535話 笑えない喜劇
デステ家討伐は、第3段階に入ったようだ。
一時的に包囲を緩めて、食料を搬入させた後に完全にシャットアウト。
完全包囲状態で、俺の仕掛けを使ったようだ。
即効性はないが、確実に効いてくるはずだ。
食糧搬入ルートの割り出しは、ヤンが活躍したらしい。
直感で物事を決めるが、理に適っている。
ありきたりの表現だが、天才ってやつだな。
第2陣以降の食糧を、全て分捕ったらしい。
降伏後に与える食糧になるので、こちらでは、手をつけない。
チャールズからの報告がきたということは、終わりも近いのだろう。
基本的な戦後処理は任せてある。
討伐軍の現場指揮官が行う戦後処理には、表立って、反対の声を上げにくい。
遠くにいる俺がいろいろと決めると『見てもいないのに』と、不満をため込んでしまうわけだ。
いつの世もリモートコントロールより、陣頭指揮を人は好むものだ。
困ったことがあったり、俺の権威が必要なら頼ってくれとだけ伝えてある。
そもそも出陣前に、戦後処理についての意識合わせは終わっている。
報告書の内容では、デステ側のかまどの煙も立ち上らなくなったと。
もう現地では、決着がついているかもしれないな。
キアラはエテルニタを抱きかかえながら、俺の隣にやって来た。
「お兄さま。
そろそろ……どんな仕掛けをしたのか教えてください」
「外部からの出入りが発生したからこそ効く手段です。
『デステ家当主が側近たちを首謀者に仕立て上げて、自分の赦免と降伏を願い出た』
そんな情報を流したのですよ」
エテルニタが、俺に手を伸ばしてきたので触ろうとすると……猫パンチされた。
遊んでいるのだろうか。
俺の困惑顔に、キアラは苦笑しつつも首をかしげた。
「そんな情報伝達手段なんてありましたっけ?」
「外部に兵糧の買い付けにでたでしょう。
一陣目を見逃したのは、そのためです。
2回目の使者を捕まえて、その話を吹き込んでから城に追い返します」
「それなら可能ですけど、そんな見え見えの計略に引っかかるのでしょうか?
引っかかるとは思えませんけど」
騙すことが目的じゃないからね。
「勿論噓だと思いますよ。
その程度で騙されません。
でも食糧が尽きて、飢えに苦しみ出すとどうでしょうか。
この状況を抜け出したいと思うでしょう。
そんな時に、偽りでも大義名分が転がっているわけです。
どこまで耐えられますかね。
デステ家当主が高潔であれば踏みとどまるかも知れません。
ですが身勝手な当主だった場合は、どうなりますか」
キアラは、呆れたような表情に変わった。
「騙すだけが計略ではないのですね。
目から鱗ですわ。
もしそれが事実なら裏切って主君を差し出しても……名分は立ちますわね。
飢えに苦しんだことはないので分かりませんが……。
やっぱり追い込まれるのでしょうね」
「死人の肉を食べる程度には追い込まれますよ。
ただ死体も食べられるだけの肉は、ほとんど残っていないでしょうけど。
仮に生きながらえても、まともな精神ではいられないでしょう。
正常な判断ができなくなります。
生きながらえても、恥と罪悪感と後ろめたさに一生つきまとわれると思いますよ。
ですが敵のことを考えて、こちらの犠牲を増やすことはできません」
俺の変わらない表情に、キアラは呆れた顔だ。
「まるで見てきたかのように仰いますのね」
俺は苦笑しつつ肩をすくめた。
「いえ、勝手な想像ですよ。
ですが本能的に忌避感のあることをしてしまうと、平静でいるのは難しいでしょうね。
ただ……そう思っただけです」
経験していないからな。
ドラマやドキュメンタリーなどで見ても、それは外野の勝手な感想にすぎない。
だが嬉々として、人肉食をする文化はないだろう。
それこそ未開の土地なら、相手の強さを取り込むなどの名目であったらしいが。
ともかくデステ家に、ごくごくわずかな亀裂を入れた。
蟻の一穴だ。
堅固な堤防かは分からないがな。
そして第3段階で投降を認める高札を立てる。
その時にどう心が動くか。
◆◇◆◇◆
報告が届いてから、2週間ほど経過。
チャールズから再び、報告が届いた。
終わったか。
報告書の内容は予想通りだ。
デステ家家臣が当主を捕らえて投降してきた。
どうやらマファルダ・アイマーロ・デステだけは、ちゃんと食事をとっていたらしい。
末端は餓死するか、死人の肉を食っている。
そこで暴動が起きて、そのまま囚われたと。
公敵認定から追い込まれた結果……精神が不安定になって、過食症になったようだ。
太っていたのが笑えない喜劇だった。
マファルダは即時処刑して、デステ家討伐は完了した。
当然ながら、投降者に食事を出した。
止めても一気に、食料を口に入れて……ショック死するものも少なくなかったらしい。
振り返れば、おおむね目をかけていた人たちは活躍している。
貴族階級や傭兵でも、有能な人物はいたわけだ。
まだ埋もれている人材はいるのだろう。
使えない連中は、さっさと更迭して埋もれている人材に機会を与えるべきだろう。
荒廃したデステ家領内を、どう建て直すかは各自に任せる。
基本的に、土地の割り振りだけをして後は任せるだけだ。
ウェネティアの町も核はできあがっており、いつでもここを離れても大丈夫だろう。
