566話 すごい特技

 現在は情報待ちといったところ。

 そんな中、広間で皆と談笑中に、ラヴェンナからの使いがやって来た。

 俺ではなく、ミルに用事があったらしい。

 なにか話をして帰っていった。

 ミルが戻ってきたが苦笑気味だ。


「任された人は不安みたいね。

決定事項はこれで良いかと、確認の内容だったわ」


「初めてなら仕方ないでしょうね。

それと正当性に、不安があったのだと思いますよ」


「正当性? 私が正式に任命したのよ?」


 それでなにか足りないのか……といった顔をしているな。

 最初の頃のような、不安な様子はまったくない。

 自信を持ってやってくれていることの現れで、うれしさがこみ上げる。


「私の決定なら皆が納得します。

私が不在で、ミルかキアラの決定なら皆が納得します。

つまり私との関係の近さが一つの正当性になるのですよ。

それがない人だと不安になるでしょうね」


「ああ~、それもそうね……」


 これは、通らなければいけない過程にすぎない。

 やってくれたことは正解だよ。

 そんな思いで、ミルに笑いかける。


「任せたことは、良いことです。

私との関係に、根拠を求めない正当性を確立する切っ掛けですから」


 俺の表情から、意図を察してくれたのだろう。

 ミルは、うれしそうにうなずいた。


「実績を積むって話ね。

実績を積むと、その人に正当性が生まれるのよね」


「ご名答……と言いたいところですが、若干届きません。

正しくは、ミルの任命にも正当性が生まれるって話ですよ」


 いいセンいっているがな。

 でも、かなり成長したろうな。

 初歩はもう卒業している。

 ミルは、ちょっと残念そうな顔で苦笑した。


「相変わらず、政治に関しては厳しいのね」


「そのほうが楽だからです。

それにとても頑張ってくれているのです。

……あと一手足りない結果として積み上げてきた成功が崩れるのは、大きな心の傷になりますからね」


 最近、言葉がでてこないときがあるなぁ。

 思っていた以上に、転生前の記憶に依存していた部分が大きいのだろうな。

 そう思っていると、ミルはちょっと心配そうな顔になった。


「分かっているわよ。

ちょっと気になったんだけどさ。

最近、言葉に詰まることが多くなってない?」


 やっぱり気付かれるか。

 とはいえ、この話は墓までもっていくと決めているからなぁ。


「そうですね。

言葉がスムーズにでてこないんですよ。

老化現象でも始まりましたかね」


 当然、こんな言葉で納得してくれるはずもない。

 ミルはジト目で、小さく息を吐いた。


「まぁた誤魔化す……。

良いわ……整理ができたら、ちゃんと教えてよ!

約束だからね!」


 すぐバレるのも善し悪しだな。


「そうしますよ」


 なにか良い説明方法を考えないとなぁ……。


「そういえば、アルはカルメンさんの嫁ぎ先を探してほしい……って頼まれているのよね」


 わざと話題をそらしてくれるのは、俺に気を使ってくれているからだろうな。


「ええ」


 ミルはエテルニタと遊んでいるカルメンに、視線を向けた。

 外から猫じゃらしを採ってきて、それをプラプラさせている。

 元気が有り余っているエテルニタは食いつきまくっている。


「今だと痩せすぎでしょ。

もうちょっとふっくらすると、すっごい美人になるわよ。

そうしたらモテるでしょ」


 骨格は整っているので、もう少し肉付きが良ければ、ちょっとミステリアスな美女になれる。

 

「まあ、それは確かなんですけどね」


 エテルニタと遊んでいるカルメンの動きが、一瞬止まった。


「疑問なんですけどね……モテてなにか、良いことあるのですか?」


 ミルはカルメンの疑問が、まったく予想外だったのだろう。

 目を丸くして、口をOの字にあける。


「ええっ!?

