558話 義務と趣味
グスターヴォが帰ったあとの部屋に、微妙な空気が流れる。
入っていないと確信しているが、カルメンを呼んで毒の検査をしてもらう。
カルメンは金喰いを受け取ったが、何故か退出しない。
気になることがあるようだ。
カルメンは軽くせきばらいする。
「ヴィスコンティ枢機卿はどうでした?」
先入観まみれの俺よりは、白紙で見たプリュタニスが適任かな。
「プリュタニスの見解はどうですか?」
プリュタニスは、話をふられて、ちょっと驚いたようだ。
すぐに、真顔に戻る。
「そうですね。
決まった筋書きの中では優秀だと思いますよ。
予想外の行動が入ると、ガタガタになりますね。
きっと今頃、後悔していると思いますよ。
どう考えても、何をしにきたのか分からない行動でしたからね」
プリュタニスが、そう言い終えたときは、苦笑になっていた。
苦笑しているのは、あの賢者を思い出しているのだろう。
自己評価と現実がマッチしない人間は、自己の想定外に弱い。
自分を守るために、自分以外の責にする。
現実を非難しても、自分の力量があがるわけではないのだがね。
そこで自力が露呈するわけだ。
「同感ですね。
おそらく明日には謝ってきますよ。
来る前に飲んだ酒のせいにでもするでしょう。
酒に人格があったら、過去にどれだけの冤罪で処刑されていたのやら」
カルメンは自分の髪をいじりながら、首をかしげている。
キアラに手入れしてもらうようになって、サラサラヘアになっている。
「主犯ではないようですね。
その人も、長くないかも知れません」
もしかして先生毒殺の話を、まだ追っかけているのか。
下手人だけでは、探偵なら解決ではない。
主犯まで突き止めて、ようやく事件が終わると。
そんなところかな。
「私が彼を使ったなら消すタイミングを考えるでしょうね」
「そもそも使わないのですね」
よく分かっていらっしゃる。
最後に始末する手間まで考えるとねぇ。
違う手段を模索するよ。
「そんなところですよ。
無駄な労力が増えるだけですからね」
「他に気になる点はありますか?
アルフレードさまの視点でお願いします」
リクエストを受けたが、思わず頭をかいてしまう。
気乗りしないのだよなぁ。
「私は先入観が入りまくっています。
役には立たないと思いますよ」
カルメンは、小さく首をふる。
「私が知る限り、証人として、世界一信用に値します。
見栄がない証人は貴重です。
子供も見たままを話してくれるのですけどね。
大人で見たまま、感じたままを話してくれるのは……アルフレードさまくらいです」
お世辞ではないようだ。
馬鹿にしているわけでもない。
そこまで言われては、断るわけにはいかないな。
俺の受けた感想は一つだ。
「醜悪な人でしたね。
その一言に尽きます」
「どんな人が醜悪だと思います?」
「普通は人を攻撃するときは、反撃を覚悟するでしょう。
そうでなくて一方的に、攻撃をする。
それでいて周囲の称賛を欲しがる。
都合が悪ければ隠れる。
そんな人は醜悪そのものです。
野盗や盗賊より、下種な存在ですね」
泥棒のほうが高潔だ、とすら思っている。
カルメンは俺の感想に、声を立てずに笑う。
それなりにお気に召していただけたようだ。
「世界主義そのものがそんな集団なのでしょうね。
外面を隠すなら、もっと尊敬されるような人を選ぶでしょう。
調査の取っ掛かりが見えてきました。
ありがとうございます」
「助かりますが、ぐれぐれも無理をしないように。
私はシャロン卿から、カルメンさんを預かっているのですから」
個人であれば強制はできない。
預かっているので、多少の強制は可能になるだろう。
「勿論です。
キアラを困らせたくはないですしね。
エテルニタも心配です。
ですけど浸食してきているのが好機ですよ。
無理をしない形で、調査を進めます」
餅屋は餅屋。
