543話 観客のいない喜劇

 ニコデモ殿下に、ジャン=ポールの推挙を済ませたモデストが、俺のところにやって来た。

 殿下への用事が終わったら、モデストだけで来るように指示をしていたからだ。

 世間話もそこそこに、俺はジャン=ポールの話をする。

 話を聞いたモデストは、珍しく苦笑した。


「私が言うのも変な話ですが、そこまでご心配なのでしたら、推挙は保留してもよろしかったのではないでしょうか?

疑うに足る根拠がなくても……信じるに足る根拠を探せばよろしいかと」


「保留したとして、彼の調査には相当な時間がかかります。

そこまでの時間的猶予はないでしょう。

そもそも私が、殿下の権威を軽視するような話になりますからね。

その気は無くとも、そう取られるでしょう。

今後の統治に、少なくとも良い影響はないでしょうね」


 モデストは小さく首を振った。

 珍しく辟易とした表情を隠さない。


「内々の話で伝えられましたが、確かに数人はこの案に関わっていたと思いますな。

殿下の元を訪れたときは、公然の秘密状態でしたよ。

それで長々と保留にすると、私がお受けしないといけませんなぁ」


「シャロン卿が、そちらに取られてしまうと困るのですよ

まだ自由な立場で動いてほしいのです」


「それで、推挙せざる得なかったのですか」


「もしモロー殿が、世界主義の忠実な構成員でしたら、決して推挙しませんでした。

そうでないと確信はしているのですがね。

そしてある意味良い機会だとも思いました」


 モデストの目が細くなった。

 心の琴線に触れたらしい。


「確信がおありのようですな。

確かにモローは、あのような大義には無関心に見えますが」


「熱心に構成員を装うことはできるでしょう。

必要な時、必要な間だけね。

この世界で平民が力を持つには、力のある組織に入って、出世するしかない。

世界主義はとくに貴族階級や、富裕層を目の敵にするでしょうし、平民にとって出世しやすい。

そもそも今回の話は、殿下個人の思いつきなのでしょうか?