普通はそう思わない」


 カルメンは平然とした顔で、エテルニタと遊び続けている。

 猫じゃらしの動きに、フェイントまでいれ始めた。


「いえ、モテても面倒くさいだけなんですよね。

言い寄ってくる人の相手をしなくちゃいけません。

無視するにしても、そんな無駄なことに労力を割きたくありません。

それにこの体型でいるほうが、何かと便利なのです」


「べ、便利って?」


「うーん、口で言っても難しいでしょうね。

キアラ、ちょっと手伝ってくれる?」


 キアラは驚いた顔をしているが、突然頼まれたことより、別のことで驚いたようだ。


「え、ええ…。

アレをやるの?」


 カルメンは猫じゃらしを、オフェリーに手渡す。


「そのほうが分かりやすいでしょ。

オフェリーさん、エテルニタをお願いします」


 オフェリーは羨ましそうに猫じゃらしを見ていたので、満面の笑みで受け取った。


「あ、はい」


 早速猫じゃらしでエテルニタと遊び始めた。

 キアラは苦笑しつつ立ちあがる。


「分かりましたわ。

お兄さまたち、準備に時間がかかりますから、ちょっとお待ちくださいね」


                  ◆◇◆◇◆


 1時間ほど経過。

 キアラが、先にやってきた。


「お待たせしましたわ。

カルメン、いいわよ」


 姿を見て一同呆然。

 俺もびっくりしたわ。

 オフェリーとうり二つ。

 カルメンは自慢気に笑う。


「どうですか?」


 声まで似せている。

 思わず、ため息が漏れた。


「す、すごいですね……。

つまり変装のために痩せていないとダメと」


「さすがですね。

自分より痩せている人にはなれません」


 ミルが感心しつつも、首をかしげた。


「魔法で変身すれば楽じゃないの?」


 確かにすごいが、手間暇考えたら、魔法が楽だな。

 カルメンは、小さく肩をすくめた。


「魔法で変身なんて使い古されすぎですよ。

変身検知や解除のアイテムなら、ゴロゴロあります。

それをくぐり抜けようと研究されて……。

それに対策を……。

結果として、今でも堂々巡りです。

上流階級のパーティーでは必須ですからね。

逆に、それをすり抜ければ、本物だ……と皆思い込みます」


 確かにそうだな。

 逆に、手間暇のかかるこのような手段は使われないと。

 個々人の適性もあるからな。

 貴族社会でも、名前だけで知らない顔も多いだろう。

 変装は有効な手段だ


「王都で活躍していただけのことはありますね。

脱帽ですよ」


 オフェリーがカルメンを凝視しているが、その視線の先は……。

 オフェリーは猫じゃらしを、その視線の先に向けた。

 エテルニタは突然動いた猫じゃらしに食いつこうとする。


「一つ気になったのですが……。

その胸は?」


 カルメンは悪戯っぽく笑いだした。


「ああ……これは偽乳です」


 そう言って、懐に手を突っ込んでブラを取り出す。

 その後に取り出したのは、擬装用の胸。

 本物と見間違うかのような出来だ。

 張り付くタイプなのか?

