568話 危険なゲーム

 俺の名前はどうしようもない。

 勝手にしやがれ。

 それより情報源に、さっさと死なれても困る。

 自身の安全についての配慮はあるのだろうか。


「この状況で、私の後ろ盾を得たとして……。

ラペルトリさんの身が危険にさらされますよ。

それを承知で、ここに来ていると思います。

ですが……私の後ろ盾という手札1枚で勝負できるのですか?」


「王妃以外は、ロマン王子が王になってしまったら、アラン王国が崩壊すると思っています。

そこで私の手札にすがってくる、高貴な方々は多くいらっしゃると思います。

それで勝負するつもりです。

ラヴェンナ卿は、王位継承に介入したように見られて、不要な恨みを買いたくないとお思いでしょうが」


「そうですね。

下手な介入は、戦争を呼び込む行為ですよ。

火遊びにしては、影響が大きすぎますね。

仮に勝っても得るものは少ないでしょう。

可能な限り、反感を買うようなことをする気はありません」


「それは相手が理性的であることが、条件となりますね。

座視した結果、最悪の候補が即位すると戦争は避けられません。

他の候補者であれば、理性の立ち入る要素が大きくなります。

ロマン王子は相手が引くと……それ以上踏み込んでくる相手です。

それは他国に対しても変わりません」


 諫止する家臣はいないとなれば、まあ結果は見えているな。

 そしてロマン王子以外に、王位を継承させるつもりか。

 問題なのは、ゾエのロマン王子に対する評価が主観的であること。

 鵜呑みにして良いものだろうか。

 ロマン王子側に言い分はないのか。

 余りに分かりやすい。

 故にこの話自体が胡散臭く感じる。

 俺が難しい顔をしていると、モデストが小さくせきばらいをした。


「失礼ながら、私もロマン王子のことを調べて参りました。

あまりに評価が明確で、最初はかなり疑ってかかりましたよ。

架空の人物と思えるほどです。

ラヴェンナ卿も同じ感想をお持ちでしょう。

調べるほどに、桁外れの人物した。

噂は基本的に、尾ひれがつくものですが……。

噂のほうが控えめなお方は、初めて見ましたな」


 モデストも同じ感想を持ったのか。

 噂は噂に過ぎず、その実像はもっと危険な人物である……との結論なのだろう。


「実態はもっとひどいと?」


「ロマン王子は、王妃の計らいで、統治修行としてある町に2年ほど赴任しました。

本来は5年程度の予定だったのですがね」


「続けられなくなるほどの失態をしたと」


「とても失態とは言えませんな。

搾取とも違います。

子供の思いつきで、町が統治された結果とでも言えいましょうかね」


 本人的にはよかれと思っている訳か。

 大人の思いつきですら……良くない結果を招くことがほとんどだ。

 子供の統治とは、一体なんなのだろうか。


 最初に鳥害で小麦が荒らされているとの訴えに、スズメ退治運動を指示した。

 自ら陣頭指揮をするほど熱意はあったらしい。

 ところが徹底的な駆除の結果、バッタが大繁殖して、小麦を食い荒らされてしまった。

 被害は、近隣にまで及んだそうだ。

 その結果に、やる気を無くして以降は放置。

 側近に対策を丸投げ。

 その側近も役人にロクな指示をせず、何とかしろとだけ厳命したそうだ。


 結局、役人たちが必死に対策を考えて、なんとか被害を減少させることに成功。

 役人が結果の報告をすると、ロマン王子は自分を非難しているのか……と言って不機嫌になった。

 その役人は降格が褒美となったらしい。


 次の施策は、蝗害そっちのけで、歌の独演会。

 自分の事を、超一流の芸術家と信じて疑わない。

 そんな芸術家の歌を鑑賞できるのは、大いなる恩恵だと思ったらしい。

 一流の芸術を知ることで、自分を敬愛する民草の人生を豊かにすると言い放った。

 独演会は住民全員強制参加。

 退席できずに、その場で出産した妊婦もいたらしい。

 出産時の赤子の泣き声で、独演会が中断されたことに、ロマン王子が不機嫌になった。


 出産直前なのに、公演にくるとは何事だと。

 住民全員を強制参加させたのは取り巻きだ。

