577話 混ぜるな危険

 祭りも終わり、皆が平常モードに戻ったようだ。

 祭りの最中、クシャミが止まらなかったのは、きっと誰かが俺を話のネタに楽しんでいたからだろう。

 知らないけど、きっとそうだ。

 それはいいさ。

 ようやくオニーシムの工房に顔が出せる。

 約束して顔を出していなかった。

 どうにも宿題が残っているようで、気持ちが悪かったからな。

 

 監視役としてミルが付いて来ると言い張った。

 無駄な抵抗はしないのが賢明だ。

 ミルは俺の隣を歩きつつも、ジト目になっている。


「あの発明ウオッカとアルが組んで悪乗りすると思うと、嫌な予感しかしないわ」


「悪乗りなんてしませんよ。

見せたいものが有ると言われただけです」


「はいはい」


 全く信用がない。

 ほんの1回、壁に衝突したくらいだろ。


 工房の隣に、結構な規模のレース場までできている。

 今日は、自走トロッコのメンテナンス日なので、誰もいない。

 祭りで走り回ったから、入念なチェックが必要だったらしい。

 

 いつの間にか、名前が自走トロッコになっていた。

 ベタな名前だが、特に問題もないだろう。


 工房もオニーシムの思いつきで拡張しているものだから、初見では迷うことこの上ない。

 1年ぶりの工房は、いろいろ建て増しされていた。

 オニーシムはトロッコ工房にいるらしく、職員に案内される。


 絶対迷うと思いつつ廊下を歩いていると、観葉植物が随所に設置されていることに気がついた。

 エルフの職員でも雇ったのかな。

 セキュリティー対策かもしれない。

 ここは、重要機密の宝庫になりつつあるからな。


 名札はないか……と植物を観察しようとすると、ミルに肘鉄を食らったので断念する。


 トロッコ開発室につくと、オニーシムとオディロンがいた。

 数名の職員は忙しく、トロッコのチェックをしている。


 2人は俺に気がつくと、軽く手をあげた。

 俺たちも、手をあげて挨拶する。


「アレンスキー殿、オディロン殿。

早速改良の相談ですか」


 オディロンは、照れくさそうに頭をかいた。


「年甲斐もなく熱中していますよ。

足が不自由な私でも、乗り降りがしやすい形を議論中でしてね」


 オニーシムは真面目腐って、腕組みをしている。


「椅子に座る形が乗り降りしやすいと思っている。

バランスなどの問題をクリアしないといけないがな。

それより見せたいものが有る。

ついてきてくれ」


 隣の部屋に有ったのは、きれいになったトロッコ。

 色までついているが、前と形状は大差ない気がする。

 オニーシムが見せたいと言うからには、大きな違いが有るはずだ。

 となると……。


「乗れば分かるのです?」


 オニーシムは満足そうに、髭をいじった。


「話が早いな。

コースに出すから乗ってみてくれ」


 何か言いたそうなミルを横目に、コースにトロッコが運び出された。

 黙って乗ってみる。

 オニーシムが俺に、ニヤリと笑いかける。


「前のレバーは、前に進むぞ。

後ろは後ろだ」


「素晴らしいですね。

分かりました。

注意しますよ」


 今のところ違いが分からないが……。

 加速を改良したのかな。

 レバーを握って走り始める。

 加速は、全く変わらない。


 だが……ハッキリ気がついたことが有る。

 実に驚いた。


 コースを1周して、トロッコを降りる。

 オニーシムはどうだと言わんばかりである。


「どんな技術を使ったのか知りませんが、揺れが全く有りません。

