555話 お前に言われんでも分かっとる!

 残党の掃討のため、アミルカレ兄さんは戴冠式に出席しない。

 俺がラヴェンナに戻る時期が近いので、プリュタニスが新王都に戻ってきた。


 俺の部屋にやってきたプリュタニスは、微妙な表情。

 オフェリーには外してもらっている。

 もし叱責する形になったら、他人の目がある状態では、良い結果を生まない。


 見せしめで良い結果を生むことはない。

 恐怖で周囲を統治したいなら、それもありだが……。

 それは、本人の過ちを正すという目的にはそぐわない。

 される側が、これは見せしめだと思えば、不幸な事故程度に考えてしまう。

 常に見せしめばかりしないだろうからな。


 自分の地位に酔っていれば、偉さを楽しむように、見せしめを連発するが……。

 それは余りに程度が低くて、話にならない。

 説教をすることは、人によっては快感らしいからな。

 

 仮に成功しても、それは本人の資質に帰される話。

 叱責する側の失態をされる側がフォローした……というだけの話だ。


 それで味を占めても待っているのは失敗だが。

 

 本人を辱めて、周囲に恐怖を与える。

 やっている側からすれば、効果的に思えるのが実にタチが悪い。

 過ちが余りに大きい場合は、そうせざる得ない場合もあるがな。


 基本的に、俺が部下を叱責するときは、2人きりで行うようにしている。


「プリュタニス、久しぶりですね。

兄上から、かなり活躍したと聞きましたよ」


 プリュタニスは微妙な表情のままだ。

 俺しかいないのは叱責フラグだと思っているのだろう。

 するかは、プリュタニス次第だ。


「ええ、おかげさまで……」


「ところで、何か私に訴え出たい話はありますか?」


 ここで、どう考えているかが分かる。

 プリュタニスは力なく、首を振った。


「いえ、ありません」


 自分で、うまくいかなかった部分を自覚しているようだ。

 ならば叱責は無用だろう。


「戴冠式が終わったら、ラヴェンナに戻ります。

疲れを癒やしておいてください。

話はそんなところですね」


「アルフレードさまは、私に知って欲しいことがあるのではありませんか?」


 俺は笑って、手を振る。


「自分の行為でまずいと思った部分は、当然あるでしょう。

それを意識しているようなので、ことさら私が言う必要はありませんよ。

もし、全く問題ないと思っていたら指摘しましたけどね」


「ですが……ある部分は問題なくても、ある部分に問題がある場合は、どうするのですか?」


 だから、何か言いたいことがないか聞いたのだ。

 まだ自分の中で、問題を整理している最中かもしれないが。

 少なくとも他罰主義に陥っていなければ問題ない。


「その場合は、まず私に何か言ってくるでしょう。

それがないということは、既に自省して思うところがあるのでしょう。

迷ったことなどがあれば、相談に乗りますけどね。

自省した成果は、次の行動で分かると思っています」


 次に同じような失態を起こすなら、話は変わってくる。

 今の段階で、どうこう言うのは早すぎるだろう。


「では、叱責をされないのですか?」


 覚悟してきて、何もないから拍子抜けしたのか。


「されたいのですか?」


 プリュタニスは大慌てで、首を振った。


「とんでもない!

アルフレードさまの叱責は理詰めなんですよ。

反論しても惨めになるだけです……」


「なら必要ないですね。

もし振り返りたいなら、相談に乗りますけど」


「一つだけ聞かせてください。

我々の功績をどう見ておられるのですか?」


 そこは知りたいと思うか。

 別に隠す必要もない。


「内乱を終結させられた功績として第一です。

その前提があるからこそ、ロンデックス殿の働きが生きたのです」


 プリュタニスは安心したように、胸をなで下ろした。


「その認識で安心しました。

ですが、ロンデックスは納得したのでしょうか?

