538話 パリス家の収入

 戦後処理自体は完了したが、はい終わりと引き上げるわけにも行かない。

 ある程度情勢が落ち着くまで、睨みをきかせる必要がある。

 そんなわけで、チャールズの帰還はもうちょっと先になる。

 春頃には戻ってこられるだろう。


 だからといってウェネティアの警護を、おろそかにもできない。

 チャールズたちも、俺の安全をずっと気にしていたのだろう。


 セヴラン・ジュベールが率いるラヴェンナ騎士団だけが帰還してきた。

 現在はスカラ家の軍6000、ラヴェンナ軍1000の合計7000が、旧デステ領に駐屯。

 その他の騎士たちは領地に戻っている。

 今のところ問題はないが、ちょっかいを出す輩の存在も無視できない。


 騎士団が到着してすぐ、セヴランが報告のため執務室を訪ねてきた。


「ジュベール卿。

ご苦労さまでした。

初めて指揮をしてみた感想はどうですか?」


 セヴランは生真面目な表情を、少し崩して苦笑した。


「補佐とは全く違いますね。

重圧がものすごいですから」


「ガリンド卿は、ジュベール卿にその経験を積んでほしかったのでしょう。

ずっと補佐する立場でもいられませんからね」


「私はガリンド卿の補佐ができるだけで満足なのですが……」


 そんなタイプはいるな。

 心酔した上官に、どこまでもついていくタイプ。

 だがそれだけの器量がある上官であれば、部下への配慮は怠らない。

 つまりは、ずっと補佐だけに閉じ込めない。


「ガリンド卿曰く『付き合いも長く……息子のようなもの』だそうです。

親離れできない子を見れば、心配になるでしょう。

今回は親心のようなものですよ」


 セヴランは照れたように、頭をかいた。

 やはり嬉しいらしい。


「分かってはいるのですけどね……。

自分一人の判断で部下の命運が決まると思うと、震えが来ます。

ガリンド卿はずっと、この重圧の中やってこられていたのだなと」


「じきに慣れますよ」


「ガリンド卿も若い頃は、重圧を感じていたと仰っていました。

じきに慣れてくると。

ただその先のことは、何も仰りませんでした。

慣れた次は、どうすればよいのでしょうか?」


 俺はセヴランに重々しくうなずいてみせる。


「次に目指すのであれば一つです。

師であるガリンド卿を越えられるように努力することですね。

弟子に越えられることを嫌がる師匠もいますが、ガリンド卿はそんな偏狭ではないでしょう。

きっと喜んでくれますよ」


 セヴランは困惑気味に、小さく息を吐いた。

 想像もしたことがないのだろうな。


「そんな途方もない話をされましても」


 あくまで、本人の意思次第だがな。

 道だけは示してもよいだろう。


「目指さない限り、可能性はゼロでしょうね。

小型のガリンド卿になる。

それだけでも大したものです。

ですが卿が、そこで満足した場合どうでしょうね」


 セヴランは渋い顔で、首を振った。

 容易に、想像ができるのだろう。


「黙って、首を振るだけだと思います。

きっと喜ばれないと思います」


「では敬愛する上司のためでもあります。

隣で見聞きしたことを、糧に試行錯誤するべきでしょう。

それこそが恩返しですよ」


                   ◆◇◆◇◆


 だんだんと春の訪れが近づいている。

 そんなある日のことだ。

 数人の従者をつれて、アリーナがやってきた。

 前の結婚の時は、従者が追い出されたらしい。

 

 従者の人数は、事前に調整済みだったので、問題なく受け入れは済んだ。

 

 前のことがあったからか、ウェネティアを訪れた従者たちは一様に緊張気味だった。

 ウェネティアでは何事もなく受け入れが済んだことで、全員が安堵の表情を浮かべている。

 アリーナは従者から、かなり慕われているようだな。

 可愛がられているといったほうがよいのか。


 その日の夕食の話題は、パリス家のことだ。

 経済にたけていると評判のパリス家が、どんな方法で儲けを出しているのか。

 教えてくれるか分からないが、興味はあった。


「パリス家は経済に強いと評判ですよね。

軸となる政策は、なにかありますか」


 俺の言葉に、アリーナは小さく苦笑した。


「年6回開催される大市が、主な収入ですね。

それが全てといっても過言ではありません。

ダリオルもそこでしか売りませんし」


 オフェリーがうっとりした表情でうなずいた。


「あれを知ると、是が非でも欲しくなりますね。

おねだりする女性も多いと思いますよ」


 そこでしか売らないプレミアか。

 あとは運営が潤滑であること、比較的税が安いなど、細かな配慮をしているのだろう。

 

