586話 ドングリの背比べ

 ボドワンの捕縛要請をだして、返事が来た。

 1ヶ月たっていない。

 ほぼ即答と言ってもいい早さだ。


 内乱の終結の報告と『誠意を持って対処する』と、想定通りの回答。

 この早さが、骨抜きにすると言わんばかりの意図を感じさせる。

 想定していたので、何の感情も湧かない。

 返書の末尾に書かれていたことが、1番のキモだろう。


 交易を潤滑に進めるため、クリスティアス・リカイオスの部下がラヴェンナに常駐している。

 ただの伝言役ではない。

 重要な案件以外の決裁権を持っている。

 おかげで、交渉はスムーズに進んでいることは確かだ。

 こちらも、職員を派遣しているが……。

 常駐している役人を増員したいとある。


 返事をどうすべきか、キアラに聞かれたが……。


「断る理由がありませんからね」


「こちらの要請は骨抜きにして、あちらの要求だけ飲ませようとしていますわね。

なんか腹立たしいですわ。

こちらの内情を探るための増員ですもの。

表向きはラヴェンナとの関係強化をうたっていますけど」


 キアラは憤慨するが、俺の感想は……なかなか面白い仕込みだといったところ。

 

「恐らく狙って、最低限の人数にしていたのでしょう。

足りていたらこちらから断られます。

感心するような用意周到さですよ」


 外交なので、形式や口実がなければ本音を押し通せない。

 もし形式や口実を無視して、本音をゴリ押しすれば、誰からも相手にされない。

 その点では、まさに社会の縮図とも言える。


 押し通した場合、自分が強いときはいいが……。

 自分が窮地に陥ると、一斉にたたかれて沈んでいく。

 横暴な人物がスキャンダルで窮地に陥ると、過去の行為が徹底的に暴かれてしまう。

 それで裏切られたと思うまでが、ありきたりな展開ではあるが……。


 キアラも断る口実がないことは承知しているだろう。

 言葉とは裏腹のサバサバした表情だ。


「では受諾すると……お返事しておきますわ」


「ええ。

そうしてください。

監視を強化されることは織り込み済みでしょうが……。

それをかいくぐれる自信があるのでしょうかねぇ」


 キアラは、目を細める。

 たまに見せる獲物を狙うような表情だ。


「そう簡単にはかいくぐらせませんわよ」


「そのあたりはお任せしますよ。

そこまで安直なことはしないと思いますよ。

隙を見せれば、話は別でしょうけどね。

それよりラペルトリさんからの書状が、気になります」


 ゾエから、アラン王国の現状について報告が届いている。

 思ったよりマメだ。

 それだけ、危機感も強いのだろう。


「ランゴバルド王国に送る親善大使ですわね。

王族が務めている慣習でしたわ。

陛下が即位のときは、大臣が来ていましたっけ」


「アラン王国としては王族をだせるほど、こちらの治安が安定しているとは思えなかったでしょう。

それで大臣だけをだしたわけです」


「安定したときに、改めて王族が訪問するとの約束でしたわね。

王都周辺も今は落ち着いていますから。

周囲にそれを示す意味合いも兼ねているのでしょうけど」


 トラブルでも発生すれば、ランゴバルド王国のメンツにも関わる。

 小規模な反乱も鎮圧されて、警察大臣のお墨付きも出た。 

 それでアラン王国に、招待状をだしたようだ。

 シケリア王国も内乱が終わったので、じきに招待するだろう。

 ただのこの大使が厄介だ。

 務める側にとってだが。


「この親善の使者というのが、面倒な役目です。

失敗すれば致命的。

成功して当たり前。

つまり損しかない役割ですよ。

普段であれば、コネ作りとして歓迎される役割ですけどね。

今回は時期が悪い。

自分だけ王都に不在では、王位継承争いでのメリットはありません」


 キアラは、少しあきれ顔で苦笑する。


「そんなときこそ立候補すれば、王族としての責任感の強さを示せるかと思いますわ」


 その言葉は正しい。

 普通ならばだ。


「その考えもあるのですが……。

不在のときに、讒言をされては致命的でしょう。

讒言は使い古された手段ですが、それを無視することもできない。

讒言と告発、報告の見分けは難しいものです。

聖人君子を気取って、讒言に類するものを全て排除すると……。

幸運な環境に生まれない限りは、結末は破滅ですよ」


「そうですわね。

部下に情報を握られて、傀儡にされますわ」


「王子たちの実績と能力が、ドングリの背比べですからね。

誰かが点数を稼ごうと立候補すれば、どうなります?

