551話 ささやかな足場固め

 モデストがアミルカレ兄さんのところに向かって数日後のことだ。

 そのアミルカレ兄さんから、伝令が送られてきた。


 案の定と言うべきか。

 日和見共が勝手に出撃して大敗。

 2000人ほどの死傷者を出すという大失態。

 その後始末として、援軍の要請が来たわけだ。


 話を聞いて、チャールズに援軍としての出陣を命じる。

 チャールズは事前に準備していたので、早々に出発していった。

 

 2000人の死傷者など、どれだけの大失態なのやら。

 ところがユボーは、追撃もせずに引き上げたらしい。


 よほどヤンのゲリラ活動の影響が大きいようだ。

 どちらにしても、アミルカレ兄さんの大掃除が始まるだろう。

 さらにモデストが到着すれば、日和見共も余計な気を起こすことはあるまい。


 小道具で渡した紙束は白紙だがな。

 勝手に怯えてくれることだろう。


 ともあれ、アミルカレ兄さんのお手並み拝見といったところだ。

 ユボーを討伐する前提条件は、ほぼ整ったろう。

 1週間後、高みの見物を決め込んでいる俺に、一報が届いた。

 キアラから渡された報告書を見て、笑いがこみ上げる。

 俺の顔を見て、キアラはいぶかしげな表情になる。


「何かおかしいのでしょうか?

よろしくない話だと思いますが」


 次期宰相ティベリオから、アミルカレ兄さんに、内乱の早期終結に向けて動くように要請したとの報告だ。

 要するに『さっさと攻撃して、決着をつけろ』と言うことだ。


「次期宰相殿も苦労しているなと」


 キアラはあきれたように、小さく息を吐く。


「討伐に関しては、ニコデモ殿下は口出ししない約束ではありませんか。

そこに口出しは、良い前例を生みませんわよ」


「普通はそうですね。

今回はちょっとした思惑も絡んでいますので、それが単純にダメとは言えないのですよ」


「思惑ですか?

次期宰相の知名度が上がる程度だと思いますけど」


「その程度ではないと思います。

ディ・ロッリ卿の狙いは、就任後の権威を高めることです。

何か問題があっても、ニコデモ殿下は、次期宰相が先走っただけ……と言い訳はできますから」


 キアラは、まだ納得がいかないようだ。

 難しい顔は変わらない。


「それはそうですけど……」


「もう一つ、大事な要素があります。

貴族階級の総意を代表する形。

つまり……皆が言いたいことを代弁しているのです。

加えて言えば、援軍を出したタイミングに合わせて、この要請です。

特に軍事的に、影響はないでしょう」


「それでも、今後口出しする前例になってしまいませんこと?」


 プラスだけでマイナスがない行動など、滅多に存在しない。

 悪名だらけの次期宰相が権威を高めるなら、多少のマイナスも覚悟をするはずだ。

 むしろ事情を理解して、俺たちが怒り出さないと考えているだろう。


「多少は影響しますね。

それより自分の権威を高めて、以降の統治を円滑にする為でしょう。

問題がゼロではありませんが許容範囲内ですよ」


「内乱後の統治上、宰相の権威が弱いほうが困るとお考えなのですね」


「そんなところです。

私もそろそろ、内乱を片付けるべきだと考えていました。

兄上も自壊を待つべきか、攻撃すべきか迷っていたと思います。

ある意味、背中を押してくれるようなものですよ」


「お兄さまは、以前『アミルカレ兄さまは、決断力がある』と仰いましたよね。

それで決断を迷うのですか?」


 よく覚えていたな。

 その決断力を持ってしても迷う話なのだ。

 本人の資質ではなく、前例のない状況と初めての総指揮官という経験不足からくる問題だ。

 そして迷った末に、攻撃を決断したとも思っている。


「自壊を待った場合、犠牲はほぼ出さずに、勝利を手にできます。

ただ、問題があるのです」


「お兄さまが目指す勝ち方ですわね。

それに問題が?」


「その場合、ニコデモ殿下が明確に勝ったと認識されないのです。

相手が勝手に自滅した。

ある意味正しいのですけどね。

正当性もあるし勝者でもあります。

でも反対派は、それを飲み下せないでしょう。

不戦勝の勝者と見なして、負けを認めません。

目に見える形で剣を突きつけられないと、敗北を認めないのが……人という生き物です」


「攻撃した場合は、犠牲が出るけど、その点はクリアになるのですわね。

ですが全権を委任されて、総指揮を執っていますわよね。

何故迷うのですか?」


「思った以上に、日和見が役に立たないのですよ。

そうなると戦後を見据えて、戦力を少しでも温存したいと思うでしょう。

攻撃したうえで勝敗をハッキリ見せつけて、治安を安定させるべきか。

キアラならどちらを選びますか?」


「戦力を温存ですわね。

どちらにしても、不満は残りますもの。

勝ち負けを認めない人がいるなら、あとで分からせれば良いと思います」


「では内乱後に各地域を統治する貴族たちが、あまりに不甲斐なかったら?