そう思っていると、俺への相談を持ちかけてきた人がいる。
ウェネティアの運営の責任者も兼任しているアルバーノ・ザンベッリだ。
「ザンベッリ殿、珍しいですね」
アルバーノは内乱から多忙を極めており、少しやつれている。
「最近、判断を性急に下している自覚がありまして……。
一度アルフレードさまとご相談して、自分の考えが間違っていないか確認したかったのです」
抜擢されて張り切ったものの、内乱により仕事が急増。キャパシティーオーバーしかかっているのか。
そして能吏だけに相談する友人もいないのだろう。
このタイプは、自分以上の能力の持ち主でないと親しくならないだろうからな。
そしてどんどん、自分で、仕事を抱え込んでいくわけだ。
あまり良くない兆候だな。
だがまずは、話を聞くことだ。
「まず話をお伺いしましょう」
「ウェネティアの避難民の結構な人数から『内乱が収まったら、故郷に戻りたい』と申し出がありました。
その希望は分かりますが、いささか性急かと思うのです。
それこそ農地も荒廃しているでしょう。
戻ったは良いが食うに困る状況に陥るのではと」
望郷の念か。
俺にはない感情だな。
懐かしいとか……そんな感情は、俺には全くない。
普通の人なら、大なり小なり持つと思うのだがな。
理屈では分かるが、本心から理解はできないといったやつだ。
「確かに治安も安定しないでしょう。
ここで技術も習得した民を戻すのは、不安があるわけですね」
「仰る通りです。
それとウェネティアから一気に1000人程度いなくなると、都市運営に支障がでます。
ですが望郷の念はよく分かります。
戻れるかもと思い始めると、それに囚われてしまいます。
現実がどんなに荒れていても、思い出の中の故郷は昔のままでしょうから。
それに誰もいない土地を放置するのも、よろしくありません。
ですが荒れた故郷に戻っての生活は難しいかと。
私としては共倒れを避けたいと思っています。
現在の帰郷は認められない……と、バルダッサーレさまに具申しようかと思う次第です」
確かに合理的だな。
合理的だが迷いがあるか。
合理性に人をはめ込もうとしないのは、実に有能だな。
感傷的なセリフもでるくらいだ。
もしかしたらそんな経験があったのかもしれないな。
「避難してきた人たちはどうなのですか?」
「アルフレードさまのご尽力で、民への影響はほぼない状態に抑えられています。
内乱が実感がないものになってしまっているようで……。
『戻っても安全だろう』と思い込んでいるようなのです。
皮肉な話ですよ」
マントノン傭兵団の襲撃くらいだな。
争いを間近で見たのは。
それも、あっさり撃退したように見えるだろう。
「まあ……仕方がないところではありますね。
ザンベッリ殿としては、帰郷を当面認めない方針なのですね」
「はい。
文句を言えるのも生きていればこそです。
不満はあるでしょうがね。
暴動にまでは至らないと思います」
なるほど、決断するために背中を押してほしいようだな。
「私もそれには賛成します。
ですが故郷の現状を、代表に見せてやるのも良いかと思います。
加えて故郷の土地所有権を保証すれば、不安も減ります。
その上で帰郷を認める時期を決めれば良いでしょう」
「その時になれば戻れると約束をするのですか」
「ええ。
それなら無理に戻ろうとする人はいないと思いますよ。
生まれた土地で死にたいと願う老人たちは、納得しがたいかも知れません。
ですが老人だけを戻すわけにも行かないでしょう」
ラヴェンナの時は俺の勢力圏内で、ある程度安全を見込めたからなんとか認めることができた。
今は難しいだろうな。
アルバーノは安堵の表情で、小さく息を吐いた。
「やはりアルフレードさまに、相談をして正解でした。
その方針で、バルダッサーレさまに進言しようと思います」
「気になったのですが……。
ザンベッリ殿は、かなりお疲れのようですね。
私が言うのも変ですが、1人で抱え込まない方が良いでしょう」
「分かってはいるのですが。
この内乱では間違うと大変ですから……」
きっと自分でも分かっている。
だが自分自身では止められないのだろうな。
感情に任せてなら難しくはない。
だが冷静に自分で自分を止めること、逆に奮い立たせることは難事なのだ。
だからこそわざわざ、俺に会いに来たのだろう。
俺の案などアルバーノ1人でも思いつくだろうからな。
「ですがザンベッリ殿が倒れると、もっと大変になりますよ。
部下に仕事を任せるのも、責任者の責務ですよ。
目に見えてやつれているのです。
そんな時は、ミスもでます。
そのあたりに不安があったからこそ、私に相談しに来たのでしょう」
アルバーノは俺に、軽く頭を下げた。
「返す言葉もありません。
仰る通りです。
もう少し部下に任せてみようと思います」
「トップは正常な判断力を維持するために、自分の心身を健全に保つ義務があります。
ザンベッリ殿のような優秀な人にとっては、黙って見守るのは大変でしょう。
ですが部下を育てるのも、大事な仕事です。
むしろそれが最重要と言っても良いでしょうね」
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