15章 熱狂に突き動かされる野心

562話 使っても、使わなくても

 ようやく、ラヴェンナに到着した。

 なんと言うか、大勢で出迎えなくてもなぁ。

 俺の、渋い表情を見て、キアラが笑いだす。


「お兄さまのお帰りは1年ぶりです。

お姉さまたちは待ちきれないと思いますわよ」


 カルメンは港を見て、目を丸くしている。


「アルフレードさまって人気があるんですね」


 人気? 玩具の間違いだろう。

 俺は苦笑しつつ、肩をすくめることで返事とした。


 下船すると、ミルたちが俺を待っている。

 1年ぶりか。

 ちょっと気恥ずかしいが、ミルに笑いかける。


「ミル、ただいま」


 ミルは満面の笑みで、俺に抱きついてきた。

 抱きつく力が強い……。


「お帰り、アル。

元気そうで良かったわ」


 そのあと20秒ほどホールドされていたが、ミルは不承不承といった感じで俺から離れる。

 そのあとは挨拶ラッシュ。


 皆が元気そうで良かったよ。

 ああ、筋肉たちも増えていたよ。

 忘れることにしたけど。


 待っている馬車に乗り込もうとすると、ミルはオフェリーとなにか話しこんでいる。

 カルメンの紹介は、屋敷に着いてからで良いだろう。


 預かっていることは、既に伝えているから、受け入れ準備はできているはずだ。


 馬車には俺とミル、アーデルヘイト、クリームヒルトの4人。

 なんか話すべきなのだろうが、なにを話したものか。

 そう考えていると、隣に座っているミルが、俺の手を握ってきた。


「アル、オフェリーに聞いたけど、体調を崩したんでしょ」


 話していたのはそれか。


「ええ。

ちょっとですよ」


 何故か女性3人がうなずきあう。

 アーデルヘイトが力一杯、身を乗り出してくる。


「旦那さま、無理はいけません。

少し休養したほうが良いです」


「いや、大丈夫ですよ」


 アーデルヘイトがビシっと、俺に指を突きつける。


「ダメです。

大臣命令です! 温泉街で1カ月ほど休養しましょう!」


 それってマズいのではないか?

