559話 親切の定義と性分
アラン王国へのコネ作りは、すぐにはできない。
ラヴェンナに戻ってからで良いだろう。
戴冠式を終えたので、本家に寄って、ウェネティア経由で、ラヴェンナに戻ろう。
モローの妻子は、ウェネティアに留め置く。
さすがに、ラヴェンナに連れて行っては、モローがそうそう会えなくなる。
無駄に敵意を煽る必要はないからだ。
ヤンはラヴェンナについてくることになり、部下300人ほどが同行する。
ラヴェンナに行かずに、一時金をもらって傭兵稼業を続けるつもりなのが、100人程。
残る部下たちのことをヤンに相談されたので、雇い先を斡旋した。
ニコデモ陛下直属の扱いなので、そう悪い待遇ではないだろう。
傭兵ではあるが、特殊部隊のような感じだ。
チャールズはバルダッサーレ兄さんとの指揮権の引き継ぎをしなくてはいけないので、俺たちより遅れての帰還になる。
今後の予定を、全員に説明し終えたが……強烈な視線を感じる。
キアラとオフェリーだ。
キアラはジト目。
「お兄さま。
昨日の式典は大変でしたわよ。
シャロン卿とお兄さまが、仲良く話し込んでいるから、私とオフェリーに人が殺到しましたもの。
結婚の申し込みとか勘弁してほしいですわ」
オフェリーもキアラを真似してジト目になっている。
「こっちは側室を増やす予定はないのかとか……行儀見習いで、子女を預かってほしいとか大変でした。
お陰ですごく疲れました……」
2人は大変だったろう。
だが俺は王宮政治への仕込みをする必要があったのだ。
「まあまあ。
2人のお陰で、私のやりたいこともできましたから。
感謝していますよ」
プリュタニスがあきれ顔で肩をすくめた。
「ラヴェンナにいるときも、人に囲まれるのが苦手そうでしたね。
それでも強引に、前に引っ張り出されますけど。
ところで、わざと聞き耳を立てさせたのはなぜですか?」
「簡単ですよ。
面と向かって言われるより、自分で聞き耳を立てたほうが信用するじゃないですか。
正確には信じたがるですが」
「なるほど、人の悪さは健在ですね」
大きなお世話だよ。
「ともかくです。
キアラ、枢機卿随行員の動きはつかめましたか?」
キアラが話をそらすな……と言いたげに頰を膨らませたが、カルメンから書類を受け取る。
「ランゴバルド出身の随行員が、数名いましたわ。
それ以外の随行員の動きはありません。
随行員は、貴族たちの家宰に接触していました。
あとは家臣たちの家族を訪問するなど、少し怪しい感じがしますわ」
「人質に取れることを匂わせるなどありそうですね。
まだ初期段階でしょう。
最初は贈り物攻めにして油断させて、あとでといった流れかも知れません」
相手の趣味趣向まで知っていることを匂わせるなど、よくある手だ。
カルメンは俺の推測に、妙に感心した顔でうなずく。
「アルフレードさまは、裏から脅す手口に詳しいですね。
説明の手間が省けます。
たまに話すことが無くなりますけど」
「誰でも思いつきますよ。
勿論……貴族階級なら警戒もしますけどね。
そんな脅迫などは頻繁ですから。
家宰やその家族あたりでは、警戒も薄れるでしょう。
即位式独特の浮ついた空気に便乗すれば、成功率も高いと思います」
「お祭りであれば、警戒心は薄れますね。
犯罪でも1番逃げ切りやすいのは、お祭りのときですから」
「多分仕込み始めたと言ったところでしょう。
しばらくは泳がせるしか無さそうです。
これはできるだけ急いで、屋敷を作って、諜報拠点にしないといけませんね」
簡単に、屋敷なんてできないからなぁ。
仕方がないな。
おっと、ここを離れる前にやっておくことがあった。
オフェリーはエテルニタを抱きかかえて、ニヤニヤ笑っている。
「猫ってどうして、こんなに可愛いのでしょう……」
「オフェリー、一つお願いしたいことがあります」
