544話 地雷

 後方攪乱作戦実施には、アミルカレ兄さんに許可をもらう必要がある。

 断られる心配は全くしていない。

 指揮権を尊重した形で、許可をもらうだけだ。

 これで、日和見たちが暴走するまでの時間を稼げるだろう。

 既に早馬は出したので、数日中には返事がもらえるはずだ。


 俺は先に応接室で、チャールズたちを待つことにする。

 キアラとオフェリーが、細かい計算を始めたので騒がしくならないようにしたかった。

 ヤンがくると賑やかになるからな。


 ドタバタと音がして、応接室にヤンとエミールが入ってきた。

 入るなり、ヤンは破顔大笑。


「ラヴェンナさま、待たせたねぇ。

長槍のヤン、只今参上!」


 隣にいたエミールが慌てて、ヤンの頭を下げさせる。


「ラ、ラヴェンナ卿、大変申し訳ありません。

ご無礼の段、平にご容赦を……」


「構いませんよ。

ヤン殿が礼儀正しかったら、こっちが不安になります」


 ヤンは大笑いして、エミールの背中をバシバシとたたいた。

 エミールは前に会ったときより、白髪が増えてないか?


「ほらな。

心配しすぎだ。

ラヴェンナさまはそんな、細かい話で怒る人じゃぁないって」


 エミールは無言だったが、表情は『そういう問題じゃないだろう』と語っていた。

 あえて突っ込むのも野暮なので、さっさと本題に入ることにする。


「では、状況の説明をします」


 ヤンに俺の戦略と、現在の状況を話す。

 ヤンはアゴに手を当てて、いつになく真面目な顔で、話を聞いている。

 そしてどこからか、資金提供があったことを説明した。

 後方攪乱を依頼すると、ヤンはウンウンとうなずいた。


「なるほどぉ。

確かに補給を絶たれたら、敵さんは干上がるなぁ。

確か王都って、自給自足はできないんだよな」


「ええ。

輸送頼りです」


 ヤンは真顔で耳に小指を入れて、耳の穴をほじりだした。

 考える癖なのかは知らないが……。

 小指をスボンになすりつけて、身を乗り出してきた。


「ちょっと地図を見せてくれないかぃ。

でっかいのが良い。

王都周辺じゃないヤツさ。

アラン王国まで入っているのが欲しい」


 俺が、地図を持ってこさせる。

 ランゴバルド王国全体と隣接するアラン王国が見渡せる地図だ。

 勿論、アラン王国の部分は、大まかでしかない。

 ヤンは地図を、ギョロリとした目で睨んでいる。

 なにか小さく笑っているが、聞こえないフリをしておいた。


 やがて、ヤンは顔を上げたが、絵に描いたようなニヤニヤ顔をしている。

 とびっきりの悪戯を思いついた悪餓鬼のようだ。


「任せてくれよ。

うひひひ、連中の尻に火をつけてやるさ」


 どうやら大まかなプランができあがったようだな。


「敵地に潜入しての、危険な任務です。

報酬はどうしましょうかね。

どこかの領主にでもなりますか?

それなりに実入りの良い土地を選びますよ」


 ヤンは急に渋い顔になって、腕組みをした。


「うーん、領主かぁ。

有り難いんだけどなぁ……」


「なにか問題でも?」


「なんだかさぁ。

実家の領民たちが、いろいろ困っていて、いつか俺っちに領主になってくれ……なんて泣きついてきたんだよ。

約束はしなかったけどさぁ、本当に困ったら、なんとかしてやりたいんだよ。

ガキの頃は、散々悪さをして迷惑かけたからな。

俺っちが他の領主になったら、皆ガッカリしちまうよ。

そのまま他人のフリってのも、男がすたるってモンだ。

それこそよその縄張りになっちまって、口が出せねぇ。

今なら傭兵だからな。

最悪バレないように、こっそり行って、さっと締め上げて戻ってこれるんだよ」


 エミールが両手で、顔を覆った。


「この馬鹿! ラヴェンナ卿の前で言ったらダメだろうが!

