552話 優先度の低い話とズレた認識

 旧デステ領での騒動は多少あったが、あっさり鎮圧される類いの代物。

 その情報を無視するかのように、アミルカレ兄さんの攻撃が始まった。


 これについては、結果待ち。

 それとは別件で、殿下からの使いがやって来た。


 執務室に戻ったオフェリーが、不思議そうな顔をしている。

 キアラは、カルメンと耳目の訓練などの打ち合わせで不在。

 アリーナは視察で不在。


「アルさま、予想外みたいな顔をされていますけど。

何か想定外の事態でもありましたか?」


 使いの用件は、新王都での居住地の大きさを決めたとのこと。

 王都の屋敷を持つのは、当主に限られる。

 上流階級用のエリアが決まっていて、家格や功績によって、広さが決められる。

 そこに屋敷を持つことが出来るのは、本家の当主のみ。

 分家や中小貴族は一ランク落ちる場所に屋敷を建てる。


 つまり功績が大きいので、分家ではなく独立した一つの家となる。

 この褒美の話だが……実は忘れていたのだ。

 どう勝つかばかりを考えていて、気にしていなかった。

 迂闊だったが、この件は完全に失念していたよ。


「あー、いえね。

分家から独立貴族になることです」


「普通、そうなりませんか?

分家が多大な功績をあげたら、独立で報いるものですよ。

それを意識していたのかと……」


 俺は乾いた笑いを浮かべつつ、頭をかく。


「いやあ……。

すっかり忘れていました」


 オフェリーは絶句。

 目が点になっていた。


「アルさまが、そんなうっかりなんて信じられません。

何か深い考えがあるのかと……」


「私だって人間です。

うっかりだってしますよ。

それが優先度の低い話なら尚更です」


 オフェリーは、小さく頭を振る。


「多くの貴族が聞いたら、怒り狂うようなことを言いませんでしたか?」


「さすがに社交の場では言いません。

ですが、王都を活動の場にするつもりはなかったのですよ」


 こうなると、王都に出向くケースが増えてきて、実に面倒なのだよ。


「でも、ラヴェンナの特殊性を認めた上で、正式に封土を認められたわけですよね。

悪い話ではないと思いますけど」


「まあ、そうなりますが……。

本家との関係など、色々整理しないといけない話がでてきますよ。

今は、本家と分家の間だからこその、行き来や融通が効いているのです。

別の家になるとまた面倒なのですよね。

ラヴェンナの開発の元手は、本家からでていますし、その返還を求められても困ります。

簡単に独立できたから、うれしいとはならないのです」


「良いことばかりではないのですね。

ラヴェンナは本家に、何の借りもないイメージでした」


 俺は苦笑して手を振る。


「とんでもない。

かなり助けられましたからね。

私に一任してくれなければ、成功すらできませんでした。

殿下も父上との承諾は得ているでしょうが、詳細を詰めないと、後々問題が起こりますね。

一度、カメリアに出向きますか」


 オフェリーは不在となっているキアラの席に、顔を向けた。


「そうなるとお供するのは、キアラさまと私でしょうか」


「今回は私1人で行ってきます。

お嬢さんを2人も預かっているのです。

放置していけないでしょう。

私の代わりに、彼女たちの面倒を見る人が残る必要があります。

連れて行くのもまた変な話ですしね」


 オフェリーが小さく、首を振った。


「どちらかは連れて行ってください。

アルさま1人では心配です」


「心配って何ですか……」


「1人にしたなど、ミルヴァさまに知られたら、私が困ります。

キアラさまも納得しないと思いますよ」


「1人で勝手には行きませんよ。

後事を託さないといけませんからね」


 オフェリーが名案を思いついたように、パッと笑顔になった。


「いっそ、フェルディナンドさまとニコデモ殿下に来てもらえば……」


 全然名案じゃなかった。

 最悪じゃないか。


「一体どっちが偉いのですか。

そんな最悪の手段なんて使う気はありませんよ」


 可能だけど、やったら高い代償をあとで払わされる。


「やっぱりそうですよね……」


                 ◆◇◆◇◆


 結局、キアラは俺の代役として、ウェネティアに残ることになる。

 オフェリーが俺についてくる形となった。


 パパンに面会を申し入れて、パパンの私室で面会することになった。

 息子だから、そのまま会いに行っても良いが、今回は政治の話がからむ。

 手順は踏んでおく必要があるだろう。


 オフェリーは少々緊張気味。

 無表情モードになるときは、緊張するか対応が分からないときだからな。

 席に座ってから、パパンが苦笑気味に口を開く。


「お前のことだから来ると思っていたよ。

勿論、お前の考えているとおり、殿下から打診を受けた。

こちらも承知している」


「私としては、父上からのご恩を返し切れていません。

独立は時期尚早では……と思っていますが」


 パパンは一瞬あきれ顔になったが、すぐに小さく笑いだした。


「馬鹿を言うな。

援助以上の恩返しをしてもらっている。

こちらが何かしなくてはと思っていたところだぞ。

勿論、家臣たちも、そう思っている。

遠慮は要らないぞ。

それにお前のことだ。

独立したからと言って疎遠になることもあるまい」


「私としては早すぎるとも思っているのですけどね」


「時期で言えばそうだがな。

お前がこの内乱で助力をしてくれなかったら、私は今頃家の存亡に、頭を悩ませていたぞ。

過労で倒れていたかもしれない。

お前の働きは家の者は皆、知っている。

恩知らずなどと、誰も思わんさ。

無用な心配だ」


 そこまで言われて、さらに何か言っては逆効果だな。

 ここは素直に受けておくか。


「分かりました。

その件では心配しないことにします」


 パパンは一転して、真面目な顔になる。


「わざわざ来てくれたのだ。

一つ聞きたいことがある」


 そうなると政治の話だな。

 

「何でしょうか?」


「次期宰相ディ・ロッリ卿だよ。

お前が彼で良いと思った理由が聞きたくてな。

知っておるだろうが、次期宰相に内定してから、商人たちも取り入ろうと、賄賂などを送っている。

お前は清廉で知られているが、とても清廉とは言えない彼を認めた理由が知りたくてね」


 別に好き好んで清廉なのではない。

 そうしないといけないからだ。

 英雄的な改革者のように、俺は線が太くないからな。


 根が小心者なので、清廉に振る舞っているだけだ。

 俺がそうだからと言って、他人にそれを求める気などない。

 それに今、大事なのは清廉ではなく実行力。

 成果が出せるなら、多少のことには、目をつむるべきだろう。


「彼は私益のために、公益を売るようなことはしません。

賄賂も今後の工作に必要な資金集めの側面が大きいと思いますよ。

なにより、彼は筋金入りの平和主義者です。

そこが今は大事だと思ってます」


 俺がティベリオに宰相を任せる気になったのは、そこの部分が大きい。

 必要に応じての戦争なら仕方ない。

 ただの見栄で、そんなことをするのは勘弁してほしい。


 パパンは意外だったようで、目を丸くしている。


「次期宰相が平和主義など聞いたことがないが?

