565話 個性的な人
ちょっと目つきの怪しいオフェリーと、風呂に入っている。
密着具合がすごい。
片腕をがっちりホールドされている。
しかも顔が赤く、少し興奮気味のようだ……。
「禁断症状です。
たった数日で……。
アル中を甘く見ていました……」
俺は酒かドラッグかよ。
「じきに慣れますよ」
オフェリーは、がっくりうなだれた。
「これも試練なのですね……」
試練って大げさな。
実は執着するタイプなのか。
とはいえ、どうにもならないからな。
せめて一緒にいる間は好きにさせよう。
「ミルたちは1年禁欲生活でしたからね。
それでも1年分オフェリーに禁欲させないだけ、かなり配慮してくれてますよ」
「分かっています……。
とても感謝しています。
あ……。
あまりの禁断症状に忘れていました。
昨日の夜に、前教皇から手紙が届きました」
普通の近況を伝え合う手紙のやりとりはしていない。
政治的な話題のみだ。
オフェリーは叔父である前教皇を嫌ってはいないが、俺と教会の対立関係を考えて、不要なやりとりは控えているのだろう。
「なにか大事な用件ですよね」
「はい。
アラン王家の様子が不自然だと。
注意したほうが良いとのことです。
ええと……。
現在の王は高齢で退位するとか……」
教会は、俺にいい顔をしておく方針だな。
俺に貸しを作れるなら迷わないだろう。
しかも大した労力もなく、貸しにできるのだから。
その話だけなら不自然ではないと思う。
「このタイミングでですか」
「前々から考えていたようですが、ランゴバルド王国も代替わりしたからと。
今、譲位すれば即位はほぼ同時期です。
新王になったときに、ランゴバルド王国が強くなっていては、危険と判断したのでは。
そう前教皇が言っていました」
残るシケリア王国は、王位争いでなく貴族同士のトップ争いといった側面が強い。
王家は1歩引いて、中立を保っている。
元々、都市の発言が強く貴族はそこまで強くなかったはずだ。
そんな都市の取り合いが実情だな。
アラン王国とシケリア王国が接触している領土は、そこまで広くない。
比較的関係も浅い。
アラン王国としては、ランゴバルド王国を意識するだろう。
ある意味筋は通っている。
「今後の付き合いは、新王同士でといった意味でしょうかね。
代替わりの理由としては理解できますね」
「ここからです。
どうも本命は、1番人望のないロマン王子らしいのです」
ロマン王子か。
良い噂は聞かない。
確か……五男だったかな。
会ったことはないが、聞いた話では……かなりヤバイ人物らしい。
やらかした揚げ句死んだ、ラッザロ、ヴィットーレが常識人で天才に思えるレベルだったはずだ。
狂人というより、本当にヤバイとしか表現できない。
他の王族に比べて、情報量が異常なほどある。
悪い方のな。
素行が悪いのではない。
行動が常軌を逸しているので噂の種になっている。
自己愛と自己顕示欲が、異常なほど強い。
30歳を超えても、幼稚な言動は変わらない。
パーティーで貴族同士の談笑にも、強引に割り込んで、自分語りを始める。
自分の思い通りにならないと、露骨に不機嫌になる。
家臣への嫌がらせなどもしょっちゅうらしい。
つまり人望ゼロ。
外国の使節に対しても、態度は変わらない。
むしろ暴走して、延々と自分語りをして、宴をぶち壊した前歴まである。
使節を歓待する場で、他国の王の誕生日を祝う話から、強引に自分語りで割り込んで、自分の誕生日を他国でも祝ってくれ……とせがんだことが、伝説になっている。
本当かどうかは不明だがな。
事実だったら、とんでもなくヤバイ。
外国の使節を迎えるパーティーには、決して同席させてはいけないと、取り決めを食らうほどのレジェンド。
それでも勝手に参加して、場をぶち壊したこともあるらしい。
これには父である国王が激怒して、涙目で謝罪させられたとか。
そんな謝罪の内容は……謝っているようで謝っていない内容だったとか。
言われて謝罪したが、何故自分が悪いのか分からないようだったとの話だな。
特に才能があるような話を聞いたことがない。
芸術に溺れているが、センスも悪く、前衛的すぎるとの評判。
光り物が大好きな成金的センスの持ち主。
それでいて自分を、超一流の芸術家だと思っているらしい。
確か結婚は4回目だったか。
3回の離婚は、全て妻に逃げられたものらしい。
暴力を振るわれたとか、精神的な嫌がらせに耐えきれなくなったとか。
初対面でも自分語りをするが、表向き愛想は良い。
だから欺されるようだが……。
そんなヤツでも王族なので、結婚相手には事欠かないのだろう。
離婚するたびに、父である現国王に叱責される。
そのときは平身低頭で謝るが、俺は悪くない的な言い訳をして、不興を買っている。
それでも後継者候補から外されないのは、王妃の子であることの一点のみ。
王妃の家は有力貴族だが、王族には珍しい大恋愛だったらしい。