調査のプロなら任せておこう。
◆◇◆◇◆
戴冠式の日になった。
グスターヴォは俺を待っていて、先日の非礼を平身低頭で謝罪してきた。
言い訳は酒で、笑いを堪えるのが大変だった。
ネチネチいびる趣味はないので、謝罪を受け入れて会場に向かう。
会場では席次問題が俺を待っている。
誰の席はここ……と決められていないのだ。
揉めるなら決めろと言いたいが、決めない慣習になっている。
下手に決めて恨まれては困るそうだ。
席順は出席者同士の話し合いで決まる。
なので席を決めるだけでも、1時間は余裕でかかる。
そんな争いの元となる席は3種類に分類されている。
本家、分家、その他の格式順で王座に近くなる。
分類内部でも、勢力や功績などで変動する。
これの予想だけでも賭けが出来ると、俺は不謹慎なことを考える。
当然、パパンは先頭。
俺は分家なので、中間集団でのトップになる。
まだ正式に決定していないので、本家の列に並ぶことはない。
気の毒なのは、分家の当主たちと、本家でも末席の連中。
俺の姿を見て、自分の席はここで良いのかと悩み始める始末だ。
説明して納得した顔をしたが、居心地が悪そうだ。
気持ちはよく分かる。
でも、現時点ではここが適正なのだ。
戴冠式には、俺とキアラ、オフェリーが出席することになる。
あれだけ掃除しても、会場には5000人以上いる。
戴冠式は、中央に殿下。
左右に参列者たちが分かれる形。
戴冠式での出席者の行動は限られる。
するのは拍手と唱和くらいだ。
あくびをかみ殺しながら、式典を眺めている。
戴冠はパパンが、ニコデモ陛下に授ける形となった。
パパンは辞退したようだが、スカラ家の貢献が巨大すぎて断れなかったらしい。
王冠を授けられた陛下が立ち上がると、定番の拍手がわきあがる。
『ニコデモ陛下万歳!』
一応唱和する。
口パクでも良いが、そんなことで足を引っ張られてはたまらない。
突然、ニコデモ陛下が片手をあげる。
静かになったところで、鷹揚にうなずく。
「予から、最初に伝えるべき儀がある。
この内乱終結に、大いなる尽力をしたラヴェンナ卿アルフレード。
卿を本家より独立したラヴェンナ家として認めることを宣言する」
こんなところで言わなくても……。
やるかもとは思っていたが。
役人に促されて、殿下の前に進み出てひざまずく。
この空気落ち着かねぇ。
俺は、黙って陛下の言葉を待つ。
「ラヴェンナ卿。
面をあげよ」
「ははっ」
「我が友にして、師たるラヴェンナ卿よ。
卿をここに、初代ラヴェンナ卿と任じる。
特殊な政体であることは承知しているが、それも卿の功績により、公に認めることとする。
皆の者、異存はないな」
後ろは見てないが、一斉に頭を下げたようだ。
陛下は満足げにうなずく。
「よろしい。
ではラヴェンナ卿の、今後の尽力に期待しよう」
俺は、丁寧に一礼。
演技のようなものだ。
「微力ながら、力を尽くす所存にございます」
ラヴェンナとして得たい成果は、これで得られた。
おおむね満足と言ったところ。
俺の名声が思った以上に高まってしまった以外は。
◆◇◆◇◆
そのあとに、当然の祝賀会が待っている。
キアラとオフェリーは、周囲から引っ張りだこ。
俺はと言うと……。
貴族よけに、モデストとつるんでいる。
モデストは苦笑しきりだ。
「このような式典で、私に声をかけてくださるのは、ラヴェンナ卿ただ1人ですよ」
「それはそうでしょうね。
普通の人たちは、シャロン卿と話す人物を警戒されますから」
「それを承知で、私にお声がけを?」
「人払いに最適ですから」
モデストは、小さく肩をふるわせた。
よほど面白かったらしい。
「なるほど。
確かに、私めがラヴェンナ卿と談笑しているから、誰も寄ってきませんな。
出席者の皆さま方も、気が気でないでしょう」
周囲からかなりの視線を感じる。