お前は言ったら、本当やるから、冗談で済まないぞ……」


 この苦労人を見て、少し気の毒になってきたな。

 チャールズもこの間が抜けたやりとりに、苦笑を抑えきれないようだ。


「ロンデックス家は取り潰すまでいきませんが、うまくはいっていませんな。

後ほど報告書を提出しますが、要注意といったところです。

浪費はしていませんが、金の使い方が致命的にズレていますな」


「なるほど。

ロンデックス家が持ち直せば諦めて、他の領主になりますか。

それまでは保留としましょう。

ダメなら改易します。

ヤン殿が後任の領主になってもらいましょうか。

勿論、ロンデックス領だけでは報いるのに少なすぎるので、埋め合わせの報酬と言ってはなんですが、援助はしますよ」


 ヤンは驚いた顔になったが、すぐに大笑いして頭をかいた。


「いいのかい? なんか悪いなぁ」


 後方攪乱に成功すれば、その功績は非常に大きいものになる。

 ヤン一人なら、領地経営はできないだろうが、エミールが実務を取り仕切るなら大丈夫だろう。

 非常に堅実な計算をする人物だ。


「先の討伐での活躍は聞いています。

次に功績を挙げれば、誰もヤン殿が領主になることに反対などできないでしょう」


「じゃぁ張り切ってやるかぁ。

ああ……そうそう。

あっちでやっちゃいけないことは、あるかい?」


 いい加減なようで、実はキッチリしている。

 そうでなくては、チャールズも推薦しないだろう。


「そんな加減をしても平気なのですか?」


 ヤンは、照れ笑いをして頭をかいた。


「聞いておいてあれなんだけどさ、わかんねぇなぁ。

じゃぁ好きにやらせてもらうぜ」


「ええ。

こちらからは、ほぼ補給を受けられないのです。

最善と思う手を使ってください。

帰ってくるまでが依頼ですからね」


 ヤンは照れ笑いをしながらうなずいていたが、急に真顔になった。


「それとさぁ、あっちの連中で……俺の仲間になるって言ったヤツは許してもらっていいかい?」


 敵を無用に増やないためか。

 もしかしたら、知り合いがいて助けたいのかもしれない。

 危険な人物は、もう傭兵の中にはいない認識だ。

 助命しても、支障はなかろう。


「分かりました。

さすがにユボーは無理ですけどね」


 ヤンは大笑いして、手を振った。


「それは言わねぇよ。

あとは皆を、危険な場所に連れて行くんだ。

出陣祝いをもらって良いかい? パーッと騒いでから出掛けたいからね」


 前金は欲しいと。

 もっともな要求だな。


「確かにそうでなければ、説得はできないでしょうね。

分かりました。

金がよいですかね」


「ああ、そうしてくれると助かるよ。

エミール、相場とか細かいことは分かんねえから任せるよ」


 そう言ってヤンは、鼻をほじりながら椅子にふんぞり返った。

 よく分からない鼻歌まで歌っている始末。

 エミールはうなだれたあとで、力なく頭を振った。


 交渉もまとまって、ヤンは意気揚々、エミールは悄然と退出していった。

 もしヤンが裏切ったら、どうしようもない。

 ここは、信じてみることにした。


 小狡く裏切るタイプにも見えなかったからだ。

 チャールズは半ば呆れ顔で、肩をすくめた。


「ご主君は信じると決めたら、とことん信じますな」


「こと軍事に関しては、中途半端な信用は、誰の得にもなりませんから。

それにヤン殿の働きは、出陣祝いの金額以上でしょう。

それで裏切る程度なら逃げ出しても惜しくはありません。

むしろ危険な時期に裏切られないで済みますからね」


 チャールズは妙に感心した顔でうなずいた。


「なるほど、仮に裏切られても致命的ではないと。

払った金額も、今までの功績に見合うだけのものだから問題ないと。

信用しているようで、線引きはしておられるのですなぁ」


「ヤン殿は裏切らずに、任務を全うして戻ってきますよ。

ところが政治は、そう白黒はっきりさせる方が難しいですが。

実に胃のもたれる話ですよ」


                 ◆◇◆◇◆


