569話 行動の調味料

 バタバタとした湯治も、じきに終わり。

 なんだかあっという間だな。

 そう思っていると、別館にオディロンが来ていると小耳に挟んだ。

 

 挨拶がてら別館に向かうことにした。

 俺の移動には、親衛隊が付き添ってくる。


 安全なんだけど……。

 だからといって彼らの立場を考えると来るなとも言えない。

 妙に張り切っているしなぁ。


 などと考えているうちに、オディロンの逗留している別館についた。

 オディロンの所在を聞くと入浴中らしい。


 風呂で世間話も良いだろう。

 たまには男と話したくなるものだ。


 浴室にはオディロン1人だけ。

 湯につかり目をつぶっていた。

 邪魔だったかな。


「アルフレードさまですかな」


 声をかける前に反応されてしまった。


「よく分かりましたね」


 オディロンは目を開けて軽く会釈してきた。


「気配で分かります。

独特の気配をお持ちですから」


 気配って……、歩き方とか息遣いかねぇ。


「なんか邪魔してしまったようですね」


「いえいえ。

過去を振り返るのは、いつでもできますから」


 振り返るだけの過去が山積みなのだろうな。

 よく見ると、体中やっぱり傷だらけだな。


「オディロン殿とは久しく会っていませんでしたからね。

挨拶しようと思いました」


「普通は逆ですな」


「社会的な立場ではそうなのですけどね。

修羅場をくぐってこられた人生の先達に、敬意を表すべきかと」


 他愛もない雑談から始まる。

 話題は教官として、色々教えてきた成果などだ。

 非常事態での心の持ち方などを教える人は、この世界にいない。

 だが避けては通れない話である。

 その経験と対処方法を、皆に伝えてほしいと思った。


 最近は教えることも減って、暇になったそうだ。

 それで教え子に、湯治を勧められたらしい。

 暇になって、過去を振り返っていたのかな。


「そんなわけで、年相応に風呂で過ぎ去りし日々を思い返していたのですよ。

不思議なことに、ラヴェンナにきて数年ですが……。

ここでの思い出が、冒険者時代のそれより多くなっていましたよ。

教えることもなくなって、年寄りらしく風呂びたりです」


「いつまでたっても教えることがなくならないのは困りものですけどね。

減ってしまうのもまた困りますか」


 オディロンは苦笑しつつ、頭を振った。


「贅沢な悩みですな。

伝わったかの真価は、人に教えることができるかで決まると思っています。

なので教え子たちに、後進への教育を任せていますよ」


「それは道理ですね」


 突然、オディロンの片目が、若干鋭くなった。

 片方は義眼だから、鋭くなりようがないが。


「ところでアルフレードさまは、なにかお悩みのようですな」


 驚いたな。

 そんなに、顔にでていたかな……。


「何故そう思われます?」


「なんとなく、とでも言いましょうか。

直感でしょうな」


 超能力的な何かではないだろう。

 1年前とは、俺の立ち振る舞いが変わったことに気がついたのかもしれない。

 俺自身は変わったと思えないが……。


「悩みと言うか、疑問とでも言うべきか……」


「もし良ければお聞かせください。

たまには人に、悩みを打ち明けて解決するのもよろしいかと。

今まで多くの人の悩みを解決したのです。

そのくらい良いでしょう」


 折角のお誘いだ。

 断るのは野暮だろう。


「今までできたことができなくなる。

そんなときは、どうしたら良いのでしょうね」


