584話 夢と悪夢

 経済圏の構想説明も済んだし、今のところは問題なく話が進んでいる。


 本来なら、領内の視察にでたいところだが……。

 外からの情報を待っているからな。


 そっちの優先度の方が高い。

 俺の中では現在も有事だ。

 次の戦いへの準備期間としか思っていないからな。


 それでも閣議は、なんとなく緩い空気である。

 始まるとすぐに冒険者担当大臣シルヴァーナが、机に突っ伏す。


「やっと決まったわよぉ~。

疲れたわ……」


「それはご苦労さま。

これで皮の話は一段落ですね」


「皮はね! 皮だけよ! 新しいものがでてくると、あの交渉が待っているのよ……」


 商務大臣パヴラは楽しそうに笑う。


「あの皮は素晴らしいですね。

荷馬車の車輪につけたところ、輸送するときの商品の破損が、ものすごく減らせました。

シルヴァーナ・ダンジョンには夢が詰まっていますよ」


 ラヴェンナの道路がいくら平坦とはいえ、若干は揺れる。

 そこで破損が当然発生してしまう。

 避けられない破損は、値段に転嫁される。

 それが減らせるのは、輸送コストの引き下げにつながる。

 商務大臣にとってはうれしい話だろう。


「アタシにとっては交渉という悪夢が詰まっているわよ……」


 開発大臣のルードヴィゴが苦笑しつつも安心した顔になる。


「助かりますよ。

あの皮は、水道のろ過に欠かせないものですから」


 そういえばルードヴィゴが、皮を欲しがっていたのだったな。


「それでアレンスキー殿からもらったわけですか」


「ええ。

水源から引く水を、貯水槽にためてから送っています。

放置すると大変なので、沈殿物の掃除は欠かせません。

この皮を通すことで、沈殿物がかなり減らせました。

おかげでメンテナンスのコストも、3分の1程度に引き下げられました。

加えて下水のろ過にも役立っていますからね。

あとは汚水を浄化してくれる素材でもありませんかねぇ」


 下水のメンテナンスで、清掃が1番大変だからなぁ。

 シルヴァーナはウンザリした表情をして、両手で自分の耳を塞いだ。


「あー! 聞こえない、! 聞こえない!

そんなに大事なら、アンタが交渉してよ」


 俺は思わず笑いだしてしまった。


「シルヴァーナさんの仕事です。

諦めてください。

そのために、高い給料を払っているのですから」


 大臣になり、住まいは屋敷になった。

 料理や掃除は、使用人がしてくれる。

 シルヴァーナに足りないものは、胸と男だけ。

 かなり余裕のある生活をしている。

 シルヴァーナは恨めしそうに俺を見てから、力なくうなだれた。


「むぐぐ……。

この餡子熊王あんこくまおうめ……」


 なんか言葉の区切りが変じゃなかったか? ともかくだ……。


「ダンジョンに地下湖でもあれば、なにか参考にできる仕組みがあるかもしれません。

魔法で浄化ってありませんでしたっけ?」


「それって何を、どんな状態にするかわからないと無意味よ。

魔法はそんな万能じゃないんだから。

原因と結果が単純でないと、魔法として成立しないわよ。

池に漠然と浄化なんて掛けても、ほとんど効果はないからね」


 さすがプロだ。

 クリーニングのような便利な魔法は、この世にない。

 使徒が、なぜそんな力を持っているのか、疑問に思っていたが……。

 根拠はないが、使徒が魔法を使ったときに、悪霊が調整しているかもしれない。


 詳しい原理は知らないが。

 物理的に干渉できないのは、媒体がないときに限るのかもしれない。

 使徒という媒体を通せば、干渉が可能なのかもしれないな。

 そう考えれば、使徒をおいしく食べるために、悪霊は雑用でこき使われているのか。

 使徒がクリーニングの魔法を使ったら……実現するようにいろいろと調整する。

 なかなか皮肉が効いている。


 それは、どうでもいい話だな。

 消えゆく存在の話より、未来に繋がる話をしよう。


「そうですねぇ。

地下都市でも水は必要でしょう。

それをどう、飲料に適した形にしていたのか。

調べれば何かでてくるかもしれません」


 俺の言葉を聞いたシルヴァーナは、露骨に外を向いて、口笛を吹いている。

 わかり易すぎる。


「シルヴァーナさん。

あのダンジョンで、面白いものを見つけたのですか?」


 シルヴァーナから表情が消える。


「チッ」


 露骨に舌打ちされた。


「なるほど、なにか見つかったと。

これは楽しみですね」


「ちくしょぉぉぉぉ!

そうよ! あったわよ! 地下に都市があったでしょ! 水があったのよ!

あの都市の奥に地底湖が……。

もういやぁぁぁぁぁぁぁ!」


 シルヴァーナは絶叫して、机に突っ伏した。


「まあ都市があったなら、水はあったでしょうね。

今は飲めないのでしょうけど。

これは何か面白いものがでてくるかもしれません。

実に楽しみですねぇ」


 都市があるなら、水は必要だな。

 水の不要な種族が住んでいたなら話はかわるが。

 建築・科学技術大臣のオニーシムは、ニヤニヤしながら髭をしごいている。


「そこの調査は、レベッカにさせてくれんか?

