592話 孤独ともどかしさ

 アントニス・ミツォタキスから、非公式の打診がきた。


 シルヴァーナとフォブス・ペルサキスのことだ。

 勿論、相手がペルサキスだとは伏せてあった。

 だが言外に、そう匂わせている。

 経緯はともあれ、公的に婚約をしたと聞いた。

 それを破棄するのは、両国の関係を考えると好ましくないと。


 ただ釘を刺された。

 以降の公的な話は下交渉をしてほしいと。


 小細工のない正攻法だ。

 貸しを作って、話を進めてくる。


 書状を読む俺は思わずニヤニヤ笑う。

 キアラに白い目で見られたが気にしない。


 こんな手ごわい相手とのやりとりは好きだ。

 話の通じる相手との交渉は楽しいからな。


 細かな条件を詰めるため、使者の往来が始まる。

 クリスティアス・リカイオスの意向が伏せられているあたり、これを既成事実として積み上げるつもりなのだろう。

 ここで俺が、クリスティアスの意向を問いただしては、ご破算にしてしまう。


 その前にだ。

 当事者をのけ者にして、話を進めるわけにいかない。

 シルヴァーナを呼んでもらう。

 道理の面からもだが、あとで暴れられては困る。


 ウッキウッキのシルヴァーナがスキップしながら、執務室にやってきた。


「アタシに大事な話ってアレよね?」


「ええ。

シルヴァーナさんはシケリア王国に嫁ぐことになるでしょう。

すぐにではありませんが、後任の大臣の人選を進めてもらいたいのです。

結婚式などは、政治的な話も絡みます。

お膳立ては、こちらで進めますよ」


 シルヴァーナは意外そうな顔をする。


「あれ? ヘレーンってそんなお偉いさんだったの?

ヘレーンがこっちに来ると思っていたわ」


 ヘレーンはペルサキスの偽名だな。

 やはりシルヴァーナにとっては、ただの役人程度の認識か。


「ええ。

なのでお二人の約束だけで、話を進められないのですよ」


 シルヴァーナは困惑顔で、腕組みをした。


「あっちにいくなんて思っていなかったなぁ。

アタシのほうが、身分は高いような話をしていたからね。

こっちに、婿入りって思っていたわ。

後任なんて考えていなかったわよ」


「ただの役人ではなかったのですよ。

すぐに結婚とはなりませんから、今から考えておいてください」


 シルヴァーナは腕組みをして、渋い顔になる。

 本当に予想外だったらしい。


「うーん。

ヘレーンはこっちに来るようなこと言っていたわよ。

それを確認してもいい?」


「ええ。

シルヴァーナさんの結婚ですので、確認は当然の権利ですね。

一つ言っておきますが、私たちのことは心配しなくてもいいですよ。

自分の幸せを考えてください」


「うーん。

そのつもりだけどね。

アタシはここを離れたくないのよね。

ラヴェンナには愛着もあるし、ミルは見ていないと心配だから。

ため込むタイプで危なっかしいのよ。

アルとしてはどっちでもいいわけ?」


 俺の意向など、気にしてほしくはないのだが……。

 無視もできないか。


「そうですね。

ただ相手方に来てもらうのは、ハードルが高いと思いますが……」


「うーん、それだけ大物なの?」


 ここで推測を口にする気になれなかった。

 証拠がないのだ。

 可能ならシルヴァーナの力で探り出してほしい。


「恐らくはですけど」


「アルにしては、歯切れの悪い言い方ねぇ。

なんかピンとこないけど……大事になってるの?」


「ええ。

かなりの大事ですよ」


 シルヴァーナは珍しく、ためいきをつく。


「うーん……そっかぁ。

そもそもそんな大事になるような人が来ちゃったわけ?」


 大物も大物だよ。

 思わず、含み笑いが漏れてしまう。


「そうですね。

そんな大物ですが……。

シルヴァーナさんに捕まるなどとは、夢にも思っていなかったのでしょう」


 シルヴァーナは、突然胸を張った。


「無防備なイケメンがアタシから逃げられるわけないでしょ」


 なぜそんなに偉そうなのだ。


「まあ……逃げられなかったことは確かですね。

ともかくおふたりの結婚ですが、それだけで完結する話にはなりません。

政治的な話は、こちらで進めておきますよ。

勿論、シルヴァーナさんを無視して進めたりはしません。

ただ……」


 保証できるならしてやりたい。

 ところが話は、そう単純ではない。


「ああ……わかっているわよ。

アルは邪魔する気なんてないでしょ。

でも、あっちのお偉いさんはわからないからね。

仮に失敗しても恨まないわよ。

そのときはまた、別のイケメンを紹介してくれるだろうしね」


 思ったよりたくましい。

 一度捕まえたことで、根拠のない自信が生まれたのか。

 それとも俺に、気を使ったのか……。

 それはないか。


「中身は気にしないのですか……」


 シルヴァーナは、偉そうにチッチッと指を振る。


「あのねぇ。

年をとるほど、女がイケメンを捕まえられる可能性が減っていくのよ。

だからイケメンを捕まえてから、中身を吟味するわよ」


 確かに男が女性を見比べて、中身が同じならより若いほうを選ぶ。

 女が男を見て、経済力や将来性を考慮するのと同じか。

 あくまで一般論だが……。

 本人の好みだから、何もいうまい。


「とはいえ……。

できる限り、おふたりがうまくいくようには努力しますよ」


「アルはそこで、手をぬいたりしないのは知っているわ。

ラヴェンナの利益に反しない限りはね。

さすがに付き合いが長いからわかるわよ。

そこは世界一頑固だからね」


 俺の性格的にできないからな。

 頑固ではなく、性分の領域だ。


「理解してもらえて助かりますよ。

簡単に会うことはできませんが、手紙でのやりとりなら支障はないでしょう。

キアラを経由してください」


「わかったわ。

キアラちゃんに頼めばいいのよね。

イイ男を捕まえた……と思ったんだけどなぁ。

世の中そう簡単にはいかないものねぇ」


 シルヴァーナの嘆息に苦笑しつつうなずく。


「国が一緒なら、悩みは少ないのですけどね。

ランゴバルド王国の人でしたら、私が解決できる類いの問題です。

略奪愛でもなければですが」


 シルヴァーナは嫌な顔をして、手を振った。


「デルを見ているからね、そんなことする気はないわよ。

そんなことしたら、アルは、絶対手を貸してくれないしね。

あれ……? そういえば、シケリア王国の一番偉い人ってリカイオス卿だっけ?

その人とあーだこーだやるのよね」

 

 あ、迂闊だった。

 これが、イポリートの言った凡作の指摘をされないってことか。

 国王はお飾りだと思うが、権威はもっている。

 担ぐ以上は、神輿の意向を完全に無視することはできない。

 俺が口にしていないから、だれも指摘できなかったのか。

 これを、イポリートは孤独と解釈したのだろう。

 俺はもどかしさだが。

 

「実質的にはですね。

権威の上では、国王がいます。

なるほど……。

そっちにアプローチをかける手もありますか」


 シルヴァーナは意外そうな顔をしたが、笑って手を振った。


「ん? そんな意味でいったんじゃないけど……。

まあ……いっか。

そんな小難しい話は、アルに任せるわよ」


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