快楽主義なのは有名だがな」


 直接的には言っていない。

 彼の目標から、必然的に、平和主義だと考えた。


「ディ・ロッリ卿は経済発展を、第一に考えています。

戦争は金の流れを止める代物です。

戦争が次の戦争を呼べば、ずっと平和が続いたときよりは、経済の発展は劣るでしょう」


「金持ちは喧嘩したがらないと言うな。

その論理かね」


「そんなところです。

それとディ・ロッリ卿は、自身の家より、この国を愛しているようですからね。

そうなれば、彼の考える公益は、国全体を指すでしょう。

それならまず任せて見てはよろしいかと」


「今までの宰相に求められた役割は、王宮内を平穏に保つことだった。

時代と共に価値観も変わるわけか」


 さらに、もう一つの理由だ。

 彼と話しても、性格が温厚には見えない。

 むしろ、だからこそ期待できる。


「これからは、大きな改革が求められるでしょう。

そんなときに、平穏に保つことだけを考える人は、改革者になりません。

両方の顔を立てるような妥協を図るでしょう。

それでは世界が変わったのに、旧来の王宮のままです。

王宮が足手まといになるでしょうね」


 パパンは、何か思うところがあるのか苦笑してうなずいた。


「なるほど、私は古い人間だからな。

お前の新しい考えを、自ら選ぶ余裕などないな。

どうやら、引退の時期が近いのかもしれない」


「それは困ります。

この時期だからこそ、父上は大事な存在になりますよ」


「何故かね?」


「全員が変われるわけではありません。

古い人間でも、有能な人材だっています。

それを切り捨ててはもったいないでしょう。

父上はそんな人たちの心の拠り所になります」


 俺の言葉に、気になることがあったのだろう。

 パパンはいぶかしげに、眉をひそめる。


「それは不満分子の結集核になるのではないかね」


 ただ集めただけなら、そうなるだろうな。


「古いことが、全て悪いわけではありません。

改革とは、単に時代に合わなくなったことを修正するだけなのです。

ところが、新しいことを始めると、古いことは……全て悪とみなされがちです。

力む余り、全てを否定しては、改革が失敗に終わります。

失敗の反動で、古い体制に戻っては、国力をただ浪費させるだけ。

ブレーキ役として、改革が行きすぎないか、監視していただきたいのです。

加えて、古い考えの中でも、役立てる人材を推挙していただきたいのですよ」


 宋の新法と、旧法の争い。

 放置すれば、そんなことにもなりかねない。


 後世から見れば、馬鹿げた話に思える。

 だが……油断すると、同じような道をたどりかねない。

 争い始めて時間がたつと、原因を忘れてしまう。

 理念や理屈は、忘れることが簡単だ。

 だが、怨恨は忘れずに受け継がれる。

 実力は無いが出世を望む者にとっては、その恨みに同調したフリをするだけで仲間になれる。

 そうして、その恨みを利用して出世したものは、身を守るために、その恨みを守り続けないといけない。


 改革は必要だが、ブレーキ役も必要だと思う。

 極端で、全て解決するほど世の中単純ではないからだ。


「どうやら引退するには早いようだな」


「父上は、まだまだ老け込む年齢ではありませんよ」


 パパンは、突然心底嫌そうな顔をする。


「お前に年齢の話をされると、価値観が狂う」


 なんて親だ。

 憮然とする俺にママンまで笑いだす。


「アルフレードがどんなに、不満に思っても、周りは同じ感想なのですからね。

諦めなさい。

オフェリーもそう思うでしょう?」


「アルさまには年齢は関係ありませんから」


 何ら、フォローにもなっていない……。

 俺の憮然とした顔を、俺以外が笑う。

 ママンはひとしきり笑ったあとで、真顔に戻った。


「アルフレード。

お嬢さんがたの結婚相手を探すように頼まれているでしょう?」


 いきなり話が飛んだな。


「ええ。

1人は今のところ、その気がないようです。

もう1人は、不幸な離婚をした直後ですからね。

すぐ勧めるのは酷だと思っています」