 その原理だけは、気になって仕方ない。


「それどうやってつけているのですか?」


「今は魔法ですね。

上流階級のパーティーでは見栄を張ってつけるご婦人が多いので、その検知はされません。すると野暮だと悪評が立ちますから。

逆に身分が高い人のお見合いでは、必須の検知ですね。

怠った結果、流血沙汰の騒動まで起こりましたから。流血の胸騒動として私の事件簿に記してあります」


 余りに生々しい理由に苦笑してしまった。

 ミルはその偽乳を見て、首をかしげた。


「ヴァーナに教えてあげたほうが良いのかしら?」


 いや、ただの偽物だから……。


「ダメでしょう。

惨めになるだけですよ」


「そ……それもそうね。

それにしてもすごいわね」


 ミルはその偽乳を手に取って眺めている。

 アーデルヘイトとクリームヒルトも触ったりして、驚きの声をあげている。

 手触りも本物と見間違う程か。

 カルメンが自慢気に、胸を張った。


「ですから、この体格が良いのです」


 ミルはあきれ顔で苦笑する。


「ラヴェンナでは要らないと思うけど……」


「今後ラヴェンナは、いろいろな意味で重要な都市になります。

この手の技術が必要な場面もでてきますよ」


 その考えは正しいだろうな。

 クリームヒルト以外には有効な手段だろう。


「そうですね。

どちらにしても、カルメンさんのことです。

自分で決めるのが良いでしょう。

私としてはカルメンさんを、無理に結婚させる気はありません。

したいと思ったら応援しますよ。

その話もした上でお預かりしていますから」


 俺の話を聞いて、カルメンは頭をかいて苦笑する。


「勧められたら……断るのも面倒だから受けますけどね」


 ミルは、目が点になっていた。

 発想が理解の外といった感じだ。


「じゃ、じゃあ……男の人から結婚を申し込まれたら?」


「面倒だから断ります」


 実に分かりやすい本音だな。

 思わず笑いだしてしまった。


「つまり、本音を言えば面倒だから、結婚などしたくないと」


「そんな感じです。

私は恋愛で……。

えっと、心が動いたことありませんから」


 ああ、飲み込んだな。

 恋愛に酔えないとでも言いたかったのだろう。

 それを口にしたら、この場の全員を敵に回しかねないからな。


「それを聞いてしまったら、私から勧めることは絶対にしませんよ。

でも、そのことを人に言いふらしもしません」


 未来を閉じる気もない。

 考えが変わることだってあり得るのだから。

 それを首尾一貫していない……と責める気もない。

 俺自身首尾一貫していないのだからな。


 一貫していたとしても、同じだが。

 本人の成長と、環境の変化があれば変わることだってあり得るだろうさ。

 他人を攻撃したくて、大義名分をハイエナのように嗅ぎ回る趣味もない。

 方針転換で迷惑を被ったなら、非難できるだろうけど。


「ありがとうございます。

アルフレードさまくらい、突飛な考えをまず認めてくれる人なら、私も楽なんですけどね」


 ミルは慌てて、席を立ち上がる。


「ちょ、ちょっと」


 カルメンはミルが驚いたことに、不思議そうな顔をした。

 すぐに納得したようにうなずくと、軽く両手を合わせた。


「あ……大丈夫です。

割って入る気なんて、毛頭ありません。

相手のことを考えるのも面倒なのに、さらに今4人もいる人との関係を考えるのは無理です。

なので絶対にありません」


 このままだと、収拾がつかなくなるな。

 話をまとめて終わらせてしまおう……。

 

「ここに来て不幸になったと思われるくらいなら、私がいろいろせっつかれても、カルメンさんにとって幸せなほうを選びますよ。

なので勧めないことは気にしないでおいてください」


 カルメンは、少し驚いた顔をした。

 そして妙に感心した顔で、キアラに向かって苦笑する。


「なるほど……これが、キアラの言っている天然ジゴロってヤツですか。

どうりでモテるはずです。

ちょっとだけキュンときました。

これ多感な人なら……ひとたまりもありませんね。

刺さる人には刺さるタイプですねぇ」


 ジゴロじゃないし。

 普通の対応だよ……。


 そのあと変装お披露目になって、ミル、アーデルヘイト、クリームヒルトへの変装を披露していた。

 すごい特技だな。

 声や仕草まで似せている。

 付き合いが浅ければ、絶対に分からないわ。

 アーデルヘイトの翼、クリームヒルトの角までちゃんと合わせてきたのは笑った。

 さすがに、翼の出し入れはできなかったが……。

 アーデルヘイトはこれ見よがしに、翼の出し入れをするから、カルメンが悔しそうにしていた

 これは……そのうち実現するような気がする。

 この手の人に、火をつけたらアカンて。


 最後のオチがダブルキアラで、俺の左右にきて腕組みをしてきた。


「お兄さまは」

「誰にも渡しません」


 こんな悪ふざけの宣言をしたときは、部屋の温度が一気に下がった気がする。

 ミルたちの目が完全にマジになっていた……。

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