これは驚きです」


「まあ見て見ろ」


 オニーシムが車輪を指さすと、分厚い皮に覆われていた。

 そういえばオニーシムが、扱いに困る革を買い取っていたな。


「もしかして、ギルドから買い取った新種の革ですか」


「その通りだ。

水を通しても問題ないからな。

椅子のカバーには堅すぎてな。

車輪カバーとしてならと思ったのだ。

これを馬車にも導入する予定だ。

道路は平坦だから乗り心地は良いだろうが、さらによくなるぞ。

あとは馬の靴にもするつもりだ。

蹄が傷みやすいからな。

目立たないが、自走トロッコの前面にも張ってある。

衝突しても衝撃は少ないぞ。

それ以外の使い道は、探しているところだが……。

ルードヴィゴのヤツも、革を大量に持って行っている。

ニヤニヤ笑ってスキップしながら帰って行った。

ヤツも何かに使うつもりらしい」


 弾力性が有って、衝撃を吸収する。

 この用途は素晴らしいの一言だ。


「これは驚きです。

お見事ですよ」


 俺の賛辞に、オニーシムはニヤリと笑った。


「それだけじゃないぞ。

ご領主がここを気軽に視察できるように、秘策も考えた。

今では過保護な奥方たちの目が厳しかろう」


 ミルがオニーシムをジロリと睨むが、オニーシムは涼しい顔だ。


「ほう。

それは興味深いですね。

最近、アレンスキー殿の名前を出すと、ミルたちが警戒するのですよ」


 ミルが俺を睨んだが、気がつかないフリをする。


「まあ、ここで待っておれ」


 そうして出てきたのは、2人乗りのトロッコ。

 横幅が広くなっている。

 なるほど、そう来たか。


「アレンスキー殿、考えましたね」


「まあな。

これなら問題なかろうて」

 

「ミル、私の隣に乗ってください」


 横幅が広くなったトロッコを、あきれ顔で眺めていたミルが驚いた顔になる。


「ええっ!?」


 オニーシムは、ニヤニヤ笑いつつトロッコの一部を指し示す。


「ちなみに隣の席に、半球が有るだろう。

これに触れると、出力が増す。

だから2人分の重量でも問題なく動かせるわけだ。

2人乗り専用だな。

ちなみに2人の相性が悪いと、前に進まないからな。

もし……不安なら乗らなくても良いぞ。

ワシが代わりに乗ってやる」


 安い挑発だなぁ。

 そんな餌に……。

 

 ミルが俺の手をがっしりと握った。

 目がマジだった。


 釣られているよ。


「アル! 乗るわよ!」


 元々乗るつもりだったから良いけどさ。

 変に挑発しないでくれ……。


「分かりました」


 鼻息荒いミルに苦笑しつつ、2人で乗り込む。

 俺たちなら乗れるが、体格の良い人だとちょっとキツいな。

 このあたりは、改善の余地が有りそうだ。


 ミルは気合の入りまくった顔で、半球に手を当て、俺をチラチラ見ている。

 やる気満々らしい。


「じゃあ、いきますよ」


「いいわよ!」


 運転をするが、加速も曲がりもスムーズだ。

 かなり、苦労が忍ばれるな。

 ミルは最初驚いていたが、すぐに長い髪をなびかせて、楽しそうな顔をしている。

 そんな顔を見ると俺まで楽しくなる。 

 1周して降りようとしたが、ミルはちょっと物足りなそうな顔をしていた。


「ミル、もう1週回ってみます?

魔力がどれだけ減ったのか分かりませんが」


 ミルは笑顔になって、強くうなずいた。


「大丈夫よ。

いきましょ」


 上機嫌のミルと、もう1週して戻ってきた。

 自走トロッコから降りた見るは、オニーシムに向かって胸を張った。

 