 ママンは意味深な笑みを浮かべる。

 勧めたい相手がいるのだろうか。


「もう1人と言うのは、パリス家のご令嬢ね。

アルフレードから見て、彼女はどうなの?」


「どうと言われましても……」


 ママンはあきれ気味に、首を振った。


「こんなときは、気が利かないのね。

どの家とならやっていけそうなの?」


 そんな意味か。

 あの言葉だけじゃ分かんねぇよ。

 俺が、どう思っているのかと勘違いするのがオチだ。


「鳥籠に閉じ込めない家でしょう。

社交界より、政務で活躍することに喜びを感じるタイプですから。

才能は私が保証します。

なので、力を発揮できる家であることが大事でしょう。

一般のご婦人とは、趣味趣向が異なりますからね。

彼女を尊重してくれる配偶者であれば、なお良いです」


 ママンは満足気にうなずく。

 何に対して満足したのかは分からないがな。


「そう見ているのね」


「母上には、お考えがあるのですか?」


「ええ。

バルダッサーレと会わせてみてはどうかしら?」


 予想外の提案。

 どう答えたものか。


「兄上も、傷心が癒えてないでしょう。

そんなところで、話を持っていっても……」


 ママンは首を振って、小さく息を吐く。


「それを待っていたら、パリス嬢の婚期を逃すわよ。

古い傷を忘れるなら、新しい幸せを与えるべきでしょう。

時間が解決するものと、そうでないものがあるのよ。

自由恋愛の結婚だったら、アルフレードの言うように癒えるのを待つのは正しいでしょう。

そうではないでしょう。

アルフレードは、人の心を読むのが得意だけど……慎重すぎるのが問題よ。

それと貴族の結婚に、自由恋愛の基準で判断するのはズレているわ」


 そう言われると、自説にこだわる必要がない。

 だが、言われたからと、簡単にはいとはいかない。

 こんなときは、同性の意見を聞くのが良いだろう。


「オフェリーはどう思います?」


「良いと思いますよ。

アルさまが気を使っていても、アリーナさんは何も話が来ないことに、少し不安を持っているみたいですから」


 ううむ。

 そんな状況があったのか。

 聞くべきだったかなぁ。

 これがベストだと思い込んで、特に気にしていなかった。


「分かりました。

ここは女性陣の意見に従いましょう。

ですが家格の問題は平気なのですか?」


「実は、アミルカレのお相手も釣り合う家格では見当たらないのよ。

バルダッサーレで前例を作れば、幅も広がるでしょう?

次男であることが一つ。

婚約して、しばらく放置してから破談になってしまったわね。

そんな状態で、仮に家格が釣り合う相手が見つかっても、どんな難題を吹っかけられるか分からないもの。

当家に貸しを作ったと誤解されても困るのよ」


 これを機会に、家格にとらわれない婚姻を考えているのか。

 逆説的に言えば、新しい時代では、家格が高いほど順応できない相手ばかりなのだろう。

 古いとか言っているが、しっかり新しい時代に順応している気がする。

 パパンが苦笑しつつうなずいた。


「そう言うことだ。

まあ良いじゃないか。

お前が紹介したとなれば、バルダッサーレも気が楽になるだろう。

悪く言う者もいるがな。

気にしていては始まらない」


 俺が、バルダッサーレ兄さんの婚約を、破談にしたのは事実だ。

 表だって婚約破棄の理由は、カールラの希望に沿う相手のために破棄したとしている。

 それで噂が流れたのも知っている。

 一笑の価値はある噂か、一笑の価値すらない噂か。

 その程度だが。


 構っていられないので、あえて無視していたが……。

 それでキアラが、かなりお冠だったのは覚えている。


 俺がそのことを、気に病んでいると思っているらしいからなぁ。

 全く、気に病んでいなかったのだが……。

 せっかくの好意を、むげにする理由もない。


 アリーナに話をしてみるか。

 あとは、2人の相性次第ってことで。

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