それ以外の王子は、ライバルを減らすチャンスだと思いますよ。

さぞ讒言にも熱が入るでしょう。

ロマン王子にだけは継がせたくない。

でも自分が辞退してでもとまでは思わないですよね」


 キアラは皮肉っぽく笑いだす。


「いっそクジで決めればよろしいのでは?

点数稼ぎにもなりませんし。

公には言えませんけどね」


「それでいいと思いますけどね。

ところがひとりだけ、大使になりたがる人がいると思います」


「ま、まさか……」


「そのまさかです。

ロマン王子が色気を見せているようですね」


 キアラはなんとも言えない、微妙な表情になる。


「それって国家間の関係悪化にしかならないのでは……」


 成功するとは思えない。

 突然覚醒するなどの奇跡が起これば、話は別だが。


「反対するなら、それ以外の王子が立候補するべきです。

それはわかるが……さっきも言った理由で、立候補はしたくない。

今のところ本命ですね」


「王妃が止めません?

王位を継がせたいのに、外にだします?」


 一つだけ、王妃が止めない理由なら推測可能だ。


「あくまで憶測ですが……。

王と王妃の間で、大使を次期王にする……と決めているのかもしれません」


 キアラは感心した顔になったが、すぐに苦笑した。


「ああ……。

それだと理解できますわ。

保身を考えて尻込みする王子は、後継者としてふさわしくないと。

責任感があると、決めた理由を説明できますものね。

そして全員がふさわしくないことを証明してしまったと」


「だからこそ内密にする必要があります。

ドングリの背比べだからこそ、理由が必要と考えるでしょう。

ところが全員落第しそうな勢いです。

なんとも皮肉な話ですけどね」


「頭の痛い話ですわ。

ロマン王子が大使になったときは……。

歓迎の宴でも非礼の限りを尽くすと思います。

それこそ陛下を、自分の取り巻き程度に扱いかねません。

想像するのも恐ろしいほどですわ」


 普通なら、そんな話は大げさすぎる。

 そう一笑に付す。

 それができないほど、悪い意味で底が見えない。


「もしかしたら借りてきた猫のように大人しいかもしれませんよ。

自分より上位の存在であれば、さすがに察するでしょう。

言っていて悲しくなってきましたが」


「いっそラペルトリさんに伝えます?」


 それで済む話でもないのだ。

 示唆をしたところで、何の意味もない。

 それどころか、アラン王国の警戒感をあおるだけだ。


「無駄でしょうね。

ラペルトリさんが私の言葉を信じても、それを聞いた王子たちはどうか……。

私の言葉だけで博打を打てるほど、ヤケクソになっている人はいないと思います。

冷静に計算しているからこそ動かないのですよ」


「お兄さまのことは、噂でしか知りませんものね。

この話を聞き入れるとしたら、後継者争いで絶望的な人だけと」


「悲しいかなそんなところです。

王族はただでさえ、自分たちを利用しようとする人たちに囲まれていますからね。

猜疑心は人並み以上に強くなります。

信頼する人がいたとして、他人の推測で……自分の一生を左右するような決断ができるのかですよ。

できないのが普通です」


「ではこのままだと、ロマン王子が即位することになりそうですね」


 こんな話をしても、実は何の意味もないのだ。

 決定権もなければ、影響力もない。

 それどころかやぶ蛇にしかならない。


「こちらから手をですのは悪手ですよ。

王位継承を他国から干渉されると、普通は警戒されます。

警戒で済めば大助かりで、嫌悪か憎悪までいきかねません。

それを好転させるのは、かなりの難事でしょうね。

今回が例外だとしてもです。

例外は例外を呼びますからね」


「お兄さまは最悪のケースも想定されているのですわね?」


 見たくない現実でも見ないといけない。

 1人だったら、目を背けて、適当に流しているが。


「いやな考えですよ。ですが……逃げたところで、現実は忖度してくれませんからね」


「仮にロマン王子が即位したら、どうなるのでしょうかね」


 考えられることは、一つしかないのだ。

 妄想を具現化するには、相応の血が必要だ。

 血は有限だが、妄想は際限がない。

