548話 官能的な人

 ティベリオの人となりは、なんとなく分かった。

 どうもこの男、ただの面談に来たつもりではないようだ。

 俺に、興味津々といった表情をしている。


「ところでラヴェンナ卿は、なかなかの蔵書家と伺いました」


 本を、いろいろ集めているのは確かだが。

 俺の趣味まで広まるようになってしまったのか。

 面倒なご時世だな。


「個人では所有していませんけどね。

図書館に収蔵して解放していますよ」


「私は個人で所有しておりますな。

他人に見せる気はありません。

同じ蔵書家と見られますが、大きな違いがあるのです」


 それは、おかしな話だ。

 乱暴すぎる話じゃないか?


「蔵書家が同じだと思うのは、かなり乱暴で雑な見解だと思いますけどね。

それこそ同じ趣味をもつ人は、皆同じと思うようなものです。

私は知識を集積して、後世に役立てるために集めています。

それを個人で独り占めする気などありません」


 ティベリオは苦笑気味にうなずいた。


「ラヴェンナ卿の言われる手段ですな。

目的がそれであれば正しいと思われます。

私も手段ではありますが、目的が異なります」


 そう言いたいのは、前振りでよく分かっている。

 収集癖があれば、他人に見せびらかしても触れさせようとしない。


「他人に見せないのであればそうでしょう。

ディ・ロッリ卿は異なる目的だったと」


 ティベリオは満面の笑みだ。


「本とは芸術であると思います。

内容の素晴らしさと、装飾の美。

これらが合わさって、一つの芸術となるのです。

そのような芸術品をこの手で触れるときに、深い愛を感じる。

これが私の目的です」


 本を触るのが趣味か。

 すごい趣味だが、別に他人に、迷惑を掛ける類いのものではない。

 女性にしてもそうだが、この御仁は官能的なものに、愛を感じるのか。


「それも一つの趣味なのでしょう。

私は実利を求めて、卿は感動を求める。

その違いなのでしょう」


 ティベリオは上機嫌でうなずく。


「思った通りのお方です。

異なる価値観でも拒絶しない。

なればこそのラヴェンナの統治体系と言うべきですか。

排除することに慣れきった社会にとっては、確かに破壊者ですな」


 安定を求めるなら排除なのだがな。

 それは、固定された社会でのみ有効だろう。


「排除の行く先は、純化を求めて最後は痩せ細ります。

後世に残す社会としては不適切でしょう」


「なるほど。

もう一つ不思議なことがあるのですが」


「何でしょうか?」


 ティベリオは一転して、真面目な表情になる。


「具体的な政策について尋ねないのが不思議と思いましてね。

大体は、具体的に何を目標にどのような施策を……。

そんな質問は多いでしょう。

無関心とも思ませんし、十全の信頼を頂けるほどの関係ではない。

殿下の目利きを信頼しているとも思ません。

そこが不思議なのですよ」


 ああ、その話か。

 俺にとっては、無意味な質問をする気などなかっただけだ。


「卿は候補であって、全ての情報を知っているわけではありません。

具体的な政策を挙げたとします。

就任してから現実を知って、実現不可能な政策がでたときに……さてどうしますか。

現実を無理に、政策になぞらえるか。

現実に即して、政策を変えるか。

どちらに進んでも良いことはないでしょう」


「確かにそうですね。

『言ったことと違う』と攻撃されるか、『言ったことができないではないか』と攻撃される。

あとで攻撃したいなら、情報をもっていない相手に、未来を描かせるのが楽でしょう」


 結果として、全が敵になる。

 それが嫌なら、毒にも薬にもならない政策しか唱えられなくなる。


「社会制度が変わらないなら、当然、現状をつかんでいますからね。

具体的な政策を述べられないと問題でしょう。

前提が違っているのです。

未来を聞いても、詮無いことです。

大まかな方針と人となりを聞くだけで満足すべきでしょう」


 ティベリオは大げさに、肩をすくめた。

 おどけたボーズだが、目は真剣そのものだ。


「恐れ入りました。

こんな方が私を観察していると思うと、背筋が伸びる思いですな。

殿下もラヴェンナ卿を、宰相にしてあとで後悔しそうですよ。

最後に胃痛で崩御しかねません」


 ひどい言われようだ。


「宰相に失敗してもらっては困りますからね。

口を出すつもりはありませんが、余りに失敗する道を進むのであれば……考えないといけないでしょう」


「では、大まかな構想を採点していただきましょうか。

知っておいていただかないと後で怖いですから」


 何も聞かない承諾は、あとで何とでも攻撃できる。

 そのための保険か。

 なかなかに、油断のならない御仁だ。


「では伺いましょう」


「簡単に言えば、金の流れをとめないことです。

商人には自由に、商売をさせるのが肝要でしょう。

借金も一つの流れを促すものと認識しておりましてね。

故に金の流れをとめるべき行為は取り締まります。

金回りさえ良くなれば、多くの問題は解決できるでしょう。

軍備にせよ、治安にせよです。

