576話 閑話 若気の至り

 3人で盃を交わして、話が盛り上がった。

 内乱という共通の話題が有る。

 その経験が、3人の年齢差をかき消して盛り上がった。

 むしろ年齢が、それぞれ違うからこそか。

 同じ年齢、立場、経験をすれば、似たような話に発展する。


 年代も個性も違うからこそ、思い出話でまとまらずに、話が過去、現在、未来へと飛ぶ。

 ベルナルドは過去を、チャールズは現在、プリュタニスは未来に思いをはせる。

 戦争という非情な行為でも、非情と目を背けては余計な流血を招く。

 危険な行為だからこそ、ラヴェンナでは反省と未来予測は重視されている。


 影響力最大のアルフレードが常々明言している。


『場当たり的に成功するより、綿密に計画を立てた上で失敗したほうがマシです』


 その結果、適当にやって成功しても評価されない。

 この世界では、あまりに異質な考えだ。


 それを嫌ったのだろう。

 それなりに優秀な人材が、数名ラヴェンナを離れている。

 それでもアルフレードの態度は変わらなかった。

 去った人物に、嫌がらせもしないが呼び戻しもしない。

 戻ってくるのは自由だが、この方針に従うことが条件。

 この点については、頑固なことこの上ない。


 枝葉の朝令暮改は恐れないが、基本方針だけは意固地なまでに変えないのであった。


 そんな話も話題に上る。

 ラヴェンナ市民のコミュニケーションツールとして、アルフレードはとても便利なのだ。

 本人はネタにされ憮然としても、制止などしない。

  