 出血に耐えきれなくなった妄想は、大きな被害だけを残して倒れる。

 その残骸が教訓と呼ばれる形のないものだ。

 人によっては全く価値のない代物。

 自分から価値を探しにいく人でないと、生かすことはできない。


「ロマン王子の見たい現実に、世界を合わせるでしょうね。

それを良しとしない王子たちが、反乱を起こす可能性もあります。

使徒は人間社会の争いに干渉しませんが、それを引っ張り出そうと各陣営が群がるといったところですか。

世界主義やリカイオス卿にとって、これ以上ないほど操りやすい道化です。

戦争まっしぐらでしょう」


「操っても制御ができる相手だとは思いませんけど……」


 操るにしても種類がある。

 最後まで後ろで糸を引き続けるか、適当なところで使い捨てるかだ。

 後者以外に使い道はないのだが。


「あとで排除するのですから、制御しきる必要はありません。

操るという表現より、ダンスに誘う感じが正しいでしょうか。

踊るのは燃えさかる炎の隣ですけどね。

踊り始めたらすぐ、服に引火するでしょう。

ただ燃えていることに気がつくかは知りません」


 キアラは、あきれ顔で肩をすくめる。

 処置無し……と言わんばかりの表情だな。


「困った話ですわね。

被害が大きくなる前に……、いっそ掃除しますか?

可能だと思いますわ」


 俺は強めに首を振る。

 リスクとリターンが、あまりにかみ合わない。

 確かに生かしておくと、多大な犠牲を招くかもしれない。

 だからといって推測だけで始末する権利などない。

 それに暗殺は、自分の首を絞めるだけだろう。

 なにより俺は、他国の人間なのだ。


「実行者は命を失うでしょう。

認められませんね。

ロマン王子は危険人物ですが、実行者の命とではとても釣り合いませんよ。

仮に成功してもラヴェンナが、世界中から危険視されます」


 キアラは探りをいれただけのようだ。

 俺の不機嫌な返事に落ち込むでもなく、あっさりうなずいた。


「やっぱりそうですのね。

暗殺で物事を停滞させることはできますけど……。

ただの時間稼ぎですわね。

でもそんな安直な手段は、思慮の浅い人ほど飛びつきますわ」


 健全な考え方だな。

 そんな手段に走るヤツは、他の連中に狙い撃ちにされて破滅するだろう。

 最高権力者を暗殺したら、暗殺者がその後釜に座るケースなどありえない。

 誰も、正統な後継者とは認めないだろう。

 正攻法で力を認めさせないと、一時的にしかその座に座れないからだ。


「多分、ロマン王子は手を染めると思いますよ。

正確にはその右腕でしょうが。

それで首を絞めると思います」


 相手が失策を犯したら、遠慮なくこちらの材料にさせてもらう。

 相手の前衛的な踊りに付き合う必要はない。

 踊り疲れたところをポンと、軽く押せば勝手に転がり落ちていくものだ。


「アラン王国だけが荒れるならともかく……。

1人のために、世界中が荒れるなんて笑えませんわ」


 今は、社会が脆弱そのものだからな。

 それで王族ともなれば、その行動の与える影響は大きいものだ。


「今は世界の秩序の構築途上です。

かなり緩いですからね。

誰かの貧乏揺すりですら響きますよ」


「貧乏揺すりというより、体の大きい赤ちゃんがだだをこねるといった感じですわね」


 言い得て妙だな。

 聞いた話ではヤバいヤツだ。

 だが根底にあるのは幼稚さなのだろう。


「訂正の余地はなさそうです。

何が起こっても対応できるように、こちらが隙を見せないことが大事ですね」


「最初の頃、この方針はじれったくて……もどかしかったですけど。

今はこれが、とても大変だとわかります。

つい楽になりたくて、雑な方法で終わらせたいと思いますわ」


 決断したつもりが……楽になりたいだけだった。

 そんな例は、枚挙に暇がないからな。


「だからこそ統治者にとって、忍耐力は大事な要素ですよ。

一度動きだしたら止まれないのですから。

関わる人が多いほど、小回りがききません。

だからといって、ただ我慢してもダメですが」

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