火が大きくなってから消火に駆り出されては、かえって被害は大きくなるでしょうね。

ハッキリ勝敗を見せつけて反抗する気持ちを消しておくのが、得策かも知れません」


「その貴族たちに、統治を任せなければよろしいのでは?」


「そう簡単にはいかないでしょうね。

ある程度は任せざる得ません。

人材不足ですからね。

理想は有能な貴族以外に、統治を任せない。

ところが王家の正当継承者であるニコデモ殿下の立場だと、そう簡単にいかないのです。

全ての貴族を切り捨てては、正当性も色あせてしまいます。

それどころか、他国と通じる可能性まで出てきますよ。

結局は……よほどの無能者であれば任せませんが、ある程度は任せて様子を見ざる得ないでしょう」


「そう考えると、ゼロからスタートしたラヴェンナは、とても幸運なのですわね。

そんな足手まといだらけでは、ちょっと判断できません」


「だからこそ、私たちは辺境でスタートしたのですけどね。

ともかく、討伐の任務を大きく超える問題が立ちはだかったのです。

経験があれば、まだ判断できるでしょう。

父上さえ、途方に暮れるほどの未知の世界ですからね」


 キアラは悪戯っぽい表情で、小さく笑う。


「それでしたら、確かに難しい話ですわね。

お兄さまだったら、どうされます?」


「攻撃を選択します」


 キアラは驚いたように目を丸くした。


「意外ですわね」


 確かにそうだろう。

 俺はずっと無用な犠牲を避けるように注意してきた。

 だが……この問題は、そう簡単な話では済まない。


「ランゴバルド王国だけの話なら迷うでしょうね。

そうではありませんから」


「他国との関係ですか?」


「そんなところです。

他国からの介入を抑制する必要も大きいですからね。

シケリア王国の内乱はリカイオス卿が優勢とはいえ……手間取っていますし。

彼の野心を刺激する必要はないと思います」


「そうですわね。

お兄さまとしては、特に口出しをせずに注視するのですね」


 俺は少し大げさに肩をすくめる。


「邪魔をしても、良いことはありませんからね。

次期宰相殿のささやかな足場固め程度なら黙認して良いでしょう」


 キアラはやっぱり、納得がいかないようだ。

 少し頰を膨らませる。


「お兄さまがそう仰るなら……」


「確かに介入の先例になりますけどね。

表向き兄上は拒否した上で行動しますよ。

なので先例にはなりにくいですね。

それにどうしても口出ししたい王が現れたら、そんな先例などなくても干渉しますよ」


「それはそうですわね。

でも拒否したら、宰相の権威づけには役立たないのでは?」


 このあたりは、人の心の機微とでも言うべきか。


「皆が思ったことを言ってくれた、ということが大事でしょうね。

なので中立だった人は、若干好意的になるでしょう。

懐疑的だった人は中立に。

敵対的な人は変わりませんが、自重するでしょうね。

反対するには流れが悪いですから」


 自分が思っていることをキッパリ言ってくれる人には、好感を持つだろう。

 普段の素行がよろしくなくても、それを理由に否定までは至らない。


「確かにそうですわね。

心底嫌っていたら、皮肉が限度ですわ。

それにしても、何だか面倒な話ですわね」


「人の世なんて、そんなものですよ

面倒だろうと、内乱終結後に宰相の権威が弱いと困りますからね」


                 ◆◇◆◇◆

 

 数日後、ゼウクシスから返書が届いた。

 彼らもある程度の気配を感じていたが、確信まで持てなかったと。

 リカイオス卿はラヴェンナ卿の心遣いに、深く感謝するとあった。

 キアラは書状を読み終えた俺に苦笑している。


「リカイオス卿は世界主義と関係ないのでしょうか?。

この文面からは、なにも読み取れませんけど」


「ガヴラス卿は無関係でしょうね。

リカイオス卿は不明ですが」


 キアラは不思議そうに、眉をひそめる。


「不明なのに知らせて良かったのです?

お兄さまには、リカイオス卿が無関係だと確信していた……とばかり思いましたけど」


「ありませんよ。

つながっていなければ、警告になります。

つながっていたら、君臣の間を引き離せます。

どちらに転んでも、損がないからですよ」


 キアラはパッと明るい顔になって、ポンと手を打った。


「ああ! 離間ですか?」


「世界主義にすれば、英雄など教義の邪魔ですからね。

ペルサキス卿をどこかで排除しようと企むと思いますよ。

ガヴラス卿はリカイオス卿の臣下であるより、ペルサキス卿の友であることを望むでしょう。

世界主義自体を知らなければ、敵のことも分からないまま陥れられる可能性大です。

ヒントがあれば、対処ができるかも知れませんからね」


「確かリカイオス卿は、ペルサキス卿を使わず、他の将軍を起用していましたわね。

それで手間取っていますが、優勢なので交代もできないといったところでしたっけ」


 そうしていれば、もっと早くにシケリア王国の内乱は終結していたと思う。

 ペルサキスの武勲が巨大すぎて、戦後を見据えた動きが裏目に出たわけだ。


「ペルサキス卿に、これ以上は武勲を立てさせたくないのでしょう。

特に謀臣集団は、主導権を握りたいでしょう。

リカイオス卿の誤算は、ペルサキス卿に頼りすぎて他の将軍が育たなかったことですね」


「お兄さまは、いろいろな人たちに経験を積ませていますものね。

人材育成に1番熱心な領主じゃありません?」


 俺はため息交じりに肩をすくめる。


「残念ながらそのようですね。

これからは、それを怠る領主は没落するでしょうね」


 キアラは、楽しそうに小さく笑った。

 ラヴェンナが1番進んでいる。

 このことが、キアラにとってもうれしいのだろう。


「既に競争は始まっていますね」


「ええ。

果たして何人、気がつくかは知りませんがね」


「お父さまには教えなくてもよろしいのですか?」


「既に教えてありますよ。

それと効果は、ここウェネティアの開発でよく分かったかと思います」


「そうでしたわ。

役人たちが腰をぬかすほどですもの。

お母さまが視察に来られて以降、技術研修も受け入れていましたね」


 さすがに抜け目がないよ。

 おかげで本家も徐々にではあるが、人材育成に力を入れ始めているからな。

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