 俺が激務だと知られていれば良いが、軽く遊びにいっていると思われてはなぁ。


「戻ってきて、いきなり休養ってのもどうかと……」


 クリームヒルトは、渋い顔で首を振った。


「そう言って、突然、体調を崩して亡くなった人もいます。

お願いですから休養してください」


 そう言われては、元も子もない。


「仕方ありません。

そうさせてもらいますか」


 ミルは笑いながら、小さく舌を出した。


「それがなくてもアルが戻ってきたら、温泉でちょっとゆっくりしようって……皆と話していたのよ。

アルが大変な苦労をしていると周知しているから、誰も怠けてると思わないわ。

その期間を延ばすだけよ」


「それは良いですが、皆が不在の間の政務は、どうするのですか?」


 ミルは悪戯っぽくウインクする。

 どうやら仕込みは済んでいるようだ。


「ちゃんと代理が遂行できるようにしてあるわ。

私たちも王都を訪問することがあるでしょ。

だから前もって準備しておいたのよ」


 その運用のテストも兼ねてか。

 そこまで考えているなら、反対はすまい。

 たまにはのんびりするのも良いだろう。


「そこまで準備できているなら構いませんよ」


「あとね……アルが戻ってきたことを、皆に知らせたいからね。

特別に硬貨を発行するわ。

アル帰還記念硬貨ね」


 おい。


「いや、そんなの布告だけで良いでしょうに……」


「戻ってきたことを布告しただけだと、気にしない人も多いわよ。

それと療養が終わったらお祭りをするからね。

それにあわせての特別通貨よ。

文句ないわよね」


 既に手配済み。

 確認と言う名の通達。


「分かりました。

それより疲れているのは私だけじゃありません。

キアラたちも連れて行くべきでしょう」


「勿論よ。

新しく来た人たちの受け入れが済んだら、皆で温泉旅行ね」


 3人の様子を見ると、俺は本当に休養できるのだろうか。

 そこはかとない疑問がある。


 飢えた獣の気配がするのは、気のせいだろうか。

 とはいえ、1年ぶりの再会だからな。

 できる限り、ミルたちの希望には応えてあげたい。

 十分すぎるほど、留守居役をこなしてくれたのだから。

 亭主元気で留守が良い、といったタイプじゃないからな。


 屋敷に着いてから、カルメンの紹介を済ませる。

 女性陣に、子猫のエテルニタは大人気だった。


 ヤンたちはロベルトに紹介して、以降の対応は委ねることになった。

 これも事前に連絡してあるので、セレモニー的な顔合わせだ。


 ラヴェンナの現状を知りたかったが、今話すと仕事を始める……と言われてしまった。

 その日は、ミルの部屋で寝ることになったが、早く寝ろと言われる始末。

 俺を、抱き枕にする程度で我慢したらしい。

 かなり我慢している気がするが……。


 寝ながら、めっちゃため息をつかれているし。

 早めに皆を安心させないとダメか。

 

                 ◆◇◆◇◆


 眠りに落ちたはずだが、目の前に見慣れた景色が広がっている。

 つまりお呼ばれか。


 夢の中の広場には、女神であるラヴェンナがソファに寝そべっている。

 会うたびに、女神としての品格が落ちている気がするのは気のせいか。

 そのうちコタツで溶けてる状態になるかもしれない。

 いや、人をダメにする椅子に座ってでてきそうだ。


「パパ、お帰り。

なんか失礼なことを考えているのは分かるけど、スルーしてあげる」


 他には誰もいないようだ。

 それより……スルーしてねえだろ。わざわざ言うな。


「ただいま。

夢にでてきたのは、なにか伝えたいことがあるのか?」


 俺がソファに腰かけると、ラヴェンナは体を起こした。


「ちょっとね。

神の領域にいると、目に見えないものが見えるわ。

魂や魔力の流れをね。

パパ、この前体調を崩さなかった?

まだちょっと魔力が乱れているわよ」


「よく分かったな」


「乱れた跡が見えるからね。

パパは悪霊につり上げられて、この世界に生まれたでしょ?

