542話 俺宛へのメッセージ
旧デステ領に駐屯している軍には、基本的な街道整備などをさせる予定があったが、アミルカレ兄さんの本隊をサポートする必要がでてきた。
タイミングは現場の判断に任せるが、可能な限り早く戻るように、とチャールズに帰還を命じる。
勿論、ほったらかしにはしない。
各領主には要請があれば、技術指導を行うと伝達した。
幸い兵糧の輸送をスムーズにするために、基本的な街道は敷設済みだ。
アリーナの実家であるパリス家からは、早速の支援要請があったので、エンジニアを派遣した。
経済圏構想に取り残されないように必死なのだろう。
アリーナのことは、最初パリス嬢と呼んでいたが心中複雑だったらしい。
離婚前の嫌な思い出が、どうしても頭をよぎるようだ。
だが離婚する前の呼び名はつかえない。
使いたくもないだろうが。
カルメンを名前で呼んでいたのを聞いて、名前で呼んでほしいと頼まれた。
女性陣が全員仲良しかと言えば、決してそうではない。
全員が良く言えば個性的。
悪く言えば癖者ぞろいだ。
カルメンとアリーナは、住む世界が違うといった感じ。
険悪でもないが親密でもない。
形式上の付き合いにとどまっている。
アリーナはエテルニタを見ても、普通の子猫程度の反応だったのもあるのだろう。
人によって合う合わないはある。
仕事に支障がない限り、口出しをする必要性を感じない。
アリーナと比較的親しいのはオフェリーだ。
オフェリーは育ちが良いから、話も合うのだろう。
キアラとはそれなりの関係。
親しくはないが認め合っているといったところか。
才女同士で張り合っているのかは分からないがな。
才能を競い合うなら良いだろう。
美しさを競い合うと、大体碌なことにならないが。
アリーナには、まめに実家に手紙を送ることを勧めてある。
以前の嫁ぎ先の対応が酷かったので、父親も心配だろうとの配慮からだ。
だからといってアリーナやパリス家から、頻繁に手紙をやりとりして良いかなど聞けるはずもない。
預けておいて信用していないのかと、不興を買う恐れがあるからだ。
気にする話でもないので、父親の心配の種は減らしておこう。
俺の意図にアリーナは最初気がつかなかったようだ。
連れてきた使用人たちの安堵した顔を見て、俺の配慮に気がついたようだ。
「ラヴェンナ卿の細やかなお気遣いに、感謝の言葉もございません」
そう言われて、アリーナと使用人たちに深々と一礼されてしまった。
当たり前のことだけで感謝されてもなぁ。
前が余程酷かったのか……と呆れもするが。
他人の子を預かるのは、胃が痛い。
成人女性なら尚更だ。
なにかあったら大変では済まない。
預けた以上は、俺が余程の失態をしない限り、文句は言わないだろう。
だが、文句を言われないから良い……と言うわけにはいかないのだよ。
早いところ、良い嫁ぎ先が見つかれば良いのだが。
今は離婚したばかりで、そんな気分じゃないだろう。
俺の立場だと軽く勧めたつもりが、決定事項として受け取られる。
偉くなると実に不便だよ。
執務が1段落したあと、アリーナはまた難しい顔をしていた。
「アリーナさん、疑問があるなら遠慮せずに聞いてください」
「ありがとうございます。
ラヴェンナのことを伺ってもよろしいでしょうか?