長男と五男、次女の母だったかな。
王妃にとって難産の末の出産で、それ以降子供が産めない体になったとか。
王妃は最後の子供として、ロマン王子を溺愛している。
ロマン王子は特別で、世界中の人たちから愛されている……と母親から言い聞かされて育ったって噂もあるな。
溺愛されて、ダメなやつになったのか。
ダメなやつだからこそ、溺愛されているのか。
知る気もないし、知りたくもない。
どうせ王位を継承させないのだからと、妥協の産物で後継者候補に残っていると聞いた。
後継者候補から外すと、王妃が怒り狂う。
その面倒臭さを考えると、名ばかりの王子にしておくのが、無難と国王も考えたのだろう。
王族や貴族たちも、ロマン王子を粗略に扱っていると、王妃が王太后になったときが怖い。
長男が王太子となっているからだ。
王子でなければ、誰にも相手にされない。
俺の意識から、完全に外れた存在だった。
そんな男が本命か。
王妃の意向にしても、実家はそれを推せるほどの有力貴族ではない。
5本の指には入るが、3本の指には入らない程度の家。
ただの観測気球かブラフなら分かる。
本命だとしたら、何か、カラクリがあるはずだ。
だが、現時点ではなぁ……。
「意味が分かりませんね。
誰が支持するのでしょうかね。
操り人形にしても、勝手に暴走するから、使いようがないでしょう。
王家を滅ぼしたいなら正解ですけど。
そもそも他の皇太子が納得しないでしょう。
王妃が実権を握っているならともかく……」
「前教皇も理解しかねているようです。
ただ、どちらにしても良くない兆候だと言っています」
それは同感だが……。
これだけでは、なんの役にも立たない。
もっと、情報が必要だな。
「やっぱりアラン王国へのコネがないのが痛いですね。
そのロマン王子のことも、詳しく知っておきたいですし。
今のところ伝聞だけですからね」
「私は会ったことがないですからね……。
マリーは一度会ったらしいです。
かなり嫌悪していましたね」
「珍しいですね。
内心思っても、決して口に出さないイメージがあります」
オフェリーは珍しく苦笑する。
「マリーが確か10歳の頃でしたけど……。
皆は娘のような感じで可愛がってくれていたそうです。
ただ1人だけ、ロマン王子から性的な目で見られて、とても気持ち悪かったと言っていました。
マリーが人の悪口を私に漏らしたのは、この1度きりです。」
ロリコンに自己愛か。
これ以上ない位の異常者じゃないか。
コイツに何か取りえがあるのだろうか……。
「あまりに最悪すぎて、逆に演技じゃないかと疑いたくもなります」
「確かにそうですね。
マリーにも聞いてみます」
「ええ。
お願いします。
これはこれで、悩みがつきませんね。
噂通りなら何をしてくるか、行動が読めませんから」
「個性的な人は、どこにでもいるんですね……」
個性的なのは良いけどね。
その個性が害だらけだと笑っていられない。
◆◇◆◇◆
そんなこんなで湯治を初めて、1週間ほど経過した。
のんびりできたか……といえばそうではない。
勿論、ミルたちは俺の体を気遣ってくれている。
それが、かえって気になってしまう。
うまくはいかないものだ。
気がつかないフリをするのは大変だよ。
おかげで気疲れが……。
しかもすぐにバレてしまった。
話し合った結果、お互い変に気を使わないことになった。
ミルたちも安堵の表情を浮かべていたので、かなり我慢していたようだ。
翌日あくびをかみ殺しながら、広間に行くと、キアラが俺を待っていた。
ちょっと寝不足なのは、我慢を止めた成果である。
真面目な顔をしているから、耳目から情報が入ったようだな。
「おはよう、キアラ。
なにか知らせでも届きました?」
「お兄さま、おはようございます。
シケリア王国の出先機関から情報です。
リカイオス卿が陣頭に立ったようですの。
詳しい内容は、これを見てください」
報告書を受け取る。
これは予想外だな。
「リカイオス卿は猛将のようですね。
味方の犠牲も顧みずに、強引な攻めで要塞を落としましたか」
「強引ですけど早いと思いますわ。
焦っているなら、それも納得ですけど……。
部下の将軍たちは、強引な攻めができないのでしょうか」
できないだろうな。
結果が出ても、損害や支出が多すぎれば、功績とみなされない。
「この場合、トップであるリカイオス卿だからこそできた選択ですね。
部下だった場合、勝っても損害の大きさをとがめられ、処刑されるケースもありましたからね。
とてもそんな危ない橋を渡れませんよ。
命令されていたならともかくね。
ペルサキス卿も、早さを武器とした迂回戦術で勝ち続けてきました。
犠牲をいとわない、強引な攻めはしない人です」
「要塞を1万5千で包囲して、6000の損害は……お兄さまなら考えられない結果ですわね」
6000の損害を出して、包囲を持続できた。