「アルとの相性はバッチリでしょ!」


 オニーシムは苦笑しつつうなずいた。


「そのようだ。

これならご領主が乗っても良かろう?」


 ミルは笑顔でうなずいた。


「2人乗りなら良いわよ。

1人のときと違って、アルは絶対に危ないことしないからね。

それに2人で動かしているって感じがして、とても良いわ」


 事故は1回だけだよ。

 だがミルの上機嫌に、水を差す必要もないだろう。


「しかし、よくぞここまで改良しましたねぇ」


「いろいろと技術革新が有ったからな。

本来ならなんとか前面を傾斜にして、前に進む力を伸ばしたかったのだがな。

止まりにくくなってこの形状から抜けられない。

魔法の壁を出すことも考えたが……。

現時点では複雑になりすぎる。

すぐに故障してしまうだろう」


「それは残念ですね。

逆風で止めるのではなく、車輪の回転が止まれば良いのですけどね」


 オニーシムは真顔で髭をいじり、少し考え込んだ。


「ふーむ。

その手も有りだな。

ちょっとレベッカと相談してみよう。

そうだ……レベッカには、まだ通信機のことは聞かないでやってくれ。

あれから進んでいないからな」


「そう簡単にはできないでしょう。

長い目で見ていますよ。

それでも、十分な機能はできていますからね。

それよりあの燃える石はどうですか?」


 オニーシムは、頭をかいて苦笑する。


「成果は有るには有る。

思ったより扱いが難しくてな。

最初は木材を使わずに、鉄を精錬するためのつもりだった。

それで生成すると、鉄が脆くなるのだ。

不要な要素が混じるようでな。

変わりに魔力をものすごく通しやすくなる。

水晶とほぼ同等だ」


 ドワーフは鉱物の分析能力も持ち合わせていたな。

 水晶と同等って量産したら水晶の価値大暴落するぞ……。

 流石にそれは困る。

 これも門外不出の技術だなぁ。


「それはすごいですね。

強度を必要としない部分でなら、十分有用性は有るでしょう」


 オニーシムは俺の言葉にうなずいたが、頭をかいた。


「燃える石は、いろいろ変なものが混じっていてな。

その石を燃やさずに熱すると、石の質が変わる。

それで鉄を生成すると、とても良質の鋼になる。

堅さだけなら世界一だろう。

代わりに魔力が、全くと言って良いほど通らなくなる。

これはこれで問題だ。

魔力付与ができない剣は、冒険者には受けが悪い。

軍で使うにしても、簡単な付与の訓練は積んでいるからな。

それができなくなるのも問題なのだよ」


 全く、魔法が通らないのは難しいなぁ。

 だが、何かに使えるだろう。


「どちらにしても、使い道は有りそうですね」


「それで、この2人乗りができたのだよ。

魔力を通しやすい鉄を使っているからな。

それと魔力を遮断する部品が貴重だったのだが、ずっと楽に手に入るようになったのも大きい」


 この技術は、よそにはないな。

 おいそれと他所に教えるつもりもない。

 皆の苦労を、俺の下らない虚栄心のために、只でばら撒く気など起きないからだ。


 元々、進歩が止められていた世界だ。

 その枷を外せば、この位の進歩はしたのかもしれないな。


 他所が真似するのは構わないが、技術を盗むことは許さない。

 自分たちで頑張れだ。

 それこそ盗まれた揚げ句、俺たちが盗用しているなんて言い掛かりをつけてくる可能性もある。

 盗んだ後ろめたさを隠したいなら、他人を盗人にするのが一番安易な解決方法だ。

 大声でわめいているうちに、後に引けなくなって、それが真実だと思い込むかもしれない。


 ラヴェンナは弱者ではないから、そんなことで泣き寝入りをすることはない。

 だが、それでトラブルを招いて、揚げ句流血沙汰になっても馬鹿らしい。

 自分の信じたいファンタジーを現実だ……と思い込む輩には力で分からせるしか、手段が残っていないからだ。

 夢の世界にしがみつこうとも……殴られたら、痛みで目が覚めるだろう。

 それでも目が覚めないなら、夢見心地のまま消えてもらうしかないが。


 なんにせよ技術の扱いも考えないといけないなぁ。

 ここまで進歩するとは予想外だったよ……。

 もっとゆっくり進むとばっかり思っていた。


 だがこの努力は嬉しい。

 だからこそ素直に讃えたい。

 面倒くさい話は、俺がなんとかしよう。


「門外不出の技術が、続々と生まれていますね。

これは将来楽しみですよ」


「この燃える石のおかげで、風呂の湯を沸かすのに大量の木材を使わなくて済んでいる。

公衆浴場の木材消費量は解決すべき問題だったからな。

よく燃えて長持ちするが……煙がすごかった」


「その煙は、どう対処したのですか? そんな話は聞いていませんからね。

対処済みなのでしょう」


「そこであの新素材の革だ。

水を通すなら空気も通すだろう。

いろいろ試してみたところ……。

火であぶると引き延ばせる。

薄くなった革は、少しだが煙を抑える。

それを数段重ねると、ほぼ煙が外に漏れない。

代わりにこまめに洗わないといけないがな。

洗浄を繰り返すと、流石に使い物にならなくなるが。

あれはなかなか面白い素材だぞ」


 すごい素材が眠っていたものだ。


「実はすごい革だったと」


 オニーシムはうなずいてから、鼻をつまむポーズをとった。


「あの激臭さえなければな。

なめすのではなく、革だけを取り出す感じだからなぁ。

これがまた大変だ。

