541話 ジャン=ポールの主人
ジャン=ポールに幾ばくかの懸念を感じた。
答えは分かるが問いただすか。
「モロー殿、一つ確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
「何なりとどうぞ」
「モロー殿の上役にあたる人2人が、過去に汚職で失脚しています。
これは偶然でしょうか?
それとも上役の汚職に、手を貸したのですか?」
ジャン=ポールはなんの動揺もなく涼しい顔だ。
顔の筋一つ動かさない。
「以前お世話になった主人を、悪く言うことは心苦しいものがあります。
私としましては主に尽くすことが本分であります。
主の希望を叶えることが大前提。
悲しいかな家などの後ろ盾もない身分。
お仕えする方に、誠意を尽くすことが、私は誤っていると思いません」
顔の筋が動くときは、喋るときくらいか。
ぬけぬけと言うが、否定する気にもなれない。
「つまり主が清廉を望むならば、あなたもそれに倣うと」
「そうなりますね。
私のような身分では……お仕えする方を選ぶこともかないません。
弱き者としては自身の身を守るためには、主の意向に沿うのが最善です。
ラヴェンナ卿が世に希なほど、清廉な方だとは伺っています。
命を賭けて、主の過ちを正す家臣とは、物語の中だけの存在です。
疎まれるか消されて、代わりのものが仕えるだけでしょう」
この言葉に、確信に近いものを感じた。
上司の汚職を、密かに漏らしたのもコイツだ。
恐らく危険を察知したのだろう。
しかも次に仕える主に、コネをつくってからだ。
そしてどんな侮辱や非礼にも、表情一つ変えず恭しく仕える。
さらにコイツ自身は、汚職に手を染めない。
決して、他人に弱みを見せないだろう。
だからこそ道具として重宝される。
同じ道具扱いでも、モデストは自身の美学があるから信用できる。
ジャン=ポールにはそれがない。
個人的には、好きになれない。
だが言っていることにも一理ある。
『それは間違っている』と、自説をぶちまける気にもならない。
しかし大した生命力だ。
困ったことに、コイツの目的が読めない。
生きることが大前提なのは分かる。
その上で、何を望むのか。
権力欲も見え隠れする。
とんでもない劇薬だな。
主人次第と言っているがどうなのか。
だがモデストが推挙するだけあって、秘密警察のような嫌われる仕事には適任なのだろう。
だがなぁ。
俺が少し考え込んだのを見て、モデストが苦笑する。
「ラヴェンナ卿。
モローは主君から、トカゲの尻尾切りを企まれない限りは、誠意を尽くしますよ。
誇りに命を賭けられるのは、ほぼ上流階級の特権です。
多くの平民出身は、モローと同じ判断をします。
違うのは、そのまま尻尾として切られるかどうかでしょうな」
確かにな。
平民なら生きることを優先するか。
だがそんな平民が、力を持ったらどうなるのか。
フランス革命のように、力に酔ってしまわないだろうか。
だが親族ですら、毒殺を企むような連中と戦うなら、この力は役に立つ。
いかなる手段を持ってしてでも、秘密を暴き出すだろう。
教会出身でも世界主義ではないことは安心できる。
モデストには世界主義のことは伝えており、当然調査済みだろう。
「では一つモロー殿にお聞きしましょう。
何を望んでいるのですか?」
予想通り、モローの表情には変化がない。
「生きること。
そして誰かのお役に立てることですよ。
死んでも役に立てる人もいるでしょうが、私は生きてこそ、お役に立てると確信しております」
確信か。
俺の確信はジャン=ポールの主人は、ジャン=ポール只一人。
誰かは、ジャン=ポール只一人。
だか理性で動くから対応方法も分かる。
なにより話が通じるだろう。
「分かりました。
殿下に推薦しましょう。
モロー殿、少なくとも新政権で、トカゲの尻尾にはされませんよ。
むしろあなたが切る側でしょう。
