556話 超一流の二流人間

 教会からの使者が到着したようだ。

 そのことに、さして注意を払っていなかった。


 ところがだ。

 キアラが血相を変えて、俺の部屋に駆け込んできた。

 ノックもせずに入ってくるなど初めてだ。


「キアラ、なにか大事な話がありそうですね」


「はい。

即位祝賀に訪れた使者です。

新任の枢機卿です。

グスターヴォ司祭が枢機卿になって、使節としてやって来ました!」


 オフェリーにしても、最新の教会事情を知る由もない。

 オフェリーが1番驚いた顔をしている。


「キアラさま。

枢機卿の人数は決まっています。

誰の後任になったのですか?」


「まだ分かりませんわ。

そして白昼堂々、警察大臣モローの執務室を訪問しましたの」


 キアラとオフェリーは、かなり動揺している。

 俺自身は、驚くより理由を考えてしまった。


 だが、すぐにそれを放棄する。

 考えられるだけの情報がそろっていないからだ。


「確かランゴバルド王国に仕えるときに仲介したのが、グスターヴォ司祭……いえ、枢機卿でしたね。

その縁で訪ねるのは、自然なことでしょう」


 戴冠式の祝賀使者。

 そうなれば、身の安全は、完璧に保証されなければいけない。

 それを知っての訪問か。

 ダメだな、ついつい考えてしまう。


 しかし……オフェリーの動揺が、予想外に大きい。

 何度も、頭を振っている。

 やがて、大きく肩を落とした。


「教会のことを、アルさまにお伝えできるのが、私の存在意義だったのですが……。

こんな動きも分からないなんて、全然ダメです」


「元教会の人間ですよ。

今はラヴェンナのオフェリーです。

マリー=アンジュ嬢からしか現在の話は聞けませんからね。

最新の情報を、即座に知ることは不可能ですよ。

それが存在意義などではありません。

できたことの一つに過ぎませんからね。

気に病むことはありません」


 キアラも、優しくオフェリーの肩をたたく。


「お兄さまの仰る通りです。

過去の知識は、頼りにしていますわ。

あとはコネを利用しての情報を得られるのはオフェリーだけです」


 これは、あとで元気づけるのが大変そうだ。


「オフェリーには気にしないでほしいです。

不可能なことを、気に病むのは好ましくありませんからね。

落ち込んだままだと、私が悲しくなってしまいます」


 オフェリーは、大きく息を吐いて、顔を上げた。

 どうやら持ち直したらしい。


「アルさま、キアラさま。

ありがとうございます。

確かに不可能でしたね……。

悔やまずに、前を向くことにします」


「そうしてください。

一体誰が、どんな意図で……この人選にしたのか。

考えたいところですが、今は考えても、仕方ありません。

あとでモローに聞いてみますか」


 キアラはいぶかしげな顔になる。


「あのモローが、素直に答えるでしょうか」


「どうでしょうね。

ただ妻子は、ウェネティアにいます。

滅多なことはできないでしょう。

ただの過去の知り合いで訪ねた……そんな可能性もありますからね」


 キアラは俺を、白い目で見ている。


「ご自身で信じてないことを言われても困りますわ」


「でも、否定はしきれないでしょう」


「それはそうですけど……」


「つまり考えても仕方ないのです。

まずは情報を集めましょうか」


「分かりましたわ。

この件について、調べを進めますわ」


 言うが早いかキアラは、部屋を出て行った。


 探偵のようなことをしていたカルメンには、意外と上流社会にコネがある。

 結構、恩を売っていたらしい。

 2人の相乗効果で、耳目の情報収集力が、格段に上がっている。

 探偵は小回りがきくが、金と時間を使う地道な調査には、限界がある。

 そこを公的機関である耳目が補える。


 2人の仲が、とても良いのもポイントだろう。

 率直な意見のやりとりをしている。

 たまに、本気で言い合うこともあるが、すぐ仲直りをしていた。

 なにか俺とカルメンの意見が食い違うと、カルメンの味方をするくらいだ。


 そのときは、妙に嬉しかった覚えがある。

 友人を得て自立し始めたのだな……と感慨深いものがあった。

 