 オディロンはしばし考え込んだ。

 言葉の裏を読もうとしているのか。


「老いるとそんなことは、多々ありますな。

徐々になので、なかなか気がつきませんが……。

それだけにショックも少ないでしょう。

突然失ったときの方が、自分との折り合いをつけるのが大変です」


 片目の話かもしれないな。

 そのことをほじくり返す気にはなれない。


「まあ、そうですよね……」


「参考になるかは分かりませんが……受け入れることです。

目を背けていても、現実は変わってくれません」


 やはりだが……魔法の言葉は存在しないな。


「それしかないですよね。

周囲がそれを受け入れるかは別問題でしょうけど」


「そうですな。

アルフレードさまレベルの人になると、周囲の期待も大きいものです。

期待に及ばなかったときは、周囲は失望か……裏切られたと思う人も多いでしょう。

それを失った本人が、一番辛いとは……考えもしないものですな」


 修羅場をくぐり抜けて……生き延びたが、社会から不要物扱いされた。

 そんな人の言葉の重みは違うな。

 その経験をこそ、俺は買ったわけだが。


「全くもって反論の余地がありませんね」


「ですが、それは依存しきっていた場合です。

アルフレードさまは、皆に自立を促されていたでしょう。

もし将来的に、不安な問題があるなら、今のうちに任せられる人を育てるのが良いと思います。

それにアルフレードさまが、何もせず任せて解決すれば、誰も気がつきませんからね。

自立を促しつつも、問題が起これば、ご自身の手で解決しようと……力んでいるのではありませんかな。

それは任せるとは違った話でしょうな」


 実に痛い所を突いてくる。

 自覚はしていても、改めて言われると重さが違う。


「耳の痛い話ですが、有り難い指摘ですよ」


「何をお悩みなのかは分かりませんが、ラヴェンナを組織の力で勝つように育て上げました。

何が起こっても大丈夫ですよ。

もし個人的な関係を思い悩んでいるのであれば、これも大丈夫です。

奥方さまたちは何があっても裏切られたと思いません。

アルフレードさまは身内であっても、決して甘えないお方ですからな。

何かを失ったとしても……不可抗力だと思うでしょう」


「結果的に甘えてしまっていることなら、多々ありますよ」


 オディロンの眼差しは、孫を見る老人かのように柔らかい。

 ここに来たときに比べて、すっかり角がとれている。


「もし奥方さまたちが、不満を持つとしたらそこでしょうな。

甘えたことではありません。

甘えないことがです。

信頼しており、人格を認めておられることは感じています。

ただ、しょっちゅうでは困りますが、たまには甘えてほしい……という気持ちもあるでしょうな。

……そろそろ、内心に立ち入るのは、この位にしておきますか。

この老いぼれに詮索されては面白くないでしょうから」


「その程度で、不機嫌になっていたら身が持ちませんよ」


「それでも気分を害するのが、人としての性でありましょう。

そんな経験は、何度もしておりますからな。

ラヴェンナ卿は甘えないから、怒ることはないでしょう。

ですが試されることはお嫌いかと」


 人にものを教えるようになったからか。

 オディロンの言葉の使い方も、随分上達している。

 自分なりに、伝え方を相当勉強したのだろうな。

 そして図星なだけに否定する気は起きなかった。


「否定はしませんよ。

聞いてもらえたおかげで、かなり軽くなりました。

ところで教育も落ち着いてきたなら、オディロン殿にとってやりたいことはありますか?

