585話 後回しにされること

 俺とゼウクシス・ガヴラスとの文通が始まった。

 最初は無難なやりとりだけで終わってしまう。


 礼儀を逸せず、情報も与えないように。

 それでいて事務的な内容にならないように……と彼の苦労が忍ばれる。

 目の前にいたら一杯おごりたくなるほどだ。

 ここから読み取れるクリスティアス・リカイオスの情報はない。


 だがゼウクシスという人間は読み取れる。

 いきなりボロを出すとか情報を漏らすような相手では困るからな。

 そんなヤツの相手をするのは疲れる。

 なので今後に期待できる相手だ。


 その手紙とは別便だが、出先機関に派遣しているオルペウスから、報告書が送られてきた。

 キアラから報告書を受け取って目を通す。


「ボドワンが、姿を見せたのですか。しぶとい人ですねぇ。

故意なのか想定外なのかは測りかねますが……。

当然捕まえることはできないですね。

すぐに姿を消したと」


「ランゴバルド王国から、お尋ね者扱いされていますよね」


 ゴキブリ並みにしぶとい男だよ。

 すぐ物陰に隠れてしまう。


「名指しではありませんから、しらばっくれることはできます。

リカイオス卿と間接的に、つながりがあると見るべきか……。

ダメですね。

まだ情報が足りません。

別方向から揺さぶってみましょう」


 キアラは楽しそうな笑顔になる。

 お洒落とかでなく、陰謀とかで笑顔になるのはどうかと思うが……。


「あら、どんな手を使いますの?」


「見かけたのが普通の商会です。

それならこちらの腹を探られることはない。

正式にリカイオス卿に要請してください。

ここは正攻法でいきましょう」


 キアラはちょっと残念そうな顔をした。

 悪いが、そうそう奇抜な策なんてでてこないよ。


「身柄引き渡しの要請ですわね」


「ええ。

これでどう反応するか。

リカイオス卿の対応が、一つの判断材料になります」


 キアラはアゴに指をあてて、可愛らしく考える仕草をする。


「もしですけど……。

リカイオス卿がボドワンとつながっていたらどうされます?

いっそう警戒するのではありません?」


 キアラの心配はもっともだが……。

 俺はすこしおどけたポーズでキアラに笑いかけた。


「警戒もなにも、こちらを攻める気満々でしょう。

そこに一つ材料が増えても、大差ありません。

それより敵の全体を把握するメリットが大きいですからね」


 キアラは納得したようにうなずいた。

 警戒の話は一応確認したって感じだな。

 

「わかりましたわ。

ではそのように、書状を出しておきますわね」


「シケリア王国の内乱が終わった報告と一緒に、答えが来るかもしれません。

世界主義との関係があるならどう変化するのか……。

ランゴバルド王国への浸透は進んでいませんからね。

彼らを使っての内部攪乱は望めません。

彼らを庇うメリットは薄いはずです」


 キアラはちょっと考えるポーズをとってから、小さく息を吐きだした。


「もし結託していれば、関係を切る可能性もあるのですわね。

こちらを油断させようと考えてですけど」


 思考の泥沼にはまりそうになって諦めたか。

 妄想でよければいくらでも考えられるからなぁ。


「一つの可能性としてはそうですね。

リカイオス卿が目先の利益だけにとらわれる人であればそうします。

望みは薄いですが」


「世界統一を見据えていたら、関係は曖昧にしたまま利用しようとしますわね」


「表だってこちらの要請を受け入れるでしょう。

何かするわけではありませんがね。

要請と同時に、出先機関の職員たちに身辺を注意するよう……伝えてください。

すでにリカイオス卿は職員を監視はしていると思います。

そこでさらに探られることを嫌って、こちらの動きを封じる可能性もありますからね」


 気にしすぎかもしれないが……。

 油断していると食われるのがこの世界だ。

 俺を相手にするのなら、いかに冷静な判断を失わせるかを考えるだろうな。

 それで俺が怒り狂っても諫めてくれる人たちは多い。

 実に有り難い話だよ。


「そうですわね。

注意するように周知しますわ」


「リカイオス卿とペルサキス卿ばかり注目していますが、リカイオス卿ご自慢の頭脳集団も調べておくべきでしょうね」


 俺たちの周囲では、頭脳集団への評価は低い。

 それに異存はないが、軽視したあげく足を掬われてはかなわない。


「ではミツォタキス卿に、探りを入れておきますわ」


                  ◆◇◆◇◆


 ラヴェンナには当初と比べて、頻繁に船がくるようになっている。

 港はかなり広くつくったのだが……。

 たった数年で手狭になりつつある。

 港の拡張をしたいとの要望は許可した。

 

