546話 面倒くさい性格

 ジャン=ポールとの会談を終えて、執務室に戻ってきた。

 キアラがお茶を煎れてくれるのを待って、オフェリーに気になる点について確認しよう。

 お茶に口をつけてから、まず先に言うべきことを言っておこう。


「キアラ、さっきのフォローは、とても助かりましたよ。

有り難うございます」


 俺の謝意に、キアラは天使のような笑みを浮かべた。


「お役に立てたのならなによりですわ。

あの手のタイプは、秘密を武器にしますもの。

そうさせないことが肝心ですわ」


「大したものです。

そこまで分かっていましたか」


「ちょっと知っていましたの。

掟破りを取り締まる人物が、小狡く立ち回った揚げ句、大惨事を招いたことがありますもの。

自分に利益があるのなら、罪を見逃して恩を売る。

ですが自分に、危険が及ぶ罪なら見逃さないのです。

普段はそれ以外の報告をして、仕事をしているアピールを怠らない。

直接ではありませんが、その組織が無くなる事件を招いた話です」


 どうやら、転生前に聞いた話のようだな。

 あえて突っ込む話でもない。


「なるほど。

どちらにしても助かりましたよ。

随分と成長していたのに、気がつかなかったのは私だけのようですね」


 キアラはフンスと胸をはる。

 それ以上の仕事をしてくれたわけだからな。

 妹の成長を知らぬのは俺だけか。

 

「では、これからは覚えておいてくださいね。

話は変わりますけど、オフェリーは、出された名簿の中に知っている名前がありまして?」


 オフェリーは机に置かれたメモを指さした。


「ジェローム・エランです。

確か使徒の拠点に配属されています」


 使徒の拠点に、教会関係者が関わるのは常なこと。

 問題は、それがあの一員ってことだなぁ。


「エランの地位は、どの程度なのですか?」


「末端ですが、優秀な人です。

確かその優秀さから、マリーの家庭教師も務めていました。

その縁で、拠点の運営に携わっているはずです」


 世界主義者は、教会のどこにでもいるといった印象だな。

 思った以上に厄介だ。


「そんなところにも潜り込んでいたとは」


「マリーから彼の話題はでていませんが、気をつけたほうが良いかもしれませんね」


「手をだしようが無いですからね。

注視するにとどめましょう。

だからこそ明かしたのかもしれませんが。

モロー殿は、まったく食えない人ですよ」


「では、黙っているべきでしょうか?」


 ここで、俺の取れる選択肢は限られてしまう。


「言ったが最後、私が敵視していると言うだけで重用されかねません。

とはいえ世界主義の主張と、使徒の願望は相いれませんからね。

当面は放置するしか無いでしょう」


「困った話ですね。

使徒の拠点が、世界主義の本拠地になったらとんでもないことですけど」


 困惑顔のオフェリーに、俺は軽く手を振った。


「まあ、そこはなんとでもなりますからね。

慎重な対応が必要になるでしょうけどね」


 使徒米の暴露で、いつでもつぶせる。

 ただ完全に軽視しても良いわけではない。

 注視するにとどめておこう。


 気がついたら全包囲されている。

 そんな状況は、御免被りたい。

 分断して各個撃破。

 よく簡単に言われるが、単純にいくものではない。


                 ◆◇◆◇◆


 ある日の夕食の席で、アリーナが、また、首をかしげている。

 大げさではないが、ここ数日見られる光景。

 聞いてこないのは、聞きにくい話題なのだろうな。

 気にしすぎかもしれないが、他人の子供を預かっている以上、無視などできようもない。


「アリーナさん。

なにか疑問でもありましたか?」


 アリーナは俺の指摘が予想外だったようで驚いた顔になっている。


「あ、いえ。

なんでもありません。

と言っても、ラヴェンナ卿に誤魔化しはきかないのですね。

失礼ですが……前の夫と比べて、とても同じ男性とは思えないほど鋭いですよ。

疑問と言うか、驚きと言うか……。

決して不満とかではありません」


「構いませんよ。

私のやり方は、あまりに世間とかけ離れていますからね」


 アリーナは暫しためらってから、小さく息を吐いた。


「ラヴェンナ卿の生活ぶりに驚いています。

食事の内容などもそうですが、私の実家よりずっと質素です。

何と言いますか、実家の家宰のほうが贅沢なのは確かです。

お持ちになっている権力に、あまりに反比例しているなと」


 別に質素だと自覚していない。

 美味いし、何の問題もない。

 値段で、味を比較する人は一定数存在するけど……。

 個人なら、どうしようが自由なのだが、俺の立場でそういかない。


「食事内容はお口に合いませんか?