アルフレードさまは二枚舌を使わないと思いますし」


 思ったよりこじれたのか。

 お互いヒートアップすれば仕方ないだろうな。


「納得しましたよ。

彼が求めているのは、自分を見下さず、しっかり功績を認めてくれること。

それだけですから」


 プリュタニスは、少し驚いたようだ。

 渋い表情になる。


「私は別に見下した記憶はないのですけどね……。

そう映ったのですか」


 そこは考えすぎだろう。

 ヤンと話したのがプリュタニスだけなら、話は別だが。

 そうではない。


「誰の態度から、そう思ったのかは不明です。

いろいろ考えてみれば良いと思いますよ」


 プリュタニスは、大きく息を吐いて、頭をかいた。


「そうですね。

いろいろ考えてみます。

理屈で解決しない人間関係は、とても大変ですね。


これは今回痛感しました。

今まで軽視してきましたが、大事な才能なのだと」


 転生したぶん、長い人生経験などもあるからな。

 そして貴種に生まれているメリットも大きい。


「生まれの問題もありますからね。

私の身分では高圧的にならないだけで、相手は謙虚だと勝手に思ってくれますから。

私をなぞっても、役には立ちません。

自分で経験を積んで考えるべきですね」


「私はアルフレードさまに叱責されるとばかり思っていましたけど……」


 俺そんなに叱責したことはないと思うが……。

 怒りたがっているわけでもないし。

 失敗した……と自分で思っているから、神経過敏になっているのか。


「叱責したほうが、過ちを改善できるなら、そうします。

しても無駄か有害ならその必要はありません。

自分で思うところがあるなら、さらに追い打ちを掛けても、何の意味もないでしょう。

それにプリュタニスは、言ってほしいタイプでもありませんからね」


 自分で痛感していることを、あえて言っても……。


 お前に言われんでも分かっとる!


 となるのがオチだ。

 言わないと分からないタイプには言うけどな。

 言っても駄目なタイプには言う気もないが。


「いろいろなご配慮に感謝します。

アルフレードさまならもっとうまくやれたのでしょうけど……。

自分の未熟さを痛感しています」


「理屈として正しいから、それが通るわけではないのが、人の社会ですからね。

経験を積まないと、正しい対処はできませんよ

私はその場にいないから、冷静に判断しているだけです。

その場にいたら怒っていたと思いますよ」


                  ◆◇◆◇◆


 そのあとは、平穏に日々がすぎていく。

 戴冠式はあと2日後だ。


 その日の夕食の出席者は、俺、キアラ、オフェリー、カルメン、プリュタニス。

 話題は自然と内乱の話になる。

 プリュタニスは内乱の話では、思うところがあり、苦笑しきりだ。


「アルフレードさまが、いろいろと環境を整えてくださったおかげで、敵より味方の人間関係に悩みましたよ」


「それは仕方ないでしょうね。

そればっかりはどうにもなりません」


 キアラはプリュタニスの悩みが面白かったのか、小さく笑いだす。


「あら、御免なさい。

でも贅沢な悩みだと思いますわ」


 プリュタニスはキアラの指摘に、肩をすくめる。


「そうですね。

ユボー側はバラバラでしたね。

我々と戦う前に、なんとか団結を維持することに必死のようでした。

それを考えたら、はるかに幸運ですよ」


 キアラは、あきれ顔で首を振った。


「考えてみれば、よくそんな状況で、王になれると思いましたわね」


 冷静に考えればそうだろうな。


「内乱は一種の祭りのようなものですから。

熱狂が全てを支配するでしょう。

誰かが踊り始めれば、周りも我を忘れて踊りだすものですから。

熱狂して踊り続けているウチは良いのですけどね。

それが疲れ始めて冷静になると、舞踏会は、終わりに近づきます。

誰かが止めろと言ってくれないか、と思いつつね。

踊りを止めると、破滅が待っていると知りつつね」


「全員が踊ったわけではないですよね。

踊らなかった人は、どんな気持ちで見ていたのでしょうか?」


「何時参加しようかと思った人もいれば、ただ見ている人もいるでしょうね。

巻き込まれないように逃げた人もいます。

踊ることが危険だと思った人はわずかでしょうね」


 踊る阿呆に見る阿呆。

 同じ阿呆なら踊らにゃ損々。


 阿波踊りならそれで良いがな。

 内乱という踊りは、そうもいかない。

 祭りも内乱も熱狂と言う点では変わらない。

 冷静になるのは野暮ってものだ。


 カルメンは内乱を、踊りに例えたのが面白かったらしい。

 肩をふるわせて笑っている。


「踊りも冷静に考えたら、なぜこんなことをしていると思いますね。

式典もそんな感じかも知れません。

そう言えば教会から、祝賀の使者が来るんでしたっけ」


「ええ。

大量の金鉱石を持ってですね。

枢機卿の誰かのようです。

まあ、誰が来るかは知りませんが」


 オフェリーは卓上の食事を狙うエテルニタと格闘していた。

 教会の話になって、難しい顔になる。


「前教皇のおじさまではないのでしょうね。

確か枢機卿が来るって話ですものね」


「そうですね。

今後の話を、何か優位に運びたいなら、前教皇を使節に派遣してきたでしょうが」


 シケリア王国は、内乱中で使節の派遣はできない。

 アラン王国の使節も来るらしいが、教会もまだ独立した存在だからな。

 あとは冒険者ギルドのマスターなども来たか。

 コネができるかもしれないが、多くは期待しないほうが良いな。

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