ウェネティアならすぐ聞いたろう。
ラヴェンナのことになると、別だと考えるよな。
「構いませんよ。
他とは余りに違うので、今後の参考になるかは分かりませんけど」
アリーナは嬉しそうにほほ笑んで、すぐに難しい顔になった。
「疑問に思ったのですが……。
ラヴェンナにはギルドはないのですか?」
普通は職別ギルドがあって、商人を統括している。
中世ならではだがな。
各種手工業のギルド、商人ギルドなどだ。
あくまでギルドは、その都市に閉じた存在。
だから同じ革細工ギルドでも、都市によっては決まりが違う。
冒険者ギルドだけは別種の存在。
都市に縛られていては機能しないという理由が大きいのだろう。
本部と各地域に支部がある。
支部は本部の定めた決まりは守るが、それ以外は独自裁量でやっている。
商会はギルドではない。
どこかの都市に本部を置くが、その都市のギルドとの付き合いが深い程度。
異なる都市のギルドをつなぐ役割を担っている。
「兄弟会程度ならありますけどね。
それ以上の組織は不要なのですよ」
職人間の相互扶助としての集まりはある。
兄弟会はギルドの前身とも言える組織だ。
そこからギルドにまで発展までは至っていない。
元来ギルドとは、中世で職人同士が自分たちを守るために発展した組織。
それが公的な福利厚生なども行っていた。
ラヴェンナでは不要な存在だと思っている。
福利厚生などは全て行政が行っているからだ。
それに、その都市で閉じてしまうと閉鎖的になってしまう。
自由な生産と流通の障害になってしまうからだ。
「ラヴェンナでは不要でも、ウェネティアでは認めているのですね」
「ここはラヴェンナではありませんからね。
我々のやり方を押しつける気などありませんよ。
それにスカラ領内で、ギルド不要な都市があっては、他の都市のギルドから敵視されます。
それは利口なやり方ではないでしょう」
「確かに、ギルドに敵視されるのは得策ではありませんね。
ウェネティアに、各都市からの商品を集めるお考えでしたら、他所のギルドと協調しないと無理でしょうし。
それでもラヴェンナに、ギルドが不要な意味は、ちょっと考えつかないのですが……」
「ラヴェンナの行政システムと密接に関わる話なので、理解は難しいかもしれませんね。
ギルドが担っていた救貧などの公的な役割は、行政が果たせます。
自由競争なので検品は不要。
価格も基本的に、それぞれ自由に決めています。
競争相手を潰すためだけの、無理な値下げは行政で取り締まっていますけどね。
結果として残るのは、競争と流通の阻害だけです。
それならば不要と判断しますよ。
確かに行政の手間は増えますが、それに見合った成果は、将来きっと得られますから」
「確かに競争はありませんが……。
ギルド内では一定の品質は担保されています。
それだけでは不足とお考えなのですね。
流通はなんとなく分かります。
ギルドは、他所からきた商品を売らせたがらないですね」
「私としては、切磋琢磨して良い品を作ってほしいのですよ。
進歩につながりますからね。
そしてラヴェンナで作るより良いものなら、仕入れても問題ないと思っています。
勿論、奴隷を酷使して安くした品物は仕入れませんがね。
ラヴェンナ領内ではそのような使い捨ては認めていませんから」
アリーナは妙に感心した顔で、ウンウンうなずいている。
「確かにギルドが売らせないようにしても、ラヴェンナのなめし革は買いたがる職人が多いですね。
それも競争の成果なのでしょうか」
俺の脳裏に、過去にあったイノシシ騒動が浮かび上がる。
あれで大量の革が余って、技術を磨いた……。
皮なめしは、悪臭がすごかったなぁ。
匂いに敏感なミルは、俺がそこを視察することさえ嫌がった。
匂いがすごくて、服だけでなく髪にも染みつくらしい。
それでなめし工房は、町から離れた場所に作る決まりになったな。
俺が視察に行ったら、有無を言わさず風呂に入れと言われる。
「ま、まあ……。
そんなところです」
「鋼の品質も素晴らしいです。
ラヴェンナは手工業職人の憧れの地ですよ。
ギルドとの話がつくなら仕入れたいと、父が言っていたほどですからね。
なかなか難しいですけど」
木炭をつかって製鉄をすると、鋼ができる。
そうオニーシムが言っていたな。
言われるがままに、場所を決めて製鉄はそこでやっていたな。
木炭の消費量との兼ね合いで、大量に製鉄ができないのが難点。
木の伐採ペースが上がって、エルフたちが渋い顔になるからな。
◆◇◆◇◆
そんなある日、存在を忘れていた人物が、俺を尋ねてきた。
取次から聞いた内容を考えて、仕方なく会うことにした。
今回は、キアラとともに応接室に向かう。
キアラはエテルニタをなでていたが、俺に呼ばれて不承不承ついてきたのだ。
「お兄さま、お会いになりますの?