新しいことに、挑戦するのも良いかと思います」


 疲れ切って、休息を求める感じには見えない。

 まだまだやれると思っているだろう。

 ただ、自分からは踏みだしにくい。

 体の不自由さが遠慮につながってしまう。


 なので功績に報いるつもりで、こちらから聞こう。


「普通は落ち着いて、引退を勧められるのですがね。

ラヴェンナに来てから、色々と欲がでてきました。

柄にもない話ですが……」


「その言葉を聞けて嬉しいですよ。

それでどんな欲ですか?」


「あのトロッコのような乗り物があるでしょう。

若い連中が、あれで競争をしているのを見て、つい羨ましく思いました。

あれなら足が不自由な、この体でも素早く移動できます。

風を切る感覚をすっかり忘れていましてね。

乗ってみたいものです」


 あ、あれか……。

 何か、名前を決めてもらおう。

 トロッコの意味が変わってしまう前に。


「分かりました。

アレンスキー殿を中心に、改良を加え続けていると思います。

助言役も兼ねて参加できるよう、取り計らいましょう。

そうすれば、自由に乗ることができますよ」


 スムーズな歩行が難しくなった人の視点で、なにかアイデアもでると思う。

 悪い話ではないだろう。


「かたじけない限りですな。

あともう一つ、よろしいでしょうかな」


「オディロン殿のラヴェンナへの貢献は、多大なものです。

決して目立ちませんが、私はそう認識していますよ。

ですので遠慮なくおっしゃってください」


「この国の内乱が終わったとは言え、世界はまだ荒れるでしょう。

そうなると戦争にでて、体の一部を失う者がでてくると思います。

そんな連中が普通に生活できるようにしてやりたいと思うのですが……。

良い案が思いつかないのですよ。

それを研究することはできないでしょうかな」


 なかなかに重たい話題だが……。

 社会から必要とされるようになって、心持ちも変わったのだろう。

 今度は自分が、なにかしてやりたいと思ったのかな。

 昔から温めてきたアイデアがある。

 そこに加わってもらおう。


「それでしたら、義手や義足などを研究するように取り計らいましょう。

元々やるつもりでした。

そこにも助言役として参加していただければと」


 オディロンは少し驚いた顔をしたが、すぐに笑いだした。


「全く感謝の言葉もありませんな。

そう仰るからには、構想がおありでしょう」


「ええ。

ホムンクルスは人体を生成します。

そうでなく一部を作って、身につけられるようにすれば良いかなと。

そんな漠然としたアイデアです。

実現できるか分かりません。

それでも研究できる人材はそろってきました。

やってみる価値は十分あると思っています。

そろそろ開始しようかと」


 オディロンの目が丸くなった。

 予想外の発想だったらしい。


「そこまでお考えでしたか。

いやはや恐れ入りますな。

途方もなく、慈悲深いお方ですなぁ」


「そんな優しい動機ではありません。

社会で活躍できていた人が、不幸な事故なりで、体の一部を失い……そのまま消えていくのは、社会にとっての損失だと思います。

それだけでなく周囲に、負の影響を及ぼすでしょう

一番簡単にそうならなくて済むのは、以前とさほど変わらず、生活ができることです。

単に損得の話ですよ。

不純な動機ですが、それで救いが得られる人がいるなら試しても良いと思います」


「それを慈悲深いと言うのですよ。

つくづくアルフレードさまは、露悪趣味がお好きなようですな」


 別に、悪く見られたいと思わない。

 よく思われたいとも思わない。

 統治上、プラスになるようには思われたいが。


「悪ぶっているわけじゃありません。

単純に本心からですよ。

それに動機が善意だと、相手を下に見て、施しを与える発想になりがちです。

そうなると、困難にぶち当たったとき、自己満足で中途半端な位置でとどまります。

施してやっているのだから、ここで止めても良いだろうとね。

相手も、哀れみの目で見られていると思えば嫌でしょう。

私の行動は利己的な計算なので、困難であっても成果がでるまでは止められません。

それに相手も楽だと思いますよ。

一種の取引なので、恩義を感じる必要もない。

これが一番良い結果を生むと思いませんか」


「やっていることは、善意と親切心に溢れているようですが……」


「善意は行動の調味料としては有効ですが……。

あくまで調味料です。

調味料まみれの料理を食わされては、たまったものではないと思いますよ。

餓死寸前ならそれも良いでしょうが。

料理ならまだマシです。

調味料だけで中身がないケースだってあり得ますからね。

それで相手に感謝しろ……とは酷でしょう。

食えないものを食わされた……と恨むのが自然でしょうね」


 オディロンはこの件での追求は諦めたようだ。

 苦笑しつつ、肩をすくめる。


「では、先ほどの研究ですが……。

料理の調味料はいかほどですかな?」


「素材の味を大事にします。

調味料はかけていませんよ」


 俺の回答に、オディロンはニヤリと笑った。


「素材が良いから、良い味に思えるわけですな。

ですが身近に接する奥方さまたちは、味の薄い料理ばかり食べているということになります。

たまには味の濃いものを、おだしになっては?」


 そっちから狙ってきたか……。

 これは、かなわないな。


「降参です。

その助言を有り難く頂くことにしますよ」

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