が即位してくれると、世の中良くなるだろうね。

こんな腐った世界を変えてくれそうだ」


 共鳴するのは美しい音色に限らない。

 不快な音だって共鳴するのだ。

 それを試す者がいないだけの話である。


 その橋渡しをしたカールラは、穏やかにほほ笑んでいる。

 その内心は誰にもわからない。

 

 マリー=アンジュは顔にこそださないが、不安が胸の中に広がるのを感じていた。


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