衣食が足りない貧民に、礼節など求めようがありませんから。

ラヴェンナ卿の政策にも似ているので……ご理解いただけるかと」


「その方針に、反対する理由は見つかりませんね。

私の言質が必要なら、好きに使ってください」


 ティベリオは俺の言葉に、目を細めて小さく笑い始めた。


「そこまで言ってくださるとは、ありがたい限りです。

やはりお会いして正解でした。

ただの堅物でしたら、私のことは胡散臭いと思って敬遠されるのですがね。

側室をおもちのようですから、決して堅物ではないと思っておりました」


 俺自身堅物とは思っていないのだが。

 好んで、女あさりをしていると思われても不本意だ。


「これ以上は増やす気などありませんよ」


「それは惜しい話ですなぁ。

女性から求められて、それを断るのはぶしつけだと思います。

私は快楽主義者ですから」


 それは言われなくても分かるわな。

 借金もその延長線上だし。

 快楽を我慢できるタイプではないだろう。

 勿論、そこに相応の美学はあるのだろうが。


「惜しいどころか困りますから。

ポーズで嫌がっていると勘違いする人が多くてたまりませんよ。

ディ・ロッリ卿とは考えが違いますので」


 実際、そう思って俺に取り入ろうと、女性を紹介する貴族の多いこと多いこと。

 キアラが、片っ端から追い返してくれるから助かっているが。

 30人位きたぞ……。


「左様ですか。

ですがね、側室のルグラン夫人を見ると、女性にとっても魅力的でないかと思いますよ。

自分を幸せにしてくれる異性は、男女問わず魅力的でしょう。

それが財力、権力を兼ね備えているなら……なおさらです」


 突然、話題にのぼったオフェリーの顔が無表情になる。

 表情に困ると、途端に無表情になる。


「私ですか?」


「とても幸せで輝いているように見ます。

いろいろな女性とお付き合いしているので分かるのですよ。

その人が幸せか……そうでないか。

それが分からないと、真の快楽は得られません。

私見ですがね、女性はどんな高価な贈り物より、自分を喜ばせようとしてくれる男性を喜ぶのです。

金や地位や権力のみを望んで、男を道具にする女性もいます。

そのような品のない女性は、レディとは呼べませんな。

飢えたジャッカルが、ドレスを着ているだけにしか見ません。

そこに私の心を動かす愛はありません」


 オフェリーは無表情から、ぎこちなく笑顔を浮かべた。


「とても幸せです。

アルさまなしの生活など考えられません」


「だからこそ、ラヴェンナ卿は魅力的に映るのですよ。

そのあたりのご自覚がないようです。

明敏なラヴェンナ卿に似つかわしくないと思う次第です。

自分のことは分からないのが人間と言いますがね」


 まあ、自分のことは分からないと言われては反論できないな。


「仰る通りですね。

ですが私にとっては、言い寄られても困ります。

私は1人なのですからね」


「なるほど。

では……微力ながら、そのように広めさせていただきましょう」


 貸しを作られた気がする。

 やられっぱなしなのはしゃくに障るな。


「それはありがたいですね。

ところで、ディ・ロッリ卿の趣味に、狩りは入っていないのですか?

かなり好んでいるかと思いましたが」


 初めて、ティベリオは驚愕の表情を浮かべた。


「な、なぜ、それを?」


 笑って手をふり、会談を終える。


「内緒ですよ」


 あ~スッキリした。


                  ◆◇◆◇◆


 執務室に戻ってから、キアラが、お茶をもってきてくれた。


「ありがとうございます」


「お兄さま、ディ・ロッリ卿の報告をしたとき狩りの話はしていなかったと思います。

そんな情報もありませんでした。

どこでお知りになったのですか?」


「ああ、ただのハッタリですよ」


 キアラは、驚いた表情で、口に手を当てる。


「ええっ!?

でも、あの表情は的中したのですよね」


「そのようですね」


「何でお分かりになったのですか?」


「彼の趣味趣向です。

彼は官能的な人なのですよ。

彼の趣味趣向は、全てそこに集約される。

狩りはとても官能的な趣味ですよ。

外しているとも思えません。

よく鍛えた体でしたしね」


 キアラは、ピンと来なかったようで、首をかしげる。


「狩りは男性らしい趣味だと思いますけど?」


「その1面はありますが、本質的には官能的ですね。

愛は言うまでもなく。

書物に対するあの愛情も、官能と言って差し支えないでしょう。

私は知識でしか知りませんがね。

やられっぱなしでは、ちょっと悔しかったので仕返ししたくなりました」


「心底驚いていましたわね。

あれでお兄さまのことが怖いと思ったのではありません?」


「大げさすぎでしょう」


 俺の発言に、キアラは首をふって苦笑する。


「絶対に知られていないと思っていた趣味を、ピタリと当てられたら、普通は怖がりますわよ……」

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