ギルドには調査の護衛を依頼すれば良かろう。

発見物の価値でもめることはなくなるからな。

レベッカの研究が行き詰まっている。

気分転換にいいと思うのでな。

ご領主から指示をしてやってくれないか?」


 シルヴァーナは、ガバっと顔を上げた。

 砂漠でオアシス……。

 いや、アル中が酒瓶を見つけたような顔だ。



「オニたん! ナイスよ! アタシの仕事が減るなら、何でもナイスだわ!」


 オニーシムは露骨に白い目で、シルヴァーナを見る。


「変な名前で呼ばれるのは、ご領主の専売特許だろう。

ワシまで巻き込まないでくれ」


 いつから、俺の専売特許になった。

 ともかく……。

 却下する理由もない。


「わかりました。

レベッカさんに依頼を出しましょう。

あとはモンスターの分類に詳しいパトリックさんにも、同行をお願いしましょうか。

地底湖に新種がいるかもしれませんから」


 シルヴァーナは急に元気になって挙手する。


「ハイハイ、アタシもいくからね。

ここのところ魔法をぶっ放せなくて、ストレスがたまっているのよ」


「不在時の事務に滞りがなければ、シルヴァーナさんの判断で決めてください。

値段の交渉以外で、問題はないですよね」


「ウチらには直接関係しないけどね。

傭兵を諦めて、冒険者に戻る人たちがでてきたのよ。

それの対処にギルドはちょっと困っているみたいね。

人手不足だから受け入れたいようだけど……。

昔と同じような待遇で戻したら、真面目に冒険者していた人たちは腹が立つだろうし。

問題がありそうだとしたらそこかなぁ」


 思わず苦笑してしまった。

 まあ俺がどうこうする話ではないが……。


「冒険者より楽になると思ったら、実態は違ったと。

確かにギルドが対応する話ですね。

ラヴェンナが口を出す話ではありません。

一つ気になるとすれば……。

冒険者として再登録した連中の素行が悪いままの可能性があります。

警察のほうで、注意を怠らないようにしてください」


 警察大臣であるトウコは、苦笑しながらうなずいた。


「承知した。

冒険者から傭兵になったヤツか。

ヤンのようないいヤツもいるのだろうが……。

注意するとしよう」


 祭りでトウコとヤンが力比べをした。

 なんと互角に戦ったようだ。

 そして意気投合して、親友のような付き合いをしている。


 そのヤンは、アーデルヘイトの見立て通りモテはじめた。

 モテた経験がない本人は戸惑っているらしい。

 最初は揶揄っていると思って、ヘソを曲げていた。

 ところがアーデルヘイトに褒められ、お墨付きをもらって納得したらしい。

 最近はまんざらでもないといったところだ。


「馬鹿なことをしないと思いますが、一度勝手気ままな生活を体験しています。

何かの拍子にやらかす可能性もありますからね。

出戻り組は自治区からでることを、当面は禁止するのが良さそうです」


 トウコはニヤリと笑って、シルヴァーナをチラ見した。


「その話は、シルヴァーナの仕事だな」


 シルヴァーナは、がっくりと肩を落とす。


「なんで次から次へと、仕事が沸いてくるのよぉぉぉぉぉ」


 そりゃ理由は簡単だよ。


「シルヴァーナさんがちゃんと部下を育てていないからです。

だから全部を自分でやる羽目になるのです。

任せられる人を育てるべきですね」


 シルヴァーナは不満げに、口をとがらせる。


「これが終わったら育てるわよ……」


「喉元を過ぎたらまた忘れて、同じことを繰り返すわけですね」


「こ、今度こそちゃんとやるわよぉ」


 ミルはジト目で、シルヴァーナをにらむ。


「ヴァーナ、前から言っているでしょ……。

アルのいうことを聞き流すと、あとで泣きを見るわよって。

最初は大変だったけど、あのときちゃんとやったから、私たちは代理を任せられる人が育ったのよ」


「うぐぐ。

忍耐が必要なのよね……。

つい自分でやっちゃうのよ」


 ミルは大げさにため息をついて、首を振った。


「これに懲りたら、今からちゃんと育てることね。

今度は手伝わないわよ?

これが終わったらなんて言ったら、絶対にダメだからね!」


「うう……ミルが冷たい。

最初に会ったときより、胸は大きくなっているし。

裏切り者めぇ……」


 ミルは顔を真っ赤にして、席を立つ。


「ちょ、ちょっと! 胸は関係ないでしょ! しかも、なんでわかるのよ!」


「持たざる者は敏感なのよ。

一番私に近いミルは、心の支えだったのに……。

いいわよねー。

もんでくれる人がいてさぁ……」


 ミルはシルヴァーナを指さすが口をパクパクさせた。

 言葉がでてこないらしい。

 ようやっと言葉がでたミルと、シルヴァーナの醜い言い合いが始まってしまう。

 こうやって、会議は締まらないまま終わってしまった。


 オフェリーは空気を読んで静かにしていたから助かったよ……。


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