593話 明確な弱点
ゾエから、親善大使についての続報が届く。
書状を一読して漏れた感想は苦笑。
「ロマン王子が親善大使ですか。
親善でなく侵前大使なら、しっくりきますけど」
キアラは、あきれ顔で天を仰いだ。
「文字違いですわね。
侵攻前の大使ですか?」
「そんなところです」
「これで次期国王は確定でしょうか?」
よほどのミラクルが起こらないかぎりは確定だろうな。
それだけ、ドングリの背比べが低レベルだったわけだ。
「反ロマン派が妨害をして、旅の途上で暗殺をすることもあり得ますが……。
うまくいくでしょうかね。
私がすぐに思いつくくらいです。
当事者たちならとっくに考えるでしょう。
その対策もね」
キアラは難しい顔で、小さく頭を振る。
「暗殺は気づかれないことが条件です。
無理がありますわね。
事故として偽装ならまだ可能ですけど……。
そうなると仕掛けも大がかりになって、発覚のリスクも増しますわね。
どっちにしても国外でやるには、協力者がかかせません。
そんなリスクを負ってまでやる人は……」
「いないでしょうね。
つまり国内を移動中のみ、身の安全が保証されればいいのです」
「そうなると、陛下の前でどんなことをしでかすのでしょう?
私の乏しい想像力では……まるで思いつきませんわ」
そんな遠くの手の届かないことを悩んでも仕方ないさ。
どんなクズだろうと関わらないかぎり、娯楽でしかない。
義憤も娯楽なのは身も蓋もない事実だろう。
もしくは正義中毒に冒されているかだ。
どちらにしても当事者でないかぎり、安全な刺激に他ならない。
「ま、陛下には忍耐力が試されるわけです。
頑張ってもらいますか。
たまには粘着されるのもいいでしょう」
キアラはジト目で俺をにらむ。
「ひとごとみたいに言いますわね」
「ひとごとですから。
王宮内でどれだけやらかしても、ここには直接関係ないですよ。
それでわが身を振り返って、奇麗な陛下になってくれれば……ロマン王子にも使い道はあったと新たな発見になります」
「まあそうですけど……」
翌週に届いた続報に、渋面になってしまった。
娯楽と笑っていられない情報だ。
「国内の護衛として、使徒が同行ですか。
国内だけですけど……。
ロマン王子って使徒と仲が良かったのですか?」
キアラも驚きを隠せない。
「一番使徒にこびを売っていたのがロマン王子みたいですわね。
お兄さまを傷つけてたたかれていたときも、ロマン王子だけは擁護していたみたいです。
擁護の仕方が、あまりにひどいから擁護にはなっていませんでしたけど。
それでも王族で使徒と一番昵懇なのは、ロマン王子ですわね。
政治に関わらない使徒ですから、そこまで関係が目立ってはいませんでしたわ。
性根が腐った者同士、仲がよろしいのでは?」
予想外の展開に、思わず頭をかいてしまう。
「国内移動時の安全は保証されたわけですか。
それとロマン王子に危害が及べば、使徒に喧嘩を売るも同然と。
まさかここで、使徒がでてくるとは。
もうちょっと、念入りにたたけば良かったですねぇ……」
「カールラも積極的に賛成したようですの。
彼女を送り出したことが裏目にでましたわね。
政治的な大義名分は、彼女が考えたようですし。
使徒陣営で政治の世界での駆け引きができる、唯一の人物ですわ」
キアラは俺をとがめるような表情。
周囲も今一納得しない状況で、カールラを送り出したからな。
そのモヤモヤが、今になって不満と直結したわけか。
「アクイタニア夫人は自分のために活動しますから。
私の内心を推測して動いてくれませんよ。
裏目にでたとも思っていません。
そもそも彼女になにかを期待したわけでもありませんからね。
ともかくアラン王国内では、アクイタニア夫人の歓心を得ようと競争が始まりますかぁ」
「ランゴバルド王国に敵意をもっている人が、そんな力をもつのですよ。
これが裏目でなくてなんなのですか……。
結果論で責めても、仕方ありませんけど。
消しておくべきでしたわよ」
キアラの不満はよくわかる。
だが都合が悪いからと消す選択肢はなかった。
それが常態化しては今後のあしき前例になる。
ひとり消したらそれが扉を開くことになってしまう。
内部では優劣や基準があったとしても、外から見えるのはやったか……やらないかだ。
「結果で責められることは、甘んじて受け入れますよ。
ですが安易に消すことは認められませんね。
甘いと言われるでしょうが。
あの時点では、最悪の選択肢でしたからね」
「それはわかっていますわ。
スカラ家の権威は傷つきますし、格好の攻撃材料になりますもの。
罪が確定するまで、無罪とのお考えなのは重々承知しています。
それはわかりますし道理だとは思いますわ。
平時でならそうすべきでしょう。
でも今の状況は……」
話を聞いていたミルが慌てて立ち上がる。
キアラの怒りように驚いたのだろう。
「ちょっとキアラ。
落ち着きなさいよ」
キアラはミルを一瞥して、プイと横を向く。
「これが落ち着いていられますか。
カールラに唆されてまた、使徒が乗り込んでくるかもしれませんわ。
お兄さまを害したら、どうするつもりですの?
