564話 立派なご子息

 入浴中での孤独は、内乱の終結と共に去ってしまった。

 アーデルヘイトが、俺の入浴に張り付いている。


 湯船では翼を引っ込めていた。

 普段どうしているのかと聞くと、入浴中は引っ込めているそうだ。

 翼は洗わなくて良いかと聞いたら、水で汚れを洗い流すだけと。


 お湯だとダメらしい。

 ダメではないが寒いときは、体調を崩しやすくなるからしないと。

 人によっては、川に飛び込んで洗うのが好きな人もいる。

 冬でも平気で飛び込むらしいが……。

 心臓麻痺でポックリいかないのか。

 ともかく個人差があるようだ。


 元々、汚れをはじきやすいので水浴びだけで大丈夫とな。

 特別な脂でもついているんだろうな。

 あまりにひどい汚れは、仲間に洗ってもらうらしい。

 そのあとで他人と翼同士をこすり合わせるらしいので……脂なんだろうなぁ。


 公衆浴場に、有翼族専用の翼洗い場まであると聞いた。

 俺はいけてないから初耳だったが……。

 

 それにしても……いちいち俺の筋肉チェックをするのはどうかと思う。

 アーデルヘイトは真剣そのものだ。


「旦那さま、やっぱり筋肉量は変わっていませんね」


「運動なんてしませんからね。

頭脳労働で筋肉が付いたら、今頃、ムキムキになっているでしょうけど」


「それはそれで、私の自制心が保てないので、今のままで良いです」


 自制心ってねぇ。


「まあ……。

運動する暇もありませんしね」


「旦那さまは今のままで良いです。

筋肉は日々増えていますから」


「意味が分かりません……」


「旦那さまがいなくて寂しかったので、ありあまる欲望を……筋肉にぶつけました!

ええとですね……。

筋肉癒やし隊の大幅増員です!

なんと今や50名です! 目標100人です!」


 1年でそんなに増やしたのか?


「いや、増やさなくても……」


「そういえば、新しく来たロンデックスさんでしたっけ。

あの人もムッキムキですよね」


 確かに顔は見ているだろうが……脱いでいないぞ。


「見たのですか?」


「私のような目利きになると、服の上からでも分かります。

トウコさんのお墨付きももらっていますから。

ちなみに筋肉指数は2アル以上です。

師範のトウコさんの見立てでは2.4アルだそうです」


「その単位はなんですか……」


 アーデルヘイトはなぜか、ドヤ顔になる。


「男性の筋肉最低値が1アルです。

トウコさん監修でそう決まりました!」


 筋肉が無いのは否定しないけど、トウコめ余計なことを……。


「なんでも私を、単位にするのは止めましょう」


 アーデルヘイトはふくれっ面で、プイと横を向く。


「旦那さまがいなくて寂しかったんです!

皆だってそうですからね!

だから、そのくらい許してください」


 浮気でもない。

 もしくは公金を、個人的目的で散財したなら許せないが……。

 そうではなく、俺の名前で遊ぶ程度なら許容しても良いだろう。

 