 久々に楽しい酒の席上で、チャールズは少しばかり気になった問題を解決するつもりでいた。

 アルフレードも少し気にしていたが、いちいち口を出す話ではないと言ったきりの話だ。

 チャールズは自分が、代わりにちょっかいを出しても良いだろうと思ったわけだ。


「プリュタニス。

ちょっと気になっていることが有るんだがな」


「なんですか?」


「お前がこっちに来たときについてきた側近が、2人いるだろ」


 プリュタニスは意外そうな顔になる。

 2人の話をしたのが不思議だったのだろう。


「クネモスとブラシダスですね」


「ここのところ、疎遠になっているんじゃないのか?」


 プリュタニスは不本意と言わんばかりに、首を振った。


「違いますよ。

ラヴェンナ市民になったのです。

いつまでも私の側近ではいけません。

立場は同じになったのです。

だから自分の人生を歩いてほしいと思ったのですよ。

私が関わると、側近に逆戻りします。

アルフレードさまを見て、そう思いましたよ」


 チャールズは、プリュタニスの言い分は正論だ……と思った。

 そしてプリュタニスの欠点が、ここにも現れている。


「それは立派な心がけだがな。

クネモスとブラシダスは、ずっとお前を守ってきたのだろう。

理屈では納得しても、やはり寂しいだろうよ」


 ベルナルドも笑いながらうなずいた。


「理屈だけでは人は満足しないな。

むしろ感情に、若干の理屈がついてくるのが満足する秘訣だよ」


 プリュタニスは納得できないような顔で、酒を口につけた。


「そんなものですかね……。

あの2人なら分かってくれている……と思いますが」


 チャールズは、プリュタニスの分かり易い回答に思わず苦笑を漏らす。


「それはどこかで甘えているな。

彼らも口には出さないさ。

それを分かっている……で終わらせてはいかんな。

関係を完全に絶ちたいなら、それでも良いがな」


 プリュタニスは先ほどの会話で、自分の欠けている部分を指摘された。

 それを受け入れる、柔軟な部分も持ち合わせている。

 しばし葛藤しつつも、頭を振った。


「そんなつもりは、毛頭有りませんよ。

彼らには自分の人生を取り戻してほしいのですよ。

うーん、今日はおふたりにはやられっぱなしです……。

無駄な抵抗をしないことにします。

どうすれば良いのですか?」


 チャールズは、プリュタニスの素直な態度に、満足顔になる。


「顔を出して近況を話したり、相手のことを聞けよ。

用事がないから……と会わないのはいかんな。

用事がないと会いに行かないだろ」


 プリュタニスはバツが悪そうに、頭をかいた。


「お見通しですか……。

分かりました。

明日にでも訪ねるとします」


 チャールズはニヤリと笑って、肩をすくめた。


「悠長なことを言うな。

今から行ってこい。

どうせ明日になったら照れくさくなって、理屈をつけて先伸ばしするだろ。

そんなのが目に見えている」


「誘っていただいたのに、途中で抜けるのは……」


 遠慮がちなプリュタニスに、ベルナルドは穏やかな笑みを浮かべ、首を振った。


「プリュタニス。

気にすることはない。

年長者として存分に、お節介はできたからな」


 チャールズは悪戯っぽくウインクした。


「そんなところだ。

ここからは大人だけの貸し切り部屋だ。

さあ出て行った! 出て行った!」


 チャールズはシッシッと犬でも追い払うような手ぶりをする。

 プリュタニスは観念して苦笑する。


「わ、分かりました……。

今から行ってきます……」


                  ◆◇◆◇◆


 プリュタニスが出て行ったあと、ベルナルドは感慨深げな顔になる。


「ロッシ卿はプリュタニスのことを、気に掛けておいでですな」


「いや。

気にしていたのはご主君でしてね。

今はそこまで、手が回って無さそうですよ。

代わりにお節介をしたわけです」


「ご主君は細かいところまで気づかれますなぁ」


 チャールズは、少しあきれ顔になる。


「神経質だと思うくらい、細かいところまで気にしているのですよ。

今まではラヴェンナを中心に外を見ていましたから、まだ中の問題にも対処できたでしょう。

既に外を中心に見るようになりましたからな。

しかも時間差と情報の精度も落ちるので、考える時間が増えているでしょう。

ならば我々が、中のことを気にするべきかと思いましてね」


 ベルナルドは穏やかにほほ笑んでから、小さくうなずいた。


「シケリア王国とアラン王国ですな。

直近で動きが有るとすればシケリアでしょうが」


「卿はそこで、リカイオス卿と戦ったでしょう。

その経験から見て、シケリアが先に動くと考えたわけですな」


「ご主君にも申し上げましたがね。

個人的予想ですが……。

リカイオス卿は、シケリア王国を平和にして満足する人ではないと思いますな」


 チャールズはリカイオスのことは知らない。

 ベルナルドなら戦ったこと以外にも、接点が有るだろうと考えた。


「内乱前に顔を合わせたことは?」


「有ります。

リカイオス卿の勢力が、まだ小さく内乱が始まる前でしたがね。

とにかく精力的な人です。

潜在的に脅威になりうるものが有れば、先にそれを打倒する。

その理論で、いち早く内乱の口火を切った人です。

潜在的脅威が、国内の他貴族から……他国にすり替わるのは、当然の流れでしょう。

ドゥーカス卿がしぶといのは、そんな他国にまで戦争を仕掛ける気配を嫌った貴族たちが支援しているからですね」


「それを聞いたからこそ、ご主君は心血を注いで、内乱をコントロールしたわけです。

結果として早期に終結させたと。

こちらが内乱中であれば、リカイオス卿の自制も効かないでしょうからな。

あのコントロールは、ただただ脱帽ですよ。

我々の口癖は『ご主君だけは、敵に回したくない』でしてね。

今回は視野の広い連中の顔が青くなっていましたよ」


 ベルナルドは、同意といった表情でうなずく。

 そして思い当たる節が有るのか、苦笑を漏らす。


「ところがご主君の努力のせいで、リカイオス卿の焦燥を増したわけです。

さらに脅威である認識も増してしまいましたがね。

もしかしたら、内心恐怖すらしたかも知れません。

リカイオス卿の謀臣団は、人の心理を操作することにたけていると自慢していますが……。

彼らではご主君には勝てないでしょう。

ご主君は下層の人間の欲と恐怖まで熟知しておいでだ。

彼らはしょせん、上流階級の一部の感情しか理解していませんから」


「救いがたい話なことで……。

どっちにしても攻撃されるなら、こちらの体制を整えるのが普通ですな。

それでもちょっと、心配が有るのですよ」


 チャールズの憂鬱な顔に、ベルナルドの目が細くなる。

 自分に話すと言うことは、力になってほしいと思っているのだと認識したからだ。


「ロッシ卿のことです。

能力ではなく精神面ですかな」


「その通り。

ガリンド卿はご主君が、領民の流血を嫌悪しているのは知っているでしょう」


「慈愛の仮面として嘆く人は見てきましたが……。

本心から自分の責任と感じるお方は、初めて見ましたよ」


 チャールズは、重く息を吐き出した。

 この伊達男には似合わない重さだ。


「もし戦死者が、100を越え……1000になったとき。

大丈夫なのかと心配になるのですよ」


「確かに心配ですな。

あそこまで嫌って、心を痛める理由が分かりませんが」


 チャールズは、少し遠い目で天井を見上げる。


「以前聞きましたがね。

自分で決めた戦いで命を落とす人は、気にならない。

他人の決定で、命を落とすことが嫌いだそうです」


「騎士や兵士は、そうなることを自分で決めたのでは?」


「そこはご主君的には違うようです。

命令されて行くから、その死には命令した自分に責任が有ると」


 ベルナルドは渋面をつくって、首を振った。


「まるで理解不能ですな。

珍しく論理に整合性がないと言いますか……。

命の価値の低いこの世界で、そんな考え方では身が持たないと思いますがね。

だからこそ、あそこまで徹底的に犠牲を減らす戦いをするのでしょうな。

欠点のようでも、思わぬ長所につながるものです」


「それは否定しませんがね。

バルダッサーレさまに指揮を引き継ぐときに、私にご主君を頼むと言われたのです。

アミルカレさまにも同様に頼まれました。

なんとかんので、仲の良い兄弟ですよ。

普通なら末弟が飛び抜けて優秀なら、嫉妬なり邪険にするなりするものですがね」


 ベルナルドは、楽しそうにうなずく。

 嫉妬や足引っ張りを、散々見てきたのだ。

 あの兄弟の関係は、見ていて気持ちが良い。


「そう言う意味では、あのおふたりはただ者ではありませんな。

ご主君の態度が悪ければ違う反応だったのかも知れません」


「自慢とか相手を見下す態度をとったことは、見たことがないですよ。

始めてお会いしたときに、挑発的な態度をとったものだが……。

怒らずに根気よく、こちらを説得しようとしてきました。

あれには肩透かしを食らったものです」


 あのときに言われた言葉は、今も鮮明に覚えている。


『そんな人の気持ちが分かることが大事なのですよ』


 あれで自分に対して、1番求めている内容も理解できた。

 そのおかげではないが、異種族の新参者にたいしても、対等な立場で接することができている。

 この内乱でも、傭兵などの信望も得ている。

 そこまで予測したわけではないのだろうが……。


 そんなチャールズを、ベルナルドは珍しく悪戯っぽい顔で眺めている。


「今の関係を見ると、想像がつきませんな」


 チャールズは酒をあおってから、大袈裟に肩をすくめた。


「ま、若気の至りってやつです」


 あの当時なら……ああなるとは知っている。

 だが振り返ると、居心地の悪い感情に襲われるのであった。

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