その統率力が危険だよ。
どんな手を使ったのやら。
「代わりに2週間で陥落させましたからね。
とんでもない速度ですよ。
普通は数ヶ月や1年以上かかりますからね」
「こんなことを繰り返していたら、兵力不足になりません?」
「存外そうでもないのです。
要塞にこもっていれば安全ではなくなりました。
報告書にも書いてありましたね。
降伏を認めず、生き残った敗残兵を死なない程度に痛めつけて解放しています。
恐怖が蔓延して、よほどの守将でないかぎり耐えきれないでしょう。
次からは降伏を認めるでしょう。
そうなれば、降伏を選ぶ率は高くなります」
「合理的とお考えですの?」
ゲームとしてなら合理的だ。
「あくまで兵士を数として計算すれば、時間と効率を考えても最適解でしょうね。
時間に余裕があれば、こんな手は使わないでしょう。
つまりよほど焦っているのか、それとも……」
「そう言う性格かもしれないと?」
さすがにキアラも分かってきたなぁ。
成長の跡が見える。
「御名答。
一度自分が戦場に出ると、損害が大きいので、謀臣を抱えて謀略で勝つようにしたのかもです」
「それにしても4割の損害は尋常ではありませんわ。
かなり弱体化するのではありません?」
話を聞くかぎり、決してリカイオスは馬鹿ではない。
減っても構わない数を減らしただけだろう。
「そこまで馬鹿ではないでしょう。
死傷したのは雑兵のみで、中級や下級の指揮官の死傷はほぼないと思います。
中級以下の指揮官は、軍の背骨ですよ。
そこさえ温存できれば、戦力の補充は比較的容易でしょう。
逆にそこの損耗が著しいと、軍隊は烏合の衆に成り下がります」
つまりは、上手な死なせ方だ。
「お兄さまを見ているせいで異常だと思ってしまいますが……。
実はそれが普通なのでしょうか」
「救いがたい話ですけどね。
栄光や名誉を求める将であれば、それが普通でしょう。
彼らから見れば、私のやり方は……手ぬるくて遅いと思っていますよ」
キアラは俺の回答が不満なのか、頰を膨らませた。
「犠牲を減らして、目的を達成しているのです。とても立派だと思いますけど」
キアラは俺のために怒ってくれている。
それは嬉しいが、この認識は変わらない。
どうしても皮肉な気分になってしまう。
「人に死ねと命令しているのです。
立派も下種も……死者の多寡も無関係です。
死んでしまった兵士や遺族にすれば、どちらも違いはありませんからね。
死んだと言う事実が残るだけです」
キアラはやっぱり不満のようで、頰を膨らませたままだ。
「全く同じとは……とても思えませんわ。
仕方のない戦死ではありませんの?
犠牲のない戦争なんてありえませんもの」
「キアラの見解は、それで良いです。
遺族や兵士たちなら、それを言う権利があります。
でも、私が言って良いセリフじゃないのですよ。
私がそうやって自己弁護した瞬間に、人を消耗品としてしか見ない将より、下劣な存在になるでしょう」
死ねと命令する以上、その現実を無視するかのように自己弁護する気になれない。
英雄には決してなれない俺の暗い性分ってやつだな。
「言いたいことは分かりますけど……。
その心がけが、かえって嫌われてしまったりと……やりきれませんわね」
「私を嫌ったり、悪く言う人たちがいても、別に良いじゃないですか。
満足していますよ。
彼らが私に、剣を向けないのですから。
統治者にとって、悪く言われるのも、義務のうちです。
皆が私を賛美したり肯定したら……とても気持ちが悪いですよ」
キアラはジト目で俺を睨みつつ、ため息を吐いた。
「ここまで自分のことで怒らないのは、感心するを通り越してあきれますわよ」
「ともかく、シケリア王国の内戦は、もうじき終わりますよ。
リカイオス卿にとって、ランゴバルド王国の内乱終結が、ここまで早いとは思ってもいなかったでしょうね。
私の方針だと、もっと時間がかかると思っていたでしょう」
キアラは素の表情に戻って、首をかしげた。
「お兄さまのことを内心侮っていたのに、予想外に早く終わって焦ったのでしょうか?」
「そうでしょうね。
でなければ、あそこまで強引な手は使わないでしょう。
最初から消耗品としか思っていなかったら、自分が出てさっさと終わらせていますよ。
そんな格好をつけていられないほど、リカイオス卿の動揺は激しかったのでしょうね」
「それなら、ペルサキス卿に任せれば良かったのではありません?」
「ペルサキス卿は野戦では無敵ですが、城攻めはそこまで得意ではないでしょう。
自分がやるより、時間がかかると考えたと思いますよ。
彼の武功が突出するのも恐れていますからね」
犠牲を無視した、強引な攻めか。
俺の最も苦手とする戦法だなぁ。
どうしたものか……。
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