まさに気が気でないとはこのことだ。
「代わりにキアラとオフェリーが、応対役になっていますけどね」
人に囲まれているキアラとオフェリーはキリキリ舞いしている。
「あとでお2人に、こってり絞られそうですな。
それより……。
ラヴェンナ卿はどちらかと言えば、パーティーの端っこで人を観察するのがお好きそうですな」
「否定は難しいですね。
シャロン卿もそうではありませんか?」
「左様ですな。
ところでモローめが、ラヴェンナ卿に非礼な振る舞いをしたと伺いましたが」
この話は、キアラ→カルメン→モデストのラインで伝わったのか。
まあ、事実ではある。
「非礼と言えば非礼ですね。
どうでも良いことですが」
「ラヴェンナ卿には申し訳なく思っております。
言い聞かせておきましょう」
推挙した手前、無関係とはいかないからな
「シャロン卿が謝罪される話ではありません。
咎めなくても良いですよ」
モデストは苦笑しつつ、肩をすくめる。
やっぱり、この御仁は結構マトモだよな。
「私の人物鑑定はまだまだですな。
未熟さを痛感しておりますよ。
今後もラヴェンナ卿に、非礼を働かないとも限りません」
「能力的にはこれ以上ない適任でしょうね。
問題ありませんよ。
警察大臣は私ばかりに対抗するとは思えませんから」
モデストは意外そうに、目を細める。
「ほう。
他に政敵がいるのでしょうか?
成り上がり者への嫉妬心からでしょうかな」
「宰相と相性が悪いようです。
戯れるなら、遠くの私より、近くの宰相です」
モデストは、少し探るような目で、俺を見ている。
自分すら知り得ない情報を、何故知っているか。
そんなところだろう。
「なるほど。
疑問なのですが、何故それがお分かりになるのですか?
初耳ですが」
「逆に聞きますが……。
あの2人、うまくやっていけそうですか?」
「そう言われると、水と油です。
それだけで暗闘などするものでしょうかね」
あのモローの性格から導き出した結論だけどね。
「宰相は、清廉なタイプではありません。
ワキが甘いと言っても良いでしょう。
警察大臣にすれば、幾らでも弱みを握れると思うものです。
そして宰相にしても、治安を維持すれば良いのに、自分の身辺に首を突っ込む警察大臣を、どう思いますか?」
モデストは、性格から答えを導き出したことに気がついたようだ。
納得したように苦笑する。
「それは馬が合いませんな。
なかなかに面白い考察です」
「それと陰謀を察知しようとする場合、下を探る前に、最高権力者と周囲をまず洗います。
陰謀を防ぐとは、指示した者の身辺も探られることに他なりません」
独裁者が秘密警察に調査を命じると、独裁者の身辺から徹底的に洗われる。
そう言うことだ。
「まず身辺から奇麗にするのは、道理にかなっておりますな。
それでもあえて黙殺して、友好な関係を保つのが良いと思いますよ」
「それは諜報を、義務として行った場合ですね。
警察大臣にとって諜報は趣味なのです。
生きがいと言ってもよろしいでしょう。
彼はその趣味を抑えることはできません。
とことんまでやるでしょうね。
そうなると、宰相の立場では無視できないでしょう」
義務と趣味では、熱量が違うのだ。
義務では保身も考える。
では、趣味ならどうか。
本人の資質次第だが、とことんやるだろう。
趣味で貴族の尻拭いをしているモデストに、この動機は納得できたようだ。
「趣味であるが故に、際限がないわけですな。
確かに衝突必至ですなぁ」
この会話は小声だ。
だが俺とモデストの会話を、必死に盗み聞きしようと頑張る連中の多いこと多いこと。
なので漏れることを承知で、こんな話をしたわけだ。
当然、噂として広がる。
宮廷内が、それを知らずに翻弄されてはかなわないからな。
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