 執務室に戻ったときに、部屋にはキアラとオフェリーがいた。

 俺が席に着くと、キアラは俺の隣に、当然のように座った。


「お兄さま、ヤンさんの話はまとまりましたの?」


「ええ。

快諾してもらいましたよ」


「それなら大丈夫そうですわね」


 妙に歯切れが悪い。

 なにか言いたそうにしているが……躊躇っているようにも見える。


「なにか私に言いたいことでもあるのですか?」


 キアラは、少し視線を落としてから、顔を上げた。


「お兄さまには耳障りなことを言ってもよろしいですか?」


「勿論ですよ。

普段から、遠慮なく諫言してほしいと頼んでいますからね」


 キアラはうなずいてから、小さく息を吸い込んだ。


「では言いますわ。

モローのことです。

あれだけ心配されても推挙しました。

事後策は立てているのでしょうが……。

あの件に関して、お兄さまはいつになく受け身で、精彩を欠いていると思います。

いつもは受け身に見えて、主導権は握っています。

話を聞いても納得できますし、とても頼もしいですわ。

でも、今回は違います。

勿論、確たる証拠がないから却下できないと言うのも分かります。

ですが、ものすごく歯切れが悪いですよね」


 これは痛いところを突いてきたな。

 事後策を立てはしたが、余り良い対応ではない。

 俺自身が1番痛感している。

 そもそも推挙する必要があるのか、そこからして曖昧だ。

 自分の性分に逆らうことの、なんと難しいことよ。

 

「反論したいところですが無理そうですね。

私自身、この性分が疎ましくなりましたから。

今まで反対する根拠がなければ、進言や推薦を受けてきました。

それを撤回することもできないのですよ」


 オフェリーがいるから、側室の話は、口に出さない。

 割り切ったつもりでも、どこかで引っかかっているのだろう。

 意固地になったように、俺は自分の決めたことを守ろうとしてしまっている

 そんな微妙な表情の俺を見て キアラは少し悲しそうにうつむいた。


「お兄さまは、まだ私たちを、心の底から信頼してくださらないのですね」


 何故、そうなる。


 一瞬、カッとなりかけたが、不思議とすぐ平静に戻った。

 キアラとしては言わなくてはならないと判断したか。

 そもそも俺が原因の話だ。


 これで怒っては、ただの八つ当たりでしかない。

 八つ当たりかと思うと、自然とブレーキがかかる。

 転生前から八つ当たりは大嫌いで、それだけはすまい……と思っているからだろうか。


「心から信頼していますよ。

何故、そう思うのですか」


「難しい問題に直面したならばです。

信頼していたら、相談してくれるでしょう。

お兄さまご自身、自覚はおありでしょう?

そんな状態のまま目をつぶったように、この件を処理されたのが、ちょっと悲しいのですわ」


 参ったな。

 確かに、俺自身がスッキリしないながらも、独断で決めた。

 自信があったわけでもない。

 思わずため息が漏れる。


「私の悪い癖ですね。

危険な問題であるほど、1人で抱え込むのは。

確かに迷ったなら相談すべきでしたね……。

次からそうしましょう」


 キアラは、いろいろ言いたいこともあるようだが、ニッコリと笑った。


「そうしてくださいな。

これでもちゃんと成長してますのよ」


「それは知っていますよ。

私がちゃんと向き合えなかっただけですからね」


 そこに、俺の腕をつつく感触が。

 まあオフェリーだが。


「私も成長してるでしょうか?」


「勿論ですよ。

最初にあったときのオフェリーが、今のオフェリーを見たら信じられないと思いますよ」


 誉めたのだが、何故かオフェリーがうなだれた。


「そうですよね。

そうですよね……。

まさかこんなに、体重が増えるなんて……」


 そっちかよ! 知らないうちに、地雷を踏んでしまった気がする。

 これは、オフェリーの運動に付き合わされそうだ……。

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