「仕方ありませんね……。

でも、公式では認めませんからね。

あくまで私は知らないことにしますよ」


 アーデルヘイトは、笑顔になって抱きついてくる。


「ありがとうございます!」


 アーデルヘイトは俺から体を離すと、ゴシップを嗅ぎ回るシルヴァーナのような顔になった。


「話は戻りますけど、ロンデックスさんについて質問です。

あの人独身なんですよね」


 なぜ、いきなりヤンの話になる。

 ヤンはラヴェンナの発展具合を見て、目を丸くしていたな。


「ええ。

見た目通り、美形ではありませんからね。

今まで、女性から、相手にされなかったようです」


「そうですかぁ。

ここだと結構モテると思いますよ。

顔なんて二の次です。

力があって優しいのが、ここでのトレンドです」


 発展したが、辺境の価値観は健在だからな。

 強いことはステータスだな。

 だがなぁ。


「決して上品ではありませんよ。

むしろ上品が、裸足で逃げ出すタイプです」


 アーデルヘイトは教師然とした表情で、チッチッと指を振った。


「品なんて三の次です。

力があって優しければ良いのです。

それに結婚したなら、羞恥心が芽生えると思います」


 こだわるなぁ。

 本当に優しいかは謎だ。

 冷酷でないことは知っている。


「優しいかどうかは知りませんがね。

義理堅いのと、皆に好かれたがっていますね」


「なら、結構モテると思いますよ。

ここでは軽薄な人は嫌われますから。

腕っ節も強いですよね」


「そっちは確かですね。

ロッシ卿と一騎打ちをしたら、良い勝負だったそうです」


 アーデルヘイトは、目を丸くする。

 チャールズの強さは、周知の事実だ。

 力だけならもっと強い人はいる。

 技だけならもっと巧みな人はいる。


 それらが高レベルで融合している。

 冷静で的確な判断力を合わせた総合力では、他の追随を許さない。

 だから、ラヴェンナでは、かなりモテている。

 浮名を流すが、決して軽薄ではない。

 不思議なタイプではある。


「それはすごいですね。

温かく見守りましょう」


「それは構いませんがね……。

酔って上機嫌になると、裸踊りをする悪癖があるんですよね」


 さすがにアーデルヘイトも、ドン引きした顔をする。


「そ、それはすごいですね……」


 あの光景を思い出して、思わずため息が漏れる。


「テーブルに立ち上がって、私の前であのでかいのをプラプラさせられたときは……現実逃避しましたよ」


「ご子息も大きいんですか?」


 ご子息ってねぇ。

 間違ってはいないが……。


「まあ、でかかったですね」


 アーデルヘイトは妙に色っぽい吐息を漏らした。


「断言します。

モテます。

強くて、優しくて、それだけ立派なご子息を持っているのです。

ラヴェンナの愛と筋肉の女神である私が保証します!」


 愛と筋肉と言いだすとどうしても……。

 んーと、超兄貴だ。

 アレを思い出す。


「多分ですけど、ロンデックス殿は、過去の経験から女性不信かもしれません。

女性と親しくなるのは……大変だと思いますよ」


「そのときは、私が手を貸します!」


「なんで、アーデルヘイトは、そこまで入れ込むのですか?」


「そんな人の子供なら、当然筋肉ムキムキじゃないですか!