あんな思いは、二度としたくありませんわよ」
「それはそうだけど……。
そんなことはないわよね?」
あの場では意識がなかったから、2人がどんな気持ちだったかは知る由もない。
大変だったろうとしか、言いようがないからな。
「その点は心配無用です。
来ませんよ。
仮に来ても、誰もが予想しない結果を迎えます」
キアラは不思議そうな顔になる。
苦し紛れではなくて、自然と断言したことが不思議だったのだろう。
「なぜそう言い切れますの?」
「使徒の力は、大きく落ちています。
もはや無敵ではない。
ここラヴェンナではさらにです。
女神さまのお告げですから」
キアラは、信じた自分が馬鹿だったと言わんばかりのジト目になる。
切ないな。
本当に、女神はいるぞ。
女神らしくはないが。
キアラのことをママと呼んでいるはずだ。
認知されない女神か。
ちょっと気の毒だな。
「またそうやって誤魔化すのですわね」
誤魔化したわけではない。
ラヴェンナからの情報だ……と言っても信じさせる根拠がないからなぁ。
「さすがにあれを、再度やる気はありませんよ。
それにマリー=アンジュ嬢が、必死に止めるでしょう。
そのために、恩を売っているのです。
こちらが過剰に反応しないかぎり、問題ありません」
キアラはあきらめ顔で、大きなため息をついた。
「わかりましたわ。
ともかく注視だけはしておきます。
オフェリーにカールラの様子を報告してもらうようにしますわ」
キアラはカールラを危険視しているわけか。
恩を売ったわけではないが、恨みを買った覚えもない。
こちらに牙をむくとしたら、立場が圧倒的に優位になったときだろう。
もしくは自分に残された時間がないと悟ったとき。
『日暮れて道遠し』を感じたら、後のことは考えずにやってくるだろう。
今はまだ昼間。
急ぐ理由はないはずだ。
ミルは、小さくため息をつく。
「私にはカールラが、アルに敵対するとは思えないのだけど。
何度も会ったけど、優しくていい人だったわよ。
今回の動向も、アラン王国内での使徒の立場を強くするための計算だと思うけど」
キアラは、小さく首を振った。
「優しくていい人なのは、そうしたほうが良策だからしているだけです。
いわば仮面ですもの。
今回の動機は、使徒の立場強化でしょう。
ですがアラン王国をロマン王子が継いで、敵対意思を見せたときどうしますか?
今度は大義名分をもらって、人殺しができるのですわ。
プランケットさんが言っていましたよね。
他人にお膳立てしてもらえないと、なにもできないヤツだと。
その他人がお膳立てしてくれたとしたら?」
「それはロマン王子が、そうしたいだけよね。
使徒まで加担することはないと思うわ」
「お姉さまは人の憎悪や恨みの力を、甘く見すぎですわ。
ランゴバルド王国への恨みを晴らせる、絶好の機会ですもの。
彼女なら言い訳なんて、軽くひねり出すと思いますわ。
まさに他人がお膳立てをしてくれて、過去の失敗を正当化してくれるチャンスが与えられたら……。
あの使徒は、歓喜して力を振るいますわよ」
「そりゃ恨みの力なんて理解しにくいけどね……。
少なくともカールラに、アルは恨まれることをしていないわよ。
それに使徒が、人の権力闘争に首を突っ込むなら、もうアルひとりで対処する話じゃないわ。
危ないかもってだけで手を下さないのは、確かに甘いと思うけど……。
私は好きよ」
キアラは大きくため息をついて、頭を振った。
「それは私も好ましいと思っていますわよ。
ラヴェンナ平定には、プラスになったことも事実です。
でもそんな話が通じるほど、外の世界は甘くないのですわ。
私が仮に敵対勢力にいたら、この点を突くように進言します。
悪意をもった人にとって、お兄さまのこの甘さは明確な弱点ですもの」
ミルが抗議しようとしたが、俺はそれを手で押しとどめる。
「ミルが私をかばってくれることは、とてもうれしいです。
キアラだって言いたくて言っているわけではありませんよ。
私に注意喚起をしたいのでしょう」
「お見通しですのね。
でもそれだけではありませんわ。
敵意をもっている人物ですら、未遂のうちは放置する。
それがお兄さまの性分でしょう。
その立派な志が裏目にでることは、今後多くなります。
ですから私がカバーしますわ。
そのときは、私の手を押しとどめないでくださいな」
そうきたか。
キアラは有無を言わさぬ表情だな。
「わかりました。
ですがその結果の責任は、キアラが抱え込まないこと。
私の責任として受け止めます。
それが認める条件です」
都合の悪いことを実行させて、人のせいにすることはできない。
性分ってやつだ。
悪い結果がでたときは、俺の責任として非難を受ける。
そこは譲れない。
キアラはなんとも微妙な表情をするが、諦めた様に肩を落とした。
「わかりましたわ。
お兄さまのことですから、私に汚れ役を押しつけないとは思っていましたけどね。
権力者は、周囲の犠牲を献身だ……と受け取るものですわ。
こんなときだけは、お兄さまが月並みだったらと思いますわよ」
「性分ですからね。
諦めてください。
自己犠牲を献身だと思えるほど素直でもないですから。
ともかくキアラのやったことの責任は、私に帰するのは当然ですよ。
黙認も、私に知らせずにやったことも含めてです。
そうじゃないと身がもちません」
キアラはジト目で俺をにらむ。
「普通逆だと思うのですけどね……」
ミルは笑いながら、キアラの肩をポンポンたたいた。
「アルだもの。
そのほうがアルにとって楽なのよ。
キアラもわかっているでしょ」
そうじゃないと安心して指示を出せない。
それに人からどう思われても、あまり気にならない。
自分からの追求に耐えきれないだけさ。
立派な心がけじゃなくて、あくまで自己中心的な動機だよ。
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