秘密警察の設立を、吹き込んだ者がいたのではないかと。

そうなると、最初に名前にあがるのはシャロン卿でしょう。

そしてシャロン卿は、それを断るために別人を探す必要が出てくる。

そこでモロー殿が推薦されるでしょう」


 モデストは少し驚いた顔になる。

 根拠はないが、可能性の一つだ。


「今回の話は計画的だと思われているのですか」


「可能性としては考えています。

もし私が、モロー殿を訝しんで推挙しない場合は、シャロン卿の行動を縛ることができます。

推挙した場合は、構成員を政権中枢に送り込めます。

どちらに転んでも損はしない。

モロー殿主導というより、別の誰かが、モロー殿を利用しようと考えたと思います。

彼はそんなリスクの高い博打はしないでしょう」


「確かにそうですな。

誰かに、博打をさせても……決して自分ではしませんから」


「仕掛け人がいたとします。

そうなると、モロー殿と世界主義が、つながっている痕跡を消そうとするでしょう。

内部に入り込んだのに、発覚して処分される。

これが彼らにとって一番不味い。

使われる手は口封じでしょうね。

そうすれば、確実な結果が残ります。

事故、病死、失踪いずれであろうとね」


 モデストは、楽しそうに目を細めた。

 今までのように、詳細な証拠などを求めない。

 違った視点からの仕事には食いつきが良い。


「無理に証拠を探さずとも、結果が語ると。

なかなかに新鮮で愉しいお話です。

もしモローが黒だった場合は、如何なさいますか?」


 黒だった場合は、かえって楽だ。

 対処は単純になる。


「先ほども言いましたが、彼は世界主義の大義に心酔するタイプではないと思います。

あくまで利用するための付き合いです。

自分の身が危うくなるなら、簡単に情報を渡してくれるでしょう。

核心までは至らなくても、今よりは情報が増えます。

そのあとは彼が元同志から、自分で身を守れば良いだけですよ」


「そこまでお考えでしたか。

モローは妻子がいて、家族には別人のように愛情深く誠実です。

妻子のためなら、進んで協力しそうですな。

ですがモローは、とても慎重な男でしてね。

無用な忠告になりますが、今まで相対していた連中とは同列だと思わないことです」


 その妻が世界主義者という可能性が、一番高い。

 これは調査していけば分かるだろう。

 俺はモデストの忠告が可笑しくなって、つい笑ってしまった。


「それだけ危険な人を、よく推挙されましたね」


「極めて忍耐強く有能です。

毒にも薬にもならないものを推挙するよりは、最高の能力を持ったものをと考えた次第です。

それにラヴェンナ卿であれば、彼を御せるのではないかと思いました。

他の方には、決して推挙致しません」


 つまり、俺を買いかぶったわけか。

 高く評価されるのも善し悪しだなぁ。


「この場合、高く評価されて有り難いのか分かりませんがね」


「普通は高く評価されると、大なり小なり嬉しいでしょう。

今のところは不要に敵視することもなく、信用しきるわけでもない。

それが賢明な対処かと。

それにモローも、ラヴェンナ卿のことを恐れているようです。

迂闊なことはしないでしょう。

素晴らしいとも、立派とも言いませんでしたからね。

大したことがないものであれば、大げさに誉めます。

ダメであれば、抽象的な称賛にとどまります」


 あの手のカメレオンは、人の悪口など言わないだろう。

 敵を極力作らないタイプだ。

 俺は思わず、ため息をついた。


「甘く見てくれた方が楽なのですがね。

ですがそうなると、能力的に不安。

実に痛し痒しといったところですよ」


「仕方ありませんな。

私も推挙した手前、モローの過去を、詳細に洗ってみましょう。

しかし……世界主義とはそこまで、危険とお考えなのですか」


「私の取り越し苦労なら良いのですけどね。

もし表に出てきた際には、大量の血が流されるでしょう」


 俺の示唆に、モデストはしばし考えて、小さく首を振った。


「人は皆同じといった考えを押し通すなら『その考えを認めない者、そぐわない者は人ではない』となるのですな。

彼らが弱小なら、平凡な喜劇です。

それが大多数になったら、観客のいない喜劇になるでしょうか。

実に退屈極まりない。

ともかくお任せください。

白であれ黒であれ、結果を報告致します」


「頼みましたよ」


                   ◆◇◆◇◆


 ジャン=ポールへの対処は調査待ちだ。

 まずは傭兵を片付けよう。


 ユボーへの資金提供の目的は何か。

 一つは、内戦を長引かせ、各勢力を弱体化させること。

 もう一つは、本気でユボーを勝たせて、傀儡にすること。

 最も有り得ないのが、あとからハシゴを外して、ユボーを自滅させる。

 これによって、俺たちに恩を売る。

 考えてもきりがないな。


 ボドワンが、大っぴらに姿を現したことは、何かのメッセージだろう。

 俺を挑発して、無理に戦わせようとするのか。

 それともユボーを信用させるために、俺に所在を知られても構わないと判断したか。


 どれも考えられるし、否定もできる。

 現時点で、決断を下すべきではないな。

 資金提供にしても、財宝の持ち運びを、野盗に狙われないのか。

 アラン王国の内情が知りたいところだが、そこまで手は伸びない。


 俺が日々考え込んでいる間に、チャールズが今後の方針を相談するために戻ってきた。


 執務室にやってきたチャールズを、一通りねぎらったあとで、本題に入ることにした。

 俺の説明を聞いたチャールズは、難しい顔だ。


「そんな事情がありましたか。

アミルカレさまのほうは心配ないと思いますがね。

問題は長期戦になった場合ですなぁ」


「さすがに長期戦になったら、日和見たちの主戦論を抑えることが難しくなります。

彼らが減っても、問題はありませんが、勝ち馬に乗ろうと逃げ散った傭兵が集まってきては、問題になります。

日和見たちは統率も取れずに、それぞれ勝手に動きます。

次、負けたら終わりな傭兵は、必死に抵抗するでしょう。

それで勝てるとは思えません」


「ですなぁ。

ご主君としては早期に、決着をつけたいのですな」


「そうですね。

表向きは長期戦の構えですけどね。

自壊を待てば良かったのに、当てが外れました」


 チャールズが、しばし腕組みをして考え込む。

 やがて


「それでしたら、後方攪乱が良いでしょうな。

正面から、相手をする必要はありません。

元の状況に戻してやるのが確実かと思います。

要は旧王都への物資の流れを止めれば良いでしょう。

ユボーの支配は脆弱になっています。

民衆も強引な徴発などから、不満は相当たまっているはずです。

彼らに積極的に、協力はしないでしょう。

敵地ですが、ゲリラ戦の条件は整っていると思いますよ」


 確かにそうだな。

 相手に合わせて無理に踊る必要もないか。


「確かにユボーの統治は、かなり脆弱ですね。

成功の可能性は高いでしょうが、適任者はいるのですか?」


 チャールズは、すぐにニヤリと笑った。


「ロンデックス殿なら、その手の行動が得意でしょうな。

前の戦いも、随分活躍してくれましたから」


 ヤンの部隊は、100人程度だったな。

 その程度なら、ゲリラ戦は可能か。


「分かりました。

ロンデックス殿に頼むとしましょうか。

では今、呼びましょう」


 チャールズは意外そうな顔になった。


「直接お伝えするのですか?」


 自分が伝えるつもりだったのだろう。

 だが、ヤンは傭兵で、正規に軍に所属していない。

 雇用主の俺から説明する必要がある。

 あの手のタイプは、事務的に扱われると、ヘソを曲げる。

 意気に感じるタイプだと思っている。


「半ば独立して活動してもらうのですからね。

条件などを決めないといけないでしょう。

今までの契約額に釣り合う仕事、ではありませんからね」


 チャールズは納得したようにうなずいた。

 条件を出されると、俺の裁可が必要になるからな。

 伝言ゲームの非効率性は、よく知っている。


「確かにおっしゃる通りですな。

今は傭兵の身分でした。

それなら雇い主が、直接話したほうが納得しますな。

では、話し合いはお任せしますよ」


 そうもいかない。

 軍事行動なので、内容は知っておいてもらう必要がある。

 チャールズ抜きで、軍事の話を進めないと、俺自身決めているからだ。


「軍事のことなので、ロッシ卿も同席してください」


 俺の配慮を察したようだ。

 チャールズは気取ったポーズで、俺に一礼した。


「ご主君のお誘いとあれば、お断りするわけにはいきませんな」

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