 取り巻きにすれば……参加しない人がいると、ロマン王子の不興を買う。

 独演会のあとに出産したのであれば『出席できたろう』とロマン王子が言うのは、火を見るより明らかだった。


 この結果を取り巻きは役人に責任転嫁する。

 その不始末を責められてか、役人が自死したらしい。

 それだけでは、役人たちの恨みが取り巻きに行く。

 保身を考えた取り巻きは、役人たちの恨みのはけ口を、妊婦と家族に向けさせた。

 悪知恵だけはよく働くもので、共犯になれば、自分たちへの追求はなくなるとの判断だろう。

 その家族は、迫害されたあげく精神を病んでしまったとか……。


 以降は、民の教化を諦めたらしい。

 それでも、歌の披露はしたかったようだ。

 屋敷にこもって、自作の下手な歌を、取り巻きとサクラ役の領民に披露するだけにとどまった。

 これだけは、唯一行った正しい施策だろう。


 こんな話を聞かされて湧き上がる感想は、おぞましい狂気。


 ともかく悪い話には困らない。

 良い話はゼロ。


 税収が露骨に落ち込んで、責任を追及され……精神を病む役人が多発。

 嫌な報告をすれば降格させられる。

 報告をしなければ、怠慢をとがめられて降格させられる。


 取り巻きもおべっかと讒言の才能以外はないので、ロマン王子の望む現実だけを報告し続ける。

 だが本当の現実は、ロマン王子にすれば薄情で意地悪なのだ。

 つまり悲惨な現実は、隠しきれるはずもない。


 数々の失態が、王の知るところとなり、統治修行は打ち切りとなった。

 報告を受けた王は激怒したらしい。

 廃嫡するとまで断言したのだ。


 ところが悪運強く……戻ってきた日に、第1王子の妻が懐妊したと判明。

 廃嫡はこのような吉日には不吉だとされ、処罰を免れた。


 無為に統治しても失敗などしない、裕福な町が無残に荒廃してしまった。

 ロマン王子が去るときは、住民総出で見送りを強制させられた。

 だが、姿が見えなくなると歓声があがって、祝賀祭になったらしい。


 戻ってきて、兄弟に失敗を指摘されても、まったく悪びれない。


『民はどれだけ完璧に統治しても、勝手に不満をためる。

あそこの民は、陰湿で無教養だ。

優れた統治を、つまらない嫉妬で受け入れない。

そして役人たちが無能すぎて、その尻拭いに奔走して大変だった』


 と言い放ったらしい。

 当然そんな自己弁護は通じないのだが、そうなると不機嫌になってダンマリを決め込むらしい。

 そこに、王妃が割り込んでくる。

 王妃が必死に弁護するので、追求が止まってしまう。

 王妃と明確に敵対すると不利益だからだ。

 国王は王妃をたしなめる程度ですませている。

 恐妻家なのかもしれないが……。


 ともかく、失策が多すぎて覚えきれない。


 致命的な失策を犯しても、悪運の強さで都度窮地を脱している。

 そのおかげか……自分は運命の寵児で、特別な存在だと思い込んでいるらしい。


「そこまでひどいとは、周囲は災難ですね……。

一体どんな教育をしたら、そんな人が育つのやら」


 モデストもあきれ気味にうなずいた。


「王妃というかごの中で育てられた怪物でしょうな。

ともかく、ラペルトリ嬢の言っていることは、私が裏をとりました」


 ならば疑う必要はないな。

 それにしてもだ……。


「ラペルトリさんは、命がけのゲームを始める気なのですね。

王妃の狂気じみた寵愛を受ける、狂った王子の敵になるのですから」


 ゾエは皮肉めいた笑みを浮かべる。


「私1人でしたら、ここまで危険なゲームはしません。

私には商会を守る義務があり、それが生きがいなのです。

それに一度人生を殺されて、もう一度殺されることを受け入れるほど大人しくありません。

王族からすれば、商売女の元締めなど犬か猫だと思っているでしょう。

ですが犬や猫にも、意地はあります」


 その考えは理解できる。

 個人的な恨みと義務感か。

 危ないからと……商会の人間を連れて逃げることもできない。

 もう戦うしかないと。

 その目的が、ラヴェンナにとっての流血を避けられるのであれば……協力すべきだろうな。

 

