554話 一難去ってまた一難

 アミルカレ兄さんはユボーの追討のため、新王都にはいない。

 戴冠式は来週だが、アミルカレ兄さんは出席できないだろうな。

 そう思っていると、急報がもたらされた。


 ゲリラ活動の任務を終えたヤンが、敗走中のユボーを待ち構えて討ち取ったとのこと。

 それ自体は、めでたいことなのだが、別種の問題が持ち上がった。


 ヤンは鼻高々なのだが、アミルカレ兄さんの率いている軍に、不満が出ている。

 1番の功績を持っていかれた、と感じたらしい。


 それは、無理からぬことなのだが……。

 無邪気と言うか、本能的に動くヤンが自慢しまくりなのだ。

 つまり、火に油を注いでいる。

 

 そんな自慢にプリュタニスが、かなりご立腹らしい。

 最近、短気になっているようだな。

 今度、話を聞いてみよう。

 短気で自滅させるのは惜しい。


 アミルカレ兄さんは、プリュタニスが熱くなっているから、かえって冷静になっている。

 そこは救いだな。

 兄さんからの書状を、最後まで読んで冷静なことは理解できた。


『お前ら2人、もげて……飛び散れ!!』


 別な意味で冷静でないかもしれないが。

 バルダッサーレ兄さんの話が、もう伝わったらしい。

 ドッキリができなくて、ちょっと残念。


 しかし一難去ってまた一難。


 俺が、両者を調停しなくてはいけない。

 ヤンは俺の指示を受けているからな。

 知らぬ存ぜぬなどできない。


 ユボーを討ち取るな……といった類いの、馬鹿な指示もだしていない。

 だが、前面に出て戦ったアミルカレ兄さんたちとしては、それで納得できる話ではないだろう。

 ヤンはあくまで、サポートとの認識。

 討ち取ったのは良いが、それを自分1人の功績のように考えるのは違うだろうと。


 ヤンにすれば、敵中深くでのゲリラ活動。

 危険度が違う。

 自慢したくもなるのだろう。


 恐らく両者の心境は、こんな感じなのだろうな。

 こんなときは、お互いがお互いを、悪く想像してヒートアップしていくものだ。

 ヤンが先に帰還するので、まずヤンの話を聞くか。


                 ◆◇◆◇◆


 ヤンは帰投するなり、エミールを伴って、俺の部屋に駆け込んできた。

 顔は真っ赤で、憤懣遣る方ないといった感じ。

 非礼をとがめようとしたエミールの努力は無駄である。


「ラヴェンナさま、聞いてくれよぉぉぉ」


 俺の返事も待たず怒濤の愚痴が押し寄せてきた。

 

 ユボーの逃走経路は、ヤンが直感でアタリをつけたらしい。

 見事に的中して討ち取ったのは良いが、独断専行をとがめられたと。

 危険を冒したゲリラ活動で、ユボー陣営を大いに弱体化させたのに、この仕打ちはないだろう。

 そんな感じだ。

 ヤンは愚痴を放出して、少し落ち着いたのか肩で息をしている。


「ロンデックス殿の働きは、非常に大きいと思っています」


 ヤンは我が意を得たりと言ったように、自分の膝をバシっとたたく。


「だろ! だろ!」


「ユボー殿を討ち取った功績は、ロンデックス殿が第一でしょう」


「だろ! だろ! さすがラヴェンナさまだ!」


「一つ聞かせてください。

ユボーを討ち取る際に、ロンデックス殿の力のみでなし得ましたか」


 ヤンは唐突に、真顔になる。

 少しバツが悪そうに、顔を外に向けた。


「い、いや……。

アミルカレさまが良い感じに追い込んでくれたから、狙いやすかった。

俺っち1人でやったとは言わないさ」


 ヤンの声が、徐々にしぼんでいった。

 聞き取りにくくなるほど、限界までしぼんでから、ヤンが身を乗り出してくる。


「でもよぉ。

俺たちが、危険な任務を引き受けたことを……分かってくれてないんだよ!」


「そこは分かっていると思いますよ。

分かっていないなら私が代弁しましょう。

ところで……戦争全体で考えると、ロンデックス殿が功績1番だと思いますか?」


 ヤンは、渋い顔で手を振った。


「そこまで自惚れちゃいないさ」


「では、状況の打開に大きく貢献して、ユボーを討ち取る功績については一番でしょう。

その認識で問題ありませんか?」


 ヤンは神妙な顔になって、力強くうなずいた。


「そうだな。

それなら文句は言わねぇよ。

それよりよぉ、あいつら俺たちを傭兵だと思って見下している気がするんだよ。

そこが気にくわねぇ。

皆、ラヴェンナさまのようなら、良かったのによぉ。

見下さずに、ちゃんと相手をして評価してくれている。

傭兵にすれば、とっても嬉しいんだぜ」


 感情の行き違いから、思い込みに走ったか。


「兄上にも話を聞きますが、きっと偏見はないと思いますよ。

ただ、ユボーを討ち取れると思っていたら、ロンデックス殿が討ち取って悔しかったのだと思います。

そんなときには、つい刺々しい態度を取るでしょう」


 ヤンは半信半疑といった顔。


「うーん。

そんなもんかねぇ」


「ロンデックス殿たちは、普段から見下されていた経験がありますよね。

それを思い起こしてしまったのではありませんか?

露骨に見下す言葉はなくて、態度からそう思ったのでは?」


 俺の指摘に、ヤンが視線をそらす。


「そ、それは、そうかもしれねぇなぁ……」


 別に、ヤンをやり込めるつもりはない。

 少し冷静になってもらう必要があるからだ。

 ヒートアップしていては、まとまるものもまとまらない。


「あとは私に任せてください。

ロンデックス殿の働きには、しっかり報います」


 ヤンはバツが悪そうに、頭をかいた。


「ラヴェンナさまがそう言うなら任せるよ。

悪いようにはしないだろうし」


 ここで話を終えては、ヤンたちの疑心を招く。

 口だけで、結局は兄さんの味方をするのではないかと。

 そうでないことを示すには、しっかり評価していることを伝える必要がある。


「ところで、ロンデックス殿への褒美についてです。

補給も望めない。

精神的に厳しい敵地での活動は、さぞ過酷だったでしょう。

ユボーを討ち取ったことより、その活動を一番評価しています」


 ヤンは満面の笑みを浮かべて、頭をかいた。


「お、分かってくれるかい。

そいつは嬉しいねぇ」


「そこで何が報いるのに十分かと考えました。

今のロンデックス領主は、取りつぶすほどの失策はありません。

ですが、ロンデックス殿は元領民を気に掛けているのでしょう。

そこでロンデックス領に隣接する土地が、今直轄地になっています。

そこの領主なんてどうでしょう。

立場はロンデックス家の上位になります」


 ある程度の小貴族を、傘下に収める立場。

 そこそこの地位の貴族にすると言うことだ。


 エミールの目が丸くなった。


「隣ってロンデックス領の倍ほど広さのある土地ですよね。

それは破格としか……」


 もし、それを受けたときの自分の苦労を思ったのだろう。

 エミールの顔が、絶望に染まっていく。


「どうでしょう。

それなら何かあれば口出しする権利はあります。

元領民への義理も立つと思いますよ」


 こちらから、誰か派遣して自立できるまでフォローしても良い。

 ところが、ヤンは浮かない顔。

 足りないということはないはずだが。


「あ、ありがてえけど……。

そこまで大きな領主になると、貴族さまたちのパーティーとかに、顔をださないといけなくなるのか?」


 貴族同士の付き合いはあるからな。

 ロンデックス家程度の格式なら出席しなくてもなんとかなる。

 その上になると、パーティーの頻度が増すのは知っているのだろう。


「立場上そうなりますね」


 ヤンは突然、首を強く振った。


「そ、それは勘弁。

ラヴェンナさまが俺っちのことを考えてくれたのは、とってもありがてえ。

だけど、ああいったお行儀の良いパーティーは嫌いなんだよ……」


 見るからに苦手だろうな。

 

「ですが、ロンデックス殿の功績を考えると、当然の報酬かと思いますが」


「顔ださなくて良いなら、なんとかなるけどさぁ」


 エミールが慌ててヤンの頭を下げさせる。


「ラヴェンナ卿、申し訳ありません。

ヤンはこういったヤツでして……」


 エミールは言い訳のように、過去の事件を説明し始めた。

 小さい頃にそんなパーティーに出たことがあるらしく、周囲の笑いものになったことが、トラウマになっているようだ。

 大貴族相手なら、そんな無謀なことはしないが、ヤンの家は小貴族。

 余興の道化扱いでもされたのだろうな。

 同情するが、その話を掘り返す気などない。


「そうですねぇ。

褒美はもらう側が喜ぶものでないと、意味がありませんからね。

では、何が希望でしょうか?」


「戦争が少なくなっていくなら、どうやって食べていくかを悩んでいます。

ラヴェンナ卿との契約は、内戦終了までとはなっていませんが……。

何時くらいまで雇っていただけるのでしょうか」


 契約期間と今後の準備を考えているのだろう。

 本来なら、傭兵を正式雇用することはしないのだが……。


「ただの傭兵でしたら、あと1年程度でしょうね。

ですが、ロンデックス殿の働きは大きい。

特例として、インフラ構築のような別の仕事を覚える気があるなら、正式にラヴェンナ所属の軍人として雇いましょう。

つまり期間契約でなく、正式な雇用ですね」


 戦うだけでは雇えない。

 それが飲めるかどうかだ。


「皆一律、それで良いっていかないけど……。

手に職がつけられるなら……ありがてぇ。

そいつを頼めるかなぁ。

気ままな生活が良いってヤツには、金で報いてやりたいんだけどなぁ」


「分かりました。

では、部下たちの意思を確認してください」


 ヤンは照れ笑いをしながら、頭をかく。


「へへへへ。

ラヴェンナさまには、一生頭があがらねぇなぁ」


「それだけの働きをしてくれたと思っていますからね」


 報いる気持ちもあるが、今後の戦いを考えると……手放したくはなかったのもある。

 内乱は終わったが、全てが終わったわけではないからだ。

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