約束された肉楽園への布石です」


 さいでっか……。

 力説しすぎてのぼせたアーデルヘイトに、服を着せてから抱きかかえ浴場をでた。

 アーデルヘイトに限らず、有翼族は全員軽い。

 非力な俺でも、簡単にお姫様だっこで運べる。


 風呂上がりのカルメンとクリームヒルトが、広場で談笑していた。

 この取り合わせは珍しいな。


 カルメンはどこにいっても白衣。

 キアラによると、白衣だけで20着くらい用意しているらしい。


 俺がアーデルヘイトを抱きかかえているのを見て、クリームヒルトが驚いて駆け寄ってくる。


「アーデルヘイトはどうしたのですか!」


「のぼせただけです。

入浴中に筋肉アレの話題で、1人で盛り上がって……」


 クリームヒルトはあきれ顔で、頭を振った。


「ああ……。

筋肉アレがからむと、アーデルヘイトは、見境無いですからね……」


「部屋に連れてって落ち着かせようと思います。

大丈夫ですので、2人はそのままで」


 使用人もついてきているので、水を持ってきてもらって落ち着くまで見ていることにした。

 久しぶりに俺と一緒になれたのだ。

 つい……はしゃいでしまったのもあるだろう。

 手を握ってほしいとせがまれたので、手を握っていたら、そのまま寝てしまった。

 なぜか、がっしり握られていて動けん……。


                 ◆◇◆◇◆


 ここにきて、毎日風呂に入ってるが、まあ……湯治だしね。

 俺の隣いるクリームヒルトは、難しい顔。


「クリームヒルト、どうしましたか」


「仕事の話をしないと思ったのですが……。

話す内容が無いことに気がついたのです」


「別にしても良いでしょう。

内政は全て、皆に任せて問題ないと思っています。

私があれこれ気悩んで、口出しをする必要は無いから大丈夫ですよ」


 クリームヒルトは嘆き顔で、天を仰いだ。


「アルフレードさまのせいで、私も仕事人間になってしまいましたよ」


 俺のせいだけじゃないぞ……。


「前は族長でしたからね。

個人的な趣味をもつ暇など無いでしょう。

今は余裕もでてきていますよね。

これから趣味を探しても良いと思いますよ」


「そうですね……。

いろいろやってみて、趣味を探そうと思います」


「ラヴェンナにもいろいろ、娯楽も増えてきましたからね。

なにか見つかるかもしれないですよ」


「はい。

それと仕事の話になってしまいますけど……」


「折角2人きりなんです。

話したいことを話してください」


「じゃ、じゃあ……。

アルフレードさまは、内乱でかなり活躍されましたよね。

よそから留学の要望が、結構きたんですよ。

アルフレードさまが戻ってからの裁可待ちにしていましたけど……。

どうしましょうか。

特殊だから、受けいれて教えるのもどうかなぁと」


 俺への裁可の話なら、気にする話題か。

 その程度なら、別に構わないだろう。

 やっぱりかなり、気を使われているなぁ。


「そのあたりは、陛下の公認です。

大丈夫ですよ。

ですけど……留学するからには、ラヴェンナの法に従ってもらいます。

相応の配慮はしますが、特別扱いはしません。

代わりに安全を保証しましょう。

それを飲み下せるなら良いと思います。

ちょうど学校も増やすつもりだったでしょう」


「はい。

学校で教えることが増えだしたので、段階を分けようかと思っていました」


 基礎学問を教える課程、専門技術を教える課程に、学校を分ける感じだな。

 最初は組織が小さかったから分けずにいた。

 今は違うからな。


「良いですよ。

相談にはいつでも乗りますから、まずは、自分たちで考えてみてください」


「ありがとうございます。

やっぱりアルフレードさまと話すときは、仕事の話だとスムーズですね。

趣味ですかぁ……」


 クリームヒルトは真剣に悩み始める。

 趣味は悩むものじゃあないだろうに。

 切っ掛けだけは提案してみるか。


「キアラをまねて、本でも書きますか。

学校組織をつくりあげる苦労、族長だったときの苦労とかですね」


「苦労話ですか?」


「年をとったら、自分の生涯を振り返って、回想録もありでしょうけどね。

それともう一つ」


 クリームヒルトは、少しスネた表情になる。


「またもったいぶりますね……」


 癖であって、もったいぶっているわけじゃないのだが。


「魔族が孤立気味なのは、実態を知らないからという部分もあります。

無知は嫌悪や敵視の母体ですからね」


「知ってもらうことによって、そうはならなくなると?」


「全てがそうではありませんけどね。

基本的に知れば知るほど嫌われる種族、民族はいないでしょう。

クリームヒルトの一族は、ラヴェンナで、仲良くやれていますよね」


 宗教的嫌悪や民族のプライドによっては、状況が異なるが……。

 幸いこの世界では、ややこやしいものは少ないだろう。

 エルフとダークエルフの不仲は、なんか伝統のレベルになってるから無理だろうが。


「確かにそうですね。

知らない人の悪口を吹き込まれたら、第一印象が、ちょっと悪くなりますね。

そのあとで、別の人に違う悪口を吹き込まれたら、つい信じてしまうかも知れません。

仮にそれが、噓でも、なんとなく悪い印象は変わらないでしょう」


「やってみて、途中で投げ出しても構いませんよ。

趣味ですからね。

それこそ個人の感性です。

まず動いてみれば、なにか見えてきますよ。

座ったままでは、なにも分かりません」


 クリームヒルトは妙に感心した顔で聞き入っている。

 そして意味ありげな表情で笑いだした。


「ありがとうございます。

やってみます。

やっぱり凄腕のカウンセラーは健在でしたね」


「当たり前の話をしただけですよ……」

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