「分かりました。

では、ラペルトリさんの働きを期待するとしましょうか。

無理をするなとは言いません。

ですが、やけになってはいけませんよ」


 ゾエは小さくほほ笑んで、目を細めた。

 俺の言葉がお気に召したようだ。


「有り難うございます。

では、こちらの義務を果たしたいと思います。

なにをラヴェンナ卿にお伝えすればよろしいでしょう」


「アラン王国の現時点での権力構造と、王位継承の候補者などの情報ですね。

あとはロマン王子の身辺の情報も。

裏で支援している人がいないと、王妃1人が前のめりになっても、さして効果がないでしょう。

ちなみにユボーに助力した候補者には、平和が保てるなら……不問に処すと伝えて結構です」


「その手札を頂けたのは、大変助かります。

戻り次第情報を精査してお送りしましょう。

ラヴェンナに直接お送りすればよろしいでしょうか?」


「ウェネティアでも構いません。

そちらのほうが近いと思います」


「承知致しました。

私への指示は、ル・ヴォー商会の代理人に届けていただければと思います。

フロケ商会と相談になりますが、こちらにも代理人を常駐させます。

ご要望は代理人にお申し付けください」


 ゾエと今後の話をまとめて、モデストに次の指示を伝える。

 ランゴバルド王国内での動きを注視するためだ。

 前ばかり見て、後ろから刺されてはかなわない。

 秩序が崩壊した世界では、前後左右、上下に意識を払う必要がある。

 

                  ◆◇◆◇◆


 ゾエとモデストが退出したあと、広間に戻る。

 広間のソファーに座ると、キアラたちが寄ってきた。

 ゾエから聞いた話を、皆に伝える。

 アーデルヘイトは、心なしか嬉しそうだ。


「最初の頃に、一生懸命考えた方針を褒めてもらえて嬉しいです」


 娼婦への対応と、その後の人生についてだな。

 まだ引退する人はでてきていないが、読み書きを習っている人はそれなりにいる。

 

 ゾエが思い切った勝負にでたのは、ラヴェンナへの信用があったかららしい。

 帰り際にゾエが、なぜ俺を信じて命がけのゲームをする決断をしたのか漏らしていった。


 客をとれなくなった娼婦を、人として扱う領主はいないと。

 それが決断した1番の理由だったらしい。


 俺ではなくアーデルヘイトの案なのだが。

 しかも手厚すぎると、内心思っていた話だ。


 部下のアイデアだと答えたが、無駄金だと思ったら、決して認めないでしょう……と言われてしまった。

 良い結果を招いたのか、地獄への門を開いたのかは、現時点では分からない。


 手に入らなかったアラン王国の情報が手に入るのは、リスクに見合う賭けだと思う。

 問題は……記憶だな。


 かなりの部分を、転生前の知識に頼っている。

 何時なくなるか。


 大事な知識を、紙に記しておけば良いとも思ったが……。

 困ったことに、俺は必要にならないと思い出さない。

 本番にならないと、本気を出せないタイプなのだ。


 こんなときに、俺の性分が邪魔をする。

 思い出そうとすると、考えが散らばって……思い出すことに集中できない。


 欲を言えば、俺が問題を片付ける間は、悪霊に持ちこたえていてほしい。

 思わず失笑してしまった。

 あまりに、都合の良い望みだ。


 ふと部屋を見渡すと、ミルがロマン王子の所業を全員に説明している。

 よほど、腹に据えかねるものがあったのだろう。


 その行為も嫌悪そのものだが、自己保身のために責任転嫁をしているところが許せないらしい。

 加えて自己弁護すらできなくなるとダンマリ。

 この一連の行為をミルは嫌悪したようだ。


 とにかく嫌なのだろうな。

 普通の感性なら、そうなるか。


 カルメン以外は、ロマン王子の話を聞いて、嫌そうな顔をしている。

 1人カルメンは冷笑を浮かべている。

 嫌悪ではなく軽蔑か。

 これは、政治的立場の違いもあるのだろうか。


 そんな嫌われているロマン王子でも……打つ手がなくなると黙る程度の頭脳は持っていたらしい。

 黙るか……。

 嫌な考えが、頭をよぎった。

 俺自身が知識を失うと、俺自身の価値を失うのではと。

 それによって、ミルたちを裏切ることになるのではないか。


 ミルたちが、そう思わないことは知っている。

 俺自身の心の持ちようではあるのだが……。


 そしてそれを、口に出して確認することはない。

 否とは言えない問いをしても無意味だ。


 する側もされる側にも、何ら益がない。

 考えても仕方ないな。


 俺も、都合の悪いことは黙っている。

 この点においては、偉そうな顔でロマン王子を責める立場でもないな。

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