547話 堅実な借金王

 即位後の人選にかかりっきりなニコデモ殿下から、書状が届けられた。

 俺の難しい顔に、キアラが首をかしげる。


「お兄さま、殿下からの書状に、なにか問題でも?」


 殿下からの書状は、俺に直接届く。

 なので内容を、キアラは知ることができない。


「宰相候補が決まったので、私のところに挨拶に向かわせるとありましたね」

 

 キアラは結構大きくなったエテルニタを撫でながら、首をかしげる。


「どちらに問題があるとお考えですの?」


 候補か挨拶のどちらかに、問題があると思ったのだろう。


「両方です。

まず宰相候補のティベリオ・ディ・ロッリ。

彼は確か、宰相家の傍流でしたね。

借金と女遊びで有名だったと思いますが」


 比較的有名人だ。

 プレーボーイの借金王としての悪名だが。

 政治的手腕は未知数。


「内乱で貸主が死んでしまって、悪運が強い人でしたわね。

頭脳明晰で会話のセンスも抜群。王都のご婦人には、随分モテるそうですけど」


 この内乱で、1番得をしたのは誰か。

 そんな冗談ともつかない話で、名前が挙がるのが、このティベリオだ。


 勿論、内乱に1枚かんでいるわけではない。

 3人の王位継承者の誰を支持するか、明言はしていない。

 ティベリオが誰を支持しようが、大勢は変わらないからだ。


 なかなかに巧妙なのは、パパンの支持をしたことだ。

 直接、後継者の支持をしては乗り換えるときに、手間がかかる。

 保身にたけているというべきなのか。


「殿下が才能を認めたらしいですが、果たしてどうなのやら」


 俺の憂鬱な表情を見て、キアラは小さく笑った。


「お会いになるのですし、そこで見極めては?

少なくともモローよりは警戒しなくても問題ないでしょう」


 最近すっかり、心配性になってしまった。

 思わず苦笑してしまう。


「それしかないですねぇ。

宰相家に世界主義が入り込むのは考えにくいですしね。

全く警戒しないわけではありません。

ですが、心配の質は変わりますからね」


「人物以外にもう一つの問題とは?」


「王家の人事に、私の判断が介入していると思われると面倒なのですよ。

抜擢された人は、自分の力で認められたと思うでしょう。

それこそ余計な口をだすなとまで思いかねません。

では、されなかった人はどうか。

私のせいだと逆恨みしかねません。

恨まれるのは別に構いませんが、ラヴェンナに影響が及ぶと面倒なのですよ」


 俺のうんざりした顔を見て、キアラは小さく吹き出す。


「1番都合の良い言い訳は、『嫌われたせい』ですものね。

その程度だからこそ抜擢されないのですけど。

情熱はあるけど、思慮がない人の熱意の向かう先は……専ら責任転嫁ですわね」


「全くですね。

ともかく、宰相候補を追い返すわけにもいきません。

訪ねてきたら会いますか」


「それにしても、殿下は、一体何を考えているのでしょうか……。

こうなることを知らないのでしょうか」


 キアラの憤慨に、俺は苦笑して頭をかく。


「知っていますよ。

私が殿下に、今一な人材を押しつけるから、仕返しだと言っていました」


 キアラは一瞬、キョトンとした顔をしていたが、すぐに笑いだした。


「ああ、アリーナの元夫とかですわね。

困ったら押しつけていますものね。

それなら仕方ありませんわね」


「有能ではないが、王家に恩義を感じる貴族たちは、今後の秩序維持に必要です。

厳密に、能力だけで決めてしまうと……淘汰しすぎる羽目になって大変ですからね。

それこそ他国を巻き込んで、騒動にまで発展しかねません」


「他国がないなら、ばっさりとお掃除しましたのにね」


「こればっかりは、仕方ありませんよ。

冗談半分でもあるようですし。

宰相候補の経歴が、あまりに異色なので、私にも判断してくれと言ったところです。

殿下は粘着質ですが、決して暗愚ではありません。

なにか見どころがあると思ったのでしょう」


                 ◆◇◆◇◆


 書状が届いて、数日後のことだ。

 ティベリオ・ディ・ロッリが俺を訪ねてきた。

 キアラとオフェリーを連れて会うことにする。


 部屋で待っていたのは、30手前の若いイケメン。

 これなら貴族のご婦人が、夢中になるのも仕方ないか。


 お互いの自己紹介を、簡単にすませて本題に入ろう。


「ところでディ・ロッリ卿。

卿は次期宰相に内定していると、殿下からお伺いしました。

今まで、政治の場で目立った功績がないのに、突然の抜擢です。

殿下のお心を動かす所見を披露されたのですか?」


「今までは、傍流など直系が絶えたときの予備でしかありません。

そこで下手な欲をだしても、伝統と慣習に阻まれましょう。

それなら快楽を楽しむほうが建設的です。

ですが今は異なります。

過去をなぞるのではなく、新たな道を見定める。

これに関しては些かの自信がある次第です。

今まで望み得なかった、新たな快楽が待っているのですから。

ラヴェンナ卿ばかり楽しんでは……些か不公平でしょう」


 別に俺は、楽しんでやってないぞ。

 嫌々でもないが。

 必要だからやっているだけだ。


 声も落ち着いており、自分を誇示したりするわけでもない。

 静かながらも、気迫がある。

 何も知らなければ、大人物だと思える。

 こんな立ち振る舞いが優雅、かつ静かな自信に満ちているイケメンに迫られたら、女性たちも夢中になるというものだ。


「宰相の椅子を狙う人たちは、かなりいたでしょう。

面会にこぎ着けるだけでも苦労されたのでは?