「あの地方で、定期的に大市を開催しているのはパリス家くらいですね。

他家が真似しようとしても、簡単にできるものではないでしょう」


 アリーナは、少し誇らしげにほほ笑んだ。

 自慢でもあるのだろうな。


「はい。

大市では多く、名品物が売買されます。

そこから得られる税は、大変な額になります。

それをまた、大市の運営に投資しています。

さまざまな税はとりますが、代わりに市に参加した商人には商品と身の安全を保証します」


 それでも大きな利潤を得るには、結構な取引が必要だろう。


「それだけ人が多いと、トラブルも多くなりませんか?」


「そうですね。

でもそれもまた、収入になります。

泥棒や強盗などの重大犯罪は当然取り締まります。

そこで押収された金品で持ち主が不明なものは、パリス家に没収になりますから」


 キアラは不思議そうな顔で、首をかしげた。


「市で泥棒がでたら、大体は盗まれた人が申し出るのではありませんの?」


 確かにな。

 それ以外にも、なにかあるのか。

 アリーナは含み笑いをしてから、悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「真っ当な品はそうです。

名乗り出ては不都合なものも、普通の売買に紛れて取引が多いのです。

取引が多いところに紛れ込ませようとするのでしょうね。

それを泥棒は知っているので掠め取ろうとします。

そんな真っ当でない者たちも、パリス家に利益をもたらしてくれますから」


 なんというか強かだな。

 そうでなくては、小貴族のパリス家が裕福になるはずもないか。


「大したものですね。

平和になればまた立て直せるでしょう」


 なぜか、アリーナは肩を落とす。


「どうでしょうか。

とんでもない競争相手が現れつつあると、父が懸念しておりました」


 俺の情報網には引っかかっていないな。

 そんな連中いたかなぁ。


「パリス家を脅かすような存在があるのですか?」


 アリーナはなぜか吹き出すのを、必死に堪えていた。

 少しして平静に戻ったが、意味ありげな表情だ。


「韜晦されているのですか? それとも自覚がないのでしょうか。

競争相手はラヴェンナ家ですよ」


 歴青は特産ではあるが、パリス家と競合する話ではないと思うが。

 大市なんてやってないしな。

 それに開催する必要もない。


「パリス家と張り合うとか考えたこともないですよ」


「ラヴェンナ産のなめし革は、とても、質がよくて評判ですよ。

それだけなら大した問題ではありません。

ラヴェンナ卿もお人が悪いですね」


 あまり活発でなかった海運業かね。

 水運をフル活用して動いているが。


「そうなると、海運ですかねぇ。

パリス領は海に接していませんが……。

ああ、なるほど。

確かに気にされますね。

これは迂闊でした」


 アリーナは大げさに驚いた顔をして、口に手を当てた。


「あら、無意識にされていたのですね。

怖い人です」


 話を聞いていたキアラが分かる人にしか分からない会話に、口をとがらせた。


「お兄さま、説明してください。

まるで分かりませんわ」


 勿体ぶったつもりはないがな。

 隠す話でもないだろう。


「今より海運が発達すると、内陸にあるパリスの大市より、港湾都市で商売をしたほうが効率はよくなります。

そこで大市のようなことを始めたら、どうなります?

取引できる量が桁違いですからね。

多少、運営の拙くても、気にならないほどの魅力でしょう」


「ああ……。

確かにそうですわね」


「それもあって、なんとかラヴェンナ卿の知遇を得ようと思っていました。

どんな不幸が、幸運に変わるのか分からないものですね」


 確かに、何かもっともな理由がなければ、俺と面会することは難しいだろうな。


「つまりはパリス家としては、ラヴェンナと結んで経済圏を作りたいのですね」


 アリーナは目を丸くしてから、小さく天を仰いだ。


「経済圏ですか……。

見ている視点が違いすぎますね。

私たちは大市のような点でしか、商売を捉えていません。

ラヴェンナ卿は高所から、範囲で捉えておいでなのですね」


「そのほうが繁栄しますよ。

パリス家の立地も、そう悪くはないでしょう。

手段はありますよ」


 アリーナは安堵したように、胸に手を当てた。


「そのお言葉を聞けただけで、ここに来た甲斐がありました。

何か新しい世界が待っていそうですね。

とても楽しみです」

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