 ともかく任せよう。

 失敗しても、俺がフォローすれば良い。


 この件は待ちだな。

 ここに来て、何かを仕込むわけでもないと思うが。


                  ◆◇◆◇◆


 グスターヴォ枢機卿は精力的に、要人との面会を繰り返している。

 この動き自体は、普通の使者の動きだ。


 枢機卿だけでなく随行員の動きにも、注意が必要だ。

 その点は、キアラも十分心得ているだろう。

 そんな状況下、ジャン=ポールが、俺に面会を求めてきた。


 別室で俺とキアラ、オフェリーが、ジャン=ポールと面会する。

 ジャン=ポールは眉一つ動かさない。

 世間話などする男ではない。

 さっさと、本題に入ろう。


「モロー殿、私に伝えたいことは?」


 ジャン=ポールは恭しく一礼する。


「世界主義から、接触があったらお伝えする件です」


 その言葉に感情がこもっていない。

 だが、どこか楽しむような感じがする。

 ジャン=ポールの人格に対してある確信が芽生えつつあった。


「では……グスターヴォ枢機卿から、何かありましたか?」


「いえ。

挨拶と旧知の仲である私に、なにか頼むことがあるかもしれないと。

あとは知己への面会手配です」


「他にはなかったのですか」


「はい。

何もないからと……お伝えしない場合、無用の疑惑を招きましょう。

伝言だけでは、なにか隠していると思われる恐れがあります」


 いわゆる当てつけか。

 なかなか良い根性をしている。


 そして確信した。

 コイツは決して媚びない。

 だが、他人を従える気もないだろう。

 攻撃がコイツの基本にある。


 自分がトップには、決して立たない。

 その気になれば、世界主義のトップにも立てるだけの力があると見ている。


 つまり、超一流の二流人間。

 絶対に、トップを目指さない。


 トップになると組織内での立ち回りは、攻撃より守りが多くなる。

 

 この無表情さの裏に、かすかに感じるのは楽しんでいるような雰囲気。

 もし、俺が憤慨でもすれば、ジャン=ポールが喜ぶのだろうが。

 そんなものに付き合う気はない。

 俺はサービス精神が旺盛じゃあない。


「それは結構です。

ところで、枢機卿の随行員の動きは把握していますか?」


 ジャン=ポールはかすかに鼻白んだようだ。

 わずかに眉をひそめる。


「なぜそのように思われるので?」


 モローの組織作りは、見事の一言。

 あっという間に、理にかなった組織を作っている。

 天才と呼ばれたのも本当らしい。


 秘密警察として推挙されたが、俺の助言もあって、殿下はジャン=ポールを警察大臣に任命していた。

 表の職業になれば、ジャン=ポールの力は大きくそがれる。

 そして表の組織を隠れ蓑に、裏の組織も作っていることも把握している。

 警察長官が、私的に探偵組織をもつようなものだ。


 モロー機関とでも呼ぶべき組織。

 それを、表の警察組織と同時に、十全に動かしている。

 この陰気な男は、能力的に巨人であることが確信できた。


 こんな巨人たちが、この固定された世界に埋もれているのかもしれない。

 楽しくなると同時に、今後も簡単にはいかないのだろうなとも思う。


 チート能力があれば、才能の巨人など虫けらにもならない。

 チートする側は楽しいだろうが、楽しいのは本人だけだろうよ。


 創作物なら飽きてしまえば、やめてオシマイ。

 人生だとしたら、その先の飽きと……どう戦うのだろうか。


「モロー殿は見事な手腕で、短期間で完璧な組織を作っています。

随行員の動きすら把握できない組織を、作りはしないでしょう」


 ジャン=ポールの表情は変わらない。

 だが警戒したような気配を感じる。


「高く評価していただけて光栄です。

今のところは、物見遊山といったところです。

不審な接触に関しては、こちらで把握しておりません」


「では、そのまま監視を続けてください」


「御意にございます。

実は、一つだけラヴェンナ卿にお願いしたい儀がございます」


 ジャン=ポールの表情が、ドッキリを仕掛けて楽しむような顔になる。


 ドッキリか。

 気持ちは分かるが、共感はもてない。

 子供の頃は、一緒になって笑っていたがな。

 老けてくると、どうにも共感できなくなった。


「何でしょうか?」


「枢機卿は、多くの要人と面会されています。

今後の友好関係を保つには欠かせませんから。

その中で、ラヴェンナ卿にお会いしなければ、その意義も薄れてしまいます」


 ジャン=ポールは、ニヤニヤ笑いを浮かべた。

 相当に楽しんでいるな。


「枢機卿が、私に面会を求めていると」


「左様です。

お会いになりますか?」


 キアラとオフェリーは、ハッと息をのんだ。

 それをジャン=ポールは、勝ち誇ったような表情で眺める。


「分かりました。

会いましょう」


 俺の即答に、ジャン=ポールは鼻白んだようだ。

 答えの決まっている話で、俺を迷わせたいのだろうがな。

 ジャン=ポールを喜ばせる義理はない。

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