頭を切っても、自分は生き延びられるとは思わないことです」
モローは俺の言葉に、全く表情を変えずにほほ笑んだ。
「肝に銘じておきます。
ラヴェンナ卿とシャロン卿に目をつけられては、私も生きた心地がしませんから」
◆◇◆◇◆
モデストとジャン=ポールは、俺からの推薦状を受け取り、退出していった。
執務室に戻る途中の俺は、終始難しい顔をしていたようだ。
いつもは、何か話しかけてくるオフェリーが無言だったからだ。
執務室に戻っても、俺は沈黙しっぱなし。
俺自身頭の中で考えることが、一杯あったからだ。
その考えを中断したのは、腕に指の感触があったからだ。
オフェリーが少し不安そうに、俺の腕をつついていた。
「ああ、すみません。
ちょっと考え事をしていたのですよ」
「モローさんを推薦したことを後悔しているのですか?」
俺はなんとなく良い言葉が見つからずに、頭をかいた。
「後悔というより自問自答といったところですね。
あまりに劇薬なので、副作用が怖いかなと」
「それでも推薦されたのですよね」
俺の今までやって来たことから、当然の選択になる。
それだけのことだ。
「シャロン卿の推挙を否定するだけの材料がありません。
それなら受け入れるしかないでしょうね。
それが私の姿勢ですから」
内心の不安だけではなぁ。
推挙されたなら、明確に判定する理由がない限りは受け入れる。
ずっとこれでやってきたからな。
「つまりアルさま個人でなら起用しないのですね」
「そうですね。
手綱さばきにはかなりの慎重さが必要になります。
モロー殿は自分の保身と権力欲を最優先する人ですからね。
状況次第では簡単に裏切るでしょう」
オフェリーは俺の言葉に、首をかしげる。
結果と俺の話が合致しないからだ。
「それは断る理由にはなりませんか?」
漠然とした不安など、なんの説得力もないだろう。
「そうならないようにすれば良いで済むでしょうね。
将来の漠然とした不安を、秤に掛ける程度にモロー殿は有能でしょう。
だからこそ厄介なのですよ」
つまり迷わせるほど優秀だと思う。
勿論、結果がでなければ迷わず解雇する。
「無能なら推挙しませんものね。
確か教会始まって以来の天才だと言われていましたね。
あくまで人の中でですが。
使徒降臨があるので、人の天才はさほど重視されませんけど」
使徒降臨も近いからな。
本当に天才だったら、使徒の機嫌を損ねないように、閑職に回される。
「本当に得意なのは、陰謀の才能でしょうけどね。
あれだけ自分の感情を隠せるのは、一種の天才ですよ。
こちらが有利な間は、決して裏切らないでしょう。
問題は戦争で、力が拮抗したときです。
自分の裏切りが、決定打になるなら果たしてどうか」
そうなったときジャン=ポールは、堂々と勝者の側に立つだろう。
「それなら推薦しないほうがよかったのでは?」
「普段なら……ですね。
問題は世界主義という実態の見えない組織と戦う点です。
どこに浸透しているか分かりません。
それをあぶり出すには、モロー殿の才能は最適なのですよ」
「そこまで起用して終わったら、閑職に回すのはどうでしょうか」
それは無理だな。
狡兎死して走狗烹らる。
そんな走狗ではない。
狡猾な狐だろうよ。
「本人はきっと敵を調べると同時に、味方の弱みも握るでしょうね。
つまり更迭も難しいでしょう。
なので一つしか、対処方法がありません」
それなしには推薦しない。
ジャン=ポールの急所を突くようなカードを、俺は知っているからだ。
「対策はあるのですか?」
「一応はね。
さすがにノープランで、不安な人を推薦しませんよ」
「詳細は内緒なのですよね」
「良くお分かりで。
考える良い機会ですよ」
オフェリーは俺の意地悪な笑顔に、頰を膨らませる。
「アルさまは結構意地悪です……」
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