それなら配慮しないといけませんね」


 アリーナは慌て、首を振った。

 高い食事にしろと言ったわけではないようだ。


「いえ! そんなことは、決してありません! とても美味しいです!

貴族同士のもてなしでは、味より値段で判断していました。

どれだけ貴重な食材か、高名な料理人に作らせたか。

それが判断基準です。

普段は質素で、もてなしの時だけ豪勢でも軽視されます。

ところが、ラヴェンナ卿は、平民と食事内容が変わらないのに驚いているだけです。

確かに噂は聞いていましたけど、歓待をしない口実なのかと思っていましたから」


 貴族は面子商売だからな。

 それが質素な食事でもてなされたとなれば、軽く見ていると思われる。

 だから俺は、貴族がやって来ても、食事を共にすることはしない。

 普段の食事内容も知らせているから、無理に要求されることはない。

 それに招待されても断っている。

 招き返さないといけなくて、結局エスカレート地獄に引き込まれてしまう。


 驚くのは知っていたが、だからといって変える気も無い。

 軽く説明したが、建前かと思われていたようだ。


「お口に合っているなら結構です。

私も同じものを食べています。

そもそも、アリーナさんを侮辱する意図は全くありません」


「それは重々承知しております。

私より使用人たちが驚いてしまって……。

最初は、私と同じ内容の食事に恐縮していたのです。

ところが平民と、さほど変わらないと知って困惑してしまい……」


「うーん……。

困らせるつもりなど無かったのですけどね」


「それは勿論です。

ラヴェンナ卿の細やかなご配慮は、私も使用人も深く感謝しております。

他の方の対応でしたら、前に嫌な経験をしたので、嫌がらせだと思い込んだかもしれません。

戯れで、平民と同じ食事をする人はいましたけど。

なにか深いお考えがあってのことだと思います。

ですが、うっかり疑問を口にすると、不満を持っていると誤解されると思いましたので……」


 非難を、疑問のオブラートで包むことはよくあるからな。


「いちいち、食事内容を変えていたら面倒でしょう。

全部同じなら楽ですよ。

それに高い料理を用意したら、食器や部屋を豪華にしたくなります。

結果として全てを豪華にしないと、気が済まなくなるでしょう。


今までなら、貴族階級同士での付き合いで必要だったと思います。

私にはそれが必要な出費とは思えないのですよ。

なにより上が、贅沢をすると、下に影響を与えてしまいます。

それが一番怖いですね」


 贅沢が浪費を呼ぶ。

 領主が贅沢をして、経済が回った話を聞いたことがない。

 領主から、贅沢品を扱う商人に、金が流れるだけだろう。


 貧乏性と言えばそうなのだがな。

 黙って話を聞いてきたキアラは、あきれ顔で苦笑する。


「お兄さまは、虚飾にはまったく興味を示されませんもの。

『どうせ高い物を食べ比べても、味の違いなんて分からない』なんて言われたときは、呆気にとられましたの。

最初は驚きましたが、もう慣れてしまいましたわ」


 オフェリーもウンウンとうなずいている。


「私もラヴェンナに来たときに、屋敷の小ささに驚きました。

それだけじゃなくて、アルさまより贅沢な食事をしている領民は、結構いますよね」


 カルメンは貴族の会話に似つかわしくない質素談義に苦笑している。


「別に美味しいなら、安くても構わないですよ。

それに高い食事だと、テーブルマナーにも厳しくなりますからね。

エテルニタを連れてくることもできなくなります。

今のままが気楽で1番ですよ」


 そもそもカルメンは、テーブルマナーには無頓着だ。

 生まれる場所を間違ったのでは、と思いもするが。

 平民に生まれて、冒険者になるか研究でもしていたほうが幸せなのではと。

 ただ俺が、贅沢を敵視していると思われても困る。