突然、俺から話しかけられて、オフェリーはビクっと背筋を伸ばす。
「は、はい!」
俺は、簡単な頼み事を説明する。
全員が首をかしげていたが、プリュタニスはすぐ俺の意図に気がついたらしい。
ニヤリと笑った。
チャールズと行動を共にする機会も増えて、笑いが似てきた。
勿論、チャールズほど渋みや深みはないが。
「やっぱり、人が悪いですね」
「大きなお世話です」
自分を善人だなんて思っていないよ。
◆◇◆◇◆
新王都名は、ノヴァス・ジュリア・コンコルディアであると即位と同時に発表された。
元の地名に、ノヴァスを加えただけ。
陛下から新王都名の案を聞かれたときに、元の地名に新しいという意味の『ノヴァス』でもつければ良いのではと、やる気のない返事をしたら、そのまま採用されてしまった。
誰からも、文句が出ない名前が採用理由らしい。
馬鹿らしいことに、名前だけでかなりモメていたようだ。
貴族たちは少しでも、陛下に気に入られようと必死だったらしい。
もう一つの宿題であるアリーナの件は、父であるパリス卿に伝えてある。
パリス卿は何度も俺にお礼を言っていたが、正式に結婚するまでは、俺の肩の荷が下りるわけではない。
2人の相性が悪くなければ良いが。
そのあたりはママンがうまいこと、取り持ってくれるだろう。
バルダッサーレ兄さんは指揮権を引き継ぐのに、こちらに向かっていると聞いた。
今後の人脈作りも兼ねて、アリーナもついてくるらしい。
元夫がいるところなので残そうとしたが、アリーナの強い希望で、同伴となったらしい。
不安もあるだろう。
なにせバルダッサーレ兄さんも、貴族の令嬢たちから狙われているからな。
アリーナもそうだが……パリス家からすれば破格とも言える縁組み。
逃したくはないだろう。
俺としても、人格と力量は信頼できる。
本家に嫁いでも、うまくやっていけるだろう。
むしろ本家は、経済的観念が若干弱い。
弱いと言うか……手堅すぎる。
時代が変わったので、それでは取り残されてしまう。
そこで経済の発展に、力を注いでくれれば有り難い。
本家を切り離しての経済圏の構築は、念頭にないからだ。
勿論、役人たちはその概念を理解している。
意思決定をする一族の中に、それを理解している人がいることが大事。
別に親切心で、アリーナの結婚を認めているわけではない。
家のために役立つなら、個人の幸福も満たされてしかるべきだと思う。
アリーナは便利なNPCではないのだから。
もし能力がないなら、結婚に反対したろう。
なのでパリス卿の感謝は、俺にとっては落ち着かないものだった。
その心情をベッドの上で吐露したら、オフェリーに笑われてしまったが。
俺にとっての親切は、条件をつけないものだと思っている。
条件をつけての厚遇は、取引のようなものだ。
そのあたりが、俺自身の人格が壊れている自覚を持つ要因でもあるのだが。
その理屈では親切な人は存在しなくなると言われては、返す言葉がない。
分かってはいるが、これは性分なのでどうしようもない。
他人に押しつける気はないが、自分がそう言われると落ち着かない。
これで誰かに迷惑を掛けてないし別に良いだろう。
だからと公言してしまえば迷惑になってしまう。
つまりは口には出せない。
内心どう思っても良いだろう。
ともかく……挨拶も済ませたし、ここでやるべきことは全て済ませた。
内乱自体は、驚く程早期に終結した。
それでもミルたちが心配だな。
できるだけ急いで戻りたいが……せかした揚げ句、かえって遅くなるとまた問題だ。
余裕を見た日程で進む。
なぜかと言えば……。
到着が遅れると、ミルたちに心配させてしまうからだ。
もし遅れたらどうなるか……と、キアラとオフェリーに聞いたら、2人とも外を向きやがった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます