553話 変わらないもの
バルダッサーレ兄さんとアリーナを会わせた。
一通り手配を済ませて、ウェネティアに戻ることになる。
2人はぎこちないながら、交流を始めたので、アリーナにはカメリアに残るように頼んだ。
ウェネティアに戻って息つく間もなく、伝令が駆け込んできた。
ユボーが決戦を挑んできたが、士気も低下して、兵糧不足な軍では勝ち目がない。
あっけないほど、ユボーは旧王都を棄てて敗走した。
これで、実質内乱は終わったと見て良いだろう。
その報告を受けて、新王都にニコデモ殿下が出発する連絡があった。
戴冠式に出席するために、俺たちも新王都に向かうことになる。
殿下の護衛は、本家の騎士団が行う。
俺たちの護衛は、ラヴェンナ騎士団が行うことになった。
ベルナルドにはウェネティア周辺の警備を託すことにする。
俺たちは、ゆっくりと王都に向かう。
ゆっくり進むよう、俺が指示したからだ。
馬車の中でカルメンは、エテルニタを抱いている。
手のひらサイズだった子猫も、数ヶ月たって結構大きくなった。
大きくなるにつれて、俺に寄ってくるようになる。
慣れたのかは謎だが。
最近は、撫でられるようになった。
だが、一点問題が。
俺にモフられたいときは、俺の前にやってきて、無言の圧を掛けてくる。
『モフれや』
そういっている気がする。
さらには体を動かし、モフる場所を指定する始末。
違う場所をモフると、猫パンチが飛んでくる。
いいけどさ。
モフるのを止めると、俺を向いて、無言の圧を掛けてくる始末。
キアラはその様子を、薄情にも笑いながら見ている。
「ラヴェンナで一番偉いのはエテルニタですわね」
「猫だから仕方ありません。
エテルニタの中でのヒエラルキーでは、キアラとカルメンさんがいて、次にオフェリー。
一番下が私でしょう……」
そんなエテルニタは、カルメンに撫でられながら、俺に圧を掛けてきた。
カルメンは笑って、エテルニタを、俺の膝に載せる。
「アルフレードさま。
そういえば、急いで新王都に向かわないのですか?」
召し使いよろしく、エテルニタをモフることにする。
「多くの貴族が競って、先に到着したがります。
道路はそこまで、広くありませんし、街道も整備されていません。
大渋滞に巻き込まれますよ。
それどころか、野宿する羽目になる貴族も、多数いるでしょう。
さぞかし心温まる風景でしょうね。
さすがに野宿でテントだと、エテルニタが、外に逃げたら捕まりませんよ」
外への好奇心で、テントから抜け出すのはお手の物だろう。
「ああ……。
確かにそうですね」
「もう一つあります。
女性陣に頻繁に、野宿をさせるわけにいかないでしょう」
カルメンは、小さく笑い始めた。
「有り難うございます。
キアラが自慢するだけあって優しい方ですね」
キアラはフンスと胸を張った。
「でしょう。
でも周りに気を使いすぎて、ご自身のことを全く気にしないのでモヤモヤしますけど」
そんな他愛もない話をしながら、ゆっくりと新王都に向けて進んでいった。
案の定、その先で大渋滞の喜劇が発生していると、報告があった。
俺が向かう列の最後になっていることで、別種の喜劇が巻き起こっていた。
国中の貴族が集まるのだ。
貴族に加えて、随行員もいる。
各町や村での食糧の消費が半端ではない。
いつものノリで浪費すると内戦直後なので、簡単にその町の物資が尽きてしまう。
浪費しまくって、他の貴族から恨みを買いたくはないだろう。
必然的に、最低限の食事で済ませることになる。
それでもトラブルはやってくる。
ある日大雨が降って足止めをくらった。
というか、俺が止めたからだが。
すっかり暖かくなったのが不幸中の幸いだ。
耳目からもたらされる情報を聞いて、笑いがこみ上げる。
同じ部屋にいるオフェリーはあきれ顔。
「アルさま、なんか楽しそうですね」
「いやぁ……必死に同じ道を進んで大渋滞。
道路がぬかるんで大変そうだなぁと」
「私たちは、ぬかるんだ道をいくんですよね」
「私たちがいくときには舗装されていますよ。
連絡を受けてからいきますからね。
最悪の場合、遠回りしないといけませんが」
春の天気は変わりやすい。
そんな中で、土の道路に、大量の馬車。
道もぬかるんで、地獄絵図になるのが、目に見えている。
案の定、大トラブルになって、貴族の随行員同士で、流血沙汰一歩手前の状態になったわけだ。
それでも辛うじて、事件にならなかったのは、俺が後から来るからだ。
そんな事件を起こして、俺の知るところとなればどうか。
人間の想像力は、自分が基準となる。
先についていれば、笑い話程度で済む。
ではその騒動のせいで、自分の到着が遅れたら……どうなるか。
そんな話だ。
別に狙ったわけではないけどね。
結果オーライということで。
単純な話、転生前から混雑が嫌いなだけだ。
◆◇◆◇◆
新王都に到着した。
建設中なので、まだまだ都市とは呼べる代物ではないが。
それでも最初に、軍事拠点として建設しているので、寝泊まりする場所はちゃんとある。
王宮も仮組みだけはできている。
到着後の殿下への挨拶を割り込む気などないので、3日後に決まる。
その気になれば、すぐにでもできたが、そんなことに政治的コストを使う気などない。
宿舎で一息ついていると、ベンジャミンが表敬訪問としてやって来た。
石版の民の自治区は、既に割り当て済みで、かなり開発が進んでいたな。
軽い世間話が終わると、明日の予定を聞かれた。
屋敷用の土地を割り当てられたので、視察に行くつもりだと答える。
ベンジャミンは、それに随行したいと俺に頼んできた。
つまりは、屋敷建設への協力を申し出てきたわけだ。
王宮建築への援助も申し出たらしいが、殿下が今後の統治を考えて断ったらしい。
石版の民は、権威の後ろ盾が欲しいと思ったのだろう。
殿下に取り次いだ縁もある。
その申し出を受けることにした。
俺まで断ると、不安に駆られるだろう。
なにがしかの保険が欲しいのは、仕方のないことだ。
今後の不安分子になられても困る。
それにある程度豪華にしないと、王家を軽視していると思われてしまう。
とはいえ、そこまで使わない施設に、大金をつぎ込むのも馬鹿らしい。
石版の民の協力を得られれば、必要なコストを切り詰められる。
翌日の視察で、予定地を確認した。
広い……。
広すぎだろ!
転生前でよく使われるけど、分からない単位。
東京ドーム2個分くらいある。
現実逃避は止めよう。
一辺が300メートルの正方形だ。
上流階級用のエリアだけで、相当な広さがあったのだった……。
関心がなくて、ちゃんと話を聞いていなかったよ。
俺の難しい顔に、ベンジャミンは不思議そうな顔をする。
普通は広いと喜ぶのだろう。
「ラヴェンナ卿、如何されましたか?」
凝った屋敷にしようなものなら、とんでもない金が飛んでいく。
むしろ、それが狙いなのだろうか。
建設事業で、商人に儲けさせる。
自然と税収は増えるわけだ。
加えて貴族たちの力を削ぐこともできる。
「広すぎです。
これじゃあどれだけ、費用がかかるやら……」
「この程度は普通ではないでしょうか」
「広かったら、移動が面倒じゃないですか。
しかも警備も大変です」
ベンジャミンは目を丸くしつつ、笑いを堪えている。
「高い身分のお方には、相応の格式が必要ですから。
いかようなお屋敷を作るおつもりですか」
「簡素で壮麗で、費用のかからないものです」
「思いも寄らぬご要望ですな……」
「ただ簡素では、王家を軽視していると思われてしまいます。
ですが壮麗なら問題ないでしょう。
豪華で安いなどと言うよりマシでしょう?」
「仰る通りですな。
そんなことができる建築家がいるのでしょうか」
「ラヴェンナでそんなアイデアを出している人がいるので、任せて見るつもりです」
古代ギリシャやローマ建築に似た建物を提案してきた人が、ルードヴィゴの部下にいる。
提案を取り上げてあげたいが、ラヴェンナでは壮麗より実用性重視なので、活用する機会を見つけられなかった。
少なくとも、中世風の装飾に凝りまくった屋敷より、はるかに安く仕上げられるだろう。
違うデザインだから目立つ。
比較対象がないので、簡素すぎるなど言われない。
それにローマンコンクリートで作るから、火災にも強いはずだ。
「なにか我々にお手伝いできることはありますでしょうか?」
「工事人夫と内部の家具とかでしょうかね。
他の屋敷で使うような装飾品は、さほど必要ありませんから」
「承知致しました。
では、可能な限りお手伝いさせていただきます」
◆◇◆◇◆
殿下に到着の挨拶に出向く。
謁見の間は、戴冠式の準備中で使えない。
別室での面会となる。
俺が大人しく待っていると、すぐに殿下がやってきた。
「やあ、我が友よ。
待たせたね」
「殿下におかれましては……」
殿下は苦笑しつつ、手で俺の挨拶を制する。
「何度も聞いた挨拶を聞かされると眠くなる。
無しにしてくれたまえ。
本題に入ろう。
卿は戴冠式を見届けたら、ラヴェンナに戻るのかね?」
「そのつもりです」
殿下はニヤリと笑いつつ、肩をすくめた。
「ラヴェンナ卿の奥方たちに恨まれても困るからな。
致し方あるまい。
今後、卿に相談したいときがあると思う。
屋敷の建設は急がせてくれたまえ」
屋敷には、領主が不在でも役人は常駐する。
王が領主に連絡したいときは、その屋敷に伝言するからだ。
「可能な限りは。
それまでは父にお伝えいただければ、私に伝わります」
「そうもいくまい。
卿は独立するのだ」
それもそうか。
俺に直接であれば仕方ないな。
残った手段は、一つしかない。
速度重視ならな。
「ではウェネティアに、ラヴェンナの出先機関があります。
そこにお伝えいただければと。
川を下れば、すぐに届くと思われます」
「ではそうするか。
屋敷が早くできるに越したことはないな。
完成したら、奥方たちと一度は見に来るのだろう?」
勿論、そのつもりだ。
皆、外の世界を、ほとんど知らないからな。
見せてあげたいと思っている。
「見ないわけにはいけませんから」
「必要なら、卿の屋敷の建設を優先するように配慮するが?」
「有り難い申し出ながら、その必要はございません。
使う資材も違うものになりますから」
木材は、多少競合するが、石材はかぶらないだろう。
ローマンコンクリートが基本になるからな。
装飾品は使わないし、問題はない。
「では楽しみにするとしよう。
それとスカラ卿にこれから頼むつもりだが、卿にも伝えておこう。
建設技術にたけたスカラ家の軍を、王都の基盤ができるまで借り受けるつもりだ」
「承知致しました。
ですが指揮官は、交代になります。
本家の軍ですが、創設時はラヴェンナの指揮官が、指揮を執っておりました。
内乱終結時に指揮権を、本家に返上する手筈となっておりますから」
「愚問かもしれないが、その指揮官の力量は大丈夫なのかね?」
「それは問題ありません」
この件は、バルダッサーレ兄さんが引き継ぐ話でまとまっているからだ。
「結構だ。
王家の軍も、このような形にすべきだと思っている。
その折には卿の協力を仰ぐと思う」
技術指導か。
その程度なら、問題ないな。
殿下も成長したらしい。
良い方向に変わるのは、大変良いことだ。
「承知致しました」
殿下は大げさにため息をついて、頭を振った。
「相変わらずつれないなぁ……。
即位しても、私たちの関係は変わらないと思うが?」
粘着質なのは変わらなかった。
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