実際に会ったときに、卿の知見を披露して、殿下のお眼鏡に叶ったわけですね」


「左様です。

殿下はラヴェンナ卿を、宰相にしたかったようです。

ですが、ラヴェンナ卿に就任する気がないと伺いました。

そこで多くの者が先を争って、殿下に己の見識を披露したのです。

ところが殿下のお眼鏡に適う者が、私以外いなかったようです。

不肖ながら大任を仰せつかった次第であります」


 嫌みなセリフにも聞こえるが、そう感じないのは才能か。

 嫌みに聞こえるほど幼稚では、女性にはモテないだろう。

 フィクションのダメ男とダメ女なら、そんなものでも食いつく話になっているがな。


 そんな幼稚では、女性としても興ざめしてしまうだろう。

 相当な自信家であることが見て取れる。


「宰相家に連なるのであれば、十分な教育を受けていますね。

それだけではないようですが。

それより借金で有名な卿に、宰相職が務まるのでしょうか?」


 女性関係については、俺は全く気にしていない。

 側室を持っている俺が言っても、なんの説得力もないからだ。

 不倫でもない、合意の関係を問題視する気などさらさらない。


 勿論、愛人の願いを優先した政治をするようなら大問題だが。

 今のところ、そんな兆候は見えない。


 だが自分で踏み倒したわけではないが借金王だったことが問題だ。

 イケイケドンドンの財政出動では、早晩破綻するだろう。

 勿論、私財と国庫が同一ではないが……。


「借金は悪ではありません。

経済の活性化には役立ちましょう。

それに金を知る、良い切っ掛けでもありましたよ。

金に困ったことがない嫡流よりは、経済について知っているつもりであります。

満ち足りた者は、金は常にあるものと考えます。

なければ、どこからか搾り取れば良いと思うでしょう」


 それは道理であるが……。


「その意見に、反対はしません。

ですが一つ、問題があります。

いかに道理をつくした経済政策を掲げてもです。

無知な富裕層の、無難な政策のほうが、借金にまみれた宰相の、優れた政策より信頼されてしまいますよ。

人というものは、富裕層だから金のことに詳しいと思いがちですから。

どんなにトップが優れていても、手足が動かないのでは死人も同然ですよ」


 ティベリオは俺の指摘に、穏やかな表情を崩さない。


「ご心配なく。

今は生死の境目が、かつてないほど隣り合っています。

そのような判断より、まずは権力者に迎合することを優先するでしょう。

平凡な判断に至るには、しばしのときを要しましょう。

そのころには、私は富裕層の一員となっております。

さらに実績も出ているでしょうから、誰も反対などしませんよ」


 妙に自信満々だが、宰相の俸給は確かに高額だ。

 それでもこの浪費家は、富裕層になれるのか?


「殿下から俸禄の提示はあったのですか?」


「いいえ。

ですが宰相が貧乏では、とても格好がつきません。

裕福でも無能者を宰相に据える余裕など……ありませんからね」


「ですが、収入が多くなると、出費も増えるのではありませんか?」


 ティベリオは俺の指摘など、どこ吹く風。

 爽やかに笑って見せた。


「私にとって必要最低限の出費が、当時の収入を越えていただけです。

宰相になったところで、出費は増えません。

金が入ったからと出費を増やすのは、少々品位に欠けます。

それでは金の奴隷に他なりません」


 足りないなら、出費を抑えるのが普通だろう。

 だが個人の見解に、俺が突っ込んでも仕方ない。

 金の奴隷にならないか……お手並み拝見するしかないだろうな。


「では宰相になって、何を成すつもりですか?」


「この国を強大にすることです。

以前のように、国や身分の枠が決まっているわけではありません。

だからといって、戦争をする必要はありません。

他国が我が国に、手がだせない力を持つべきでしょう」


 間違ったことは言っていない。

 戦争を吹っかける必要は、今のところないからな。

 政策自体は真っ当だな。

 馬鹿なら、対外拡張など夢物語に溺れるのだが。


 こいつは堅実な借金王か。

 よく分からない男だ。

 だからこそ、殿下も目をかけたのか。


「平凡ですが真理ではありますね。

見識は立派です。

ですが……それだけでは足りないでしょう。

一体殿下は、卿の何を認めたのでしょうか?」


「過去から未来への橋渡しをする認識です。

そしてランゴバルド王国を愛している気持ちがあるのは、私1人でした。

その2点です」


 確かに、その2点を意識している人物はいないか。

 実務能力にしても、ノウハウは宰相家に連なるだけあって持っているだろう。

 表だって反対する理由も見当たらない。

 任せるしかないだろう。


 少なくとも、やる気のある無能ではないと思いたい。

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