 それだけでは足りないようで、俺に現状を見てもらいたいとのことだ。

 そんなわけで水産大臣ジョゼフと建築大臣のルードヴィゴを伴って、視察に訪れた。


 開発の規模が極めて大きいと想定される。

 政治的判断もからむと考えたのだろう。

 どの程度まで拡張するかを含めて、俺に判断してほしいようだ。


 護衛は親衛隊長のジュールを含めて10名ほど。

 3人も要人がいるから仕方ないな。


 港には船がずらっと停泊しており、荷下ろしは殺人的忙しさとなっている。

 倉庫へ運び込みも、順番待ちが発生しているな。

 こいつは予想外だった。

 いや……俺の見積もりが甘すぎたか。


「当初は広すぎると言われたものですが……。

今では狭すぎますね。

事故の遠因になりますから、急いで拡張しましょうか。

荷下ろしの利便性も向上させる必要がありますね」


 ルードヴィゴが遠い目をしてうなずく。


「承知致しました。

20隻が停泊できる港をつくるように……と最初に伺ったときは、耳を疑いました。

たった数年で狭くなるとは……」


 ジョゼフも、遠い目をして天を仰いだ。

 2人とも遠い目がよく似合うと、勝手な感想が浮かんできた。


「漁船も増えていますからね。

漁船用と交易用の区域を分けたほうがいいかもしれません」

 

 交易船と漁業船が混在している。

 それが管理と荷下ろしの煩雑さを増している。

 今のところは、管理の達人がいてなんとか処理できている。

 達人に頼りっきりではいけないな。


 分けるにしても……。

 軍港のエリアは別にあるが、そこを使わせるわけいかない。


「そうですね。

管理も楽でしょうし。

荷揚げの内容も異なりますからね。

ルードヴィゴ殿は私が好きに決めていいと言ったら、どこまで拡張しますか?」


 ルードヴィゴは、目をつむっていたが、やがて意を決したようにうなずいた。


「100隻可能な規模まで、一気に増やします!

今朝大きなキノコを食べたので、やれる気がします!