その悪霊の力が、かなり弱まっているわ。

それで、兄界とのつながりが薄れ始めているの。

パパには悪霊経由で、兄界の力が流れているからね。

その力が弱まったせいで、魔力のバランスが崩れているみたい。

そこに緊張感が緩んだことが、引き金になった感じかなぁ」


 俺には、どうしようもない話だが……。

 分かるなら聞いておくか。

 事前に準備しておく必要があるからだ。


「このままいくと、近いうちに死ぬってことかな?」


 ラヴェンナは慌てて、首を振った。


「安心して。

自然にバランスは戻るわ。

死なないけど、ママたちがひやひやする程度だから。

これからも、そんなことは起こると思うわ。

悪霊が消滅するまではね。

使徒の力を使っていないからだけどね。

使っていたら、違う症状になっていたわ。

ただ一つ……」


「なんだ?」


「転生前の記憶は、だんだん薄くなっていくわ。

それだけは覚悟しておいて」


 その程度か。

 多いに助けられているが、1番肝心な時期をしのげた確信がある。

 皆も成長しているし大丈夫さ。


 メッキが剥がれても叩かれるのは、俺だけで済む。


「元々ズルをしているようなものだからな。

なくなっても支障はないさ」


 ラヴェンナはあきれ顔で、頭を振った。


「相変わらず自分のことには無頓着なのね。

普通は嫌がるとか残念がるものだと思うけど。

パパらしいけどね。

あと……力を乱用している使徒のことを一応教えておくわ。

体調不良にはならないけど、無気力感に襲われているはずよ」


 使う使わないで差があるのか。


「その違いは?」


「兄界の力を使うと、精神が高揚して……一種のハイテンション状態になるの。

本人は気がつかないけどね。

そして魂が、それに慣れてしまうの

だから、ますます使いたくなる。

一種の中毒みたいな感じね。

それが弱まると、活動的な分類の……やる気や性欲なんかが衰えるわね。

残念なことに、影響を受けている嫁たちも同じになるから、トラブルにはならないわ。

使徒よりは症状は軽微だけどね」


 思わず吹き出してしまった。

 そら大変だな。


「俺は使っていないから、それは無関係だな。

使えば精神に。

使わなければ肉体に影響するのか」


 ラヴェンナは苦笑気味にうなずいた。


「使っていなくても漏れているからね。

漏れていても、兄界の力は大きいから無視できないの。

体のほうが、二つの世界の魔力が流れる形に順応するの。

記憶が戻るパターンだと、高熱にうなされるのもその影響ね。

力を使うと、体そのものが兄界の力を使うものに変容するわ。

だからバランスは崩れないのよ」


 すごく抽象的な話だが……。

 使わないと、混在すると。

 使うと、元々兄界の力に染まった体になるのだろうな。 

 当然、魂もそうなるから、悪霊の食事になるわけだ。


「なんとなくだが言いたいことは分かった。

今後も悪霊の力は、弱くなり続ける感じかな」


「そんな感じね。

ちなみに悪霊の力の源は……今ごっちゃになっているわ。

勿論、一番の栄養補強は使徒の魂だけどね。

通常の願いも力の源になるのよ。

一つの教え……つまり、使徒への信仰で力を集めていたのに、それがバラバラの願いになって襲ってくるからね。

使徒への信仰に特化して、効率よく力を得ていたの。

逆にそれ以外は毒になるみたいね。

人で言えば、アレルギー体質なのに、雑多な食事を出されて……強制的に食べさせられているって感じよ。

普通の神だと、そこまで効率よく力を得られない代わりに、取捨選択ができるのだけどね~」


 俺の知識を持っているからな。

 アレルギーなんて単語もでてくるわけだ。

 それもいずれは忘れるわけか。


「そいつは……ざまあ見ろといったところだ。

その他になにかあるか?」


「世界を隔てていた壁が、ほとんど消えかかっているわね。

違う世界との接触は、今日明日じゃないけど……。

必ず起こると思って」


「いつかは来ると思ってるから、問題ないさ。

他は?」


 ラヴェンナはあごに指をあてて、ちょっと考えるポーズをした。

 そして憂鬱な表情になって、ため息を吐いた。


「えーっとね。

パパがいないときに、ママが寂しくて1人で泣いてたときがあるからね。

ちゃんとフォローしてあげてよ」


 俺は、思わず天を仰ぐ。


「マジか……。

知らぬは亭主ばかりだな。

有り難う。

埋め合わせじゃないけど、できるだけ一緒にいるようにする」


 仕方ないとはいえ……泣かせてしまうのは、とても忸怩たる思いがある。

 ラヴェンナは妙に偉そうな態度でうなずく。


「そうして頂戴。

ママが泣くと、私にガンガン響いてくるから大変なのよ」


 この意味深な表情。


「つまりなにか、埋め合わせをしろと?」


 ラヴェンナは小遣いをせびる子供のような顔をする。


「そうねぇ。

像でも増やしてよ。パァーと景気よく」


「タケノコのように像を、ポコポコ増やしてたまるか。

それこそ御利益がなくなるぞ。

待てよ……。

ラヴェンナを象徴にした神殿でもつくるか」


 神殿と銘打つと、教会との関係がこじれるからな。

 集会所や競技場のようなものにすれば良いか。

 なにか皆が集まれるようなものだな。


 ラヴェンナはグッと、親指を立てる。


「よく分からないけど……ナイスアイデアよ!」


 突っ込まないからな。

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