「個人が自分で蓄えた資産で、贅沢をしても一向に構いませんよ。

私の場合は、領民の税で生活していますからね。

使い道も当然、自由にはなりません。

ですが必需ばかりに、金をつかうのは無理があります。

それでも不要な支出である虚需が目立って、多くを占めるようになってはいけないのですよ。

領民の不満の結集核になりますからね」


 新しい社会でも、個々の不満は必ずでてくる。

 そんなところで『新しい社会で、皆が分からないことを利用して、俺が贅沢をしている』と、言い掛かりをつけられても面倒なのだ。

 それが一定の説得力を持つ場合、不満をまとめあげることができて、社会情勢の悪化につながる。

 領主が贅沢になるのは、ラヴェンナが安定して発展してからだろうな。

 少なくとも、俺が生きている間はないだろう。

 代替わりしたときに、後継者が考えれば良いことだ。


 アリーナは俺の説明を聞いて、苦笑を抑えきれないようだ。


「そう考えると、ラヴェンナ卿の考える領主は、割に合わない職業ですね。

それでは、なり手がいないと思いますよ」


 利益を得るような目的だと、確かに割に合わない。

 将来を考えずに搾取するなら、1番楽な立場だけどな。


「そもそも領主とは、個人の利益を優先させる職業ではないと思いますよ。

建前は、領民の生活を守るのが領主。

それが建前とはいえ、私は新しい社会を作っています。

建前を無視できるほど、私の立つ足場は強くありません。

ですから、個人の利益を追求する余裕などありませんよ。

満足を追求するので精いっぱいです」


「満足ですか? 個人の利益が満足ではないと仰るのですね。

確かに領民の幸福を願うのが建前です。

それはあくまで、領民の生活が安定すると、領主に利益があるから願うだけだと思います。

良心的と言われる父ですらそうです。」


 本心がどうあれ、結果が大事なのが政治と言うものだ。

 きれい事を言って失敗するより、汚職をしても成功する領主のほうが立派というものだろう。


「私は既存の社会制度に、納得がいきませんでした。

それで地方開発を志願して、新しい社会を作りました。

皆がそれの恩恵を受けて、前の生活より良いと思ってくれる。

それが満足ですよ。

そこまでが精いっぱいです。

さらに個人的な贅沢まで望んでは、強欲すぎると思いますよ。

贅沢をしたくて、始めた話ではありませんからね」


 アリーナは妙に感心した顔になっている。

 変なことは言っているが、間違ったことは言っていないぞ。


「理想を実現したかったのですか。

滅多にいないお方ですね」


「理想なんて大層なものじゃありませんよ。

単に元の社会が嫌いだっただけです。

好き嫌いですよ」


 俺の素っ気ない言葉に、キアラがため息をついた。


「お兄さまは、常々言ってますものね。

周囲から見れば、そうは見えないですけど。

私心が無くて、有能で奇特な統治者ですわ」


「買いかぶりすぎです。

私心が無いどころか、私心が全てですよ。

単に好き嫌いで始めた話です。

そんな私の個人的動機に、多くの人を巻き込むのだから、せめて巻き込まれた人に『昔のほうが良かった』と言われたくないだけです。

少なくとも大多数の人にはね」


 本音は、皆のためにやっていると思い込むのは、俺の性格上危ないからだけど。

 そんな前提があると『皆のためにやっているのに、なぜミスをするのだ』と、勝手に腹を立てる。

 そんな、ゲスな性格であることを自覚しているからな。

 それを貫き通せるなら、まだ良い。

 困ったことに首尾一貫しないのが、俺の性格。

 すぐ我に返って後悔するのが、目に見えている。


 われながら面倒くさい性格だよ。

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