10隻や20隻程度の拡張では、すぐに埋まりますから。

また悩む羽目になるのは嫌なのです」


 キノコって……。

 完成するまで食べ続けるつもりか? いいけどさ。

 ジョゼフは広い湾を見渡して、頭をかいた。


「ラヴェンナは、港にできる土地がかぎられますからね。

他に港がつくれるのは1-2カ所程度です。

色々な理由で、ここに機能が集中しますからね。

いくら広くても大変ですよ」


 やるなら、一気にやるべきだな。

 建築資材の運び込みがすごいことになりそうだ。

 交易品の輸送の邪魔になってはまずい。


 小規模拡張だとコスト面から専用の道路をつくらずに、既存の道路を使う。

 余裕があるならともかく、今はカツカツだ。

 下手をすると輸送がマヒしかねない。

 港に積み荷がたまってとんでもないことになる。


 だが小規模だと、コストと成果が見合わない。

 専用道路敷設までとはいかない。


 大規模なら、専用道路の敷設から取りかかれる。

 それなら交易の邪魔をせずに済むだろう。


「ラヴェンナの地理上しかたありませんからね。

100隻は交易船用ですよね……。

漁船のエリアはまた別でしょう。

構いませんが、範囲も広がりますからね。

管理機構の再整備も必要になるでしょう」


 ジョゼフは腕組みをしつつ、渋い顔をする。


「安全な仕事を求めて、よそから人が流れてきましたからね。

末端の人手は足りています。

問題は管理職以上ですね……」


 俺が大方針を指示すべきだな。

 ラヴェンナの人材を育てる方針ではあるが、それで間に合わないときはどうするか。

 反対する方針を期待するのは酷というものだろう。


「ある程度は外部に頼ってもいいですよ。

まだ育ってくるまでに、時間がかかりますからね」


 ジョゼフは安堵したようにうなずく。

 そりゃあの現場の地獄絵図を見せられたら……。ラヴェンナ市民だけにすべてを管理させるのは、無理があると痛感した。

 育つ前にパンクしてしまう。

 パンクしなくても、今の仕事を効率よくこなすことばかりに特化してしまう。

 そうなると、方針の変更もできなくなるし、視野も狭くなる。


「それは助かります。

そのあたりを含めて、見直しを進めます」


 思った以上に、ラヴェンナの成長が早い。

 体の成長に、内臓の成長が追いついていない感じか。


 王国内でのラヴェンナの地位が上がったことも大きい。

 主要な土地になると思えば、人も集まってくる。


「町も居住地域を広げないといけませんねぇ……」


 ルードヴィゴが急に改まった顔で、俺に向き直る。


「そのことに関係して……お願いがあります」


 居住地を広げるなら、市長と話せば済む話なのだが……。


「なんですか? 改まって」


「アルフレードさまのお屋敷を別の場所に新築したいのです。

今では小さすぎで……。

外交上、当主の屋敷があそこまで小さいと……。

つつましいを通り越して、嫌みに映るでしょう。

それと個人が大きな屋敷を持ちたいと思っても、アルフレードさまの屋敷があれでは……。

遠慮してしまいます。

それと閣議も行われますが、さすがに狭くなってきましたよ。

事前の資料整理をする部屋も足りません。

いかがでしょうか?」


「私が不在のときに、広さについての話がでたのですか?」


「はい。

ラヴェンナしか知らない人が多かった頃とは違います。

外からの人が多くなって、よそと比較するような話も広まっています」


 ここより小さい屋敷はまずないだろうな。領地もない宮廷貴族でもないかぎりは


「ある程度の広さとなると、町の郊外ですかね」


「はい。

今の土地は、警察大臣が新庁舎用にほしがっています。

現在地では小さくなっているのと、見回りでも遠い地域がでています。

今は中心に近い場所ですので、職務遂行の上でも、負担が減ります」


 俺自身大きな屋敷に、興味がなかった。

 今の広さで満足していたのだが……。

 小さいことを誇示したいわけではない。


 俺が贅沢な屋敷に住むと、周囲に伝染する。

 皆が大きな屋敷を皆建てたがる。

 それは構わないが……。


 支配階級が贅沢をしていると思われると、ラヴェンナの統治上よろしくない。

 今まではそれで良かったが、状況の変化とともに不都合になってきたわけだ。

 新築も仕方ないな。


「わかりました。

それだけ言われては、新築もやむを得ないでしょう。

土地の目星はついているでしょうから、屋敷の大きさや内装についてミルたちと相談してください。

あとは親衛隊も、警護に関係します。

ジュール卿も話に加えてください」


 後ろに控えていたジュールは、真面目くさって一礼した。


「郊外ですと護衛もやりやすくなります。

今は都心ですからね。

人の行き来も多くて、警戒も大変ですから。

可能でしたら、親衛隊の宿舎も敷地内に建てていただけないでしょうか」


「構いませんよ。

それも含めて、計画を進めてください」


 ルードヴィゴは安心したような顔になる。


「有り難うございます。

勿論、贅沢にはしません」


「それなら結構です。

ですが……安心するような話なのですかね。

わりとどうでもいい話だと思いますが」


 屋敷は今の広さでも問題ないのだが……。

 住まいと公務を切り離せない以上仕方ないな。

 

「と、とんでもない。

奥さまたちから説得を頼まれたのです。

客観的な材料をそろえて、私が説明すればお聞き届けいただけると。

奥さまが頼んだら『許可してくれるけど……後回しにされる』と嘆いておられました」


 否定できん……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る