ともかく……冒険者ギルドに使い道は教えていないぞ」


 馬鹿正直に教える必要もないからな。

 実験好きのオニーシムが買い取っているから、ギルドも疑念を持たないのか。

 これがルードヴィゴあたりだと実用的なのだ……と判断して、値段をつり上げるだろう。

 それが分かっているから、買い付けはオニーシムに一本化していたわけだな。

 バレる前に、ちょっと手を打つか。


「匂いを抑える方法でもあれば良いのですがね。

ともかくです。

そのうちバレるでしょうが、今は内密にしておきましょう。

いっそラヴェンナが、ギルドから買い上げるようにしましょうかね。

代わりに買値を少し引き上げれば、ギルドも納得するでしょう」


「そうしてくれると有り難い。

それとは別の頼みが有る」


「何でしょうか?」


「燃える石の採掘量を増やしたい。

今は無理のない範囲で……と言われているので、細々と採掘している。

もうちょっと数が欲しいのだ。

他の用途も有るのかと調べたいからな」


 これも、大事な話だな。


「大変結構です。

では必要な予算を申請してください。

木の消費量が減るなら、エルフたちも安心するでしょう。

それと他の場所からも採掘できるか……その調査を許可します。

こちらの予算も申請してください」


 オニーシムは満足顔で、髭をしごいている。


「相変わらず理解が有って助かる。

持つべき者は、浪漫と未来の価値を理解する領主だな。

今までの雇い主は、確実でないと財布の紐を緩めなかったからな。

ああ、そうだ。

変わり者が、ここで働きたいと言ったので雇っている。

顔を合わせる機会も増えるだろう。

だから紹介しておく。

おーい、水やりの時間だぞ!」


 それだけで、なんとなく察した。

 トロッコレース用のコースに、エルフの女性がやってきた。

 ブロンドの長い髪を、ボニーテールにしている。

 緑の瞳に、少し意志の強そうな顔立ち。

 エルフ特有の細身で、白い肌。

 

 ミルは口をOの字に開けている。


「シヴィじゃない!」


 エルフだとは予想していたが……。

 ミルの知り合いだったのか。

 と言っても、隠れ里の人数も限られているからな。

 シヴィと呼ばれた女性は、ミルに軽く手を振った。


「ミルヴァがここに来るなんて珍しいと思ったら……。

ああ、なるほどね。

いとしのアルフレードさまが来るから付いてきたのね」


 ミルは頰を赤らめつつ、返事に困っている。

 シヴィは意味ありげに、俺に笑いかけてから一礼する。


「アルフレードさま、お初にお目にかかります。

シヴィ・リトラと申します。

隠れ里にいた頃は、ミルヴァの話し相手をしていました」


 ミルの言っていた友人か。


「ああ、友人がいたのは聞いていました。

リトラさんだったのですね」


「はい。

外の世界に興味が有ったので、ミルヴァにいろいろ話を聞きました。

大体はアルフレードさまの話ばっかりでしたけど」


 ミルは顔を赤くして、シヴィに詰め寄る。


「ちょ、ちょっと!」


 ミルが慌てているし、救いの手を差し伸べるか。


「それはうれしいですね。

どんな話をしていたのかは、あとでミルに聞きますよ。

それにしてもエルフが、発明に携わるのは珍しいですね」


 ミルは小声で『覚えていなさいよ……』と、シヴィにささやいた。

 シヴィは涼しい顔で受け流して、俺にほほ笑んだ。


「最初はここの警備の話を相談されたので、私が来たのですけど……。

いろいろ首を突っ込んでいるうちに、ここで働くことになりました。

私もミルヴァのように、新しい技術を生み出したいです」


「ああ。

植物を使っての感知は、ミルのオリジナルでしたからね」


「そうです。

それを聞いたときは感動しました。

そんなことを考えたエルフはいませんでしたから」


 オニーシムが楽しそうに、シヴィを見る。


「あの燃える石の特性に気がついたのはシヴィだ。

石のくせにワシらドワーフでは、うっすらしか中身が分からん。

エルフのほうが分かるようなのだ。

見た目は石のようだが、昔は植物だったのではと思うがな。

ドワーフやエルフの特殊な力が及ぶかは、今の物質でなく大本の物質が基準となるらしい。

これも新たな知見だ。

ともかく……シヴィのおかげで、鉄の精錬につながった。

この好奇心は、エルフにしておくには勿体ないくらいだ」


 シヴィは不満げに、オニーシムを睨む。


「エルフにだって好奇心は有るわよ!」


 気のせいだろうか。

 シルヴァーナと混ぜたら、危険な人な気がしてきた。

 混ぜるな危険ってヤツだな。

 ミルは俺にそっと耳打ちしてきた。


「シヴィはエルフらしくないエルフだからね。

皆がこうじゃないわよ」


 シヴィの耳がピクっと動いた。


「1番エルフらしくないミルヴァに言われたくないわよ。

里に来たときは、あんなに大人しかったのに。

それは守ってあげたい……と思わせるエルフだったわよ。

たまに変な独り言呟いていたけど」


 ミルは顔を真っ赤にして慌て始めた。


「えええええっ! き、き、聞いてたの!?」


 シヴィは勝ち誇った笑みを浮かべる。


「私は他のエルフより耳は良いのよ。

バッチリ覚えて……モガモガ」


 ミルが顔を真っ赤にしながら、シヴィの口を塞いでいた。

 なんという俊敏さだ。


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