当てになるとは思えませんけど」
「あまり期待はしていません。
ですが切り捨てる程でもない……といったところですね」
応接室に入ると、マンリオが手もみをして待っていた。
「マンリオ殿、今回の話はちゃんとした情報なのでしょうかね」
「今回はバッチリですよ。
きっとお気に召していただけるかと」
「では伺いましょう。
王都の状況が変わったとのことですね」
ユボー側の情報が分かるかもしれない。
マンリオは、こちらにも出入りしていることは知られている。
つまり敵側が、こちらに知らせたい情報である可能性すら存在するのだ。
そもそも王都では、かなり嫌われているだろう。
マンリオがもたらした情報が元で、ユボーの軍が壊滅したのだからな。
それでも殺されずに済んでいるのは、いざとなればマンリオを通じて、俺に助命を嘆願するためだろう。
形勢が不利になれば、誰しも保身を考える。
マンリオは頭をかきながら、愛想笑いを浮かべた。
「ユボーの旦那は、すっかり落ち目で……出入りする連中も、めっきり減ってしまっていましてね。
そんな状況で死んだと思っていたヤツが、姿を見せたのですよ」
「死んだと思っていた人が生きているなど、今ならそう珍しくはないでしょう」
内乱時は、死亡確認もいい加減になるからな。
「頭は良いけど、腕っ節は弱いヤツです。
だからこそ目立つんでさぁ。
しかも、ラヴェンナの旦那の命を狙ったヤツですぜ」
キアラが小さく息をのんだ。
「マントノン傭兵団の残党ですの?」
「へい。
ウジェーヌの懐刀、ボドワンが現れましてね。
落ちぶれているはずなのですけどねぇ。
妙に羽振りが良いのですよ。
でっかい馬車にのってきて、護衛も連れていましたから」
これは誰に向けてのメッセージなのか。
そこが問題だな。
「大きな馬車なんかで乗り付けたら目立ちますねぇ。
積み荷があったのですよね」
「中身までは分かりませんがね。
前は灰色のローブを頭から被っていたんです。
不思議と身なりが良くなっていましたぜ」
当然、話題になる。
そしてマンリオが、俺のところに情報を売りに来るのは織り込み済みか。
むしろ、そこまで計算しての行動と見るべきだな。
恐らく俺宛へのメッセージか。
これだけでは宛名しかないようなものだなぁ。
「それだけですか?」
「いえいえ、もう一つありますぜ。
ユボーの旦那に関わる情報です。
こいつは……幾らくらいになりますかねぇ」
ちゃっかりしていると言うべきか。
だが普通の対応をすると、すぐ調子にのるだろう。
「それは聞いてからですね。
価値があるのかすら不明ですから。
それなら言えない……と言うのであれば結構ですよ。
ボドワンの情報料だけ払って終わりましょう」
「ま、待ってくだせぇ!
旦那にはかないませんぜ。
言いますよ。
それはそうと、ボドワンの情報だけなら幾らほどで?」
「金貨1枚でしょうね」
これでも、十分高いと思うがな。
ただの伝言役に支払う金額としてはな。
「た、たったそれだけですかい?
旦那にとっては討つべき相手でしょう。
それの居場所を教えたなら、もうちょっと……」
「もしウジェーヌ本人だったら、もっと高いですよ。
ですがウジェーヌに、入れ知恵をしていただけの男なら、別に急いで討伐しなくても構いませんからね」
俺が懐に手を入れると、マンリオは慌てだした。
「わ、分かりました! 全く……旦那は、ちょっと厳しいですぜ」
マンリオのボヤキに、キアラはフンと鼻を鳴らした。
「どの口が戯言を言っているのですか? お兄さまほど身分問わずに、親切に接してくれる貴族などいませんわよ」
マンリオの顔が蒼白になった。
キアラが殺気を飛ばしたようだ。
マンリオは急に、脂汗をかき始めた。
「と、ともかく、ユボーの旦那のことを話しますぜ。
ラヴェンナの旦那に、こっぴどくやられてから……酒浸りになってしまいましてね。
昔の男っぷりが噓のようになっていたんでさぁ。
それで手下が、戦いにでても負ける。
先がないと見て、脱走者が相次いでいたんですよ。
ところがボドワンが来てから、急に元気になりだしましてね。
滞りがちだった給金も、しっかり払い出して皆不思議がっているんでさぁ。
馬車の中身は金だったんでしょうけど、どっからそんな金を持ってきたのやら」
金を提供したのだろう。
それだけで、だいぶん状況は変わる。
これは、ちょっと戦略の見直しが必要になるかなぁ。
資金を提供した真意については、別途考える必要はあるだろうが。
提供し続けるのかも含めてな。
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